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わが家の出来事
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   2011年6月の出来事
  どうやって歩調を合わせようか? 例年より早い梅雨入りに戸惑っています。

「菅首相に退陣を迫る」に思う

 “与野党を超えてどうやれば震災から復興の軌道に乗せていけるのか、
原発事故を収束に向かって導けるのか。政治家はその責任を果たして欲しい。”
これは、今、国民なら誰でも願っていることだろう。

 菅総理が頼りないのは分かっている。でも、首を挿げ替えればそれで良くなる
保証など何処にもない。そんなことよりも、協力し知恵を出し合って国難を乗り
越える道筋をキチンとつけて欲しい。政党間や党内争いはそれからでも遅くは
ないだろう。堪らなく見苦しい。国民は協力し、我慢もする覚悟は出来て
いるのに。
  (記 6/1/2011)
   
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6/26
「豊田フィルハーモニー管弦楽団 第22回定期演奏会へ」

 招待券を頂いたので、とよた参合館コンサートホールに二人で行って来ました。

寺島康朗さんの指揮で
 ○J.S.バッハ / G線上のアリア
 ○ベートーヴェン / 「レオノーレ第3番」序曲
 ○ヴィヴァルディ / フルート協奏曲 「海の嵐」
 ○シベリウス / 交響曲第2番
 ○シベリウス / アンダンテ・フェスティーボ (アンコール)
   というプログラムでした。




















 一曲目の「G線上のアリア」はプログラムにはありませんでしたが、3月の東日本大震災で被害に遭われた方々へ捧げる曲として、団員さんが選曲され演奏されました。









 プログラム前半の、ベートーベン、レオノーレ3番とヴィヴァルディ、フルート協奏曲「春の嵐」は、音がすごく遠い気がして、向こうの方で演奏しているのが聞こえてくる感じで臨場感がありませんでした。ヴィヴァルディはフルートソロが超絶技巧を難なくこなしていたので、奏者(邊見亜矢さん)は抜群なのだろうと思いました。

 後半はシベリウス、交響曲第2番。向こうの方で弾いている感が無く聞けました。ただ残念なのは、引き込まれるような演奏ではなかったことと、弦が難しいパッセージで音が小さくなってしまったこと。難しいのできちんと弾けている人数が少ないのだと思いました。団体としては改善の余地のある部分なので技量の向上を望みたいです。
 
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 6/19
「運よく雨間をついて完了!」

 市の環境美化活動の呼びかけに呼応し、当地域でも周辺の側溝の泥上げ、道路の草刈などが実施され二人で参加しました。例年梅雨時に行われるため実施か否かの判断が難しいのですが、雨間を衝いての実施となり無事終了しました。



















 続いて行われた「ふれあいまつり」も、小雨がパラつく中なんとか終了しました。こちらは久し振りの参加でしたが、相変わらず人出は少ないように感じました。でも、東日本大震災の直後だけに、参加者の中には近所の絆の大切さを話されている方が多くいました。 

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 6/18
第6.5回「有機肥料を作る」

 「komine farming college」の第6期生が力を合わせ、有機肥料を作る実習を成瀬先生の車庫をお借りして行いました。
材料調達を分担し、再度、先生の指導のもと200s余の有機肥料ができ大喜び。参加者で等分に分け(15s/人)全員ニッコリ。


 昼食は、足助の怒田沢地区で畑作をしている塾生の一人、嵯峨さんの婚家の実家(立派な古民家)にお邪魔し、美味しい五平餅と猪肉ステーキをご馳走になり大満足。


























 その後、雨の中を畑まで車で移動し見せて頂きました。ほとんど女手一つで2反歩を耕作しているそうで、その割には綺麗に管理されていました。標高が高いからか、ジャガイモの出来栄えは目を惹くものがありました。元々は田んぼで水捌けが悪いので、先生からは水抜きパイプの設置のアドバイスがありました。

