11月18日(火) 冬がくるぞ!
霜がおりる寒い季節となりました。
どちらかというと、冷え性のタイプの私には苦手な季節なんですけど、楽しい季節の至来でもあります。
”ナンノコッチャワケワカラン”
ストーブの上に何がしかの煮込み鍋、例えば、おでんとか白菜の煮味噌(三河ですから)等々、乗せておけば、子どもと外遊びを楽しんだ冷え切った身体に、すぐさまあたたかな料理をほうばることができます。
心身共に温まり、ほーっとした安どのひとときです。
暖をとるついでにできるので、冬は調理の手間がはぶけ煮物料理が必然的に多くなります。
野菜もふんだんに入れることができ、その上じっくり煮込むので美味。
年末年始など何かとごちそう三昧になりやすいですよね。
「野菜ばっかメニュー」は身体にとってもやさしい。
寒くて、イヤーな季節だけど、”もっと楽しみみつけでがんばるぞ!”
by 寒冷地仕様の母
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11月2日(日) さぁ、さといもを食べませう
今、さといもが旬。
皮むきはチョー面倒なんだけど、どうせやるなら、
どーーーんと皮むいて、
どーーーんと煮込む、
これ私流
むいてる間、明日何するんだったっけかとか、お弁当のおかずはあーしてこーしてとか、子どもとおしゃべりしながらとか、眼はテレビに集中してたりとか、けっこう気がまぎれて思った程、やっかいではない。
これも私流
皮むいてスッピンになったさといも
↓鍋に入れる
少々の油でカラいり
「くっつきそう、もうこげそう」なんてギリギリまで
↓しょう油をたらす
ひきつづきいります
またまた「くっつく〜、こげちゃう〜」と心配になるあたりまで
↓水をさす
だし汁でもかまいませんが、直接昆布、しいたけを放り込むのが私流
田舎料理そのものって感じでこうするのが好きです。
そしてフタをする。
さといもには昆布としいたけがほんとうによく合うと思います。
とろみも味わいのひとつで気にせずコトコトと煮込みます。
時にはそうじがすむまで、時にはあと二品、三品出来上がるまで、時には子どもの宿題が終わるまで、時々思い出してフタをあけて確認して・・・。
やさしく煮込むとは聞こえがいいですが、よーするに放っておいてひたすらコトコト、コトコト、コトコト・・・。
鍋の中でさといも進化をとげるのであります。
by 煮っころがしの母
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9月29日(月) ブルーベリー三昧
先日、友人宅を訪れた。
「オイデ、オイデ」と家主に誘われ着いていく。
さし木で増やしたというブルーベリー並木で食べ放題の接待。
熟した実を探して、子どもと一緒につんでは食べた。
いったい市価でいくら分くらい食べたんだろうか?(ビンボー症ですみません)
明日は明日で、また色づく実があるんだろうな。
採っても採ってもまだあるって、すっごい幸せな気分。
ひょっとしてブルーベリーって眼にいいだけじゃないじゃないかなぁ。
「眼は心の窓」
心もきっと癒されるんだよ。
と拡大解釈。
この日一緒に来なかった大のブルーベリー好きの息子に食べさせてやりたい。
なんたって冷凍ブルーベリーしか食べたことないもんね。
便利っていうのは、けっして豊かなことではないなぁ
と、ふと思う。
by S.M
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9月20日(土) 「おしょろさん」
夕方、用があって外へ。
ご近所の庭先にお盆の送り火が焚かれはじめていた。
今日は8月16日。
私の故郷では見られない光景だが、この地に移り住んで14年。
いつしか子ども達には年中行事になってきている。
早朝、自転車を走らせる。
めざすは盆送りのお供え。
「おしょろさん」と呼ばれ、葦を紐でつらねた菰のようなものに茄子、胡瓜、人参、さつまいも、里芋、みょうが等それぞれの家の畑の産物が包みこまれている。
米粉を練ったダンゴも添えられていて、それも子ども達の楽しみの一つで、どの家のものも特徴があり、これはどこそこのだろうと子どもなりに憶測して食べるのが例年の事であった。
たいていはお供えは川の脇に線香や花と共に供えられている。
家々によるおきまりの場所があり、供えられる時間もほぼ決まっている。
子ども達はこれまでの経験でちゃんと心得ている。
越してきた年、近所の老婆に誘われ、「おしょろさん」を頂くこととになった。
”供えたものをまた戻すのも気がひける。昔はこれを取りに行くのが子どもの仕事だった。もっていってくれた方がありがたい。”
と老婆は語ってくれた。
幼い頃、「弘法参り」「ひな祭り」には家々を回って菓子を貰い歩いた事を思い出した。
「つ」のつくうちは神の子と思え。と、言うのを聞いたことがある。
