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健康
           
がん、その2回目の挑戦(平成19年9月28日脱稿)

   胃がんと食道がんの治療後、愛知県がんセンターで予後の経過観察をしていたが、主治医の副院長不破医師から2年位前に『がんは完治しました。今後の経過観察は不要です』とのご託宣を受けた。

   しかし私は『検査費用は気にしていませんから、経過観察をしばらく続けて下さい』と無理にお願いし、以後8ヶ月置きにPET/CTと並行して内視鏡による食道と胃の目視観察及び食道のルゴール染色法による検査や血液検査(マーカー値の確認)を続けていた。

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はじめに

   去る平成19年5月11日に第7回目のPET/CT検査を、いつものように名古屋共立病院で受けたが、がんは見つからなかった。しかし、6月1日に愛知県がんセンターで内視鏡によるルゴール染色法による食道の検査で、新発(転移でも再発でもない=原発)食道がんと疑われる部分が頚部と胸部食道(4年半前の食道がんは胸部食道)の4箇所に発見され、4箇所全部から細胞を採取し生検を受けた。食道がんには群発する性質があるとか。

   6月11日に主治医から『生検でのがん化レベルは5。がんでした』との告知。既に放射線照射治療は許容限界値まで受けているので、胸部食道のがんには再度の放射線照射治療は受けられないとのこと。残る選択肢は外科手術か陽子線照射治療に狭められた。

   4年半前に胃がんの手術で入院した時の同室患者が食道がんの外科手術を受けた直後にお見舞いに出かけたら、体に14本ものパイプを取り付けられ生き地獄のように感じたのを思い出し、手術は敬遠。主治医の勧めもあり、兵庫県立粒子線医療センターでの陽子線照射治療を選択した。

  尚、主治医からは『今回の食道がんは前回の食道がんよりもがんとしては軽症だから、心配するほどのことではない』と励まされたが、写真を見る限り数センチの大きさのものが数個は確認できたし・・・。

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粒子線治療施設

   日本には粒子線治療施設が下記の6箇所にある。粒子線には陽子線と炭素線の2種類がある。7箇所目として平成20年10月に南東北がん陽子線治療センター(福島県)がオープンし、我が主治医が責任者として就任される予定。

   筑波大学陽子線医学利用研究センター(陽子線)
   放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院(炭素線)
   国立がんセンター東病院(陽子線)
   若狭湾エネルギー研究センター(陽子線)
   兵庫県立粒子線医療センター(陽子線・炭素線)
   静岡がんセンター(陽子線)

   炭素線は陽子線の3倍もエネルギー密度があり、皮膚の薄い食道がんには不向きらしく、陽子線治療を勧められた。陽子線はX線の20%増しのエネルギー強度だが患部への到着エネルギーが大きいため、治療効果は一層高いそうだ。

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入院治療の準備

   入院に先立ち、6月15日に食道がんの範囲を明示するための金属片(ホッチキスの針みたいなもの)を、愛知県がんセンターで食道の上下に取り付ける予定。金属片は食道の皮膚が更新されると自然に剥離し無自覚のまま便と共に排泄される。金属片は患部をX線で透視しながら位置を確認する時のマークとして使われる。

   CTの写真等、治療に必要な準備が完了したら主治医が入院手続きを取られる予定。申し込んでから2週間くらいは待たされるらしい。

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兵庫県立粒子線医療センター

   兵庫県立粒子線医療センターは日本で唯一、陽子線も炭素線も導入済みである。2001年から治療を開始し、患者数は徐々に増加し陽子線治療患者だけでも2006年には363名に達した。
   
   ご関心のある方は下記のアドレスを検索窓に貼り付けられれば、ホームページが現れ関連情報が参照できます。http://www.hibmc.shingu.hyogo.jp/
   
   陽子線治療には保険が使えないため治療費288.3万円は全額自己負担。それ以外の保険が使える検査や入院費などを含めると合計300万円前後は掛かるが、一年長生きすれば年金で支払えると楽観している。
   
   ホームページによれば兵庫県立粒子線医療センターは50床しかなく常に満員。ベッドが空くまではビジネスホテルからの通院を予定している。

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陽子線照射治療

   陽子線治療は過去に放射線照射を受けた部位のがんには使えないが、今回の頚部食道がんのような新発がんには使える。今回は完璧を期すため、TS-1という抗がん剤(飲み薬)も2年間服用予定。

   我が友人が昨年末に胃の全摘手術(主治医は私が紹介した、本年度の日本胃癌学界会長山村医師)を受けた後、がん性腹膜炎の防止のためにTS-1を飲んでいるが、無気力状態になるとか。

   放射線(X線)は体表面から患部にエネルギーが到着する前に減衰するという欠点があるが、陽子線(光速の60%)は途中では殆ど減衰せずに患部でエネルギーを放出するため、健常な部位に打撃を与えず、大変合理的な治療法である。

   それだけに治療部位の三次元的な位置決めには精確さ(許容誤差1mm)を要し、治療中の呼吸運動で位置が変動する食道がんの治療は難しいらしく、多くの陽子線治療施設でも治療の対象外にしている。いわんや蠕動運動で勝手に動く胃や結腸がんには適用されていない。

   治療の都度、位置決めの確認に30分くらい掛かるものの、照射そのものは数分内に無痛で完了。毎週5回、2〜8週間で完了。私の場合は7〜8月に掛けての入院と推定。暫くはゴルフもテニスも家庭菜園も旅行も中断。

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おわりに

   既に申し込んでいた9月26日出発予定の南部アフリカ8ヶ国・20日間(998,000円)のパック旅行も、旅行社『トラベル世界』に残念だったが、本日取り消しの連絡をした。

   生きていさえすれば、海外旅行は復活できると自らを慰めながら・・・。

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読後感その1

   新発がんの告知を受けた由、また戦闘開始ですね。強いご貴殿のことですから必ずや克服するでしょう。頑張ってください。

@ 教養部級友・工・元高専教授

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   大変なことをお聞きし驚いています。
   
   新発がんということで前回診断の完治は間違ってなかったということですね。新しい治療に臨み再び持ち前の強運を発揮されるよう願っています。

A トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間

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   突然メールします。石松さん、完治されて新しい旅行記を読ませてください。頑張ってくださいね。

   Yahoo掲示板ダイワボウで知る者より

B 全く存じ上げない方・励ましに感謝

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   ホームページ拝読しました。驚いています。でも、早期の発見から治療方法まで挑戦されている事が切実に伝わってきます。

   必ずや勝利されることを信じています(完治をお祈りしつつ ・・・)。

C ゴルフ仲間・奥様が粘液産生膵がんで闘病中の方(幸い快癒中)