 
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 6/12

「富山県へ旅行の下見に」

 「現地、現物」、現役の頃よく言われた言葉ですが、今回、身に沁みて感じました。
「丑飼いの会」で北陸へ一泊の旅を計画し、ネットで富山県のHPから推薦の場所を選び、一応下見をしておこうと車で出掛けました。ところが、事前に得た情報に反し、老朽化、改修工事中、時期が不適切などでほとんどが没。ガッカリと言うよりビックリでした。朝4時に出発し帰りは夜8時半、全行程600kmの下見でしたが行って良かったと思いました。皆さん揃って一緒にガッカリでは申し訳が立ちませんから。




































検討の結果、以下に絞りました。
(1日目)
      ・世界遺産の見学(飛騨の白川郷、または五箇山・相倉(写真:下段右)/菅沼合掌造り集落)
      ・南砺市井波の瑞泉寺(写真:下段左)参拝及び門前町の彫り物師の家並み見学
      ・氷見市十二町潟水郷公園(写真:上段)
      ・氷見港遊覧(氷見フィッシャーマンズワーフ海鮮館/道の駅)
      ・氷見の民宿(旨い魚で宴会)
(2日目)
      ・氷見海岸をドライブ → 石川県七尾市のとじま水族館へ
      ・のとじま水族館でショー見学など
      ・魚屋さんで土産を買って帰路につく

 
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 6/11

第6回「komine farming college」へ

 「どうしてこんなに雨降りの日ばかり当たるのだろう?」と不思議に思うほど開催日は雨が降ります。
今回は稲の追肥について実習も予定されていましたが、強い雨のため座学だけとなりました。裏番として、自然にある植物の成長点を採取して「植物エッキスを作る(写真:左)」、また、果実を使って「酵素を作る」、「青梅を使った各種漬物の作り方」などを教えて頂きました。



















 買えば数千円する「酵素」が、比較的容易に自分の手で作れることを知り嬉しくなりました。黒砂糖やハチミツを手に入れチャレンジしてみたいと思います。材料となる植物や果実は洗わず使うので、汚れが少なく無農薬のものを入手すること、器具の雑菌をホワイトリカーで減らすこと、がポイントです。
 午後、雨が上がったのでトマトの根元の表土を洗い流し、丈夫に育てるという実習をしました。

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 6/4


「今後の活躍に期待」

 3月末、納車予定だった車が2ヶ月遅れて、やっと届きました。スバル(富士重工)のサンバートラックです。富士重工で製造する最終版、今後はダイハツのOEM供給となります。軽トラ唯一の4気筒エンジン、スーパーチャージャ付きで、そのサウンドが好きなこともあり思い切って購入しました。

 イカツイ顔、しかもハイルーフの頭デッカチですが、装備はまあまあです。軽トラ唯一の4輪独立懸架も空荷の時はよく弾みます。様子をみて、乗用車用のタイヤにしようかと考えています。

 前車のプログレは、シッカリ作られた良い車でした。燃費の悪い点がこの時代にマッチしなかったのですが、走行距離は6万kmになったばかりだったので、まだ活躍の場があると思っています。10年余、行動を共にしてくれて有難う。駐車場で当て逃げされたことはあったけれど、それ以外のトラブルは無かったことに感謝!これからも安全運転に努めます。 





 この日は、長男を頼んで畑の周りの草刈りを手伝ってもらいました。日中は蒸し暑さが増し、ブユや蚊に襲われる季節になり結構辛いです。いつもより早めに上がって慰労会をしました。
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 6/1

/7

「ここも自粛ムード」

 恒例のちゃるま祭が7日間行われました。世相を反映してか「お客様の財布の紐はいつもより固いな」と感じました。


 
   
  2011年5月の出来事 
  若葉が香る季節がやってきました。生物が待ち侘びた春です。草木が一斉に芽吹き、
日々、緑を濃くしています。鳥さんやカエルさん、チョウさん、ヘビさんまでも。みんな元気に
活動を始めました。東日本大震災さえ無かったら、いつもよりチョット遅れはしたけれど、
日本中が嬉しい本格的な春到来なのに!暦の上ではもう立夏だという。 (記 5/6/2011)
 
   
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5/28
第5回「komine farming college」へ

