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わが家の出来事
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2009年12月の出来事

月が替わっても師走の訪れを感じさせない気温が続いています。
でも、山の木々は葉っぱを風に託して身軽になり、厳しい冬の備えを

進めています。早いもので、もう平成21年、最後の月となりました。
(記 12/05/2009)

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12/31
「泰阜にて」

 今年の暮から正月にかけては、おばあちゃんの介護が中心の里帰りとなりました。

 ← 小雪がちらつく極寒の中、餅つきは、次男家族が協力してくれ助かりました。
































 この夏に、寝たきりプラス認知症を発症してしまったおばあちゃんですが、笑顔で年を越せたことは皆の喜びです。おばあちゃんは、もう一人では何も出来ない状態なので介護ランク5です。おばちゃんの介護がとっても心地よいと感謝していました。
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12/19
「この冬初めての雪化粧」

 あたり一面が薄っすら白くなりました。チョット早めのクリスマスプレゼントだったかな?昼過ぎには日陰を除き消えてしまいました。

















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12/12
「我が家のクリスマス&忘年会」

 年末はお互い忙しいということで、今年は予定を少し早めてやりました。午前中は畑の仕事納めに、ハヤトウリとトマトの支柱の撤去作業を手伝ってもらいました。午後は孫達のリクエストでプレゼントを買い、夜、我が家で食事会をしました。師走というだけで気分的に忙しく思うのですが、仕事などで都合がつかず、今回、3人が参加できませんでした。次は新年会になるけど、全員集まれるといいけどね?


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12/6
「猿投(さなげ)〜西中金(にしなかがね)間の線路が顔を出した」

 今回借りた畑の横を、かつて名鉄のレールバスが走っていたことは話に聞いて知っていましたが、秋になってその線路が姿を現しました。農道を挟んで直ぐ横にレールが見え、その近さにビックリしました。夏の間はクズが生い茂り全く見えなかったのですが、草が枯れた最近整備したようです。この路線は名鉄三河線(山線)の一部で、不採算から’04年3月末で廃線になっています。突然綺麗にしたのには、何か訳があるのかな?

















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12/1

/7
「今年の行事の締めくくり」

 今年のイベントの最終を飾る「ちゃるま展」が今月初めから開かれ、おばちゃんは賄い係として関係者の食事作りに頑張っています。裏方ですが結構大変なようで、家に帰ると食事をして、炬燵に入ったらすぐ眠っちゃいます。




































2009年11月の出来事

 秋の深まりが近隣の里山や公園まで降りてきました。木々が赤や黄に染まりゆくこの頃。その鮮やかな色の移り変わりは、クロロフィル(葉緑素)によるものだとか。春から夏まで葉を緑に色づかせたクロロフィルは、秋、気温が低くなると分解。イチョウなどは、緑色に隠れていた元々の黄色が表れ、カエデなどは、分解されたクロロフィルが葉の中の成分と反応し、赤い“もみじ色”になるそうです。私達の目を楽しませてくれるのは束の間で、木の葉は風に身を委ね枝から離れていきます。11月に入って急に寒くなり、木枯らしが吹く日も近くなりました。

(記 11/04/2009)

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11/28

/29


「引越しを始めました・・・ ボチボチやろう!」

 今回は長男の助けを受けて、重量級のアスパラガスの引越しをしました。植えてから4年ほど経ち、株が直径1m以上に成長していて、3人掛りでもビクともしないので4分割して運搬しました。今年からやっとまともな収穫が出来るようになったばかりなのに、移植は樹勢を落とすので残念です。ミョウガも半分ほど運びました。これから寒さに向かうので心配ですが、春には元気な芽を出して欲しいものです。家に帰って、鍋で冷えた体を温めました。

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 11/22
「豊田市自然観察の森にて」



















 竹林整備で切った竹を使って布を染めるというイベントが「豊田市自然観察の森」で開かれ、おばちゃんが講師を務めました。所属する「あべまきの会」の皆さんの協力の下、30余名の方々がチャレンジ。屋外での行事なので天候を気にしながらの半日でしたが、ギリギリセーフで終了できたとか。以前からの準備も含め気力・体力とも、かなり使ったようでお疲れ気味。「ごくろうさん」でした。ちなみにこの施設、今年の12月27日が最後で、来年の6月3日まで新ネイチャーセンター開設準備のため休みとなり、駐車場の利用も不可だそうですよ。
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11/14