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   完治を信じていたのに驚きです。新発ですか。

   癌との闘いに打ち勝たれるよう祈念しています。
   
D トヨタ後輩・法・最近二冊目の歴史小説を発刊された方

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   先日からのメールで、新しく出来た食道がんとの事で心配していたが・・・。事実は事実として受け止め対処するしかない。とにかく気力を強く持ち、頑張るしかないぞー。

   俺たちとは違う力を、体の何処かに持っていると信じているからネ。

E 実兄

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   大変ですね、パソコンはいくら壊れてもいいが、また癌が見つかるなんて、軽度の癌ですよね、こんな表現良くないか、大丈夫ですね。ゴルフ待っています。
      
   株の整理すみましたか。また治療中にすごい事考えているのでしょうね。

F トヨタ後輩・工・心臓の大手術後なのにゴルフに復活できた方

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退散したはずの癌細胞がまた来たとは信じられない話です。一方癌細胞は我々も含めて神出鬼没とか聞き、それを自分は知らぬが仏。

貴兄は微に入り細にわたる検査で見付かったのであり、次の検査では消えうせていることと推察しています。朗報を願っています。

G トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間


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   新発食道がんとのこと、びっくりしました。このことあることを前提に、怠り無く綿密な検査を計画され、実行されて来られたことが、幸いとなりますように祈っております。
   
   強運というよりも、運を引き寄せる気力・胆力の強さにいつも感嘆しております。
また、戦記を読ませてください。

H 大学&トヨタ後輩・工・技術コンサルタントとして大活躍中

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   いつも、人生の勉強になるホームページ有難うございます。勉強させていただきながら、読後感のひとつも送らずに済みません。ただただ、石松さんの見識の広さ深さ、行動力の大きさに、感じ入っていた次第です。

   このたび、また大変な連絡を受け、心配しております。石松さんの事だから、きっとこの難局も元気に乗り切られるものと思いますが、やはり心配な一事です。

   何とか、前の通り完治され元気なメールを拝読させて頂ける日を心よりお祈りいたしております。

I 大学&トヨタ後輩・工

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   メールいただき驚きました。もう再発・新発は無いものと勝手に思い込んでいましたので。
   
   貴殿の不屈の闘志と克己心を再々発揮して、完全治療をされるよう祈っています。                  

J トヨタ同期・経

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   2回目の挑戦も問題なく克服されるものと思います。
   
   又、直ぐにゴルフを一緒にやれますことを楽しみにして居ります。

K トヨタ後輩・工・アルゼンチンに300万坪の土地と成牛1,000頭も保有

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   第2回目の挑戦とのこと、がんばってください。がんのことは、私にはよくわかりませんが、このようにいうしかありません。

   先日は楽しい会話(注。5/26&27、大学卒業45周年同期同窓会を博多湾の能古の島で実施。知らぬが仏だった)を楽しみ喜んでいました。次回の同窓会にも元気な姿を見せてください。快癒を祈っています。

L 大学級友・工・私大教授

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   ホームページを拝読。新発食道がんの報に愕然。主治医の癌完治の宣告もさることながら、石松さんの最近のゴルフやテニスのプレー振りに病気とは無縁の元気さを感じていたからです。今は主治医の指示に従って治療に専念するしかありませんね。

   先のがん治療(胃と食道)で放射線治療の許容限界値まで達していることを聞いてたので心配でしたが、陽子線照射治療という新治療法が開発されて効果的に治療が受けられるとのこと。良かった。

   入院される兵庫県粒子線医療センターをホームページで見ると、リゾートホテルのようなところで環境は抜群、気が向けばゴルフもテニスも出来ますね。相手がいなければ龍野まで遠征しますよ。

   昔、不治と言われた癌も次々と新治療法が開発され今や治らぬがんは無いほど医術の進歩に眼を見張ります。対症療法は完璧ですが癌の発生原因の究明が覚束ない。原因が判れば予防につながる筈。

   戦前はドイツの流れを汲む対症療法医学が主流だったが、戦後 アメリカ流の予防医学が台頭し期待されてきた。しかし、医学会の実情を漏れ伺うに後者にマンパワーが割かれているとは思われない。金になりにくい分野に医者が集まらないのかと皮肉りたくなる。

   社会保険庁もコムスンもあれだけの不祥事を起こし退場させる「対症療法」は当然として、一方このような悪徳集団を出現させない「予防行政」がされていたのか!腹立たしいことが多すぎる。どの分野でも。

M トヨタ先輩・ゴルフ&テニス仲間・工

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   新発食道がんの告示を受けた由。驚いています。もう癌とは無縁になって祝着至極と思っていましたが・・・

   文面を見ますと軽症だそうですし、貴殿は強運の持ち主ですから早期に完治することでしょう。深刻に考えないことですね。又楽しい海外旅行記を期待しています。

N 大学&トヨタ先輩・工・奥様の介護で主夫業に専念中

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   お大事に、早く元気にお帰り下さい。
   
   ご回復を祈ります。

O トヨタ先輩の学友・香港&中国で会社を興し大活躍中

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   癌再発のメール 拝見しました。頑張ってください。お大事にと言うばかりです。

実は、私も石松さんと同じような悩みを抱えています。お会いした際に詳しくお話します。

P トヨタ先輩・ゴルフ仲間・経

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   お早うございます。東海東筑会の古賀です。新発食道がんとのメールを頂き驚いています。しかし、ホームページの『がん、その2回目の挑戦』を見て状況および先輩の対応・準備がよく分かり少し安心しました。このままベストを尽くしてください。

   6月23日の東海東筑会でお会いできると楽しみにしていました。その折に、異国訪問数エイジシュート達成の喜びと、7月末上梓予定の旅行記の予告編を聞きたく思って
いました。

   ホームページを見て更に驚いたことはアフリカ諸国歴訪ツアーに既に申し込まれていて、空白の大きかったアフリカ大陸を赤く染める大いなる計画を知ったことです。衰えることを知らないチャレンジ精神に改めて感服!

   退院後の秋には又、我々に勇気と想定外の想いを与えてくれる話題を提供頂ける
ものと期待しております。

Q 高校後輩・工・同窓会でお会いする方

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  ジャカルタに着きました。治療に専念して下さい。

R トヨタ同期・工&経・毎年累積半年以上も海外を飛び回って活躍中

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   またまたの試練とお聞きし、驚いています。早期発見ということで見事クリアされるよう祈っております。
   
   それにしても、治療法の選択が大変だったようですね。お大事に。
                      
S  トヨタ同期・工・引退後に郷里の千葉県へ引っ越した人

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   ご無沙汰しております。お元気にご活躍のご様子に安心しておりましたが、新発食道がんの告知とは・・・。
   
   度重なる石松様への試練には何と言って激励してよいやら。手術になるのですか?それとも放射線治療かなにかで?入院予定は何日くらいですか?

   強靭な石松様の精神力で、また元の元気を取り戻されますよう祈っております。私も心筋梗塞以来、できるだけ静かに日々を過ごしております。一日も早いご帰宅を願っております。頑張ってください!!