 
今回は、
@月の満ち欠けと動植物の生長リズムを知り農業に生かす
 生き物は月の周期にコントロールされており、新月(引力が強い)の時期は栄養成長期で樹液のPHが下がって病気に掛り易いので注意が必要。一方、満月(引力が弱い)は生殖生長期で4〜5日前は種蒔の適期、4〜5日後は殺虫剤散布の適期だそうです。

A刈払機の正しい使い方
 便利で農業には欠かせない道具ですが、最近、石が飛んでの事故が社会問題になっているとの話があり、人や車、家等を右側に見て作業をすることや点検整備と服装についても実物を用いて分かり易い説明がありました。

B刃物の砥ぎ方
 砥ぐ角度を一定に保ち、刃返りが指で確認できるまで砥ぐことの大切さを教わり、各自持参した鎌や包丁などで実習をしました。先生が簡単に出す刃返りは、我々には容易でないことが分かりました。

















 
 
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5/25
/26

「さようなら・・・伯父、丸本f冶さんと永久の別れ」

 金野の父の兄、丸本f冶さんが心筋梗塞で突然亡くなられたとの報を受け帰省、通夜と葬儀に参列しました。 大正生まれの満88歳、厳しい人でしたが、眠っている姿は直ぐにでも起きだして話しかけて来そうな大変安らかな顔をしていました。孫の別れの言葉の中に、私が知らなかった優しい一面が伺え、伯父も人の子だったんだな〜と思いました。酒が好きな人だったので、一緒に飲みたいと思っていましたがその思いが叶わず仕舞いになってしまったことは残念です。どうぞ安らかにお休み下さい。





































 通夜は、5月25日自宅で、葬儀は26日飯田市の「JA虹のホール 竜丘」で神式により行われました。懐かしい多くの方とお会いしました。葬儀の時、いつも思います“故人を通じ、人と人とを繋ぐ場だ”と。きっと故人もそれを望んでいるのだろうと。           関連記事は ここ

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5/21

4.5回「komine farming college」へ
 
 当初の計画になかった「サツマイモ」定植の講習会が急遽開かれたので受講しました。

良い芋を沢山採るための要点は次の通り
 @畝の中心にワラや枯れ草を入れ(空気層の確保)高い畝(倉)を作る
 A苗は茎が太く柔らかく節間が狭く元気な葉が多く付いたものを選ぶ(地元産が良い)
 B苗の入手後は、先端(成長部)を切り取り、活着促進液に漬け、出来るだけ早く定植する
 C畝に深さ5cmの溝を付け苗の根元側を少し深く掘り、土で根元を固定(改良水平植え)
 D茎は全面覆土し、葉は全て土より上に出す
 E植え付け後、充分水をやる。以降、根が出るまで水やりを続ける
 Fツルが長く伸びてきたら「ツル返し」(8月中旬ころ)をし、芋を太らせる




















 サツマイモは、救荒作物で食べると肥満になると言う悪いイメージを持っていましたが、抗がん作用(βカロテン)、血圧を下げる(カリウム)、美容(ビタミン)にも良いなど多くの効能を知り認識を新たにしました。

 我が家では、昨年栽培し好評だった「安納芋」を今年も植え付けました。芋苗の善し悪しが肝心だそうですが、苗の栽培地が遠いため大分傷んでいたのが気掛かりです。上手くできたら昔懐かしい「芋干し」でも作ってみようかな。

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5/15
/16
「丑飼いの会 今回も峰さんの山で」

 世話になりました。いつものメンバーに、東京から同級生の宮下、佐藤両君が加わりました。採りたての山菜てんぷらとバーベキューで語らいながら春を楽しみました。東京では滅多に口に出来ないものもあり、大変喜んでいました。今回のサプライズは、休憩小屋の前に近くの沢から水を引いた池が設けられていたこと。風情を増していました。年月が経てばもっと素敵になると思います。
 




































 その後、定宿となった「左京の宿」に場を移し、近隣の散策後宴会をしました。本当に楽しく、また飲み過ぎました。翌朝、仕事の都合などもあり朝食後に解散しました。今回も色々準備してくれた故郷の友と奥様方に感謝・感謝です。