神、仏に供えたものをまた下げてくるより「神の子」である子どもが持っていってくれた方が都合がよかったのか、地域の子どもを育てあう知恵だったのかよくわからないが、当たりまえにあった風習が薄らいでいることは事実である。
そんな寂しさもあって我が家の行事の一つとさせて貰っている。
一つ気掛かりなのは、年々供えものに手抜きが感じられ、特にダンゴはその傾向が強く、担い手の老化を隠しきれないようだ。
若い世代も同居する世帯は少なくないが、次世代に伝わるだろうかいささか不安である。
茄子や胡瓜に小枝や割り箸をさした牛や馬。
小学生の頃、夏休みの日誌にこんなの載ってたっけ。
はじめて「おしょろさん」なるものを手にした時、こんな風に使われていたんだと改めて学んだ。
子ども達もこの牛と馬で遊んで育った。
子ども達にとっては有形のふるさとであろう。
今年も茄子、胡瓜、ピーマンなどたくさん収穫し、毎日新鮮な野菜をたっぷり食べることができた。
有り難いことである。
この野菜を子ども達が「命の食」と認識できるのは、いつのことだろう。
まだ少し時間がかかりそうだ。
まっ、気長にいこう。
そんなこんなを考えながら送り火を見つめる。
送り火の炎は生きる者の心のよりどころにも映る。
家族が寄り添い、支え合って生きる長い長い営み、「帰」の温もりを感じる。
by S.M
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9月2日(火) 小さな感動―ミツバの巻―
野生のミツバをを採りに外へ。
道端に群生しているはずのミツバが数日前の地域の草刈りで刈り取られてしまって、辺りはさっぱりしたものだった。
タラの木だけはどんなに小さくても残してある。
「タラの芽は一時しか楽しめないのに、なんで長いこと使える?
なんでミツバやヨモギはバッチリ刈っちゃうんだろう。」
ぶつくさ言いながら根気よく探す。
「あっ!いつもあるから。だから刈っちゃうんだ!」
と、つまらない大発見。
なるほど、妙に感動。
草刈機のおこぼれの若い芽をなんとか手のひらいっぱい程度ゲット!
な〜〜んにもなくなっちゃった。
なんて思っても、なんのなんの。結構自然はしぶといのだ。
by M.S
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7月11日(金) やってきた、きた。やってきた。一年中でワクワクする季節が
「ねぇまだかな?」「こんどの日曜日、見に行こうよ」
子ども達は矢の催促。
目星をつけたころ、朝食を済ませ、期待に胸ふくらませ、いさんで山道を登る。
めざすは木(黄)イチゴ。
成熟した実がずらりと並ぶ様はまるでゴールドに輝くシャンデリア。
低木なうえに葉で隠れるかのように実をつけるので、大人より子どもの方が早く見つけたりする。
大きれば大きい程甘い。
けど、甘いほどアリに要注意。
時にはカメ虫、ハチともご対面となる。
突起で腕や足にミミズばれをつくりながらも、手を思い切りのばし、必死に摘む。
摘めそうだけど、摘めないこともしばしば。大粒のイチゴを前に涙をのむことさえある。
こちらの都合で自生しているわけではないのだから。
これは最高に甘くてとびきりの一粒と思われるイチゴをうっかり谷底へ落とした時の子どもの無念さは大人の想像以上だろうな。
受験に失敗するより無念さは大きいかも、といまだにイチゴに夢中になる高校生の長女を見て、ふと思った。
(そういえば、6月生まれの長女の誕生日の手作りケーキのトッピングはいつもこのイチゴだった。このごろはケーキはなくてイチゴだけかな。
忙しさにかまけて随分手を抜いている私に気づく。)
”ダメなものはダメ”とか、”取り損ねて悔しかった”とか、”手の届かない小さな子には取ってあげる”とか、イチゴ摘みから子ども達が学ぶものは大きい。
―たかがイチゴ。されどイチゴ―
なのだ。
もう少し足をのばして大粒の赤い実(草イチゴと言うんだろうか、よくわからない。)を探しに行く。
標高や湿気に左右されるのか、場所より多少イチゴの種類が変わる。このイチゴは一本の茎の先に一粒の実をつけている。
予想通り、大粒の赤い実が今が盛りとばかり草むらから顔を覗かせていた。
両手いっぱいの赤と黄の実を思い切りほおばり、至福の至り。
「ここで摘んで食べるからおいしいんだ」
これ子ども達のジョーシキ。
あと数日で「また来年のお楽しみ」となってしまう。
え、またひとつ歳をとるわけだ。ア〜〜レ〜〜〜。
byM.S
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6月23日(月)私のひとり言 その5「味の均一化って?」
食品会社の工場で作られるものは ほとんどが生産ラインで大量生産されていると思います。 皆さんは 食べ物の種類を問わず工場の生産現場を見たことがありますか?
