2000年のお勧め本はこちら


忙しい中でもぐっとくる1冊に出会えれば、それはそれで「生きててよかった」の想いにつながります。
で、やっぱり今年もこれで総まくりだ


1.青の炎 (貴志裕介)
2.ハンニバル
3.八月の博物館 (瀬名秀明)
4.最後の奇跡 (青山圭秀)
5.イエスのDNA
6.蒼天航路 (王欣太)
7.科学の終焉 (ジョン・ホーガン)
8.最終審判の日
9.千里眼三部作 (松岡圭佑)
10.脳の中の幽霊 (V.S.ラマチャンドラン)


.青の炎 (貴志裕介 角川書店 1400円)

 貴志裕介との出会いについてはかつて別稿に記載したが、これまで彼の作品は全部フォローし、そのどれもが「当たり」であった。「黒い家」は映画化され、大竹しのぶが好演しているとの風評につい家内と見に行ったら、全然駄作で「こんな映画でも誉めさせられる評論家とはなんと哀れな生き物であろうか?」と慨嘆させられた。原作の主人公はもっと仕事のできる身体頑健な保険マンのはずが、映画ではちょっとしたことでもおたおたする意志薄弱な青二才になっている。というか、日本映画には最近まともな骨太の普通のサラリーマンを描く能力が無いようだ。きっと作っている監督もカメラマンも全員普通の社会で通用しないような意志薄弱で気弱なやつらばかりだからではないのだろうか?原作の魅力をぶち壊しにされた腹いせについそんなことまで口走ってしまいそうだ。その後「天使の囀り」(これはまた名作!あまり売れなかったみたいだけれど、医学的にも間違いが少ないし、寄生虫と宿主の生態系を考える上でも魅力的な仮説を立てている。)、「13番目の人格−ISOLA-」、「クリムゾンの迷宮」ときてストーリーテラー貴志裕介おそるべしと思っていたら、この「青の炎」である。昨今の17歳の少年の異常犯罪に心を痛めているおじさん、おばさんにこの小説を読ませたい。この主人公のリリカルな心情は痛みとして私の胸に突き刺さった。忘れていた私の高校時代が小説を通じてありありと蘇った。それとともに、17歳になる私の長男の心も伝わってきた。少年の心とはこれほどみずみずしく、傷つきやすく、生き生きとしていたのだ。そして、最後に少年をかばう同級生の少女の心にも胸を打たれる。少年の日、自転車をこいだペダルの重さをもう一度思い出したい人にこの1冊をささげたい。


.ハンニバル (トマス・ハリス 新潮文庫 上704円下743円)

 文句なしに20世紀末を記念する最高の犯罪小説。前作「羊たちの沈黙」から7年。犯罪の帝王「ハンニバル・レクター」が帰ってきた。舞台が素晴らしい。フィレンツェ旧市街での追跡劇とヴェッキオ宮殿での惨劇。3年前フィレンツェに3日間滞在して市内をくまなく歩き回った私には、「そうそうあそこは道幅が狭くて薄暗いんだよね。」とか「ポンテ・ヴェッキオのたもとは混雑してるんだよね」って感じで脳裏に、ハンニバル・レクターと追跡者たちの姿がヴィジュアルに浮かぶのでした。それとクラリス・スターリングです。「羊たちの沈黙」では優秀なFBI訓練生だった彼女は、その後はつらい日々を送っていたのですねえ。どうしても映画の「ジョディー・フォスター」の顔で情景を浮かべるんですけれど、「ハンニバル」の映画化では彼女はクラリス役を辞退したとか。まあ、中盤からクラリスがハンニバル側からも追跡者たちからも狙われる形になるので、「お願いだからクラリスには手を出すなよ。頼むよ。勘弁してよ。」って気分で読み進むわけです。で、あの凄絶なラスト。もうたまんなかったデス。究極の犯罪によるカタルシスの世界。これを映画にするって言うけれど、こんな怖い映画は私は絶対見ません。活字で想像するだけでもう十分!!