 
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5/11
「東日本大震災への対応 次のフェーズへ」

 大震災への対応は、緊急事態への対応を図るフェーズから、復興への歩みであるフェーズへと向かいつつある。まだ、ほんの僅かではあるが、それが感じられるようになったことは嬉しい。

 先のフェーズでは政策目的が極めて明快であり、とにかく人命を救助し、被災者の方々の生活を支援し、原発を安定化させることが必要だつた。当然コストはかかるが、この段階では惜しむことなく必要なコストをかける。また、人々や企業の無償の善意と助け合いの意識が危機的状況を支えてきた。

 しかし、次のフェーズではそうはいかない。復興のためには巨額の財源が必要だが、既存の経費を見直そうとすれば、既得権益と衝突し、増税はいやがられ、国債を増発しようとすれば市場との折り合いをつけていかなければならない。新しい地域作りを進めようとすれば、どんな振興策を講じるのかについて意見調整が必要になる。停電に備えて節電しようとすれば、誰がどの程度節電するかを決めなければならない。全てにおいてトレードオフが存在する領域に入っていく。

 先のフェーズではやることは決まっているので、誰が政権の座にあっても大きな差はないように思う。しかし、次のフェーズにおいて本来の経済政策の出番が来る。そしてその舵取りがこれからの日本経済の進路を決することになる。こんな時こそ先頭に立って旗振りをしてもらわなければならない政治家さん、ゴルフなどにうつつを抜かしている暇はないだろう!

「母の日プレゼント 第2弾」

 次男と孫2人が、チョット遅れた母の日プレゼントを届けに来てくれました。おばちゃんは和服の着付けの受講日だったので、皆のためにいつもより早目に夕食の準備をして出掛けました。

 ← 帰ってから孫と一緒にパチリ!
 
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5/8
「花咲く工芸茶のプレゼント」

  産毛のあるお茶の新芽を一本一本揃え、花を包み込み、更にジャスミン花を繰り返し重ね吸香させたと云うお茶の芸術品。

 ガラス容器に入れ、熱湯を注ぐと茶葉と花が開き、とても香りが発って、目でも楽しむことができました。見て良し、飲んで良しで日常とはチョット違うリッチな安らぎの時間を過ごせました。
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 5/1

5/5


5/1
 第3回「komine farming college」へ

 今回は、トマトの栽培技術と野菜栽培の大敵、ネキリムシ(=ヨウトウムシ)並びに病害虫対策を学びました。ナスとトマトの定植実習の予定でしたが、あいにくの雨降で翌日持ち越しとなり、私は帰省のため体験を断念しました。
 
 環境に慣らすよう日干しして鍛えた苗を濡れた畝に定植してしまっては、折角手間を掛けた甲斐がないそうです。先生の圃場では連作に弱いトマトを21年間同じ場所で作り続け、品質が良いものが出来ていることに驚きです。

 第32回「 ’11 とよたガーデニングフェスタ」

 『花とみどりのまちづくりに参加しよう!』と題して「’11とよたガーデニングフェスタ」が豊田市公園緑地協会主催により豊田スタジアムで行われ、先月29日に続き“ちゃるま”のブースに入りおばちゃんがイベント参加しました。こちらも雨の影響で客足が鈍かったようです。











5/2〜3
 「泰阜へ帰省」


 我々の都合で今回は一泊だけの帰省となりました。3日には飯田市に住む末弟家族が訪ねてくれ、美味しい肉でバーベキューを囲みました。母は認知症が徐々に進み、父も脚の関節の痛みで歩行困難になり、今年は稲作が出来ないとのことで心配です。



















5/4
 「畑でバーベキュー」

 都合が合わず泰阜に行けなかった孫を呼んで、畑でバーベキュー。その後、野菜の苗を一緒に植えました。勿論「komine farming college」で習った手順に準じて。



5/5
 第4回「komine farming college」へ

 「米づくり理論(田植え方式) その1」の座学と実習がありました。
直播栽培の話もあり、そちらに魅かれました。時間が許せば講座期間中にこの方式を教えて頂こうと考えています。先生は昨年までこの方式を実践されており、地域の事情で継続を断念されたとのことですが、従来の田植え方式より手間が少なく、収量も変わらないとのことが魅力です。これから益々高齢化が進む社会には合っていると思うのですが? 


