Chapter.9


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初めこのChapter.9だけは、作るべきか否かためらいがありました。
しかし、我が家のモモンガ達の記録として残すべきならエピソードとして書きつづるべきと判断しました。



〜神衣ちゃんとの別れ・・・〜

 神衣との別れは2002年1月26日のことでした。10月頃から「大河」「美影」に比べて「神衣」はヒマ種を食べにくそうでした。だんだん鼻の部分が膨らんでクシャミをする様になったので、医者に連れていったのですが、捕獲して見ることが困難なため、「風邪」と断定して薬を飲ませてあげていました。それで一端は良くなった感じで安心してました。
 1月になって25日にいつも以上に懐いてきて、私の肩の上に乗り、何かを訴えて鳴いていました。26日の午前中に「神衣」が突然藁巣から落下して、動きが鈍くなりました。これはおかしいと思い、急いで医者に連れていったところ、もうほとんど動きがなく、先生も「これはあぶないな・・・」と言われました。一応注射をしてもらったことで、意識を回復しましたが、先生に調べてもらったところ、上の歯が折れて、鼻の裏に食べ物が溜まって呼吸困難を起こしていたのでした。もっと早く気付いていれば・・・自分の未熟さをあらためて知らされた気がしました。
神衣のお通夜
天国へのメッセージ
 それでも意識が戻り、動ける様になったので、自宅に連れ帰って暖かくして看病していました。しかし夕方、病状が急変し仰向けになって脱糞して絶命してしまいました。先生が急遽自宅に来て最後を見とってくれましたが、原因は鼻で呼吸できなかった分、口で呼吸しざる負えなくなり過呼吸となり、お腹に空気が溜まり過ぎたためだった様です。夕方から振り出した雨が「神衣」の無念の涙に思えて仕方ありませんでした。
 涙にくれながらも、その日お通夜をしてあげました。翌日は友引だったので、翌々日朝、出勤前に名古屋市の八事霊園に亡骸を持って行きました。火葬に出棺してその場を後にした時、「神衣」との10ヶ月余りの思い出が甦ってきて、涙が止め処もなく流れました。

〜静音ちゃんとの別れ・・・〜

 2003年5月には私自身が病気になってしまい、しばらく自宅療養をすることになりました。この年、我が家のももんがーずは出産回数が異常に多く、これ以上増えたら面倒が見切れなくなると考え、部屋割りを変えて全てのオスメスを隔離しました。しかし、特に仲の良かった「静音」と「雪那」は、これが辛かったみたいで、いつもゲージ越しにお互いを呼び合っていました。
 お盆休みの真っ只中8月16日、突然「静音」の動きがおかしくなりました。何か止まり木につかまっていてもバランスが悪く、最後には落下してしまいました。敷いてある藁の中で苦しむ「静音」。お盆ということで医者にも連れて行けず、その日は徹夜の看病をしました。翌日は東京に行く予定でしたが、急遽取りやめ「静音」に付き添いました。しかし朝方8:30頃「ひゅーん!」と最後の絶叫を残して息を引き取りました。「神衣」の時と同じく助けてやれなかった自分に無力さを感じました。
 お通夜はせず、この時はその後すぐに納棺して八事霊園に向かいました。火葬の出棺をして「神衣」の時と同じ様に思い出が甦ってきて、自然とやっぱり涙が出て来ました。ちゃんと天国に行けることを願って、動物慰霊碑にお参りをして、その日は帰りました。
神衣、静音、雪那が眠る動物慰霊碑

〜雪那ちゃんとの別れ・・・〜

笑顔の瞬間で6月月間ベスト5になった時の雪那
 「静音」が亡くなって一週間ショックで病気が悪化した私は、ついに入院を余儀なくされました。診断結果で3ヶ月は入院しなければならないこととなり、ももんがーずの世話が出来なくなってしまいました。しばらくは妹に仕事帰りに寄ってもらい、エサやりと掃除を頼んでしのいでいましたが、9月の18日病院で「雪那」が急死したことを 知らされました。病院で「雪那」の亡骸と対面した時は、気が狂った様に泣きわめき「ウチに帰りたい!」と繰り返し訴えていました。
 なんとか気を静めた後、「雪那」も八事霊園にて火葬をお願いしました。多分、「雪那」は「静音」という相棒の死を知って寂しかったんだと思います。6月には「アイリスペットどっとコム」の月間ベスト5になったのに、それが遺影になってしまうとは・・・こうして、我が家のももんがーずは2匹が立て続けに亡くなって11匹になってしまいました。

〜ももんがーずとの別れの決断・・・〜

最後の日「吹雪」
最後の日「愛流」
最後の日「愛流と大河」
 「静音」「雪那」を立て続けに失ったことで、我が家のももんがーずの危機感が募る一方で病気を治すことに焦りが出てしまいました。そして10月に入り、妹の仕事が忙しくなってしまい、とうとう世話が出来なくなってしまいました。10月1日に外泊した際に自分自身も、ももんがーずの世話が出来ない状況に陥ってしまっていることを悟りました。そしてみんなに土下座して謝り、引き取ってもらう決断をしました。
 10月15日妹の知り合いの動物配給業者の方に全員をゲージごと引き取ってもらいました。上の3枚の写真は最後に撮ったものだそうです。こうして我が家のももんがーずとの生活は2年半で幕を閉じました。
東山動物園のタイモモ1
東山動物園のタイモモ2
東山動物園のタイモモ3
別れのメッセージ
 年を越して2004年。本厄を迎えた私は厄払いに行き、その帰りにも「神衣」「静音」「雪那」の眠る八事霊園の動物慰霊碑にお参りに行きました。
 まだモモンガ達を忘れられないこともあって、東山動物園にいるタイリクモモンガを見にいったり、ペットショップを覗いてタイリクモモンガがいないか探したりしました。しかしあの子達に会えるわけもなく、会えたとしてももう再び飼ってやることもできないため、思い出を整理するしか思いつきませんでした。
 1月21日なんとか退院をしたので、書初めとして左の様な総勢14匹の名前と別れのメッセージを書いて床の間に置きました。「我が家のモモンガ達に幸あれ!そして時の交わる処で再び会おう!」と・・・また会える。きっと会える。そう信じて生きていきたいと思っています。とりあえず二年半の短い間だったけど、自分には長く心が充実した思い出になったことは間違いないです。ありがとうみんな!いい飼い主の下で元気に行き続けてくれ!自分も頑張るからね!



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