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芦原温泉
(平成25年3月14日脱稿) 

   2年前に自宅の庭に露天風呂を設置。爾来、手前味噌ながら露天風呂に超満足していた。並行して仲間とともに豊田市から500km圏内の温泉郷のホテルや旅館にも平均すれば2ヶ月置きに出かけ、それらの露天風呂にも満足していた。

    応用物理学を齧っていた私はあるとき突然、温泉と我が家の露天風呂との間にある明らかな差に気付いた。我が家の露天風呂の方が私には快適なのだ。その差は浴槽の形状と温泉の密度とに由来していた。温泉に入るときには我が肉体が密度計としても役立った。

    日本の温泉は大まかに言えば2種類ある。臨海部に点在する温泉もどきと、長野・群馬などの山岳部に昔からある自噴温泉だ。日本の温泉の認定基準は温泉郷の支援を兼ねているのか大変緩やかだ。温泉もどきの源泉の多くは汲み上げ・低温・塩分中心、山岳部の温泉は硫黄系の成分が多い乳白色の高温の自噴。源泉かけ流しも多い。

    日本の宿泊施設は温泉とは無関係な都市ホテルやビジネスホテルと、温泉が主体の観光地の旅館やホテルに大別される。観光地の宿泊施設の経営には温泉と認定されるか否かは大問題だが、私にはサービス業としての実態にしか関心が湧かない。泉質などは実はどうでもよいのだ。

 臨海部の温泉ホテルの魅力は海鮮料理にあり、食材の物流が整備されてきたとはいえ、山岳部の温泉が山菜・渓流魚・地域名を付けたブランド牛料理や景観美とをセールスポイントにしているのとは一味違った特色がある。今回出かけた芦原温泉の魅力は、和洋中華の数えきれないほどの種類のバイキング料理と追加料金無しで楽しめる大衆演劇にあった。

 

はじめに

 日本の温泉は熱源で分類すると、火山の地下のマグマを熱源とする火山性温泉と、火山とは無関係な非火山性温泉とに分けられる。含まれる成分により、さまざまな色、匂い、効能の温泉がある。

 広義の温泉(法律の定義による温泉):日本の温泉法の定義では、必ずしもの温度が高くなくても、普通の水とは異なる天然の特殊な水(鉱水)やガスが湧出する場合に温泉とされる(温泉の定義参照)。温泉が本物か否かといわれるのは、温泉法の定義にあてはまる「法的な温泉」であるのかどうかを議論する場合が一般的である(イメージに合うか合わないかの議論でも用いられる場合もある)。アメリカでは21.1(華氏70)、ドイツでは20以上と定められている。

 温泉法による温泉の定義

日本では、1948(昭和23年)710日に温泉法が制定された。この温泉法第2条(定義)によると、温泉とは、以下のうち一つ以上が満たされる「地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)」と定義されている(法的な定義による広義の温泉)。

1.   泉源における水温が摂氏25以上。(摂氏25度未満のものは、冷泉(れいせん)または鉱泉と呼ぶ事がある)

2.   以下の成分のうち、いずれか1つ以上のものを含む。(含有量は1kg中)

1.  溶存物質(ガス性のものを除く) 総量1000mg以上

2.  遊離炭酸(CO2) 250mg以上

3.  リチウムイオン(Li+) 1mg以上

4.  ストロンチウムイオン(Sr++) 10mg以上

5.  バリウムイオン(Ba++) 5mg以上

6.  フェロ又はフェリイオン(Fe++,Fe+++) 10mg以上

7.  第一マンガンイオン(Mn++) 10mg以上

8.  水素イオン(H+) 1mg以上

9.  臭素イオン(Br-) 5mg以上

10.  沃素イオン(I-) 1mg以上

11.  フッ素イオン(F-) 2mg以上

12.  ヒ酸水素イオン(HAsO4--) 1.3mg以上

13.  メタ亜ひ酸(HAsO2) 1mg以上

14.  硫黄(S)[HS-,S2O3--,H2Sに対応するもの] 1mg以上

15.  メタ硼酸(HBO2) 5mg以上

16.  メタ珪酸(H2SiO3) 50mg以上

17.  重炭酸ソーダ(NaHCO3) 340mg以上

18.  ラドン(Rn) 20×10-10Ci以上(Ciとはキューリー・放射線の単位)

19.  ラジウム(Raとして) 1億分の1mg以上

   我が首から下の肉体の平均比重は限りなく1に近いようだ。我が家の露天風呂では水道水を加熱しただけのお湯を使っている。お湯の比重が小さいから肉体は自然に浴槽に沈み安定するが、浴槽は浅くお腹を圧迫するほどのパスカルの水圧は掛らず疲れにくい。

