石松良彦の海外旅行記
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終の棲家の建設後編
(平成24年1月31日脱稿)
(随想⇒終の棲家の建設後編)
(随想⇒過去の年賀状)
(旅行記⇒日本⇒温泉旅行平成23年)

訪問国数>年齢を目指す石松良彦の海外旅行記です。

登場する日本人名は、有名人以外は原則として仮名です。

写真が挿入されているのは、ディジタルカメラを持参したエジプト旅行編以降のみです。

古くはワープロ、新しくはパソコンで書いていた旅行記を、ホームページに脱稿順に無修正のまま貼り付けました。

この機会に全文を読み直したら、旅行記を装った自分史にもなっていたと自己評価しています。

しかし、書式の乱れを直すことができず、読み難くなっていて恐縮しています。

その後、随想と健康を追加しました。
   平成22年夏に『我が終の棲家』の建設計画を立てた。東日本大地震の発生前だ。文書で明示した設計条件は@近く予想される東南海大地震でも倒壊しない構造A骨壷10個が収容できる大きさのカロート(納骨室)B耐久性は100年、の僅か三点。外観のデザインは日本では半ば伝統と化している和型に拘る必然性は全くない。全てにわたり自由と強調した。

   墓石業者10社から独創的な設計図と見積りを集め、業者の選定は同年秋に終わった。そこまでの経緯は『終の棲家の建設前編』に纏めて、ホームページ(随想)で発表した。

   後編の報告は平成23年6月に完成した基礎工事と同年12月に完成した墓石の組立作業までの経緯を纏めたもの。何よりも驚いたのは工事業者による職人の働かせ方の違いにあった。トヨタ自動車での現役時代、自動車関連の部品工場の技術調査は、内外合わせると1,000社程度になるが、これらは同一部品の反復連続生産の世界。

   一方、我が墓作りは私がリピータになるはずもない一回限りの別世界。相見積もりで大きく開いた価格差は機械の使い方と職人の働かせ方の巧拙にあった、と工事を見学するや否や即座に納得。最安値を提示した豊橋市の石寅とみよし市の打越土木とには、予め文書で明示していた通り契約金は一銭も支払わずに口頭約束で発注しただけだ。でも、業者の想定外の誠実な作業を目(ま)の当たりにすると、我が死後も感謝し続けたい、と思わずにはおれなかった。


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