今日の一枚



孫たち一家がやってきた。7人で東山動物園に行った。駐車場がなかなか見つからず入園したのが昼過ぎであった。最初にスカイタワー(136メートル)に。360度の街並みと風景は絶景であった。名古屋のテレビ塔に上ったのが1959年であったのでそれ以来となる。孫たちの歓声とは違う想いをしたのだ。腹ごしらえしようと思ったらレストラン満席、外で軽食、その後、動物園ではキリン、かばなど見て楽しそうな孫たちだった。そのあと曾おばあちゃんにみんなで面会に、喫茶店で楽しい会話をしたことは思い出に残る一日となった。06.12.28
 私は退職してからいろいろな新しい体験をした。その一つに豊田民芸館の陶芸教室に参加し、自分の思いのままの作品を作った。今まで10個以上大切にしているが、この写真の穴釜で焼いたものが気に入っている。1200度の温度を維持する4日間、それは10人以上のみなさんが徹夜で薪を炊きっぱなし。高度の温度だけで焼き上げる。できばえは取り出してみなければ分からない。そのとりだす前の状況をどきどきしながら写したのがこの写真である。見えている中に私の宝、「家宝」が見えるのである。近く「中国、1000年景徳鎮展」を仲間と見学に行く計画である。 06.12.27
 この写真の文書は歴史的文書である。北京の盧溝橋にある抗日戦争歴史記念館に入ったらすぐの左の壁に展示してある。写真では鮮明でないが1931.9.18いわゆる「満州事変」日本の関東軍が指揮して列車爆破事件を起こし、それを中国軍が満鉄の権益を持っていた日本に対する攻撃としてでっち上げ、中国軍へ攻撃を開始した時、いち早くそれが侵略戦争だとして反対を呼びかけたものである。翌々日9.20に日本共産党中央委員会、中国共産党中央委員会連名の共同声明である。党派を超え国際的にも重要な記録である。日中友好と平和を望むすべてのみなさんの想いの原点と言えるのではないでしょうか。
これは水タバコを吸っているおじさんである。昆明(雲南省)で石林遺跡の近くにある少数民族村を飛び込みで見学した折の光景である。最初は笛でも吹いているのかなと思ったが、音はでず、ニコニコしているだけ、まず写真をお願いして、あとで水タバコと分かった。言葉は通じないがそのあと、お婆さんがでてきて、家の中を見せてくれて、そのやり取りが楽しかった。
世界遺産、麗江古城(雲南省)で民族楽団の演奏会を聞いた。800年の歴史のある街にふさわしい、ご高齢のみなさんの演奏であった。ナシ族の女たちは働き者、仕事は肉体労働を含めてすべて女の仕事、子育て、家の切り回しもすべて。男は日ごろ何もせずマージャンや賭け事、お酒飲みなどで日々送る。これは少数民族が沢山あるなかで、いざ争いとなれば命を懸けて戦争へ参加し家族と民族を守った長年の歴史からきたものである。いま争いがないため普通の生活パターンになって、落ち着いているのである。それだけに熟練の演奏者たちが活躍し続けれると言う。







雲南省、大理にて少数民族の白族を訪ねた。歓迎の踊りを披露してくれた。とても美人ばかりでした。さまざまな民族がそこに住んでいる今、協力し合って観光客に一生懸命若者たちが演じる姿に心を打たれた。西暦950年代から約300年大理国を築きその都をおいた地であるという。西側に3000メートル級の山並みが東側に広大な湖をかかえ空港がありすばらしい歴史ある街である。多くの観光客が来るのを待っている街である。大理石のおおもとはここであるとも。





 ナシ族の居酒屋である
麗江(雲南省)へ行ってきた。高倉健主演の映画、「単騎千里走る」の撮影地である。  父と子の深い愛情を言葉が通じないなかでも感動を持って伝えるものだった。少数民族、ナシ族の自治区では日本の高倉健を知らない人がいないくらい有名である。その日本からの観光客は大歓迎であった。800年も前に作られた家並みには圧倒され、ふと日本はどういう時代か、それがいま何が残っているのか考えてみた。古いもの、歴史的文化を大切にする暮らしについて考えさせられた。象形文字の発祥地、ナシ族のトンパ文化は古代  中国での人類史的発見であったところである。玉龍雪山(5596m)は天気もよくはっきりと見え絶景そのもの。  06.3.10に旅行( 1 )





左の写真は800年の歴史がある「麗江古城」1997年に世界文化遺産となった。1000年前からナシ族など10数の少数民族が住んでいたところ。年平均12.6度、寒暑の激変がなく、春がながく夏がない、標高2400mの高地。                  06.3.10

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