21. 会社社長・我が株式売買の指南役

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   新発食道がんのお知らせ拝見しました。私の知人の例を2例紹介します。

   一人は胃がんの手術後大腸に転移しているのが分かり大腸を手術。手術後検査で大腸にまだ取り残した癌が残っているのが分かり再手術。手術後2年以上経過していますが、新発癌、転移癌は見つかっていません。現在はお子さんと二人で地中海のクルーズを楽しんでいます。
   
   もう一人は胃と肝臓の二箇所に癌を同時に発見して手術実施。5年以上経過した今も元気に活躍中です。

   医学が進歩した今、癌は怖い病気ですが治る病気です。石松さんの癌に立ち向かう姿勢次第で癌は治ります。   

22. トヨタ後輩・工・元ゴルフ仲間・引退後に東京へ転居

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   お便り拝読しました。前回がんは完治した、と担当医から告げられたばかりなのに、また新がん発見ですか。

   検査を続けていたのが有効だったのですね。早期のご回復を祈っています。
   
23. 高校同期・元JALのジャンボ機長・脊柱管狭窄症も3回の手術で快癒

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     平成19年6月11日付メールを読ませていただきました。会社の工場長以下すっかり貴兄の海外旅行記のファンになり、今朝出社すると机の上にアウトプット資料が置いてありました。私はコンピュータ音痴で未だにワープロで用を足しておりますので、こんな形(FAXの意)でご返事させていただきます。貴兄に笑われてしまいますよね。

   昨日主治医から大変な宣告を受けられたとのこと。いつもクールに客観的に非常事態を受け止め、それに対処して見事に乗り越えてきた貴兄の文章の中に若干の動揺を伺い知り、少しばかりの励ましになればとの思いでワープロを打たせていただいております。

   科学の力を持ってしても解明できない難病で命を落とす人も沢山いる中で、石松さんの解説を読ませていただくと素人の私達にも、貴兄の気力でまだまだ乗り越えて『どうだ』と我々の前で見栄を切って貰えそうな予感が致します。10月18日の2007年トヨタ37年度会でその後の体験談を聞かせていただけるのを期待しております。
   
   私事になりますが、昨日の株主総会で私も社長を退任して顧問に就任いたしました。実質上の引退です。トヨタを出てから11年ちょっとの期間を、ホンダを相手にいい経験をさせていただきました。
   
   3年前には心臓の不整脈が見付かりペースメーカの埋め込み手術を受けました。現在コンピュータの力で生かされております。但し、子供達と柔道の稽古が出来るくらいの元気さを確保しています。これから自由時間も出てくるので、貴兄に倣ってパソコンを始めたいと思いまして、プリンターを買ってきて接続している所です。
   
   今までは毎日のトヨタ自動車の株価の推移を眺めるだけの利用でした。メールでやり取りが出来るように早くなりたいと思っています。それではその日を楽しみに。
   
   追伸。現在身延山で五重塔の建設が来年秋の完成を目指して進んでおります。材料に貴兄のメールで読ませていただいた記憶のある、四国四万十川流域の檜が使われております。是非一度見に来ていただけるよう、早期のご回復をお祈りしております。
   
24。 トヨタ同期・工

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   昨日は早朝より終日出かけており今朝メールを拝見し驚愕しています。がんは完治し経過観察は必要ないとの事で、毎日超人的なスケジュールを消化されて安心しきっていましたのに・・・。
   
   医者から完治とのご託宣を受けられても、検査を続けられて今回の新発がんが見つかり何と申し上げてよいやら。
   
   でも強靭な精神力をお持ちで症状も軽症との事ですので、早急に回復され又元気にテニスやゴルフに興じられる日が来ますことを、お祈りしてお待ちしています。
  
25。  高校同期・役員退任後に韓国語をマスターした努力家

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      そうですか、またガンとの闘いが始まりますか。

   今回も貴殿の強靭な精神力と頑張りでガンには勝利をおさめることでしょう。そして人のためになるガン闘病記をものにしてください。

26。 トヨタ先輩・工・奥様に先立たれ、時々長期の海外1人旅を楽しまれている方

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      ご無沙汰しておりました。いつも楽しい旅行記、またいろいろと参考になるホームページを送っていただきありがとうございます。
     
      今回のメールで新発食道がんが発見されたとのこと、驚いています。先回の治療で完治したとメールで拝見しており安心していましたので。
 
      健康を取り戻されるよう、祈っています。

27。荊妻の知人・経営コンサルタントで多忙な方

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     『がん、その2回目の挑戦』

      石松さんの並外れた強靭な精神力と努力で必ずや二回目の艱難(かんなん)も克服されることと思います。 

      今回延期となった南部アフリカ紀行が実現し、その旅行記を拝見できる日を楽しみに待っています。

28。 大学教養部級友・工

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      食道に新しいガンの発見とのこと、 今回も効果的な治療がなされ前回 同様寛解の二文字を克ち取られるものと信じております。

29。 大学同期・工・咄家以上に言語操作能力に長けた人


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      いつもこまめなメール有難うございます。ホームページも時々見せてもらっています。

      『がん、その2回目の挑戦』とあって驚きました。綿密な調査、克明な記録、粘り強さで先回の挑戦では難病を克服し、乗り切られたことに敬服していました。

      今回も力を尽くして挑戦、克服されることを祈っています。

30。 トヨタ先輩・工・元トヨタ取締役


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  メールを拝見して 驚いています。 新生細胞が確認できたとか。世の中 いつも 戦いですね。今回も英知でもって 勝ち抜いて下さい。

  しかし 人知では 及ばない世界もあることですから 天に祈って旅行記が書けますよぅに願っています。
          
31。 中学同期・工
             
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申し訳ありません、ご連絡の「バルカン六ヶ国の旅行記」を未だ読んではいません。

いずれにしろ『がん、その2回目の挑戦』だそうですが、要は、気力の持ちようだそうですので、決して気落ちせずに見事に乗り切ってください。大先輩の石松さんなら大丈夫です。

私の方は、抗がん剤治療の副作用はかなり良くなってきてますが、依然として続いており、静養生活中ですが、幸い体内の癌のマグマは現在は沈静化しております。

以上簡単ですがとりあえず激励まで。

32。 大昔の仕事仲間・工・がんで闘病中

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まだ入院されて無いと思い返信致します。

がんで又入院されるとの由、 驚いています。 でも主治医の見立ての様に軽度のことで済むのではと思っています、又そうでありますように祈っています。

早く全快して今まで通り旅行記やエッセイを送ってください。 待ってます。

33。 トヨタ後輩・工

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食道がんで入院するとのことですが完治されるよう祈念しています。
治療は大変かもしれませんが頑張ってください。