で、映画見ちゃいました。ちょっと残念。映画のレクター、最後に善人になっています。もっと信じられない悪の恐怖を最後まで貫き通して欲しかったなあ。


.八月の博物館 (瀬名秀明 角川書店 1600円)

 前作「brain valley」が絶品の部類に入っていたので、この新作も期待したのですが、出来としてはいまいち。でもbest10には入ってくるのだから、やはり瀬名もたいしたもんだ。この小説でチョット許せるのは、瀬名の本音の「もうアイデア出てきませーん」という泣き言が随所にちりばめられているところだ。こんなこと書く小説家は志賀直哉以来ではないか?志賀の泣き言を「私小説」と勘違いして持ち上げた提灯持ちどもが日本の文学をダメにしたのだろうが、瀬名は泣き言からホラ話を膨らませにかかっている。これは新手法!で、今回のホラは「Vertual Reality = タイムマシン」という必殺技なのだが、このホラの中で、どれくらいドラマが構築できるかが勝負どころだったはずだ。
 今まで読んだタイムマシンものではJ.P.ホーガンの「未来からのホットライン(創元推理文庫)」が白眉だったが、今回の瀬名の物語はホーガンには届かなかった。ただ、日本人初の「理論的タイムマシンホラ話」として、記憶にとどめたい。


4.最後の奇跡 (青山圭秀 幻冬社 2000円)

 1999がノストラダムスなら、ミレニアムはやはりキリスト教です。で、私も夏にバチカンに詣でてまいりました。キリスト教の本場は2000年で盛り上がっておりまして、100年に一度開かれる「清なる門」も開けられて、敬虔な信者さんたちはそこから聖堂内に入場するのです。「クルーセーダーズ」の腕章をつけたボランティアがバチカンのあちこちで警備していまして、タンクトップとか半ズボン、ジーパンなど聖なる年にふさわしくない恰好をした観光客が聖域に入ることを阻止していました。で、敬虔な浄土宗門徒の私たち家族は、「これはえらいこっちゃナンマンダブナンマンダブ」とつぶやきながら、たくさんの聖遺物を拝み、美術品を目の当たりにし、あらためてバチカン・カトリックの奥の深さに驚嘆いたしました。で、カトリック門徒が最近はまっているらしいのがこの「無原罪のマリア様の御出現」でして、あちこちのマリア様が涙を流したり光り輝いたり太陽をくるくる回したり、年端の行かぬガキにとりついて、「みんな仲良くしてね」というような御言葉をつたえてくださったりするんだって!で、この青山圭秀の「最後の奇跡」っていう小説なんですが、渋いのです。まず著者がマリア様を深く信仰し、愛しているのがすごくよく伝わってくるのです。その結果、登場人物の修道院のシスターが、とても清純で素敵なのです。最近の小説ってのは、ちょっと美人のヒロインが出てくるとすぐエッチしちゃったりして大変幻滅なのですが、その点、このシスターは最後まで唇ひとつ許しません。素晴らしい。で、最後の奇跡というからにはどんな奇跡が待っているのかと散々じらされじらされ、うーん最後まで読まされちゃった。日本にもカトリックの心が息づいていることを思い知らされる不思議な逸品です。それとほんの装丁がいいです。装丁で言うなら2000年No.1でしょう。


.イエスのDNA (レオンシオ・ガルツァバルデス 成甲書房 1900円)

 1昨年の私の本棚でトリノの聖骸布について取り上げましたが、私の予想していた有力な反証が出てきたと思います。ガルツァバルデスの論点はただひとつ
「布にはかなりの生きたバクテリアが付着しているので、炭素年代測定法の結果にくるいが生じる」
ということです。電子顕微鏡写真でアマ布の線維の50%以上が当初織られた時以降に付着したバクテリアの皮膜に置き換わっていることが明らかにされていますから、著者の論理は正しいものと考えられます。よって炭素年代測定の結果の1300年代という測定値は信憑性の無いものとなりました。そうなってくると、やはりイアン・ウイルソンの文献考証からの「本物説」が力を得てきます。
興味の尽きないあなたは以下のホームページをご参照ください。
http://www.shroud2000.com/index2.html
http://www.shroud.com/menu.htm
http://sindone.torino.chiesacattolica.it/en/welcome.htm


6.蒼天航路(王欣太 講談社 週刊モーニング連載中)

