番外編 第3話 懐かしき日々

 まどろみの中で見る夢は、温かくて、懐かしくて。どこか少し哀しくて。そして……。

 ◆◆◆

「クランケット、遊ぼう」
 満面の笑顔を浮かべて、緑の中を駆けてくるセウスさん。
「うん、セウス」
 読んでいた本から目を離すクランケットも、満更ではない表情をしています。
 セウスさんとクランケットの1日は、いつもこんなやり取りから始まっていました。
 セウスさんが、真っ直ぐに中庭に向かうことも。クランケットが、いつもそこで待っていることも。私は全部知っていました。窓の内側から、ずっと窺っていたのですから。
「アーベル。何を熱心に見ているの?」
 すっかり聞き慣れてしまった女性の声に振り返ります。
「おはようございます、セイロン博士」
「おはよう、アーベル」
 セウスさんのお母様であるセイロン博士に、私は付き従っていました。
「研究の準備は、できていますよ」
 傍まで歩いていくと、必ず膝を付いて私の目線に合わせてくれます。労わるよう肩を優しく叩き、常に笑顔で対応してくれます。彼女はとても優しく、輝く紫の瞳が綺麗な人でした。
「あらあら、私の助手は出来がいいこと」
 いつも、そんな風に褒めてくれます。評価は上々、といったところでしょうか。
 私は研究が好きだったし、セイロン博士のことも慕っていました。けれど、寂しくもありました。
「今日は、新しい友達を連れてきたんだ」
 庭に目を向ければ、セウスさんが嬉しそうにクランケットに話しかけています。見れば、大きな緑色の籠が傍らに置かれていました。見慣れない物の中に入れられているのが、新しい友達でしょうか。訳の分からないクランケットは疑問半分、興味半分といった表情でセウスさんの動向を窺っています。
「はい、こいつ」
 セウスさんが取り出したのは、凹凸のある硬い皮膚を持つ爬虫類でした。蜥蜴に似ていますが、比べ物にならないほど大きな生き物。いっぱいに開かれた口は、クランケットの顔より大きいのです。当然ながら、私もクランケットも驚きました。
「くくくくらっ、クランケットが食べられちゃうっ。セイロンは……あああ、セイロン博士がいないっ」
 今まで一緒に庭の様子を見守っていたはずのセイロン博士が、忽然と姿を消していました。私はどうしたら良いのか分からず、ただ右往左往しながら外の2人を窺うばかり。すると、どうでしょう。
「あれほど連れてきちゃ駄目って言ったでしょっ」
 怒鳴ったセイロン博士は、容赦なくセウスさんの頭を叩きました。彼は大泣きすることなく、クランケットと大きな生き物に頭を下げます。生き物を籠の中に戻したところで、セイロン博士にも謝りました。クランケットが無事で安心した私は、笑って見守ります。
 遊んだり、怒られたりしている姿は羨ましいものでした。私は、外に出ることができなかったから。
 私は生まれた頃から小さくて、身体が弱くて。母は亡くなっていて面倒を見る人がいないからと、父のいる研究所で暮らすようになりました。忙しくて会えぬ父が、少しでも私のことを心配して顔を見せてくれたなら、という淡い期待を抱いていた時期もありました。
 でも、もしかしたら私は、私の存在を気付いてくれる人を待っていただけかもしれません。だって、私には……。


 ◆◆◆

 まどろみの中で見る夢は、温かくて、優しくて。どこか少し哀しくて。そして、愛しくて止まないのです。だって、私にはセウスさんとクランケットが私に気付いて、手を振ってくれる。そんな小さな出来事さえ、とても嬉しかったのですから。