    臨海部の温泉の多くは溶融成分が少ないためか浮力は小さいが、観光業者の露天風呂の水深は何故か深い。その結果、浴槽に深く沈んだ我が肉体には、パスカルの原理に基づく水圧により、胃の2/3を摘出した我が腹部が締め付けられるためか、大変疲れやすく長湯ができない。私が感じる大いなる不満の主因だ。

    一方山岳部の温泉は溶融成分が多いため密度が高く、我が肉体は大きな露天風呂では浮き上がり不安定。両手を使って露天風呂の周辺の凸凹した石を掴みながら肉体を沈める努力を続けざるを得ず、こちらも大変疲れる。これも我が大いなる不満だ。

    ときどき、露天風呂の周辺の石組みの中に馬蹄形の隙間があり、体がその隙間に丁度入る場合は快適だが、そんな構造には滅多に出会わない。露天風呂を作る側の経営者も石工(いしく)もその種の課題には気づいていないようだ。

    我が家の露天風呂はタカラスタンダードの鋳物琺瑯製の五右衛門風呂(内湯用の灯油ボイラーからの湯水混合栓付断熱配管給湯に改造)だ。室内用の浴槽の長さを10cm短縮し、深さを10cm深くしただけの形状だが、1時間連続して安定した姿勢で入れるのが快適さの由来だ。

    43度の湯温からスタートし、徐々に自然冷却が進み1時間後には40度前後に下がるが、逆に体温が上がっているから何らの不満も発生しない。長時間の入浴に伴う脱水対策として常にスポーツドリンクを忘れずにちびりちびりと飲んでいる。ビールを飲みたいところだが、まさかの事故を避けるために我慢している。

 超寒がり屋を自認している私は、真冬でも体の芯まで温まる結果、風呂から上がって1時間もかけないと体温が元に戻らない。その間は一年中30度の室温を堅持している居間で下着一枚のまま、ビールを飲むのが我が極楽生活だ。サウナが大好きなフィンランド人はサウナで温まった後、雪に囲まれた湖に飛び込んで体を冷やして楽しんでいるが、私も露天風呂は夏よりも寒い真冬にこそ、その快適さが更に深まることに気付いた。

 芦原(あわら)温泉

福井県の北東端に位置している芦原温泉は1883(明治16年)に開湯。一帯はこれといった作物も育たない湿地帯であり、農地の灌漑工事を行っている最中に温泉が噴出した。しかし、風景が平凡であるために、各旅館はこぞって京都から職人を招き、庭園美を競うようになった。また、それに見合った建築、露天風呂などを設え、風情のあるものに仕立て上げた。

 その後は、落ち着いた佇まいが人気を呼び、また永平寺の精進落としの湯、はたまた関西地方の奥座敷として発展を遂げていくが、1956(昭和31年)に大火に見舞われ、温泉街は烏有に帰す(うゆう=何も存在しないこと。『烏有に帰す』=すっかりなくなる。特に、火災で焼けることにいう。「戦災で貴重な資料が・した」)。その後、新たな都市計画の元に碁盤目状に区画された温泉街が作られた。

    昭和31年、私は高校3年。この時、芦原温泉の大火を知った。新聞の写真は原爆投下直後の広島市のように灰燼に帰していた。当時の新聞の写真は我が脳裏に今もなお鮮明に焼き付けられている。57年も前のことだ。

    2004(平成16年)に発生した温泉偽装問題では、温泉利用表示に問題がある旅館および源泉の無断開発の疑いがある旅館が複数軒あり、ニュースで大きく取り上げられた。これをきっかけとして、あわら市独自の温泉表示に関する基準が設けられ、それを満たした施設には「温泉表示マーク」を交付するようになった。同マークは200412(あわら市は平成の大合併で200431日に誕生したばかり)から交付が始まった。

 

    昨年に引き続き今年も平年より寒く、積雪に伴う渋滞や事故が心配だった。万一に備え車提供者は四輪駆動車にスノータイヤを装備し、しかもチェーンまで準備して万全を期してくれた。案じるよりも産むが易し。高速道路の除雪は完璧、更に全面にわたり融雪剤が撒かれていた。

    北陸道周辺の山にはうっすらと残雪。春の到来を告げているように感じた。

 大江戸温泉物語

    平成24年の夏、新聞のチラシで『大江戸温泉物語』と称する、観光ホテルや旅館を傘下に持つ、珍しい社名の持ち株会社の存在を知った。同社傘下の伊勢志摩観光ホテルの開業を知らせるチラシだった。

    早速、同社のホームページを検索して経営方針を知る。いわゆる『居ぬき』で急速に発展しつつある会社だった。破産した観光ホテルや旅館を只同然で買収し、内装などを一新し、超低価格の宿泊料金で大繁盛している会社だった。