例えば ある製品の『たれ』を作る時なんかは 直径1mくらいの大きな鍋に水を張って そこに30kgの砂糖の袋を5袋くらい入れて それから 灯油のポリタンクくらいの大きさの醤油が入った缶を2缶いれて うまみを出すために 油をひしゃくに規定量入れて 鍋を火にかけて プロペラみたいなものを鍋に差し込んで 混ぜ混ぜして 油が分離しないように『乳化剤』という添加物やそのほか企業秘密の調味料加えて さらに混ぜ混ぜして......。
これって ホントに食べ物なのかな?って思っちゃうくらい。
台所で作る時の鍋と分量を100倍位にしたんだと思えば 理解できるんですが それにしても 訳のわからない粉もたくさん入れるもんだと 気がつきます。 台所で食べ物1個分の『たれ』を作るのなら余分な粉は入らないはずですが 100個分の『たれ』を作る時には 100個全てが同じ味でなければならないのですね。
100個のうち50個が 予定通りの味で25個が油っこくて残りの25個は甘いとなると 「製品のばらつき」と言う問題になるのですね。
だから 味を均一化させなければなりませんよね。水と油も分離しないように『乳化剤』で均一にするのです。
そういえば 缶コーヒーのミルク入りなんかも コーヒーとミルク(脱脂粉乳ですが...)が保存中に分離しないように『乳化剤』が入っていますね。一度、表示を見てみましょう。工場で作られるものには やむを得ない訳もありますし、量産化によって低価格で買えるものも多い世の中。
そんな 時代の中でも最後に選ぶのは『私』なのです。
既製品を買わないわけにはいかないですが 選択はできるはずですね。
缶コーヒーを買うときは 必ず「ブラック」というのが 私のこだわり。
そんなことより 自分でおいしいコーヒーがつくれる人になりたいわっ。
スローペースですが つづくぞ! By 鶏ちゃん
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6月18日(水) 春の楽しみ
春になると私の住む山里に山菜目当てのお客さんが訪れます。
が、いつも必ず山菜が手に入るとは限りません。
野草を楽しみながら、上手くいけば手に入るという位で「野草の会」を毎年、企画しています。
地元での山菜の一番人気は「トウダイ」と呼ばれる木の芽。
図鑑では、「コシアブラ」となっているものです。
タラの芽より好む人が多いようです。シーズンスタートの合図は「山桜が咲く頃」で山桜の開花とともに、山では静かな争奪戦が繰り広げられます。
独特の風味があり、てんぷら、おひたし、和え物、汁の実等でおいしくいただけます。
今年の「野草の会」当日は、残念ながら手に入れることはできませんでしたが、ひょっこり頭を持ち上げている竹の子を見つけることができ、皮ごと丸焼きにして、取りたてを口にできました。
ワラビはそこかしこで見つけることができ、カキドオシ、ヨモギ、スギナ、くずの芽とともにてんぷらで、そしてサンショ、カンゾウはみそ和えで春の味を満喫できました。
「食べ過ぎない」を原則にひとつひとつ、じっくり味わいながら。
「道端や原っぱに生えている草を食べて健康になれるんだったら、安上がりで最高!」
「給料前は野草を食べよっと」
と、皆ルンルンで帰って行きました。
by M.S
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6月12日(木)「米」に思う
アジア人。
米を主食にする民俗は多産系だと聞いた。
小麦に比べ、米の方がたくさん種子をつける。その米を主食にしているからだということらしい。
”食べること”は”命をつなぐこと”であることは、言うまでもない。そして、文化もつくり上げてきた。
神業ともいえる遺伝子までも組み換えた米を食べ続けたら・・・。
はて、どんな人間ができるんだろうか?