/15
「機械力に頼って」

 飯田市に住み、建設関係の仕事を営んでいるおばちゃんの弟が、畑の再生に力を貸してくれることになり、バックホー(ユンボ)をトラックで陸送し、二日間に渡り頑張ってくれました。
 両日とも夕暮れまで掛かって、10年ほど放置され原野状態だった所がやっと畑らしくなり感謝です。
 おじちゃんとおばちゃんは、掘り出されたクズや竹の根の整理。二日目は長男の応援も得ました。結構腰にくる作業で、畑の脇には、それらの山がいくつも出来ました。

























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11/8

「今週は脱穀の手伝いにおばちゃんの実家に」

 今週も早起きして、おばちゃんの実家に行って来ました。



















 先週の日曜日とは打って変わった作業のし易い天候となり、3時間ほどで脱穀が終わりました。大人7人で作業が進み、同時並行でハザの後片付けまで手際よく出来ました。少し遅めの昼食を頂いた後、お墓参りをして帰路につきました。
 山は紅葉の真っただ中で、例年ならもう少し鮮やかなのですが、今年はくすんだ色合いになっています。


 おじちゃんは、前日のタマネギの苗を植える作業で腰が痛くなり、今回はビールを飲む手伝いに行っただけとなりました。


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10/31

11/1

「柿採りの手伝いに泰阜へ」

 10/31 おじちゃんとおばちゃんは、柿の収穫の手伝いに金野へ行って来ました。おばあちゃんが寝たきりになってしまったため、今年から生柿の状態で加工業者に引き渡します。次男も小6の子供を連れ応援に来てくれました。おじちゃんの従兄弟、小林さんの指導のもと頑張りました。コツが掴め収穫のピッチが上がった頃はもう夕暮れ、一日が早かったです。

 11/1 左京で脱穀の手伝いをする予定だったのですが、午後から雨降りとの予報から中止になったので、前日に続いて柿の収穫をしました。予報より遅れて午後3時に雨が降り始めたので、脱穀をやっていればギリギリ終わったかな?でも農業はお天気次第というところもあるので仕方ありません。また次の機会に出直すことにします。









2009年10月の出来事

10月入りし、朝晩肌寒さを感じる日があります。野山の木々も色つき始め、
冬の準備を始めたようです。忙しさに耐え、頑張っていたおじちゃんが
風邪を引き高熱でダウン。今はセキが残るだけになりましたが、
歳には勝てないのかな〜って言ってます。(記 10/05/2009)


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10/26
「しらびそ高原に紅葉を訪ねたが」

 おばちゃんは、知り合いのご夫婦を案内して「しらびそ高原」の紅葉を訪ねたのですが、落葉が進みいつも綺麗だった山頂から見る錦のジュウタンは既になくガッカリ。台風18号の影響もあったのでしょうか?しかも、雨降りに当たってしまったこともあり、近年まれなツキのない一日だったとか。それでも麓の方では、この近辺では見ることができない綺麗な紅葉に出会えたこと、旦那様が熱望した「干し柿つくり」の話を金野のおじいちゃんに聞けたことは良かったって言ってました。今回の12時間に及ぶ日帰りの旅の写真は1枚もなし。残念!!
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10/25
「整備は遅々として進まず」

 田舎のおばあちゃんが寝たきり状態になってしまったことで、そちらに時間を取られて新しい畑の整備が進みません。

 ↓ 7月中旬の様子  写真右は現在(後に古墳、その更に後は東海環状自動車道が見える)


















 4ヶ月かかって、やっと全体が見通せるところまで漕ぎ着けました。面積は今借りているところの1/10程ですが、10年以上放置状態だった(草木、竹などが生い茂っていた)と見え、原野の開墾と同じような苦労がありました。実際に畑として使うためにはクズの根や木の根、竹の根を取り除かなければならず、今度は重機の力を借りなければなりません。おばちゃんの弟にお願いする予定です。
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 10/17
 /18
「脱穀と稲刈りを同時期に」



