34。 高校&大学同期・工・同窓会で時々会う方

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いつもお世話になり有難う御座います。

貴兄には常々敬服の念を持ってお付き合いさせていただいておりますが、今回の緊急事態に際しても沈着冷静に対処している様、私にはとても出来ないことと感心しております。

私は家内には「一年気持ちよく過ごせれば何時死んでも良い。昔のつらいことを思う時、今まで生きてこれたのが奇跡だよ!」と口癖のように言っている。その反面、5年も10年も元気で生き延びたい、という思いは心の片隅にあるのは本心です。

退院後にまた、貴兄のすばらしいドライバーショットを拝見できるのを楽しみにしております。

35。 トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間・30年以上も能・謡などに没頭する一方、毎年カナダや欧州でスキー三昧をしている方

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石松さんには先のバルカン半島の旅行記を待ち望んでいましたが、今日の突然の新発食道ガンの除去の為、又、入院手術される予定とのことを伺い大変驚いています。

食道ガンは手術が大変と伺っておりましたが、前回は石松さんの懸命の闘病で完治したとのことでほっとしておりましたが、新発したのですね。

まず2個を除去してその後、大きなガンを手術されるとのこと。こちらとしては手術が無事に成功することを祈るだけです。頑張ってください。

36。 トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間

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   拝啓。紫陽花の美しい季節、石松様の回復を祈って一筆書かせてもらいます。と申しましても貴殿のような博学の友人には筆が運びませんが、敢えて気の晴れることをと思って。
   
   さて、私達70歳を目前にして戦後の焼け野原の中から毎日努力してまいりましたが、夫々の運命を最善に導き今日に至っていると思います。そして、子供達も結婚して良き家庭創りに励んでいますよね。
   
   これから先は生きてるだけ丸儲け。命を宇宙の創造主にまかせて、自分の体力相応に楽しみながら貴殿の海外旅行の例に倣って、苦も含めて総て楽しみに変えていきたいと思っています。
   
   小生の場合は人間学・書道・バイオリン演奏・経営の勉強と継続を、鈍才なりに生き続けようと思っています。石松様には遠く及びませんが、このパターンは続けるのみと思っています。
   
   (自然法爾)あるがまま総て受け入れる人生も良いかなと思っています。石松学兄のご自愛を心から祈っています。敬白。

37。 高校同期・経・事業に大成功した方・いつも流れるような達筆の毛筆で巻紙に手紙を書く方

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      がん再発の連絡を頂きびっくりです。私は未だがんにかかってない(と思っていますが)のでよく判りませんが、今までの石松さんのレポートを読んで注意、検診はしていました。

      3cmのがんでもPET検査で見つからないのですね。お見舞いには行けませんが、回復後のレポートを待っています。お大事に。

      注。PET/CTは万能ではなく、見つけやすいがんと見つけ難いがんがあります。初期がんで薄く広がっている場合は大きくても見落としがちになります。私は食道がんの肺への転移の早期発見を主目的に、今までPET/CTを受け続けていました。

38。 トヨタ後輩・工・自己努力で見つけた再就職先のタイ工場の建設のためバンコック郊外に家まで建てて頑張っている方

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この度は、食道に新生ガンが見つかり、再三の手術入院されるとの事、大変心配しております。

前回の病気を不屈の精神力で乗り越え、寛解してゴルフやテニスで身体を鍛えながらスポーツを楽しみ、世界一周の旅を続けている矢先に、まさかこんな知らせがもたらされるとは、思いもよらなかった。

今回は、内臓系でなく、回復が早いと思われますので、早い時期にまたゴルフをご一緒できる日を楽しみに待っております。

39。 ゴルフ仲間・医学にも詳しい整体士

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今日は雨の一日になりなした。昨日(6/23)は大勢の方と再会ができ楽しむことができました。

これからは大変な日々が続くことでしょうが治療してください。

40。 高校先輩

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昨日(6/23)は出席ご苦労様でした。

入院を控えて休養されていると思っていましたが、総会に出席された貴台の日焼けしてすこぶるお元気そうな姿は、医者の軽度で心配ないでしょう、との言葉を目の当たりにして安心しています。早急に回復退院されて東筑会で全快ゴルフ会でもやりましょう。私が企画いたします。

がんばってください。

41。 高校同期・今年ゴルフで70台を出したスポーツマン

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お見舞いが遅くなりまして申し訳ございません。

個人用のインターネットの開設が遅れていまして、久しぶりに会社へ行きメールを開いてびっくりいたしました。ずっとお元気そうでしたので、安心をしていたのですが残念です。

今回も前回同様持ち前の気力で病気に打ち勝ってください。貴殿と賑やかなゴルフが出来る日を心待ちしています。    

42。 トヨタ同期・経・6尺豊かな大男・ゴルフの飛距離はダントツ

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明日から入院だったのですね。

最初のメールをもらって、入院、治療中はメール交信できないとの文を読み、直ぐに入院したものと思い込み、何らの返信もせず失礼しました。

ホームページの文を読んでメールしようと思ったのですが、健康編の「癌、その・・・」に辿り着けずにメールしてます。

前回の熾烈な闘病も克服した貴方ですから、気休めは言いませんが、、今回もしっかり克服されることを祈っています。

どうかお大事に。

43。 大学級友・トヨタ同期・工・手術のバイパス手術に成功し元気回復

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お友達の多い石松さんはもうお忘れかと思いますが、私は、以前エジプト旅行のツアーでご一緒させていただいた者です。OL二人組がいたのを覚えてらっしゃいますでしょうか? (お忘れいただいていてかまいませんが・・^^;)当時は気ままな独身OLでしたが、昨年結婚し、現在は一児の母となり、生きていくことにも責任を感じるようになりました。

エジプト旅行の際、移動の飛行機内で石松さんの隣の席になり、メールアドレスを交換したのがきっかけで、毎回ホームページの更新等のメールをいただき、ホームページも楽しく拝読させていただいております。どんどん立派なページになってきて、その技術には驚かされます!エジプト以降も、いろいろなところにご旅行されているようで、私など、行ってみたくてもなかなかいけないので、羨ましく思いつつ、石松さんの旅行記を読みながら、私も旅行気分を味わっております。

これまで、ホームページを拝見させていただくだけだったのですが(読後感もお送りせず、楽しませていただくばかりですいません、、)、癌再発でご入院されるとのことで、メールをお送りさせていただこうと思いました。

以前完治の記事をよみ、ひとごとながらも、すごく嬉しい気持ちで読ませていただいたので、今回の件はとてもショックでした。治療の成功と、お身体の回復を心よりお祈り申し上げます。今回メールをさせていただこうと思ったのにはもうひとつあり、6月のはじめに、私の母が突然末期がんの宣告をされ、余命があと半年ほどしかないことが告げられました。それまで、たびたび病院で検査していたにもかかわらず、数値的にはなんの予兆もなかったので、本人をはじめ、家族一同、誰もそんなことは考えておらず、言葉にしようのないほど大きなショックをうけました。