 一般に本好きで漫画嫌いの人間などいないと私は思っている。逆に漫画は好きだけれど本は嫌いという人間はいくらでもいる。これは単に、目から脳へ送るデータの送信帯域が広いか狭いかの問題に過ぎないと理解している。送信帯域の狭い状況では一度にたくさんの文字情報を頭の中でいちいち画像データに変換できないのでハングアップしてしまう。よって未圧縮の画像データを直接目から入力する必要が出てくる。それだけのことなので、西部邁のように「漫画など読むのは家門の恥だ」などと考える輩は、根本的に大脳生理学を理解していないのかなあと推察している。(西部は最近はよしりんの漫画だけは読んでいるらしいが、)
で、漫画における傑作はというと、
1.マカロニほうれん荘
2.スラムダンク
3.柔道部物語
4.沈黙の艦隊
5.じゃりんこチエ
といったところを挙げたい。まだまだ「ギャンブラー自己中心派」とかにったたつおのほとんどの作品とかいしいひさのりとか「人間交差点」とかもいいし、「葛飾亀有」の両さんも好きだし、現在進行形の中では「バガボンド」とか「ワン・ピース」に注目しているのだけれど、あえてここで一発挙げるとしたらやはり「蒼天航路」で決まりでしょう。
魅力はずばり「歴史の多面性」の撥露です。曹操という、これまで悪役にされてきた人物を主人公に置き、「三国志演義」の中ではあまり触れられてこなかった「青州黄巾党」との戦い。陳宮の呂布への想いなどを取り上げ、官渡の戦いでは圧倒的な袁紹軍に対しての、人の心の闇までもを力として取り込む曹操の魅力を余すところ無く描ききってきています。いよいよ物語りは佳境へと突入。赤壁の戦いを目前としていますが、さて孔明は、周瑜はどうするのか。しかし、私の大好きな諸葛孔明がこの物語ではデカマラの変態のように描かれているところには、ちょっとちょっとという気もするのですが、 


.科学の終焉(正・続)(ジョン・ホーガン 徳間書店 正2500円 続2500円)

 20世紀初頭に相対性理論と量子力学が生まれ、第2次世界大戦で原子爆弾が使用され、冷戦時代は圧倒的な科学力を持つ米ソ2大国の思惑ひとつで、人類が滅亡する恐怖におののく30年を過ごし、ソ連が崩壊してみたところでバブルも崩壊し、20世紀後半を満たしていた巨大科学がいつしかマイクロチップに代表される情報工学にとって代わられ、一般人民は「なんかだまされているような感じ」を受けているところに「本当のところはどうなんだ!」的に門外漢のジャーナリストが科学の現場の最先端に突入してみたら、あらま!何もかもわからないことだらけではありませんか?どうなっちゃっているの?と言っている本です。よくわからないのは「筒井康隆監修」と銘打っているところなのですが、筒井康隆がどこをどう監修したのかさっぱりわかりません。まあ、知った人が「いい」というなら買ってみようかという消費者心理をくすぐるために徳間書店が筒井に名前を借りたのでしょうが、こういう本の売り方は感心しないぞ!
で、科学側に身を置く立場からすると、「そんななにもかも分かっているはず無いじゃない」と思うのだが、どうも世間はそうは見てくれていないらしいし、分かっていないことについて一般人ほどイラつくものらしいと再認識させられました。そういえば、先日本屋で見かけたGAKKEN MOOKの「科学の危機」という解説本も、目次に「こんなこともわかっていない。」「相対論にも間違いがある」「ブラックホールは幻想だ」などと書き連ねてあるので、「ええっ?なんだなんだ?」と思って買って読んでみたが、どの記事も「おいおいもっと勉強しろよ。」と言うレベル。十分「と学会」の嘲笑に使える内容であった。ジョン・ホーガンが何を持って「科学の終焉」と呼んだかをこうした風潮から読み解くならば、「何もかも分かった振りをしているから科学と言う言葉を信じていたのに、まだ分からないことがあるなんて知らなかったわ。もう私科学なんか信用せずにオウムでもエホバでも信じちゃうわ。」というオバカ女と同じだと思われる。ジャーナリストと称する人種の知性のレベルが危険水域に達している可能性があることを再認識させてくれる本。


.最終審判の日 (グレン・クライアー 徳間書店 2000円)

 バチカンに旅行してから少しキリスト教にかぶれて見まして、「封印のイエス」「真説・聖書・イエスの正体」「キリスト教・封印の世界史」「契約の函」「黄金と灰」なんて濫読していました。で、面白かったのがこれ。カトリックは自らの正当性を保つためにグノーシス主義の説く「誰でも心を清らかにし、神の声に耳を澄ましたときに、主の再臨を目にする」という教義を異端として退けてしまった結果、もし本当に主イエスが復活したときにはバチカンは主イエスを否定せざるを得なくなるのではないかと言う寓話をSF仕立てで描ききっています。バチカンのサンピエトロやローマの町が舞台となり、再臨した主の奇矯な振る舞いに振り回される宗教的権威者。ミレニアムを超えて21世紀に向かうキリスト教信者も、結構悩みが深そうな感じです。