ふと、思う。
by M.S
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6月3日(火)私のひとり言 その4 「美味しいものって??」
食べる事が大好きな皆さんは やはり「美味しいものが食べたい!」って 思いますよね。
美味しさの訳って一体なんだろうって考えてみると 素材の良さや鮮度、調理(加工)の仕方によって変わるのだろうと 思います。家庭料理の場合ですと 鮮度の良い素材を買ってきて 台所で調理後すぐ食べる事が鉄則なのでしょうね。
しかしながら 工場で生産するものには 良い素材を選んできても 流通において時間の経過で鮮度が変化してしまいますね。
だから 前述した「保存料」を使用して維持をさせるのですが 保存料を混ぜると 味が変わってしまいがちなのです。混ぜた事によってさらに美味しくなれば良いのですがそうなるとは 限りませんね。 美味しくなくなってしまったものは"売れない"、"選んでもらえない"。
だから "美味しくなるよう"、"買ってもらえるよう"に味を調え直さなくてはなりません。そこで 登場するものが「調味料」なのです。
調味料といっても調理・加工で素材の味を引き出すためのものありますし 素材をごまかすために使われているものもあったりして...。
化学調味料って 必要なものなんだろうか 本当は素材の味が一番なのでしょうけれど 素材の味を引き出せない からくりもあったりして!?
化学の力によって作られた美味しさもしかして その美味しさに食べ慣れてはいませんか??
つづく
By 鶏ちゃん
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5月23日(金)私のひとり言 その3「添加物の目的とは?」
さて 食品添加物といっても その全てを否定するものではなくて きちんとした目的と理由があるのです。
ただし、問題なのはその使い方ではないかと思いますし やむを得ない 理由もあるわけです。過剰なものもあれば 不必要なものもあります。
そして 社会のからくりもあるのです。
食品添加物には当然のことながら 成分規格といった使用基準があり 法的にいろいろと規制されています。
使用の目的は「味を良くする為」、「見た目を良くする為」、「保存する為」、「加工をしやすくする為」、「栄養を強化する為」などですね。
それでは はじめに「保存する為」の添加物とはなんでしょうか?
工場の生産ラインで大量に加工された食べ物は 消費者の 口に入るまでに 工場 → 配送 → 店舗販売・購入 → 自宅 という道をたどりますよね。
例えば 皆さんの自宅の" 台所 "という工場で加工調理され そのあと テーブルへ" 配送 "され 家族の口に入るまでの時間は ほんの数分、数時間以内のである事に対して 既製品は一体どれくらいの時間が経過しているのでしょうか。購入日にすぐ食べるものあれば 貯蔵するものもありますね。時間がかかると言うことは 生産加工後から 食べるまでの過程において腐敗や変質の可能性があるのです。
だから それを防ぐ為に「保存料」を使うのです。腐るとわかっている ものを販売できない生産者の責任でもあるわけです。
これは まあ皆さん良くおわかりですね。
つづく
by 鶏ちゃん
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5月19日(月)枇杷のパワー
枇杷の木を久々に剪定した。大量の葉っぱをゲット。
丁寧に洗い、裏側のケバケバもおとし、ざっぱに切り、ホワイトリカーに浸けた。後はエキスが出て液が琥珀色になるのを待つ。
ウイスキーみたいになれば葉っぱを取り出し、出来上がり。
これが、枇杷の葉エキスなのだ。
虫さされには欠かせない我が家の常備薬です。これが効かない時は蜂に刺されている事が多いのでごぼうをすりおろして貼ります。
漉して、水で薄めた液でうがいをすると、咳が止まります。
どちらかと言うと、咳き止めの効果の方が有名ですが、ブヨ、蚊にさされた後早ければ早いだけよく効きます。
やけど、切傷等外傷にも効果があり、私は化粧水として使うこともあります。
日焼け後のケアにもOK。(精精水で薄めて)
アトピー等でかさついてかゆい時にも使えます。
いずれにしても症状がひどければ、それなりの専門家にみていただいたほうがいいですが、少々の事なら身近にあるもので対応できます。
生葉を煮出して、枇杷葉湯にして飲むこともできます。
インドの古い仏典の中に、生きとし生けるものの万病を治すと書かれているんだそうな。
効能は書き切れませんが日本においても、古い療法に枇杷の葉を焦げない程度にあぶって、熱いうちに患部を摩擦し難病を治したとあるということです。
お寺に枇杷の木をよく見かけませんか。そんな由来からその昔植えられたようです。
自然界のパワーを感ぜずにはおられません。
by M.S
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5月12日(月) 私のひとり言 その2「混ざり物ってなあに」
人間の原動力となる燃料には 不純物である混ざり物があっては ならないはずですが どうしてこんなにあるのと不安になりませんか? 混ざりものって一体 何ですか?