母の癌は、もともと発見が難しいもので、見つかった時点ではもう手遅れ、というようなものらしく、何人もの医師にみてもらっても、同じ意見で、あとは投薬治療でどれだけ時間がのびるか、という状態のようです。母の場合は、もう残された時間が少ないのは確実なので、これからは、どれだけ良い時間を母にすごさせてあげるかを考えていこうと思っております。母は、わりきって明るくふるまってはいるものの、ときおりすごく不安そうにみえるのが大変切なく、胸が痛みます。

今回の石松さんの記事やメールを読み、石松さんもそんな不安を感じたりしているのかもしれないと思うと、読みっぱなしでいるのもなんだか落ち着かず、メールをさせていただいたしだいです。母と違い、石松さんは治る見込みのあるもののようなので安心いたしました。ガンの治療となると、つらいことが多いかと思いますが、どうかがんばってください。

早くよくなって、また面白い旅行記が更新されることを楽しみにしております。

44。 法学部出身の才媛・お母様の寛解を祈念しつつ・・・

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私の前立腺癌の手術は経過良好、脳梗塞の方も後遺症は言語障害が少々。但し、以前からの耳鳴りが強くなっており、調査中ですが、医師は無関係であるとの診断。

繰り返す、元気に退院して下さい。

45。 高校同期・お元気になられ何より。

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今晩は。

元気な石松様とロイヤルでご一緒するのを楽しみにしております。

46。 ゴルフ仲間・我が古いクラブを見るに見かねて、最新の道具1セットをとうとうプレゼントされた方

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頑張ってください、皆さんが石松さんの勇気と冷静さに感心させられると共に励みにしています。

加茂ゴルフ待っています。

47。 トヨタ後輩・工・バイパス手術に成功し今なおドライバーは若者並の飛距離
                                                       

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内視鏡的手術前準備(6/25脱稿)

   2箇所の胸部食道がんは陽子線照射治療はできないものの、幸い小さかったので内視鏡的手術を採用することになった。   

   手術までに残された時間は僅かだ。どんなに経験の深い医師と雖も毎回完璧な手術が出来るとは限らない。イチローだってヒットを打てない打数の方が多いのだ。最悪の場合がありうるとも考えて、残された貴重な毎日をフル活用した。久しぶりに生き生きと生きることが出来、暫しの間に過ぎなかったが、がん死の不安から遠ざかれた。

[1] 金属片埋め込み(6/15)

@ 内視鏡作業

   新発がんの範囲を体の外からX線による透視で確認できるようにするために、食道の内側の皮膚にホッチキスのような金属片を内視鏡を使って取り付けることになった。担当は河合宏紀(内視鏡部医長兼消化器内科部医長)医師だった。

   昨年からは内視鏡を使うときには苦痛を和らげるために半麻酔状態になる注射をしているが、自動車の運転が可能になるレベルまで麻酔が覚めるためには6時間は掛かるだけではなく、内視鏡による作業が完了した直後には医師との会話が難しいという問題点もあった。そこで質問が多くなりそうな今回は、喉の麻酔だけの以前からの手法を選択した。

   金属片を取り付ける前に新発がんの範囲を確認するため、ルゴール染色液を大量に噴霧した。ルゴール染色液は嫌な味と臭いが大変強く、我慢しきれなくなって嘔吐気味になると、食道が動くらしく、食道に食い込ませた金属片の一つがとうとう剥離した。

   剥離した金属片が食道に引っかかったので、そのままではX線による透視時にがんの範囲を誤認する恐れが発生。そこで大量の水を噴射して胃へと押し流した。その後、金属片はもう一度取り付けられた。

   取り付け作業やその位置の確認などで、内視鏡作業はとうとう30分も掛かった。

A CTによる確認作業

   金属片が3個のがん群全体の上下に正しく埋め込まれているか否かの確認をするために、CTによる写真撮影もした。

B 放射線治療部長不破主治医(副院長)による確認。

   主治医はCTの写真を見たとき、新発がんの発生範囲に関して誤解していたことに気付いた。新発がんは食道上部(頚部)に集中して出来ていたのではなく、上部(頚部)に3cmの物が1個、中部(胸部)に1〜2cmの物が2個出来ていたのだ。

   食道の中部では4年半前に放射線を許容限界値まで既に照射しているので、今回の新発がんには放射線も陽子線も使用することは出来ないそうだ(再照射すると何故悪いのか、私には分からないままだが・・・)。主治医は構内電話で河合医長に『胸部食道の2個のがんは内視鏡で切除できますか』と質問。『出来ます』との即答が戻った。

   このことから、今後の治療は下記の順で取り掛かることになった。

(1) 第一段階。内視鏡による胸部の小さながんの除去。
(2) 第二段階。陽子線若しくは放射線による頚部の大きながんの治療。

   頚部の大きながんの下部には、がんの範囲を示すための金属片が今回は取り付けられていないため、後日改めて取り付けることになった。今回の金属片の取り付け位置は大きながんの上と、最も下部にできた小さながんの下のみである。

C 嘔吐対策

   河合医長の作業完了直後から間歇的(10〜20分間隔)に嘔吐が始まった。ルゴール染色液が食道から口へ戻ると嫌な臭いが充満し、一層嘔吐が強まった。口を漱ぎ、コップ一杯の水を飲むと即座に飲んだばかりの水を条件反射的に吐き出した。水分の摂取が不可能になった。

   不破主治医は『朝から絶食していたし、水分も摂取していないし、心理的なストレスも強まったので嘔吐が激しくなったのですよ。暫く処置室のベッドで休んで下さい。嘔吐止めと水分補給のための点滴をします』と診断。

   女性看護師が点滴の針を腕に刺そうとしたが血管が見つからない。水分の摂取量が不足すると血管が細くなり見付からないらしい。胃がんの手術前に血液検査用の血液を採取しようとしたときにも同じ問題が発生。研修医は已む無く足の付け根(小さな陰茎まで序に目撃されて・・・)の血管から採取した。

   今回の女性看護師はギブアップし、仲間内で腕が立つとの評判の男性看護師を呼び寄せてやっと準備は完了した。

D 処置室での点滴

   女性看護師が点滴薬を取り付けた。5時間に亘り、嘔吐止め100cc*2袋、点滴500cc*2袋を注入したが事態(嘔吐の頻度)は変わらなかった。しかし、会計の締め切りが午後5時なので『会計を済ませて、少し休憩してから帰ります』と言って退室した。

   駐車場まで辿り着いたものの、嘔吐が止まらない(側溝に嘔吐)ので車の中で椅子を倒して休んでいた。

E 緊急入院

   午後7時ごろ車のドアをノックされた。起き上がると6,7人の中年男性が車を取り囲んでいた。『豊田市の方ですか』『そうです・・・』『お家の方から、主人が未だ帰宅しないのですが、との電話がありました。会計は2時間前に済まされているのにおかしいと思って皆で探しまくりました。奥様へは帰宅が遅くなるとご連絡されなかったのですか?』『携帯電話は持っていませんから、此処で休んでいました』『携帯をお貸ししますから、電話して下さい』