 一室3人以上ならば年中、一泊2食6,700円/人(一部の地区には例外もあるが・・・)が最大のセールスポイントだった。朝食付きのビジネスホテルと大差はない。居ぬき会社の低価格は減価償却費の負担の軽さに由来するようだ。決して無理をしているとは思えない。新築当時の経営者はバブルに踊って高価格戦略を強行して躓いたのか、神の見えざる手(アダム・スミスの国富論に出てくる概念)に裁かれた結果のように思える。

 今までは『トクー』(一番得する、の意らしい)の安売りクーポンを購入して、仲間と豊田市から500km圏内のホテル・旅館・民宿巡りをしていたが、このクーポンは料金先払い方式で売り出し期間・有効期間が共に短く、利用するのに不便だった。古希を過ぎても趣味・ボランティア・飛び入り仕事などで結構多忙な仲間全員の、共通して空いている日を探すのに自称幹事の私も苦労していた。

    トクーとは宿泊料金に然したる差のない大江戸温泉物語の営業方針は、幹事としては願ったり叶ったりだったので一度体験することを仲間に提案し、やっと今回その第1回目が実現したものである。

日本海さかな街

   芦原温泉に出かける途中に日本海さかな街がある。観光客や一般人相手のこんなに大きな魚市場は愛知県には存在しない。ホテルにチェックインした後の最大の楽しみは、入浴後に部屋で酒を飲みのみ摘みを食べながらの仲間との取り留めのない雑談だ。

    仲間が知恵とお金を出し合い色々な摘みを早速購入。今回一番好評だったのは店頭で焼いてくれたフグのヒレだった。焼きたての薫り高いフグのヒレ酒は、安物の日本酒を一気に純米大吟醸酒顔負けの銘酒に変えてくれた。

  日本海側最大級の魚市場  70数店舗が集結!

 敦賀港直送の魚介が並ぶ鮮魚店をはじめ水産加工の店、昆布、珍味、銘菓の専門店など50数店と海鮮丼・寿司・焼き鯖の専門店やレストランなど15店舗の飲食店が軒を連ねる巨大海鮮市場です。

 場内は昔ながらの雰囲気もそのままに威勢のいい売り子の声が響き、活気に満ち溢れています。グルメ海道を満喫!日本海の旬の海の幸が皆様をお待ちしています。

 寒ブリ

    富山湾の冬の味覚の王者は寒ブリ。決して越前ガニではない。帰途、自宅用に合計1Kgの柵を買うべく、インターネットで価格の相場は事前調査。ああ、何としたこと! 売り場に寒ブリがない。寒ブリの旬は短く2月上旬までだそうだ。全身から力が抜け落ちるがっかりを体験。

 3月3日荊妻は不在。1.7km離れた位置にある回転寿司『スシロー』に出かけたら寒ブリがあった。本物か否かは私には鑑別できなかったが、それなりに美味しかった。商魂で付けられているだけの名称などどうでもよかった。

 寒ブリは諦めたものの、ここまで来て何も買わずに帰宅するのもシャクである。手ごろな価格の越前ガニがあれば買うつもりで巡回。しかし小ぶりなものが多くイマイチ。美味しくもない雌のズワイガニ(セイコ)などは只でも買いたくなかった。

 

成長とともに呼び名が変わる出世魚の代表格であるブリ。初冬に「ブリ起こし」と呼ばれる雷鳴がとどろき沖が荒れると、まるまると太ったブリが富山湾内に入ってきます。この時期、定置網で獲れるブリは重さ10kgにもなる大物。

荒波にもまれ身が引き締まり、最も脂がのった美味しさから、とくに「寒ブリ」と呼ばれて珍重され、その極上の味は「富山湾の王者」の名にふさわしい風格さえ感じさせてくれます。1996(平成8)年、ブリは『富山県のさかな』に指定されました。

     私が小学生のころ年末に父は寒ブリを一本雑煮用に購入していた。価格は米一俵程度だと教えてくれた。冷蔵庫もない当時、藁で包んで土間の天井の梁からぶら下げていた。米と寒ブリ両者の相対的な価格比率には今でも大差がないようだ。

全国に名を馳せる最高級ブランド

富山湾で獲れるブリは、古くは「越中ブリ」と呼ばれ、全国的な知名度があります。中でも、氷見の寒ブリといえば、東京の築地市場などでも高値で取引されるブリの最高級ブランド。その歴史も古く、江戸時代から京都や大阪での人気が高く、当時京都にいた加賀藩主の前田利家は、氷見から京都へブリを取り寄せていました。