皆さんよくご存じですよね "食品添加物"なのです。
いったい何の為に 使われているものなのでしょう?
食品衛生法によると食品添加物とは「食品の製造の過程において 加工・保存の目的で使用するもの」と定義されています。
そして 使用した原料は表示しなくてはならない義務があるのです。
だから製品の裏側には いろ〜んな文字が書いてありますよね。
甘味料、着色料、保存料、増粘安定剤、酸化防止剤、光沢剤、酸味料、調味料、乳化剤、強化剤、香料、殺菌料、発色剤、膨張剤などなど
こんなにたくさんの添加物は どういう目的で使われているのでしょう?
これらが人間の原動力として 本当に必要なのだろうか?
そして この正体は一体なあに??敵なのか!味方なのか!!
その謎をひとつひとつ解いていくなかで もしかすると本当は あなたの欲望によって その出番を迎えてしまって いるのかもしれませんね。
あなたが求める 本当に必要なものって一体 何でしょうね??
う〜〜ん もうすこし一緒に考えませんか??
つづく
by 鶏ちゃん
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4月20日(日)私のひとり言
ぱくぱくねっととよたの本拠地!?
豊田市は 自動車の街ですね。
自動車を動かすための原動力は ガソリンなどの燃料ですが
人間が生きていく上で 原動力として必要なのは " 食べる事 "です。
人間の体は自動車のように 壊れたら部品交換が簡単にできるものではありませんし 都合によって生産効率を上げることも無理な話しなのです。
" 食べ物 "こそが人間にとって原動力となる 燃料であって それだけではなく 体を作っていく為の原材料なのだ。
そんな 高度な生産能力を要求される 人間の燃料には 不純物である混ざり物があってはならないのです。
しかしながら
おいしそうなものが食べたい 形のいいものが食べたい
または 作った食べ物で利益を上げたい 効率を上げたい
という人間の欲望に先行され
体の生産工場からの需要に反した供給をし続けていってもよいのであろうか。
果たして その仕組みとは 一体 何でしょうね?
ここで皆さん 一緒に考えてみませんか?
つづく...
by ぼぅくら鶏(けい)ちゃん |
3月12日(水)子供の噛み合わせが危ない
あなたの家では、ご飯を食べるときテレビはつけたままですか?