   
  2011年4月の出来事 
  今回の大震災の呼称が変更されたと聞いた。東日本大震災を使うらしい。発生からもうすぐ
1ヶ月が経とうというのに、死者・行方不明者をはじめとする被害の全体も把握しきれていない
状況だ。それだけ広範囲に亘る大きな災害だったという事だ。そんな中で、被災された方々は
地震と津波の被害だけでなく、原発事故や風評の被害に苦悩の日々を送っている。
その報道を、毎日、見聞きする度に心が痛む。ただ、全国だけでなく全世界に支援の輪が
拡がっていることはなにより心強く嬉しい。国難を何としても乗り越え、立ち直ろう日本!!

 この状況下で、例年のように春を愛でるという心境にはなり難いが、野山ではカタクリが咲き、
コブシが可憐な花弁を広げ、サクラはポツリ、ポツリと花を見せはじめた。春の到来を告げているのだ。
 大災害の悲しい現実をキチンと受止め、日本全体を落ち込ませることがないように、
出来るだけ通常の生活を送るようにすることは、被災しなかった我々の努めかも知れない。
こんな小さなことでもきっと被災地を間接的に支援することに繋がると思う。 (記 4/4/2011)
 
 
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4/29
「草刈りを応援してもらいました」 

 春季連休に入った長男に草刈りの応援を頼みました。夜は家族を加え慰労会。
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4/25
「豊田市旭地区 〜しだれ桃の里〜」

 桜が終わりに近づいたこの時期、2500本もの桃の花が里山一面を包んでいます。深紅、白、桃色などが緑の木々や青空に映え、それは見事の一言です。例年、4月上旬が見ごろだそうですが、今年は遅めとのこと。

 のどかな風景の中に、起伏を生かした緩やかなアップダウンのある散策路が設けられています。かすかな甘い香りを楽しみながらの散策は、春を充分感じることが出来ました。ここを日々手入れし、守って下さる地元の皆さんに感謝!!


 
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4/16
「震災の影響が身近にも」

 我が家に来て十余年、毎日、足として働いてくれた愛車「プログレ(写真:手前の車)」を3月末に引退させ「サンバートラック」にバトンタッチさせるべく2月に手続きをしました。
ところが、3月11日の大震災で未だに納車の目処がたたず現在も継続して通勤の足として頑張ってもらっています。時々、このように畑にも。



 2011年3月11日に起きた東日本大震災。巨大地震は大津波や原発事故を誘発し、戦後最大の災害に発展。その結果、多くの日本企業の事業活動は、東日本にとどまらず全国にわたって麻痺してしまった。

 これまで追求してきた効率経営の歯車が一気に逆回転して、様々な負の連鎖が広がった。その反省に基づいて、企業は自らの在り方を再考しなければならない。

 しかもその影響は国内だけではない。震災で日本メーカーのサプライチェーンが寸断され、世界にも生産停止の連鎖が広がっている。特定の素材や部品において日本企業の世界シェアが高かったからだ。

 日本のものづくりの強さが再認識された一方で、今回の事態をきっかけに海外メーカーは調達先を日本以外に求める活動が進み、日本のものづくりの弱体化や国内製造業の空洞化が懸念される。

 だが、今までいくつもの大きな困難を知恵と工夫を結集し乗り越えてきた日本のものづくりの底力を私は信じたい。一時的には懸念されている現象が起ころうが、日本メーカーはこの大震災で更に鍛えられ、必ずや世界に復活する!!
 
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4/12
「サラリーマン生活、最後の春」
 定年後4度目の春、いつものように桜が満開となりました。
嘱託として通い続けた会社へのアプローチ道路の桜です。

 酷く寒かったこの冬のことも、東日本大震災も何もなかったかのように見事に咲き誇っています。
 
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湿


4/10
「場所を公表出来ないのが残念!」 

 まだまだ豊田にあるんですね素敵な場所が。そして、そこの自然を少しだけ手助けし、大切に守っている人(写真:左)がいる。感動です!!



