 ← ↑ 10/17 朝5時半に家を車で出発し、脱穀の手伝いに一路故郷へ向かいました。 8時に金野へ到着するも、曇り空から突然の雨が!日ごろの行いの悪さを反省し諦めムードになるも、20分ほどで元の曇り空になったので思案の結果決行することに。また雨が降りだすのを恐れて、昼ご飯を遅らせて脱穀を続け午後2時には目出度く完了。遅い昼食が始まったところで雨が降り始め、今度は皆揃って「天の助け」に感謝!その後、夜まで慰労会が続いたのは言うまでもありません。




























 ↑ 10/18 翌日はおばちゃんの実家に移動し稲刈りの手伝いをしました。前日とは打って変わった秋晴れとなり、作業が順調に進んで陽が落ちる前に稲が「ハザ」に収まりました。併せて今年も「マムシ」一本をゲット。その後、夕飯をご馳走になって、夜半、我が家に戻りました。順調に乾燥が進めば2〜3週間後には脱穀が出来る筈です。忙しく動き回りましたが、共に実りの秋を体感し健康であることの幸せを感じることができた2日間でもありました。

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18


10/8

「強風で野菜に甚大な被害が」

 ← 倒壊したトマトの囲い(撮影:10/12)

 8日未明に当地域を通過した台風は、強風をもたらし、我家の野菜は壊滅的な被害にあってしまいました。特に支柱を立てて栽培していたキュウリ、ナス、インゲン、ヤマイモはすべてが倒れ、復旧はしてみたものの、ヤマイモ以外は収穫に繋がるかが疑問な状態。その他イモ類、ネギ、葉もの野菜類も地上部が千切れています。今まで、収穫できた野菜を近所の方や知人にお裾分けしていましたが、自家用も満足に採れない状況になってしまいました。畑は風通しが良い場所にあるので、このような時には不利なようです。農業は自然現象の影響を大きく受けるから大変だなと改めて思いました。
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10/4
「遅れの挽回まだ遠く」

 このところの畑仕事の遅れの挽回を期して、会社休日の合う長男に応援を頼みました。昼食は畑でおばちゃんのお友達から頂いた「銀聖(鮭の中でも選りすぐられた高級なもの)」の「ちゃんちゃん焼き」に舌鼓をうった(写真:左)後、草刈、タマネギを植える場所の耕運をしてもらいました。一緒に来た二人の孫も、刈った後の雑草を集めて焼却する手伝いに頑張ってくれました。帰る時は、夜空に満月が!



















 写真右:「銀聖」と呼ばれる特別な生鮭。お腹には大粒なイクラが一杯詰まっていて、こちらは贅沢にもイクラ丼で心ゆくまで楽しませて頂きました。

2009年9月の出来事

月が替わって、このところの朝晩の涼しさに秋を感じさせます。
日中の蝉の声にも
行く夏を感じるのは私だけでしょうか?
さて畑の方は、最近カラカラ天気が続き野菜が水不足で、管理に
苦労しています。平日に雨が降って、土日は曇天が理想的!
そんな土日百姓に都合がいい天気なんて望んでも無理かな?
(記 09/06/2009)

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9/21
「孫達からのプレゼント」

 ← 高2の孫からフクロウの置物(中央のチビちゃん)がプレゼントされ、写真のように家族が増えました。アルバイト代をはたいて買ってくれたようです。
 チビ孫二人からは、感謝の手紙を貰いました。 ← ここ









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9/19

/2
1
「ひたすら勤労」

 世間の行楽の秋のニュースに耳を塞いで、日頃の遅れを取り戻すために子供や孫の協力でひたすら野良仕事に励みました。


















   ↑ 9/19 金野で稲刈り          ↓ 少し元気を取り戻したおばあちゃんと




































   ↑ 恒例のバーベキューで稲刈りの慰労(左)   9/20 豊田の畑で孫も手伝い野菜の手入れ(右)



















   ↑ 9/21 足助の「香嵐渓グリーンファーム三ツ足栗園」で栗拾いを楽しむ
          料金:大人2300円 子供1700円 いずれも山菜弁当と土産の栗つき