ある子どもが幼稚園の給食中に歯が痛いと言い出しました。でも虫歯はどこにもありません。調べてみると歯の噛み合わせがあわなくなっていたのです。
なぜそうなったのか、考えられる大きな原因の1つは、「食事中のテレビ」です。
テレビはほとんどの家の場合、食卓の横に置いてあり、テレビの正面に座るのは大抵お父さん。みんなの座る位置は不思議と毎回同じところが多く、そうすると子供たちは食事中テレビがついていると、横目でテレビを見ながら食べることになります。毎回同じ位置からテレビをのぞきこみながら食べると、歯の噛み合わせもそれにあわせて育ってしまいます。そうなると給食の時間など、正面を向いてお友達の顔を見ながら食べる時は、噛み合わせが合わなくて歯が痛くなってしまうわけです。
この子がこのまま大きくなると正面を向いた食事は一生苦痛になってしまいます。
そうならないためには、どうすればいいのか。
食事中はテレビを消しましょう。
そして月に1度は、1日中テレビを見ない日を作ってみてください。親子のコミュニケーションが戻ってきますよ。
by T.S |
2月23日(日)息子と娘
「子どもは食べたものの塊と思え。まるでウンコのようなものだ。」
と言われたことがある。
私の中で宿った命が、それぞれ何がしかのアレルギー症状をもって生まれ、それが私の食べたものとけっして無関係ではないことからもうなづける話である。
「帰国子女」という言葉があるが「子女」とは女の子だけをさしているのではなく、「子」は男の子をさしていて、「子女」で男児、女児を表しているんだそうな。
さすれば、
息子 → ムスコ → 蒸す子
娘 → ムスメ → 蒸す女 とすると
子どもの成長の節目や節句にもち米を蒸して、丸モチやひしモチに、時には赤飯を振舞う日本人。
米という命を暖かな愛情で包み込んで蒸して蒸して蒸し上げて、人に育て上げる。
そんな子育ての営みを言いあてたのではないかしらん。と、私は勝手に思うのです。
by M.S |
2月3日(月)玄米こぼれ話
便秘に悩む方が多いのだとか。
実は普段当たり前のように食べている白米の影響は大きいんですよ!
白米の文字をひっくり返してぐっと寄せると「粕」(カス)になりますよね。文字っておもしろいと思いませんか?
そうなんです。主要栄養分、繊維をとり去ったのが白米というわけです。
粕ばかり食べていないで、水を含めば芽の出る生命力あふれる玄米を試してみてはいかが?
圧力鍋で炊いた、炊きたての玄米のおいしいことこのうえない!
焼きおにぎりもなかなかのもの。うちの子達は「ヤキューオニギリ」(焼きおにぎりがなまって)と言って、大好物です。
炊飯器で炊くのなら一晩位、水につけて炊いて下さい。
炊き上がって、しばらくおいてから差し水をして二度炊きするといいです。
3分、5分、7分づき米も炊飯器で大丈夫。(炊き上がりは、つきが甘いほどパサつきます)
玄米をよく煎ってコリコリつまんで食べてもいいです。粉末も販売されているのでシチューっぽく調理もできます。
コーヒーのように飲めるのもあります。便利な世の中ですよね。
いろんな食べ方ができます。
玄米を食生活に加えるのだったら、動物性食品を控える工夫をぜひしてください。
産後のあと産って結構キツイですよね。
それ以上にキツイのが産後の便秘だったという人いませんか?
白米しか食べたことない方、ちょっとチャレンジしてみて下さい。
by M.S |
1月16日(木)大寒
寒いのは辛いですけど、自然界の秩序は、これがないとまた困りもの。
私は大寒が近づくと、あー、やっとかなきゃと思うことが2つあります。
一つ目は、大根葉を干して干葉を作る。
寒い時期のものが薬効があるんだそうです。
煮出して、腰湯すると、婦人科系のわずらいに効きます。
何かよくわからないけれど不調という時も、やってみたら身体がスッキリしました。
たらいに入れて、下半身だけつかります。時々、差し湯してよくあたためます。
でも、軒下に干していてうっかり雨に当ててしまいました。実は去年もそれでパア。
今年はうまくできるかなぁ。
二つ目は、味噌の仕込み。
煮味噌、味噌汁、焼き味噌、ゆず味噌、ゆべし。一年中、味噌はかかせないので、やっぱり自分でちょっとは作りたい。
今年は自作の大豆で!と頑張ったが、天候のせいやら、何者かに食べられたやらで、ほとんど収穫できず、ガックリ。
今年もヨソのお豆でガンバロウ!