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4/9
「農業の知恵と技術を学ぶ講座」 2回目を受講 

 見よう見まねで野菜作りをやってきましが「これが常識!」と思っていたことが野菜の生理学上から不適切だったことを今回も沢山知りました。



















 座学の後、実習で
@作土と有効土層の確認
A土壌の酸性度測定(pH)
B夏ダイコンの種蒔
 を教えて頂きました。
ダイコンの種を同じ日に蒔いて収穫日をずらす方法は、種を蒔く間隔を変化させること。24p、22p、20pとすると間隔が狭いほど収穫日が各3日ほどずつ遅れるのだそうです。

 もうすぐトマトやナス等、夏野菜の苗を購入して植え付ける時期になりますが、植え付け前にその土地の環境に慣らすため苗を鍛えることが大切だそうです。
 その方法は、
@3日間ほど苗を直射日光に当てる
A苗が枯れない程度に朝だけ水をやり、夕方は水やりをしない
B下葉が枯れるのはOKで、その位まで厳しく追い込む(地上部より根の方が勝っている状態をつくる)
C畝は定植する遅くとも3日前までに準備する
D苗を定植前に5分間位水に浸し、充分水を吸わせる
E苗を畝に定植するが、根元を抑えたり、水やりはしないこと
 がいい結果を生むのだそうです。


「春きたるを実感!」



















 雨上がりの夕方、久し振りに鞍ヶ池公園を訪ねてみました。気温は20℃を超え桜が満開となって、造られた美ですが春本番を感じました。















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 4/2
 

「・・・・か、と思うと寒さが戻る」

 収穫が終わった畝はシャベルを使って土の天地返しをしました。これが結構重労働です。
また 初回の「農業の知恵と技術を学ぶ講座」で譲り受けた「有機肥料の種」に米ヌカとモミ殻のクン炭を加え、3倍ほどに増量する作業をしました。しばらく寝かせてから夏野菜の肥料として使います。海水も100倍程度に希釈して葉や茎に散布すれば野菜の成長を促進する効果が高いと教えて頂いたので機会をみて汲んで来る予定です。










 畑のすぐ下にコブシの群生地があります。最近、地元有志が歩道を整備し、観賞しやすくなりました。このところの暖かさで淡いピンクや白い花をつけています。モクレンのような華やかさはありませんが質素に咲くコブシも素敵ですよ。
自然を大切に保存し、いつまでも楽しみたいものです。











   
  2011年3月の出来事
 
 三寒四温を繰り返し春がすぐそこに感じられる今日この頃です。
暖かな日にはスギ花粉が気掛かりですが、梅の花もそんなものには
負けじと、いい香りを飛ばし存在をアピールしています。山の木々も芽を
大きく膨らませ、春の到来を告げる準備をしています。
春よ来い!早く来い!!
     (記 3/7/2011)
   
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3/20
「農業の知恵と技術を学ぶ講座」 初回を受講しました

 朝8時10分から教室となっている成瀬先生の旧宅で自己紹介の後「健康自然農法のポイント」について座学を受けました。さすが元教員!先生の持てる知識と技術を出来るだけ多く吸収し、他の方にも伝えて行きたいという思いを強くしました。全15回、頑張ります。
 ポイントは次の通り
  1.健康な土づくり(母なる大地を健康にする)
  2.日当たりを良くする
  3.風通しを良くする
  4.夜露を当てる
  5.水はけを良くする
  6.苗半作(根が育てば木は育ち実もなる)
  7.病害虫は自然のものを使い防除する
 先生の講義は、実体験での成功例とそれを裏打ちする理論を大変分かり易く解説して下さいました。
その後フィールドに出て「作物が喜ぶ有機肥料の作り方」とジャガイモの植え付け、ネギの植え替えの実習をしました。ジャガイモは切り口を上にして植え付ける、芽出ししたサトイモの芽は真下に向け植え付けるなどは今まで見聞きし常識としていたことを覆す方法でした。除草の軽減方法として、雑草の発芽直後を狙って「竹ぼうきで土の表面を掃く」と効果が高いとのことで参考になりました。





