   荊妻が到着する午後9時ごろまで(孫の育児中だった。長男の嫁が孫を引き取りに来るまで後30分は出発できない状態だった)処置室に戻って休むことになった。看護師が車椅子に乗せて運んでくれた。私を探してくれた男性達は残業中だった事務職員と守衛だった。やがて、帰宅していた不破主治医が病院に呼び戻されて診察した。

   『石松さん、今日は緊急入院をして下さい。嘔吐止めと点滴に加えて軽い睡眠薬も点滴します。睡眠薬の副作用として寝小便の可能性がありますが・・・。奥様のお迎えのキャンセルは看護師からさせます。今、空きベッドを探しています。明朝10時にもう一度様子を見に来ます』

F トイレ付き個室に入院

   空きベッドは直ぐに見つかった。個室と分かった時、車椅子を押してきた看護師に『私は過去の体験から休みさえすれば回復することは分かっています。一旦嘔吐が始まると12時間は継続します。部屋代の高い個室に入る気は無いので4人部屋を探して下さい』。地獄の沙汰も金次第とは逆の反応をしてしまった。三つ子の魂はこの程度のことでは変えられないのだ。『ご心配なく、個室料金は取られません』

   主治医の指示通りの点滴を開始すべく看護師が腕の血管を探し始めたが、またしても血管が見付からない。看護師はとうとう作業を諦めて主治医を呼び出した。医師の方が血管の人体内の配置に関しては情報通と予想したのだが、いろいろ努力した挙句『石松さん。腕には何と血管がありませんね。やむを得ません。点滴中に多少不便になりますが関節の内側の血管に繋ぎましょう』

   翌朝にかけて嘔吐止め1袋、点滴3袋と睡眠薬を注入した。午後12時ごろ急に嘔吐感が消えうせ眠ってしまった。しかし、寝小便をすることもなく午前4時には目覚めた。摂取水分が少なかったためか、ほんのちょっとのおしっこが一回出ただけだった。土曜日だったが、朝10時に主治医が出勤された。
   
   『気分はどうですか』
   『昨夜12時頃から急に嘔吐感が消滅し、熟睡できました』
   『もう安心です。退院手続きをとります』

   やがて看護師が現われ、若干残っていた点滴を外した。

   内視鏡による検査や処置は愛知県がんセンターだけでも既に10回を超えるが、嘔吐が止まらず緊急入院したのは今回が2回目である。体調等のちょっとした原因で発生するのだろうか?

[2] 残務整理1(バルカン旅行記の纏め、6/16&17
   
   去る4/10〜4/27までのバルカン六ヶ国の旅行記は7/31を目標にのんびりと書いていたため未完成だった。このまだと執筆中に入院と重なるのは必定。一日中パソコンに噛り付いて書き上げた。
   
   いつもは書き上げた後、かな漢字変換ミス・誤字脱字の訂正や文脈の乱れを推敲するために全文を5回くらいは読み直すのに、今回は時間不足もあって2回で諦め、すぐさまホームページに転載した。
   
   私のホームページは開設以来先月(5月)中旬までは、1週間の訪問件数は100件前後で推移していたのに、理由不明のママ5月下旬から突然カウンターの増加数が10倍になり、毎週1,000件を超え始めた。
   
   あるとき、グーグルで『石松良彦』と検索窓に書き込んで検索したら下記の記事が出てきた。
   
   http://ieba.dee.cc/Wikipedia%253A%25E7%25B4%25A2%25E5%25
BC%2595_%25E3%2581%2582%25E3%2582%258C/ieba49.html

   このアドレスをクリックしたら、有名人リストの47位に私の名前が現れてビックリ。誰の悪戯だろうか? この記事が原因なのだろうか?
   
   見知らぬ方からの読後感等の拝受は5月以降ではたったの1件(ヤフーの株式、コード番号3107、ダイワボウの掲示板の読者。ここに嘗て何回か私は投稿したことがあった!)のみとは言え、見えない読者への責任を感じ、必死になって2日間も書き続けて完了した。

[3] 主治医と治療方針の相談(6/18)

   6/15の金属片埋め込み作業の後のCTで、主治医は胸部食道に小さながんがあったことに気付かれたため、当初の治療計画は下記のように変更された。

   小さいがんは河合医長に内視鏡で切除をしてもらうことになった。スケジュールを確認した結果、

@ 6/26、午前10時に入院
A 6/27、手術
B 7/4、経過が順調なら退院の予定

の通りに纏った。病室は6/26に判明するが4人部屋で充分。入院に先立ち、6/20にはがんの位置を更に正確に特定するため、河合医長による『バリウムを飲みながらのX線写真撮影』を受けることになった。

   河合医長から下記の書類による補足説明の後、同意書にサインさせられた。標準化された文書の()内に、私の症状などが書き込まれた。

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検査・治療説明同意書(食道がんに関する内視鏡的粘膜切除術)

@ 病名と病気の現状

   あなたの病名は(食道がん*2箇所、治療予定)です。部位(胸部食道)、大きさ(1〜2cm)、内眼型(表面陥凹)、推定深達度(m2)、臨床病期(0)。これはあくまで術前診断(予測)であり、治療後に最終的な診断が判明します。

A 施工予定の治療または検査

   食道がんの治療を目的として内視鏡的粘膜切除術を行います。リンパ節転移や遠隔転移を伴わないと考えられる食道がんを内視鏡的切除の対象としています。

   治療の方法は、内視鏡を使用して病変の直下に生理食塩水を注入し、病変全体を膨隆させます。鉗子による把持や内視鏡による吸引等を病変に応じて併用しながら、金属製のワイヤー(スネア)で病変を絞扼し、高周波電流により切除します。切除した病変を回収し病理組織検査を行います。施行時には鎮静剤を使用します。

   (注。図を使った説明をここに書くのは省略。尚、食道は内側から粘膜上皮・粘膜固有層・粘膜筋板・粘膜下層・固有筋層からなるベニヤ板のような積層構造をしているが、m2とは内側から2枚目の粘膜固有層までがんが成長(浸潤)している状態。リンパ節への転移率は3.3%)

B 検査・治療後の経過およびその治療に際する不測の事態の可能性(事故、合併症等)

   治療に伴い、処置中や処置後数日間は出血や極めて稀に穿孔(食道の壁に穴があくこと)、術後狭窄(治療後に切除部が治癒する過程で狭くなること)が起こる可能性があります。