「格別うまい!」といわれる秘密

この時期、氷見沖にやってくるブリは産卵前で、最も脂がのった状態です。これを定置網でキズつけずに捕獲。漁船で大量の氷水につけ「沖じめ」(仮死状態)にしてすぐに氷見漁港へ運ぶため、その鮮度は抜群です。脂がのり、キリッと締まった身の食感とまろやかな深い味わいは、一度口にしたら忘れられません。

縁起のいい出世魚

富山県では、ブリは成長によって「ツバイソ(コズクラ)」「フクラギ」「ハマチ」「ガンド」などと呼び名が変わり、重さ10kg前後になって初めて「ブリ」と呼ばれるようになります。縁起のいい出世魚のブリは、正月にも欠かせない食材です。

 県内の一部地域には、年の暮れにお嫁さんの実家から嫁ぎ先にブリ1匹を丸ごと贈る風習が残っています。また、冬の郷土料理「かぶら寿司」にもブリが使われ、お歳暮や正月のおせち料理として親しまれています。

越前ガニ

 体色は全身が暗赤色をしている。甲は膨らみがある三角形、鉗脚(第一胸脚)と第5胸脚は短いが第2 - 4胸脚が長く、大きなオスが脚を広げると70cmほどになる。オスの甲幅は最大14cmほどだが、メスはその半分くらいの大きさである。メスは性成熟すると脱皮を止め、短期間に産卵、抱卵、幼生放出を繰り返すので成長しなくなる。

 ズワイガニの「ズワイ」とは、細い木の枝のことを指す古語「楚(すわえ、すはえ)」が訛ったものとされている。漢字では「津和井蟹」とも書かれる。

 オスとメスの大きさがあまりに違うため、漁獲される多くの地域でオスとメスに別の名前がつけられている。エチゼンガニ、マツバガニ、ヨシガニ、タイザ(タイザガニ)などはオスを指し、メガニ、オヤガニ、コッペガニ、コウバコガニ、セコガニ、セイコ(セイコガニ)、クロコなどはメスを指す。

 ズワイガニは冬の味覚の王様といわれるほど人気が高い食材であり、関西地方では、旅行代理店などが温泉地と結びつけたツアーを商品として扱っている。北海道・北近畿・北陸・山陰にはズワイガニ需要によって発展した温泉地も多い。これらの温泉地は冬場に最も集客が見込める。

 一部の地域の漁港ではズワイガニをブランド化する動きもあり、脚に色違いのタグを取り付けるなど販売に力をいれている。しかし、ブランド化はズワイガニとは異なるカニであるとの誤解を消費者に与える場合がある。

    北陸の冬の食材の横綱は寒ブリとズワイガニ。単なるズワイガニなのに越前ガニとか松葉ガニと称してブランド化し数倍もの高価格化を業者は目指しているようだ。

    我が温泉仲間の一人が入社早々の職場の仲間から、民宿・一泊二食・4万円の旅に今冬誘われて参加。一杯時価3万円の越前ガニを満喫。高かったけれど美味しかったと報告。私は越前ガニと称されるカニを食べたことはなかった。しかし、最近のブランド食品の氾濫には聊か疑問を持っていた。

    早速インターネットで調査すると、越前ガニとは概算一杯1kg以上のオスのズワイガニを選び、黄色いプラスティック製のタグを取り付けているカニと分かった。早速、1.2kgの越前ガニを21,000円で魚問屋『越前田村屋』から購入して試食。

しかし何度も購入している釧路の『金橋水産』のズワイガニと変わらぬ味覚。甲羅の中の味噌を深皿に掻き出し、日本酒を注いでカニみそ酒を作り飲んだらそれなりに美味しかった。友人は甲羅の中に日本酒を注ぐのが正式な飲み方と教示してくれた。

    再挑戦。『金橋水産』からロシア産の1.5Kg(これより大きなカニは、インターネットで調べた結果、北陸各地のカニ屋でも売っていなかった)のズワイガニを購入。足の先端間の長さは90cm。甲羅の中に缶ビールが埋没する巨大さ。金橋水産の担当者に越前ガニとして何故売り出さないのかと質問。オホーツク海のロシア産なので、同じ種類の蟹なのに越前ガニの呼称は使えないのだそうだ。

今度は豊田市内の銘酒『菊石』の純米大吟醸酒(山田錦の精米率40)を甲羅に注いでカニみそ酒にして飲んで超満足。この時は子持ちの活本タラバ蟹2.3kgと合わせて送料消費税込み11,730円だった(セリで落札したためズワイガニの価格は不明)。北陸商人から越前ガニを買う無意味さを痛感する体験になった

北陸最大の魚市場まで来て何にも買わずに帰宅するのはシャクだ。ズワイガニの殻を取り去り綺麗に箱詰めされた冷凍のしゃぶしゃぶセット7,950円がふと目に入った。店員が5,000円でどうですかと話しかける。高いと拒否したら、大きな鯖の一夜干し2匹と甘海老500gを付けて4,000円でいかがと値下げ。概算1万円からの値引きだった。何となくその場の雰囲気で買った。旅先での一万円以下の買い物とは遊び半分、海外でも国内でも心の踏ん切りは似たようなものだ。

大江戸温泉物語芦原温泉

   芦原温泉は大江戸温泉物語の傘下で開業して約一年経過。95室・宿泊定員400人強・パート込の従業員が120人もいる大規模温泉ホテル。2/26()は平日というのに満員に近い大盛況。経営力の素晴らしさに感嘆! 