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9/5
「加藤正雄さんと永久の別れ」

 糖尿病を患い入退院を繰り返していたおじちゃんの弟の義父、加藤正雄さんが9月2日に83年の生涯を閉じられ、南足柄市で葬儀が行われたので、多治見に住む弟夫婦と、飯田市に住む末弟夫婦と共に参列しました。
 甲府の地に生まれた正雄さんは、加藤家の養子として迎えられ、その後、農業一筋で頑張ってこられました。口下手でしたが大変温厚な方で、毎年、おじちゃんの兄弟全員の所に手塩に掛けて育て、収穫したミカンや柿、お米を送って下さいました。随分前になりますが、二人の子供を連れてお邪魔した時、とっても喜んで下さり、ニコニコして玩具をプレゼントして下さったことを思い出します。今は、おじちゃんの弟が後を継ぎ、市役所勤めをしながら農業も守っています。また更に、その跡継ぎもでき、曾孫の誕生も確認しての旅立ちだったので、心安らかだったのかな?と思います。どうぞ、これからも見守ってやって下さい。























































 次第:
 葬儀 → 出棺 → 火葬 → 菩提寺墓所に納骨 → 菩提寺にて精進落とし



 ← 加藤家を継ぐ若夫婦と正雄さんの曾孫

2009年8月の出来事

真夏日となった3日、名古屋地方気象台から東海地方が梅雨明けしたと
みられるとの発表がありました。平年より14日、昨08年より22日遅かったようです。
記録の残る51年以降、梅雨明けを特定しなかった93年を除くと、54年の8月
2日が最も遅い記録だったそうですが、今年はこれを更新したとのことです。
地域の人達が楽しみにしていた「夏祭り(1日or2日}」も中止になってしまいました。

(記 08/04/2009)

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8/18

/19
「おばちゃん九州へ」

 おばちゃんは、ちゃるまの水野先生に同行し九州へ草木染の研修に行って来ました。もちろん草木染の知識も拡がったのですが、周辺は風光明媚な所ばかりで、食べ物も新鮮で美味しく、機会を作って又訪ねたい地だったとのことです。海底トンネルも歩いてみました(写真:下右)。
お世話下さった皆さん、本当にありがとうございました。   関連写真は   ここ



















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宿


8/17
「なんかチョット? でもご愛嬌!」

 小六の孫が、おばちゃんの指導で一日掛かって「布ぞうり作り」に挑戦しました。慣れないミシンやアイロンを使って奮闘。
 さて、出来上がりは?アリャ!!(写真:右の通り)。2足作った訳ではありません。左右に大きな長さの違いが! でも本人は、初めてだからと満足していました。でも、配色はいいよね。

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8/13

/16

「今年の盆は忙しく」

 ← リハビリに励むおばあちゃん
 でも、なかなか思い通りにいかないようです
































 今年は、親戚や知人の関係で4つの新盆が重なり、忙しい日々となりました。

 写真上段:金野にて
 写真中段:細木にて



 ← 夏季連休の最終日となった16日、子供家族が我家に集まり、焼肉パーティをした後、一緒に花火を楽しみ大人にとっての短い夏休みが終わりました。
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8/12
「地面が見えるようになりました」

 夏季連休に入った8日から除草作業に畑に入り、毎日、暗くなるまで頑張りました。
緑のジュウタンから少しだけですが茶色の地面が見えるようになり、ホッとしています。

 今まで、休日に雨が多かったことと、頻繁に泰阜へ通わなければならなかったことで畑の手入れがままならず、雑草の勢力を抑えきれず野菜が埋もれて泣いていました。
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8/1

/2

「お墓と周辺の掃除に左京へ」

 おばちゃんのお父さんの命日が近づいたので、夏休みに入った孫二人を連れて1日の午後、細木へお墓の掃除とお参りにでかけました。大雨警報が出るようなあいにくの天候でしたが、おじちゃんはお墓周辺の草刈、おばちゃんはお墓や家内外の掃除、孫達はインコの鳥篭の掃除を担当しました。夜、細木のおばあちゃんを伴い「左京川百年公園(写真:下右)」で慰労会を兼ねた夕食を摂りました。焼肉にラーメン、おじちゃんはプラス生ビール。とっても美味しかったそうです。後、おばちゃんの運転で24時に豊田まで戻りました。6月末から毎週のように豊田と田舎を往き来し、さすがに疲労が溜まり気味。でも、もう少しで夏休みだから頑張らなくっちゃ!って。




