 農作物の栽培で気になる連作障害の多くは、元肥によるガス障害か濃度障害だそうす。自然界に存在しない濃度の化学肥料を使ったり農薬を多用して見た目にこだわるのは以ての外だということを教えて頂きました。そのような物を食べ続けると花粉症などアレルギーやアトピー、肝臓や腎臓障害、癌、高血圧、etc 治りにくい現代病になり易いとも。

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3/19

 
「5周年記念行事に参加」 

 おばちゃんは豊田市勘八の市有林の観察会と記念講演「豊田の森は魅力がいっぱい(講師:北岡明彦氏)」に参加しました。講演では自然の仕組みと豊田の森に住む花・虫・樹を学び、地域の自然の豊かさの基本は、種類数も生体量も多い樹木相の豊かさであることを知りました。


















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3/15

「現代社会はもう原発を手放せないのか?」 

 自然に対して、時に人間は無力である。それでも、前を向き、歩を進めなければならない。生きている者にできることはそれしかない。
  11日午後に発生した巨大地震は、直後に発生した津波の直撃もあって、東北地方から関東にかけての広い地域に壊滅的な被害をもたらした。救援の手が及ばない孤立集落も多く残され、まだ被害の全容もつかめない。死者が1万人を超すという観測もある。福島原発の危機も継続しており、復興活動が長期化するのは必至。困難に立ち向かう日本の覚悟が問われる。















 ↑写真は記録のためネット上から拝借しました。お許しください。

 被災された皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々およびご遺族の皆様に深くお悔やみを申し上げます。

 さて、我々が被災された方々に向けて出来る事はどんな事でしょうか?
  ・支援物資の提供
  ・救済金募集への参加
  ・希望が持てるツイート
  ・節電/生活物資を必要以上に買わないことも一つの支援
  ・身の回りの人への電話やメール  など等

 私たちの小さな行動が大きな波動となって被災者の方々が希望を持てる原動力になるといいですね。

 まだ災害は終わっていません。これから物流がストップすることによる食料不足の問題が浮上してくるでしょう。首都圏ではトイレットペーパーが完全に売り切れ、インスタント食品も売り切れだとか。計画停電など今までに経験したことがないことが次々と続くと思いますが、一日も早く復興する事を願ってほんのチョットのことでもいい、自分達が出来ることをしてみましょう!!

 
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3/12
「申し訳ない!」

 以前から計画していた「三重県浦村のカキを食す旅」を中止し、鮮魚店で調達したしたカキを我が家でヒッソリ焼いて食べました。孫達も社会の状況が理解できる歳になったので不満を言うことはありませんでした。
















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3/11
「東日本(東北・関東)大震災 M9.0」

 辛い映像を沢山見て、山生まれ、山育ちの私達も津波の恐ろしさを再認識しました。被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 国民の一人として早い復興に向けての協力をすると共に、近い将来、この地にも来るという東南海地震に尊い教訓を生かさなければなりません。


 ← 写真は記録のためネット上から拝借しました。お許しください。 

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3/5
/6
「冬の景色を脱せない畑と春を感じさせるアサリ」

 ↓ジャガイモの種を植えました。畑はご覧の通り茶色の部分が多く、緑はネギ類、ホウレンソウ、コウタイサイだけです。

 

















 春の訪れを感じる食材「アサリ」を採りに行って来ました。殻は大きく沢山採れた(写真:右上)のですが、中身の大きさが伴わず味もイマイチなのでお裾分けを断念、佃煮にする予定です。
   
   2011年2月の出来事
   
立春を過ぎたら、暦の上だけでなく何となく春を感じる気候に
なってきました。霜に痛めつけられていた畑の雑草も
精気を取り戻し緑を増してきました。本格的な草刈が
必要な時期に備えて、休日は農道の枯れ草刈や石拾い、
側溝の整備等に励んでいます。     (記 2/6/2011)
 