   地域には然したる働き場所もない田舎での、食材やお土産の納品業者を含む雇用力には一目置かざるを得ない。常時、通路や洗面所・更衣室・ロビーなどを清掃している女性(パート?)がいた。更衣室には脱衣籠が100個ほどあった。私は籠を二つ使っていた。濡れたフェイスタオルを再度使う予定で別の籠に入れていたら、着衣している間に清掃担当の女性に片づけられていた。従業員の働きぶりにも感嘆!

   チェックイン15:00、チェックアウト12:00となっているが、宿泊日の9:00から受け入れてくれた。入室はできないが、入浴は可能。バスタオルとフェイスタオルは受付時に手渡し。12:00からの昼間の観劇も無料。我が仲間は入浴後『あわら座』に隣接している畳敷の大型休憩室(4室あった)に入り込み、持ち込んだ摘みを楽しみながら昼食兼酒盛り。

   今や日本では地域社会の連帯意識は崩壊しているようだ。我が隣組では輪番制で組長の役が回ってくるが、組費の集金・葬儀への参列・年一回の懇親会で顔を合わせる程度だが荊妻に一任し、私は欠席。

各世帯主と私との人生を因数分解すると共通因子が見当たらず、世間話をする気も起きないのだ。何とか両隣の世帯主の顔を覚えた程度で、子供の顔までは覚え切れない状況だ。こんな人生を送っている現在、温泉仲間とのおしゃべりは、私にとって何にも代えがたい楽しいひと時だ。

   平日のためか男性客は年寄りが少し。若者や子供は殆どいない。でも、夕食時のレストランの混みようには唖然とした。大部分は温泉で化粧を落としたまま、髪の毛は鳥の巣のようにした状態の食欲旺盛な老女達である。

大勢の料理人が目の前で調理しているものの、供給が追い付かない。都市ホテルのレストランの静けさとは別世界だ。超高級品はないもののそれなりの、お寿司・刺身・天ぷら・ステーキ・麺類・果物・スイーツなど・・・。少しずつではあっても、全ての料理を試食することは無理だった。

   朝食もバイキング。私は食事を摂るとの気持ちよりも、摘みになりそうなものを探し、風呂上がりの体に生ビールを浸み込ませた。この程度がまさしく『細々と生きている年金生活者』に相応しい肩の凝らない極楽浄土だった。

   夜の部の演劇も翌日の昼間の演劇も無料。宿泊日の前日(2/25)、我が仲間の一人81歳のお爺さんが突然腰痛に。規則によれば宿泊料金の半額がcancel料。自称幹事の私はこの種の交渉事にいつの間にか強くなっていた。結局、キャンセル料は無料にして貰った。

大衆演劇

   かつて名古屋市内には3ヶ所あった劇場のうち、名鉄ホールが廃業して以来、中日劇場と御園座が残ったが、有力企業の支援のなかった『御園座』が遂に倒産となり、この3月が最終公演らしい。老朽化を口実に土地を売り建物を高層建築に建て替え、下層部には中日劇場と合流した御園座を嵌め込んで再出発するらしい

不足金を補填すべく、地元企業との名の下にトヨタ自動車なども出資させられるらしい。商業演劇はレジャーの多様化とともに映画館と共に人気凋落。私は定年退職後の15年間に一度も観劇に出かけたことがない。都市圏人口は軽く400万人を超える名古屋市ですら二つの本格的な劇場は維持できないらしい。

   そんな時勢でも大盛況なのは大型温泉ホテル内の小型簡易大衆演劇場だ。愛知県には三河温泉(仲間と共に体験済み)や尾張温泉など4ヶ所もあるとか。宿泊客は観劇が無料どころか大型バスでの送迎無料付。これらの集客作戦はいずれのホテルも大成功。芦原温泉の『あわら座』もその一つだ。

   我が仲間は2/26の昼の部・夜の部、2/27の昼の部の3回も観劇。その都度演し物は異なっていた。2/27の昼の部は千秋楽。観客席の前半分はいつも先着順の指定席。当日朝7時から受け付け開始。有料の日帰り客は一人1枚、宿泊客は一人でグループ全員の席が入手可能とのルール。