(失敗は成功の母なのダ)
by M.S |
1月6日(月)新春ドタバタ記
あけましておめでとうございます。
大晦日、元旦。我が家は初詣キップで伊勢方面へ行ってきました。
大晦日は浅間山登山、元旦は伊勢神宮参拝。2日間の有効期限をフルに利用して日帰りの旅でした。
ひたすら歩いて、ひたすら食べて、我が家にしてはリッチな旅。
しかし、例年に比べ暖冬とはいえ寒風はそれなりで、食べすぎと冷えと疲れで、翌、1月2日は6歳と3歳の娘が不調。腹痛を訴えるので下痢かと思ったら、腹部に触れると飛び上がる程痛がりました。たまってる、たまってる。しっかり便秘。
朝、第1大根湯を飲ませました。入浴前も飲んで、風呂で足浴(湯と水、交互に足を入れる。さし湯して、汗ばむまで続ける。)すればう〜んと代謝が良くなり、楽になるだろうとさっそく実行しました。
翌日、お腹のなかの塊が溶け出したかのようにドンと出ました。
「ヤッター!」バッチリと思いきや、熱の扉が開いたごとくガッと熱が上がり、加えて下痢となりました。
熱取りに頭をキャベツでくるみ、念の為、芋シップを胸と首の後ろにあてました。この日は足浴だけで就寝。
1月4日、熱は下がったものの、下痢はひどくないが、続いていました。くずがきを食べさせようと思ったら、きれているのでイトウテルミーの温熱をかけてやりました。次にトイレに行った時には、便はややまとまっていました。
食欲、元気も出てきてほぼ回復。ヤレヤレ、とんだ年始めでした。
第1大根湯・・・大根おろ盃1杯。しょうが少々、醤油大1〜1.5位に熱い番茶を注いだもの。
芋シップ・・・さといも。その1割分のしょうがをすりおろし、小麦粉でまとめる。綿布につけて貼る。
くずがき・・・くず粉を水で溶いて、透き通るまで加熱。下痢には片栗粉では効きません。
キャベツ・・・芯のところは薄くそいで、熱とり。やけどにも使えます。
by M.S |
12月20日(金)病は口から入る 病は口から治せ その1
クリスマス・大晦日・お正月。ご馳走三昧のシーズン到来!
楽しくって気分もゆったり、胃の方も大ぶろしきになって、ついつい食べ過ぎてしまう、なんてことありませんか?
こんな時、昔の人の知恵ってすごいなとつくづく思うんです。
「七草がゆ」という良薬を私達に伝え残してくれました。
春の七草でぜったいなくっちゃというのでも、ましてや「七草がゆセット」なるものを買ってこなくてもいいんです。
大根とかぶ、それに葉っぱがついていたら超グッド!(真ん中のやわらかいところをつまんで使います。)あとは、白菜や小松菜など手軽に手に入るものでもいいです。
野菜はみじん切りにして、おかゆを炊きます。
私はきざんだ野菜を少しの油で炒めてから圧力鍋で玄米がゆにします。
やわらかく炊き上がった野菜入りおかゆを口にすれば、野菜とお米のエキスが身体にすーっとしみ入るよう。
肉や魚でにごった血をサラサラにしてくれるんだよな、なんてイメージしながら、暴飲暴食でヘトヘトになった臓器をいたわってあげて下さい。
「米」の文字は、その昔、八十八回も手をかけたことから由来しているそうな。米作りそのものは、時代とともに変わっても米は私達の身体には欠かせない、大切な食べ物には変わりありません。
1月7日だけでなく、食べ過ぎて胃が重いけど、でも何か食べたいという時、ぜひ「七草がゆ」をオススメします。
by M.S |
12月2日(月)牛乳ってほんとに不可欠?
長女は生後まもなくから食物アレルギーで、牛乳及び乳製品はあまり食べさせずに過ごしました。
幼児期、学童期もアレルギーの状態により、給食の牛乳はひかえ、弁当持参の日も多くありました。(穀類をしっかり食べる。穀物菜食に心がけました。)
それでも、出生時1800gだった未熟児が今では高校生。
人並み以上(親の欲目かも)の頑強な身体に育ってくれました。
同じような食生活で育った現在中学生の長男も同様、牛乳にさほど頼らずとも固い太い骨、虫歯で歯科にかかったことのない歯をつくることができました。
成長には欠かせない食品に牛乳はとかく登場しますが、牛乳依存も問題がないわけではありません。
牛乳のメリットは情報化されやすいですが、逆はそうでもありません。
過去歴代の大人物は皆、牛乳を毎日飲んで育ったのかしらん?
たぶん、違うでしょう。
牛乳拒否論を唱えるわけではありませんが、牛乳に頼らない食生活も選択肢の一つなのです。
情報に流されることなく、自ら考え判断することの大切さを私は牛乳一つからも学びました。
by M.S |