 
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 2/20

「十数倍の受講希望者の中から選んで頂きました」

 土曜週刊「とよたホームニュース」の記事(左)が目に留まり、即、受講申込みをしました。定員が僅か8名とのことで難しいとは思いましたが、受講希望の理由をキチンと書いて応募したところ枠の中の一人に選んで下さいました。感謝しています。
 来月から11月末まで15回に亘る講座ですが、座学だけでなく実習があるのでより身につくと思って期待しています。シッカリ勉強して、習ったことは広く皆さんにお伝えできればと思っています。

















「冬の森の工作教室」

 「豊田自然観察の森」で自然のものを使って工作をするという楽しいイベントが、おばちゃんの所属する「あべまきの会」主催で開かれました。おばちゃんは会員の方と一緒に、子供達が熱心に取り組む作品作りをサポートしました。


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2/13

「でも、どこか春っぽくないですか?」 

 強風が吹き荒れムチャ寒かったです。鼻水を垂らしながらも頑張って畑で草削りをしました。

 ↓ 農道(長さ:約200m)の枯れ草を刈り整備しましたが、もう雑草が伸びはじめています。
      以前、借りて耕作していた畑の雑草を近所のヤギさん一家が美味しそうに食んでいました。 ↓
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2/11

「3度目の積雪」

  朝6時頃から降り始めた雪は午後まで続きました。今回は春を象徴する湿った雪で、外気温4℃に阻まれ積雪量は僅かでした。

←我が家の庭とお向かいの屋根にうっすら
   
  2011年1月の出来事 
 
卯年がスタートしました。山陰地方ではかなりの積雪で交通が乱れ
大変な年明けになったようですが、帰省先の泰阜では寒さが
厳しいものの雪のない穏やかな新年となりました。日中射す陽は
年末のそれとは暖かさが違うように感じたのは私だけでしょうか?
卯年は過去のデータから景気がよい、又は上向くとのこと
大いに期待したいところです。     (記 1/5/2011)
   
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綿



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「今年の冬は寒さが厳しいです」

  サッカーアジア杯で日本(ザックJAPAN)がV4を決めた頃から舞い始めた雪が、朝まで続いて薄らと雪化粧。二度目の積雪をみました。日中も雪と強風で畑に出られず、先々週に続いて骨休めの一日となっちゃいました。
 報道によると、日本海側の地方は例年に無い大雪で交通が大幅に乱れたり、雪下ろし事故の多発や費用負担で大変だそうです。暖かな春が待ちどうしいね。

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「この冬初めての積雪」



















 1/16の朝は所々うっすらだった雪が、夕方までに一面に綿帽子を被せ白くしました(左)。夜の間に更に足し、写真右のように厚い布団にしていました。この地でこの厚みは何時以来だろう?

 1/15に予定していた長男・次男家族との合同新年会は、次男がインフルエンザに罹ったため中止にしました。最近はなかなか全員の都合が合わず今回はいい機会だったのですが、この病気ばかりは無理が出来ません。 
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「今年も宜しく!」

 年が変わって初めて畑に出て作業をしました。春に備えてモミ殻を焼くことと野菜に潅水をしました。もう何度か霜が降りたようで、キンカンの葉やエンドウが傷んでいました。霜柱で土が盛り上がった跡もあり、今年の冬は例年より寒さがきつそうです。
 

















 年末年始、都合で一緒に泰阜へ行けなかった長男家族が年始の挨拶に夕方来ました。おばちゃん心尽くしの手料理で楽しく食卓を囲みました。「今年も一年、みんな元気でよい年になりますように!」って。
翌日は、屋根裏に入ってテレビのアンテナ線の引き回しを手伝ってもらいました。二十数年来の埃に閉口、蜂の巣にビックリ!たまには屋根裏の点検、清掃も必要かな?
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「今年もよろしく!」

 今年の幕開けもよい天気で、心ゆくまで美酒を頂きました。「いい年でありますように」と祈りつつ。

 二日昼までは金野(上段)で、その後左京(下段)に移動し過ごしました。夫々家庭の都合で集まれる人数が段々減ってきたのはチョット淋しいです。


 姪が秋に結婚!という嬉しいニュースもありました。




   

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