   受付のカウンターには席取り順番を表すハンカチがずらりと並べられていた。私は早く出向いたつもりだったが61-66番。何しろ茨城県と大阪府からも連泊数日に及ぶ熱烈ファンが駆けつけてきていたそうだ。

   演劇中にチップ(おひねり、大抵は1万円札)を役者の襟元に差し入れする追っかけファンが多く、同じ人が5回もチップを出していたのには驚愕。我が仲間からは最後まで遂に一人も現れず・・・。

   日本には大衆演劇を演じる劇団が100以上もあるそうだ。彼らには歌舞伎俳優のような支援組織がない。演歌歌手で活躍している北島・五木・森のように独力でスターになった芸能人と同様、生きるために必死に努力している。

   一方、歌舞伎俳優の世界は異常だ。蛙の子は蛙と言わぬばかりに家族内で特訓。松竹などの支援の下、ちやほやされながら芸能人としての道を歩んでいるためか、テレビで見ると尚更彼らの芸からは気迫が伝わらない。絶滅危惧種の類だ。ファンが減るのも理の当然。

私は御園座が倒産したのは集客力が不足している芸人側にこそ、その主因があると独断している。個人の能力が直接問われる世界では、子供の殆どは親の実績を超えられない、というのが我が知る経験則だ。不世出の長嶋・力道山の御子息にもこの経験則が当てはまるのだ。

 

写真家のコメント。

芦原温泉のアルバムができましたのでお送りします。

役者の中で女性は1人だけです。見事な変身ぶりに感動しました。私は右上の人が本物の女性だと思っています。本物の女性よりも女らしい女形は梅沢富三郎、坂東妻三郎など他にも結構います。

考えてみると化粧で肌は隠されているので体つき、物腰、表情、衣装を女性らしく工夫すれば存外容易なのかもしれません。

ある歌舞伎俳優が【絶望を生きる勇気に、悲しみを希望に変えてさし上げるのが役者です】
と言っていましたが、内面を表現するのが一番難しいのかもしれません。

   

本物の女性(別の仲間の判定)

 

座長その(別の仲間の判定)

 

座長その2(別の仲間の判定)

今回の大衆演劇の一座の実力は大劇場で活躍している劇団の役者に何らの遜色をも感じなかった。中でも、座長の実力は抜群だった。

今回の一座には女性も子供もいなかった。一人だけ女性が友情出演していたとか。演し物は芝居と踊り。歌はなかった。

ある芝居の演し物では座長が阿呆役の大工を演じた。藤山寛美も顔負けの演技力にびっくり仰天。追っかけファンが現れるのも無理はない。

女装しての踊りにも驚愕。私には友情出演した本物の女性と区別がつかなかった。体の動かし方に特徴があった。南アジアや東南アジアの女性の踊りにはヒンドゥー教系の影響が強く、手指や頭、目を巧みに動かし、その動きは大変早

一方、和服を着た女性のしなやかな腰の振り方、真っ直ぐに伸ばした背筋を斜めにしながらゆっくりと回転する動きなど、京都の芸妓など足元にも近寄れないほどの美しさに私は茫然。

撮影は禁止されていたが、カメラを趣味にして東奔西走している我が仲間は高級カメラを駆使して、フラッシュを焚かずに密かに撮影していた。動画でないのが何とも無念。

串焼きや秋吉

昨年末にテレビで福井県名物の『串焼きや秋吉』の存在を知った。北陸を中心にチェーン店が
100以上もある大手だ。仲間が事前に最寄りの店を探してくれていた。何と日本海さかな街とは道路を挟んだ向かい側にもその店の一つがあった。

   私は今まで焼き鳥などの串焼きは食べたことはなかった。大手スーパーで焼く前の串焼きが山積みされて売られているのを見たことはあるが、製造元が東南アジア各国だったので衛生上の疑問を感じ買ったことはなかった。

   中央アジアから北アフリカまでのイスラーム圏内では『シシカバブ』と称して、どこでも名物として売られていたものを、海外旅行の折にときどき食べてはいたが、羊の肉中心だったし、イマイチ食欲が進まず・・・。今回、鶏肉に初めて挑戦!

純けい・・雌鶏の塩焼き・・・66*5本

   串焼きの材料の種類は多かった。販売は5本単位。単価はいろいろ。店長の勧めで雌鳥を購入。時間がなかったので店頭で焼いてもらったものを帰宅後、電子レンジで温めて食べた。

   昭和20年代までは我が生家では地鶏を放し飼いにしていた。鶏舎は縁側の細長い面積4畳大の床下。生家の床下は約90cmの深さ。夜の間に床下に産んでいた卵を朝取りに行くのは子供の仕事。来客やお盆などの御馳走は放し飼いにしている鶏。鶏の首を絞めて窒息死させ、毛を毟り取るのも子供の仕事。父は藁を燃やして鶏の羽毛を焼いた後調理した。

今回の雌鶏の味覚は昔食べた鶏にそっくり。ブロイラーとは異なり、身は固く噛むほどに味が滲み出てきた。もっとたくさん買えばよかった。常連なのかカウンターでビールを飲みながら串焼き三昧の人が。ああ、羨ましい!