   多くの場合は内視鏡的に治療することが可能ですか、場合によっては輸血や緊急手術が必要となることがあります。万一、合併症が発生したときには最善の処置を致します。

C 他の方法や無治療の場合と比較しての、本方法による予後の見通し、その他

   他の方法としては外科手術、化学放射線療法、化学療法、内視鏡的粘膜下層剥離術があります。切除された病変は病理診断が行われます。結果によっては外科手術、化学療法、放射線療法等の追加治療が必要となることがあります。

   心臓疾患や脳血管障害などにより血液を固まり難くする薬剤(抗血栓薬)を内服中の方は、事前に処方された先生とご相談の上、治療一週間前より抗血栓薬の内服中止をお願いいたします。

   私は、上記のように手術の説明を受け、内容を理解した上で同意しました。また、上記の治療中必要が生じた場合のその他の処置も併せて同意しました。

愛知県がんセンター中央病院長殿
平成19年6月18日                   患者氏名  石松良彦

以上の医療行為の必要性、危険性および合併症等について説明しました。
説明年月日 平成19年6月18日
愛知県がんセンター中央病院          内視鏡部  医師 河合宏紀

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   帰宅後、そのときまでに分かったことを整理して3人の子供に下記のメールを発信した。

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5/11の7回目のPET/CTではがんは発見できなかったが、6/1の内視鏡を使ったルゴール染色法で4箇所に疑問が持たれ、病理検査の結果6/11に3ヶ所ががんと確定。

頚部食道に3cmのものが一個、胸部食道に1〜2cmの小さなものが2個。

胸部食道は前回の治療で許容限界値まで放射線を浴びているため、陽子線も放射線も使えず、内視鏡による手術で除去することになった。

@6/15。がんセンターでがんの範囲をX線透視で確認できるようにするためにホッチキスで食道に金属片を取り付ける作業をした。その直後から嘔吐が始まり、運転が出来ないと判断され緊急入院。6/16、,10:30退院。

A6/18。がんセンターで治療方針の相談。

(1)6/20。がんセンターで追加の検査(バリウム+X線)を実施。
(2)6/26。がんセンターに10時から入院
(3)6/27。内視鏡で小さながん2個だけ除去。
(4) 7/4。順調に回復すれば退院。

B残った大きながんの処置。

除去した2個のがんの病理検査の結果を診て、治療方法を検討する。選択肢は二つ。兵庫県の粒子線医療センターに出かけるか、愛知県がんセンターで前回と同じX線照射。

陽子線は保険が使えないため自己負担約300万円(些細な金額に過ぎないから心配無用)。今回は抗がん剤TS-1(ティーエスワン)も併用する可能性が高い。

主治医は再発や転移ではなく新発と言っている。食道がんは群発する傾向があるらしく今後も死ぬまで検査は続行する予定。同じレベル(ステージ)のがんでも治療回数が増えるに連れ加齢からの体力の低下もあり寛解率は下がると判断している。

今回の寛解の我が確率予想は66%(2/3)。死ぬ場合は来年末。主治医は80〜90%と気楽なことを言っているが・・・。

死ぬのは退院後の予定だから、入院中にお見舞いに来てもらう必要は無い。煩わしい!

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   このメールは子供達には何故か不評だった。『お見舞いに出かけても、追い返すつもりか・・・』などと。

   『煩わしい』と書いたのには二つの理由があった。

(1)応対時の苦痛

   前回のがん治療の体験から、普通の日本人はがんに関する体系的な知識を持っていないことに気付いた。『がんとはどんな病気なのか』とは、がんに関する概説書を数冊読めば充分理解できるのに、殆どの人は読んだことが無いらしい。知識不足は質問の言葉から直ぐに察知できた。そこで私は質問者の知識水準を想定しながら、我が病状をピンポイントで説明する努力を繰り返させられることになる。
   
   しかし、内視鏡による食道がんの除去直後は患部保護のために絶食、点滴による水分補給が主。しかも胸部の違和感も強く、声を出して話をするのには苦痛が伴うと予想されるから、お見舞い客はゼロが理想と考えていた。

   今回の検査や引き続いての手術前処置では、荊妻は私と一緒に主治医の解説を聞きたいらしくて同行を何度も希望したが『みんなの邪魔になるだけだ』と言って、総て拒否してきた。しかし、6/26の入院時には病院まで車で送り、7/4の退院時には迎えに来るようにとだけは依頼している。

(2) 子供は既に半他人と認識

   3人の子供達は総て大学入学と共に我が家から去った。長女は19年前、末子の長男でも15年前。長女と次女はほんの一瞬、トヨタ自動車のOL時代に自宅通勤をしていたが、親子が顔を合わせて会話する時間は殆ど無かった。

   結局のところ我が頭の中でこそ、親子との認識はしていても、既に社会人となり夫々が子育てに追われている現在は、特別のことが無い限り他人も同然の薄い関係になっていた。

   『兄弟は他人の始まり』との恐ろしい言葉があるが、私には親子は他人の始まりに思えてならない。残念ながら日頃からこの認識に生きているため、今回程度の入院治療でお見舞いに来られても、煩わしくて気が重くなるだけとの心境から、つい本音が出たのか筆が走ってしまった。

[4] 最後の晩餐(6/19)

   私には過去20年以上にも亘ってゴルフをメインにしながらお付き合いしている8人の仲間がいる。平均すれば毎月1回のゴルフのほかに、1年に3回だけ温泉旅館に出かけては親睦を深め、序にゴルフもしていたが、相互に家庭訪問をしたことは無かった。

   今年の3月に50インチのフルハイビジョンプラズマテレビを購入し、30年くらい前に買った三菱電機のダイヤトーン・スピーカ(35Kg/本)2本と通販で購入したカラオケマイク(1,000曲内蔵、商品名=あずさ2号)を繋ぎ、カラオケの練習を始めた。食道がんの肺への転移を怖れていたため、肺の活性化にカラオケが役立つと考えたからだ。

   我が仲間にはカラオケ愛好者が多く、観光ホテルでは夕食後にカラオケも楽しむのが恒例だった。6/19に我が家でカラオケを楽しむ日程を新発がんの発見以前に組んでいた。そのため愛知県がんセンターでの検査日などは6/19を意図的に避けた。

   新発がんが発見されたあと、仲間からカラオケ大会は寛解祝いを兼ねて実施したいと提案されたが、私は先のことは分からないので、むしろ元気な今こそ『最後の晩餐』の意味を込めて予定通り実施したいと強く再提案し、ご了解を得た。

   残念なことに仲間の1人に6月上旬『心室性期外収縮』が発症し、運動厳禁。急遽精密検査の開始等もあって欠席されたが、トヨタ先輩4名+同期1名+後輩1名が当日13時に予定通り来宅された。

   近くの回転寿司屋から取り寄せた握りずし弁当(寿司ネタ10種*2貫/人)とビール(サントリーのザ・プレミアム・モルツ。やっと見つけた我がお気に入りのビール。今年に入り飲むのはこの銘柄だけ。ドイツやチェコの本物のビールに負けない味を感じる)を飲みのみ、昼間っから大音響でカラオケを歌い続けた。

