3月の期末を切り目に、みんなで一緒にやってきた「里山塾」や「哺乳類研究会」などの活動から"年"を感じて身を引くことにしました。そこで、若干時間に余裕ができたことから、好きな釣りや仏像巡りに残りの時間を費やしていくことにしました。
 おりしも「令和」という元号が始まりました。「里山塾のHP」を削除する必要もありこれを機にHPも一新することにし、今までの「釣り記」や「旅行記」を1つにまとめ「つれづれ記」として残していくことにしました。
 ぜひこのコーナーにも訪れてください。そして、みなさんの声を聞かせてください。


<室生寺行>

 
「近鉄沿線・もみじ」 でインターネット検索をしたところ奈良の案内の中に「室生寺」が出てきた。室生寺には50年ほど前に一度訪れたことがある、が記憶にのこっているのは”川沿い”にあったということと室生寺という名前だけである。そこで今回の近鉄の旅は室生寺にすることにした。
 早速駅探でルートを調べてみると、越戸駅を7時21分に出発する電車か、8時5分に出る電車に乗ると室生寺口から室生寺へ行くバスの都合がよいことが分かった。
 昨今毎日が日曜日の身であるため、日々起きる時間がばらばらである。出たとこ、いや起きたとこ勝負で電車を決めることにした。

 11月15日金曜日。起床5時40分。まるで遠足の日の子どものように早く目が覚めた。前日の予報通り雲一つない快晴である。早く起きることができたので余裕をもって7時5分越戸駅出発の電車で行くことにした。

 名鉄三河線は通勤通学の人たちで8割乗車の状態であった。次の梅坪駅で豊田新線に乗り換えである。梅坪駅のホームは三河線に乗る人と豊田新線に乗る人でごった返していた。
 幸い豊田新線は空席も残っていたため座って伏見まで行くことができた。伏見から名古屋駅までは1駅である。伏見駅のホームはラッシュ時で長い列ができていた。乗れたのは2本目の電車であった。
 
 近鉄はホームの中でも特急券を買うことができる。名張までの特急券を購入し特急専用ホームに向かった。
 
 電車は定刻通りに発車した。津まではところどころ主要な駅には停まっていたが、津から名張まではノンストップで駆けていく。なるほど、伊勢方面との分岐点を過ぎたあたりから急に家並がまばらになり、しばらくすると電車は山の中を走っていた。トンネルをくぐることも度々であった。
 名張につくとホームの反対側にすでに急行が待っていた。名張より3つ目の駅が室生口である。

 室生口の駅は高台にあり、駅員はいなくて、女の人が一人掃除をしたり観光の案内をしたりしていた。
 
 室生寺往きのバスは駅の下の広場に停車していた。電車から降りた人は10名ほどであったのに発車時刻になるといつの間にか満員になっていた。
 終点の室生寺ではバスは町の外れに止まった。そこから川沿いに5分ほど歩くと、左手に赤い橋が見えてくる。モミジの名所と案内にあるように、朱塗りの橋を抱え込むように枝を広げた紅葉した楓の木が出迎えてくれた。橋を渡ると立派な門に突き当たる。ここからが室生寺の境内である

 門の前の道を右手に進むと受付がある。ここで入場料を払って境内に入る。
 仁王門をくぐると池のある広場に出る。広場では赤や黄色に着飾った木々が遠来の客を出迎えてくれる。広場を抜けると階段がある。階段を上がったところでまず最初に出会うお堂が金堂である。
 ご本尊は釈迦如来で、右に薬師如来 地蔵菩薩、左に文殊菩薩十一面観音菩薩、そしてその前に十二神将が並んでいる。
 いつもそうであるが、一見くすんで朽ちかけたような古い木造の彫り物であるのに、じっと眺めているとそのしぐさ表情が次第に命を帯びてきて何かを問いかけているように思えてくる。
 金堂の左手には弥勒堂があり弥勒菩薩と釈迦如来が安置されている。
 
 さらに階段を上ったところに本堂がある。実は金堂が本堂であると思ったのに、堂の前にある「本堂」という表示を見て一瞬意外に思った。案内には真言密教のもっとも大切な法儀である灌頂を行う堂であり、したがって室生寺の中心となる堂、即ち本堂ということであった。ここには室生寺の本尊如意輪観音菩薩が安置されていた。
 
 本堂からさらに階段を上ったところに五重塔がある。五重塔としては若干小柄ながら、木々の中にたたずむ朱も鮮やかに整った姿はしばし感動を覚える。

 五重塔を右に見てさらに階段を進むと「奥の院」の案内表示に出くわす。奥の院への道は最初は珍しくなだらかな道が続く。左にカーブする道をしばし進むとやがて目の前に手すりのついた幅の狭い急な登り階段が現れてくる。上を見るが階段しか見えない。階段をやっとのことで登り切ったのに、また階段が現れる。どこまで登れば奥の院にたどり着くのだろうか、とちょっと後悔を始めたところにちらっと建物が見えてきた。あと少しと喜んだのだが、急階段はさらに続く。
 へとへとになってたどり着いた奥の院・御影堂は、建物は立派だが中は広い板の間になっていて、その周りに位牌が並んでいる、なんとも殺風景なお堂であった。案内には弘法大使の像が安置してあるとのことであったが、なんど見回しても姿を見つけることはできなかった。
 
 奥の院からの戻りは急階段を下ることになる。階段の幅が狭く1つ1つの踏み石の角度が異なっているのでバランスを崩しやすい。手すりにつかまって歩こうかとも思ったが、年寄りに見られたくない(実際には年寄りなのに)という気持ちが働いて真ん中を歩いた。時々ふらっとすることもあったが、なんとか無事に降りてくることができた、とほっとしたところで最後の段を踏み外して転倒。やはり自分は年寄りであった。

 室生寺が女人高野と言われる所以は、女性にも開放された真言密教の寺であるからと説明書にある。それ故か、どのお堂の前にもお参りするときに唱える真言が記してあった。
 また、この険しい山、そして急な階段、この寺が真言宗の厳しい修行の寺であるということもうなずくことができた。
 
 室生寺見学の後、時間も十分あるので近くにある龍穴神社によった。訪れる人もほとんどなく、広い森の中にひっそりとたたずむその姿に神のやどる森、神苑を感じ思わず頭をたれ手を合わせた。
 昼が少し過ぎていたが、それから名張によって昼食をとり、名張の街を少し散策してから帰路についた。
 


 
涛魚先生のつれづれ記