おわりに

   日めくりカレンダーを破り捨てるような余生が残り僅かになった今も、大勢の温泉好きの仲間に支えられながら生きている日々に感謝しつつ、今回も何とか旅行記を書きあげることができた。

   かつては漫然と出かけていた温泉旅行でも、旅行記を書くことを前提に出かけると、さながら受験勉強のように物事を的確に把握する努力を惜しまない習慣が身についてきた。世の中にはボケ防止と称した、効果の裏付けに乏しい無数の提案が溢れているが、私の場合は旅行記を通じてのホームページの維持管理に勝るボケ防止法は思いつかない。

   ちょうど30年前、大学卒業後初めて開いた20周年記念懇親会に恩師をお迎えした。その時に、ある恩師は生涯現役をモットーにしながらまだ研究を続けていると言われた。教え子たちの育成にも学会でも十分に活躍された後の時間、どうして悠悠自適、趣味を楽しむ人生を選択されないのだろうかと、私には不思議に思えたことを鮮明に思い出す。

しかし、今では先生の真の目的は、ボケ防止にあったのではないかと確信するに至った。

読後感

石松さん!

非の打ち所ない文章です。詳細な観察と調査の行き届いた資料に感服です。

@     トヨタ後輩・工・テニスと温泉旅行仲間・スポーツ万能・五木に心酔し衣装も同じ白で特注・芸名も持っているカラオケ名人。

芦原温泉旅行の圧巻は大衆演劇見物でした。]

劇団円舞の座長・橘炎鷹(タチバナエンオウ  男性)が演ずる阿呆大工や芸者姿の舞に魅せられました。きりっとした男前の座長がどうして阿呆に見えるのか? 芸者姿には男のはずだが、と目を凝らしても女にしか見えない。

力士は立ち上がり前の仕切り直しを何回か重ねているうちに、次第に闘争心が燃えてきて猛牛のような面構えになると聞く。座長は高島田を結い、かんざしを挿し、念入りの厚化粧をし、着付けをしてもらっているうちに女になるのだろうか?

芸者の舞の最中に客が祝儀を手渡そうと舞台の袖に近づいた。その時、芸者姿の座長がわざと裾をはだけ男勝りの大股でかけより笑いを呼んだ。襟元に祝儀(1万円札)を挿んでもらうや直ぐに女に戻り舞を続けた。瞬時の切り替えで仕切り直しのような間は無い。

目つきがまた色っぽい。女以上に女らしい。目は心の鏡と云うから心も女になっているのだろうか?

ミスターレディーの「はるな愛」が2009年 タイで開催された「国際ニューハーフ美人コンテスト」で優勝した。彼も女性タレントと一緒にいると最も女らしく見える。声を聞いて男だと気づく。彼は毎日風呂へ入る前に姿見鏡の前に立ち女らしい姿態やしぐさの訓練をしていると聞いた。

姿態やしぐさは訓練により女を演ずることが出来るようだが、心まで女に成れるとは! 歌舞伎役者もかなわないだろう。

A     トヨタ先輩・工・ゴルフテニス温泉旅行仲間・囲碁はトヨタOBのトップクラス。愛妻恐妻敬妻家・毎週6.5日は外出して人生を謳歌。

大江戸温泉「あわら」は大満足でした。大衆劇団の女形芸者の舞踏ショーは歌舞伎の海老蔵より上ですね。

驚いたのは、お芝居と舞踏ショーは一か月間同じ演目をやっているものと思っていましたが、添付ファイルの写真のように二日間で変えているのですね。その努力は歌舞伎役者も見習うべきですね。

9時から入館でき、温泉に入り和室の休憩所でヒレ酒が飲めたのもいいですね。

HPを見ますと山代温泉「山下家」は落語専門で、片山津温泉「ながやま」が大衆演劇によるお芝居と舞踏ショーをやっています。

B    トヨタ後輩・工・ゴルフテニス温泉旅行仲間・囲碁名人・旅が大好き⇒旅での観光計画を何時も立案していただける方

芦原温泉には満足しました。温泉、芝居、料理と三拍子揃っていました。その上料金も安くリピーターになりたくなりました。

次回の企画にも是非参加させていただきます。

 C    トヨタ後輩・ゴルフテニス温泉旅行仲間・高級カメラを買いカメラ愛好仲間と共に東奔西走・我が旅行の集合写真(アルバム)の作成は何時も引き受けていただける得難い存在。