9.千里眼3部作 (松岡圭佑 小学館 )

 松岡圭佑の処女作「催眠」はそのころちょっと話題性のあった「多重人格」の女とそれを治療するカウンセラーとマスコミのもてはやすインチキ催眠術師の奇妙な絡み合わせが目新しかったが、稲垣吾郎と菅野美穂による映画化でちょっとした人気を集めた。この辺で私は自分の興味の感じ方と世の人々の興味の感じ方の差異に気づいた。私は理解されない精神疾患に苦しむ主人公の痛々しさに心を動かされたが、一般にはカウンセラーの嵯峨が説く所のちょっとした目つき、表情筋の歪みから相手の心のうちを読もうとする技術に人気が出ているらしいのだ。これは、テレビや雑誌によく出てくる「あなたが歩いていたら向こうから茶色いイヌと白いイヌがやってきました。あなたはどちらのイヌに噛み付きますか?」といったくだらない「心理テスト」と同じではないか。ああ、一般大衆の愚昧さはどうしようもないところまできているのではなかろうか?(千里眼ホームページの心理テストを見てみてごらん。私の言っている意味がよく分かるでしょう。)で、この千里眼3部作ですが、まあ岬美由紀という主人公をどう表現したらよいのでしょう。航空自衛隊でずば抜けた腕前を持つパイロットで人の心を読み取るスーパーカウンセラーで、中国拳法には堪能で、内閣総理大臣も官房長官も一目おく直属の「国家公務員」で、ナナハンのバイクを乗り回すし、ODAでアフリカに行って突発的に現地の戦闘ヘリに乗り込んで、現地のヘリコプターをミサイルで打ち落としても、拘留もされずにすぐ帰国するし、拷問されてもブラジャーもパンツも脱がされなくて、そのまま雲南省の山奥に連れ込まれても、ヘッチャラで着替えひとつせずに町に出てきて、10万人の中国人民を気功1発で吹っ飛ばして、
「こいつは女のシュワちゃんだ!」
ということがよーっく分かりました。小学館も売れるからって、ここまで荒唐無稽なお話にそう肩入れするなよな!で、3部作と言いながら、第4作がまた出てくるそうです。でもうちのかみさんは岬美由紀のファンのようで、結構楽しんで読んでいます。
「面白ければそれでいいのかー!!」
と言いたくなる作品です。(まあ、この手のエンターティンメントも出てくることで、総体として出版界が活気ずくのも悪くない。)


10.脳の中の幽霊(V.S.ラマチャンドラン 角川書店 2000円)

 現代の神経学は、遺伝子工学や情報工学のhigh technologyのレベルからの脳の研究に邁進しており、それはそれで面白い世界なのですが、古くからの患者の症状、愁訴から多くのことを学び取ってきた臨床神経学の蓄積の成果を、この本から学ばされる気がします。人間の意識が、いかに単純にだまされやすいかが簡単な実験からわかります。この本にはそうした実験の数々が具体的に記述されており、読みながら確かめ、納得し、新しい世界へと誘われてゆきます。私たち外科医は手術をしているうちに、手術で用いるメス、ピンセット、鉗子の先が、まるで自分の指先であるかのような錯覚を覚えることがあります。お腹を切開せずに胆石の治療をする内視鏡手術を初期導入するときには、「そんなマジックハンドのような鉗子で細かな剥離操作ができるかなあ」という疑問を呈する意見が多かったのですが、実際にテレビモニター下にマジックハンドを使い始めるとものの2、3回の経験で、マジックハンドの先をまるで自分の指先のように感じはじめました。この本を読んで、脳が自分の支配する指先、足先の感覚を常に再構築しながら外界とのインターフェースを取っていることがわかり、兼ねてからのなぞが解けた感がしました。視覚の錯覚を人為的に惹き起こす方法も豊富に例示され、我々の意識と言うものがかくも脆いものかと驚きました。「私がこの目で見たことだから間違いない!」などと平気で断言して憚らない人にはぜひご一読していただきたい。