2009年7月の出来事

  梅雨もやっと半ばになりました。雨の日は、板張りの床が湿気を帯び、
素足で歩く心地良さが感じられません。畑の周りの雑草は、適度な水と
温度を貰ってグングン成長し、半月ほど前に草刈をしたばかりなのに、
もう膝小僧の辺りまで伸びています。又、子供達の助けてもらって
草刈に励まなくっちゃ!(記 07/08/2009)

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退


7/25

/26

「自宅療養へ」

 転んで肋骨を痛めていたおばあちゃんが、入院先の市瀬整形外科病院から退院許可が出て自宅療養となったため、様子をみに行って来ました。まだ痛みは残るものの、自宅で時間を掛けて治すしかないとのこと、今後は村の診療所の先生に引き継いで頂くことにしました。



















 ↑ 池田先生に初めて往診して頂きました。同じ姿勢で寝ていることによる尻の床擦れが水泡状態まで悪化している、貧血の症状があるの2点を指摘され、介護のアドバイスがありました。
 細かな治療方針は検査後に立てるが、まだ寝たきり老人になるには体の状態からみて早すぎ、ポータブルトイレで自分で用が足せるまでにするのが当面の目標で、最大限のバックアップをするとの心強いお話がありました。

 7/25の深夜、イノシシによる畑荒らしの被害に遭い、おじいちゃんが丹精していたトウモロコシ、カボチャ、サツマイモ、スイカが壊滅状態にされてしまいました。いたる所で畑の土が掘られ、順調に生育していた野菜が一夜にしてなぎ倒された様子を見て、おじいちゃんはガックリ肩を落としていました。畑の周囲に柵を作って野菜を栽培していましたが、僅かな隙間からイノシシ家族が侵入し、暴れまわったようです(写真:右上)。

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7/18
「クズ退治」



















 梅雨も終わりに近い蒸し暑さ最高の日、今年中に畑を復活させたいので、長男と次男に頼んで草刈をしてもらいました。背丈の倍もあるクズを刈り取るのに苦労しましたが、夕方近くにやっと畑の全面が現れました。枯れてから一度焼き払い、次はクズの根を捜して掘り取って退治する予定です。
 トマトは今が収穫の最盛期で甘みも増してきました。大量に採れるので知人にお裾分けします。スイカは30個を越える数ができました。でも、残念なことに収穫直前に野鳥に穴を開けられてしまい、口に入ったのは3分の一。どうもキジ君の仕業らしい。来年はしっかり防護しなければと反省しています。

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7/11

/12
「少し快方に」

 土曜日、天竜峡の市瀬整形外科病院におばあちゃんを見舞い、その後、金野のおじいちゃんを励ましに行って来ました。おばあちゃんは、10日ほど前に見舞った時に比べ、傷みが少なくなったようで、ベットの上で一人で起きられたと喜んでいました。認知症の方も、少し改善されたように思いましたが、相変わらず話の辻褄は合いません。
 日曜日は、草刈を手伝った後、おじいちゃんを連れ、再度、病院へ行ってから家に19時頃戻りました。連日の田舎通いにチョッと疲れ気味!

 ← 道路の両端に植えられたアジサイが見頃をむかえ見事でした。地域の方々が丹精込めて手入れをしているそうです(金野集会所付近)。
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 7/4

/5
  
「そして、ジャガイモの収穫などなど」

 今借りている畑は、来春に農業を専業とする若者に譲らなければいけないことになり、代わりに現状の面積の五分の一程度(1反)の場所を借りることにしました。この数年、草刈もしていない原野状態の場所で、開墾からのスタートです。面倒なクズ(グゾバ)が背丈の倍ほどの高さまで茂り、野菜栽培ができるようになるまでには容易ではなさそうです。
 ↓草刈をした後の現場写真



















 次男と孫の手を借りてのジャガイモ救出作戦。雑草の中から掘り出しました。その後、秋に収穫するナスとアマナガピーマンの植え付けもしました。街灯の明かりを頼りに、この日は20時頃まで頑張りました。 ↓

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