 

一泊二日の芦原温泉旅行記が何と18ページ、長すぎるね。カラーインク代も大変だ。そもそも旅行記の読後感など同行していない人間にあるはずがない。この旅行記読後感も強制労働作業であって、自発的作成ではない(惻隠の情だね)。 

それに旅行記といっても、例によって「地図なし、行程表なし」、出発地と到着地の情報しかない。石松氏は移動中は車の後部座席でビールを飲んで、ひっくり返っているようだから景色も見ていない。これでは紀行文とはいえないね。

 旅行記文末に結局生きがいのため、ボケ防止のためとあるが、私は生きがい探しに困ったこともないし、ボケ防止についても数年前の認知症テストでも20代前半の頭脳といわれた。70歳の運転免許更新テストでも3040台の操作能力だそうだ。やはり麻生副総理の言うように、老人死亡促進策が一番いい。死亡促進で石松氏の生きがい探しも、ボケ防止も一挙に解決する。

今年から新生き甲斐作業探しに挑戦開始。荊妻のペースメーカが万一故障すれば即死の可能性もあり、その後の余生ではいやおうなしに男寡生活が始まる。

いつでも手元で酒の摘みが食べられるように、我が100リットルの冷凍庫を荊妻から奪還し、お気に入りの摘みを通販で調達開始。

オーストリア産のソフトサラミソーセージ・日本一の馬刺しメーカー天馬の馬刺し・自製の紅サケの燻製・和牛のヒレ肉(ステーキを焼くための肉厚9mmの特殊な電磁調理器用鍋も購入した)・スペインのイベリコの生ハム・国産生ハム・生食用海老・日本一のインスタントみそ汁メーカ天野フーズ(永谷園より高いが美味しい)の一杯100円の製品・台湾産塩ゆで枝豆は集めた。後数種類調達予定。いろいろ準備しないと食べ飽きる可能性がある。

宅配夕食サービスも数社食べ比べてお気に入りを探す予定。我が周辺ではワタミに人気があるようだ。毎日外食に出かけるのも面倒。外食ではリンガーハットの長崎チャンポン・スシロー他各社の回転ずし。まだお気に入りのラーメン屋が見つからない。

 これだけ長寿国になった日本では発想の転換が必要だ。人工妊娠中絶が許されるなら、一歩進めて、老人の人工生命中絶も必要だね。とりあえずは延命治療の制限だろうが、延命治療制限だけでは不十分だ。石松氏の生活を見ていると年金生活15年で強制的人工生命中絶が妥当だ。本年8月だ。会社の定年制と同様に本人の命日が事前に確定すれば、かえって世の中はスムーズに行くのではないか? 

墓石、戒名、遺影全部完成済みだし。年金貴族が、零細業者や薄給労働者にサービスを強要する倒産温泉ホテルめぐりは社会正義に反する。全国一律に年金受給開始後の生命は15年とし、「排出権」同様に、手持ち15年の一部は売買できるようにすればいい。貧乏人の年金生活者も15年の一部を市場価格で売れば、子孫にかなりの財産を残せる。年金を当初から全面返上すれば天寿までOK。私は70歳から年金受給なので85歳までOKだ。

温泉の分類にも、応用物理学にも石松宅の露天風呂に興味ないね。私は、ウィーンに赴任するまで、火山以外の温泉があるとは知らなかった。欧州の温泉は、医療施設で味気ない。やはり歓楽街がいいね。

芦原温泉には行ったことはない。北陸線特急では何度も通過したが。大江戸温泉物語、トクーよりはいいようだ。倒産処理した分だけお客には実質不当利得が入る。でもみみっちい話だ。倒産ホテルにたかるなど石松遺影仲間の品位がよく出ているね。

石松氏も第二豊和寮時代は大らか人間だと思っていたが。日本海さかな街は何処にあるのだかさっぱりわからない。パキスタンの当事務所は今日もインターネット不通、調べることもできない。値引きに頑張るのもせこいね。しかし、私は寒ブリは贈ったことも貰ったこともない。食べたこともないかも。やはり石松農家は上流社会だ。

 11ページの写真、卓上が淋しいと思ったら、車内の残り物整理、遺影撮影済み仲間が生きているのはみっともないね、生き恥だね。みな小金持ちのようだが1万円のチップは出せないようだ。

 大衆演劇と、爆食老女と一緒に食事。私の趣味ではない。私は先日は、東京で市川海老蔵の歌舞伎を見て、皇居前の東京会館(会員)で食事。大分差がついたでしょ。パキスタンの鶏は日本のブロイラー以下。

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