食コラム               

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8月12日(木)    「とろくっさい」おはなし


 長男が中学3年の時でした。
腰パンで自転車の荷台に乗り、坂道をブレーキをかけずに蛇行運転。
結果どうなったか?

トーゼン転倒!
顔面をアスファルトにもろにぶつけ、なんと前歯損傷、という全くお粗末なはなしとなった。

 名古屋弁で言う「とろっくさい」おはなしなわけ。
虫歯で歯科にかかったことのない子だったのに・・・。
虫歯もなく育てるにはそれなりの努力があり、食べるものにもずい分配慮してきた。
私の父母、養父母の魔の手(見方によっては、孫可愛さの愛の手)も時には払いのけ、丈夫な歯の持ち主に育てたのに・・・・・・・。
 痛い、せつない思いをしているのは他ならぬ本人ではあるが、腹が立ってしかたがなかった。
私の思いをどうしようもなく、ぶちまけた。
普段なら「ウルセー!」と返す長男も、この時ばかりは小さくなっていた。
歯科医に「丈夫だったから、この程度ですんだ。」となだめられ、ようよう落ち着いた私であった。

 以来、私は子どもの事だけに心血を注ぐのを止めた。
手をかけることは必要だが、私の人生でもある悟った。
忙しさに振り回され、鏡の前に立つことも髪をとくことも忘れる私だったが、美容院には足を運び、自分の時間をつくるのに余念のない今日この頃の私であります。

                 by M.S
7月24日(土)   初夏の風物詩


6月に入ると私も子ども達も気が気ではない。
野山に自生する黄(木)イチゴがどんなぐあいだろうかと・・・。

タイミングを逃すと手に入らない。


今年は黄イチゴの開花期に雨が多かった為、花が落ちてしまったのか例年ほど実をつけていない。
去年は親指大程のものをいくつもほうばった。

イチゴを食べると心まで満たされてしまうのです。

黄イチゴはあまり口にはできなかったけれど、低めのところに自生する草イチゴ(?名称には自信がない)が多かった。
黄イチゴが葉の裏側に実をつけるのに対し、草イチゴは上向きに赤い実をつける。
草ムラで赤色を目にするとワクワクドキドキ、一つ視野に入ると、次から次、あそこにもここにもと広がっていく。イチゴワールドの至福感に酔いしれたのであります。


私にとってイチゴ採りはセラピーそのもの。
子ども達が成長し、巣立っていっても、この時期、私はやっぱり!
イチゴ採りでしょ!

            by M.S
2月15日(日)   冬のつぶやき T


昨年の米の作柄はかんばしくなかったのはご存知のとおり。
作柄の影響はしめ縄に及んでいるようで、例年になくワラが短かった。
品種のせいだろうか、専門家ではないのでよくわからないが、しめ縄を作り始めて何年になるのだろう。毎年、手は荒れるし、やっかいだとは思いつつ作り続けている。
まさに「継続は力なり」で上達はしているようだ。飾りに使う水引きも得意なものができてきた。


ところで米を主食にしていながら、ワラが生活から遠のいている現実を寂しく思っているのは私ひとりだろうか?

田舎に移り住んで、驚いたことの一つに、ワラがないことだった。
田園風景広がる地域でありながらハザかけも見かけない。
コンバインでほんの数日で稲刈り、脱穀までこなす。
”ワラがない”
これが私のしめ縄作りの事の発端となった。


以前、日本の生活の中にはワラがそこかしこに生かされていた。
ベッドが欲しいとせがむ幼い私に祖母が用意してくれたのはワラを束ねて布をはった簡易のワラベッドだった。まるでハイジの世界だ。
くどにほうろく鍋をかけ、小さく折りたたんだワラを振り動かし豆を煎った。
灰もそこかしこで活用されていた。
暖をとる火鉢の灰の中にみかんをもぐらせ、温めた。「こうすると消化がいいからね」と母が手渡してくれた。
正月、親戚が集まり、一つの火鉢に何人にも身体を寄せ合い、みかんユードのようなみかんを「アッチッチ」と叫びながら皆でほうばった小学生の頃の記憶が50近くなった今でもありありと思い出す。焼きみかんを食べるたび、郷愁をそそられ、私は好んで食べる。
おのずと子ども達もまねをする。
あるものは、ストーブの上に置いて、又あるものは、お風呂で温め、それぞれの好みでほっかほかみかんを楽しんでいる。風呂みかんも焼きみかんも、これも身体を冷やさないための先人からの知恵の一つだろう。
私が足りないのならそのように知識と知豆を駆使。食べ続ける努力が必要な年かなと思う。

今年の今年の暮れも一年のあれこれによりをかけてまたしめ縄で一年を締めくくることになるのだろう。

                        by M.S
1月13日(火)  おせち料理

暮れにおせち料理を作らなくなって数年になる。
忙しい一年のしめくくりに、そうじ、餅つき、おせち料理作りは少々荷が重すぎるとの結論である。
で、おせち料理は新年を迎えてからの作業となった。
何も私一人あわただしく走り回ることはない。と、いうわけで、年が明けてから、ゆったりとひまな子ども達との共同作業となった。

私の労働軽減と文化の伝承と一石二鳥である。
子ども達に人気なのは、芋ちゃきんとかもぼこの飾り切り。男女を問わず、思春期、反抗期真っ只中の子も、積極的にやってくれる。にぎやかな元旦である。

今年も無病息災、家内安全を心から願う。
                        by M.S



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