   本当は『最後の晩餐』に相応しい豪華な出前の握りずしにしたかったのに、仲間がお茶だけにしろと再三メールや電話で強要してきたので、不承不承回転寿司に変更。

   私は『仰げば尊し』を『学生時代は先生が文字通り恩師だったが、社会人になってからは先輩や同僚・知人の総てが恩師。皆さんは文字通り私の本物の恩師なので、この歌を聞いていただきたくて・・・』との挨拶をして歌った。

   誰かが聞いている環境では、1人で部屋に立て篭って練習する時とは異なった緊張が走るのか、今まで出したことの無い評価点(96点)と『スター誕生、サインをして下さい』とがテレビに表示された。このカラオケマイクは評価点に合わせて、種々の言葉例えば『頑張って下さい』等が出るようになっていた。

   私はたったの3時間余りだったが仲間に励まされ続け、がんの不安を忘れて楽しく過ごせた。お土産持参で駆けつけてくれた仲間に深く感謝している。


   蛇足。今回の参加者の最長老は76歳。5年半前に『がん死願望説』を、恰もその信者ででもあるかのように紹介された方である。ホームページ⇒随想⇒がん死願望説をご参照下さい。

   驚いたことにこの日、あろうことかご本人が現在愛知県がんセンターで前立腺がんの放射線照射治療を受けられている途中であると仲間に告白された。主治医は私と同じ不破副院長だった。氏ががん死願望説を理想と真に考えられていたのならば、治療を開始される筈も無いのに・・・。

   私は、静岡県がんセンターの陽子線照射設備の患者の半分は前立腺がんだと日経に報道されていましたが、どのように評価されていますか、と不破主治医に質問したことがあった。『前立腺がんなど、がんのうちにも入らない。300万円も掛かる陽子線照射治療を前立腺がんごときに使うのは、貴重な設備がもったいない。この設備は在来技術では治療が難しいがん患者の治療に使うべきだ』と言われていましたよ、と言って励ました。

[5] 追加検査(6/20)

   河合医長による手術前の食道造影検査を受けた。バリウムが食道を通過する様子をX線で撮影し、がんの場所を特定するのが目的の検査である。

   最初に食道の動きを止める注射を肩にした。次に発泡剤を飲んだ直後に水を飲んだ。胃や食道を膨らませた。

   X線装置の前に直立し、正面・左右22.5度・45度・67.5度・90度・正面に向きを変える都度、バリウムを一口飲んではX線写真を10枚撮った。飲んだバリウムの量は胃がんの有無確認の定期診断の2倍くらいだった。結果は未だ聞いていない。

   河合医師はX線装置に対面する私の向きを言葉で指示したため、最初は戸惑ったが結果的には上記の角度と理解した。最初から角度で指示すれば明快なのに・・・。

   検査が終わった後、河合医長に待ちに待っていた質問を連発。
   
『愛知県がんセンターの医師陣が総力を上げて編集し、今年3月30日に発行されたがんのガイドブックの食道がんや内視鏡による検査の項目に河合という執筆者名が紹介されていましたが、この河合医師とは貴方のことですか』
『そうです』
『3個のがんのステージは夫々どのくらいですか』
『分かりません。内視鏡で患部を切除後、病理検査をすると患部の深さが分かります。2〜3週間掛かります。初期とは思いますが・・・』
『食道がんの内視鏡的手術は何件くらい経験しましたか』
『資料を調べないと分かりません』
『山勘で結構です。50件とか100件とか』
『少なくとも50件は超えています』
『食道壁に穴を開けたとか、大出血したとか、手術中に患者が死んだとか、は何件くらいありますか』
『一つもありません』
胸部食道の2個のがんの寛解率はどのくらいと推定されますか』
『山勘で言えば80〜90%と思います』

   食道がんの患者数は胃がん患者の10%程度なので50件もの体験は貴重だ。河合医長に治療をお願いする決心がやっと付いた。
   
   頚部食道の大きながんも胸部食道の小さながんと表面の写真で見る限り大変よく似ているが、面積が大きいので内視鏡的手術は出来ない。がんの浸潤度が浅ければ、前回同様X線照射で寛解する可能性は大変高いが、陽子線だと更に寛解率は高まる。主治医と相談はするものの、今回は陽子線照射を受けたいと思っている。たったの300万円で寛解するのならば安いものだ。

[6]残務整理2(家庭菜園、6/21)

   現在地に新築移転した昭和49年12月7日から33年間、家庭菜園で汗を掻いていた。家庭菜園は心をいつも癒してくれる生き甲斐の一つだった。

   今年は4/10〜27のバルカン旅行に阻まれて、夏野菜は最適時期から2週間遅れの4月下旬に植えつけた。今年は少雨。朝晩2回の水掛け等、その後の手入れの効果か2週間前から茄子・キュウリ・ミニトマトの収穫も始まった。来週からはインゲンやピーマンも収穫期に入る予定だ。アスパラ・ニラ・ハーブ・パセリ・大葉(青紫蘇)・蕗・ツワブキなどは収穫の最盛期だ。

   6月に入ると毎朝20分の手入れは必須だ。散水、除草、追肥、トマトの芽掻き、トマトやキュウリの支柱への誘引・・・。

   6/26〜7/4の入院中は梅雨の真っ只中、1週間も放置すると家庭菜園が藪のようになるのは必定。6/21は3時間も汗だくになりながら、野菜の手入れと発芽直後の小さな雑草取りに完璧を期した。荒れてしまった家庭菜園と再会するのは我慢できないのだ!

[7] 入院前の買い物(6/22)

   入院治療に完璧ということはありえない。まさかの事故もありうると考えて準備をした。些細なことだが、昨年からの持ち越し衣類を着たまま行き倒れ乞食のような恰好で死んでしまうと予想するのは耐え難い。

   下着やパジャマ等、検視時に人目に触れるものは新品にしくはなしと考え、豪雨中で行きたく無かったが他日に時間も取れそうになかったので、近くのスーパーへと出かけ入院時に必要な小物類と一緒に買い求めた。
   
[8] 最後の高校同窓会(6/23)

   我が出身高校には全国各地に同窓会の支部がある。東海三県下の卒業生を主たる会員にしている『東海東筑会』の年一回の総会&懇親会が名古屋港湾会館で実施された。

   私は今回が最後の出席になるかもしれないと思い、出席した。我が母校は福岡県立中学第一号として明治31年に開学されたものの、北九州工業地帯の地盤沈下と共に卒業生の有名大学への進学率は落ちる一方だった。

   ところが数年前に重点進学校に指定されて徐々に成績が反転し、直近の週刊朝日には『北大・東北大・名大・阪大・九大・一橋大・東工大』への合格者数で全国一との記事が出ていた。九大への現役合格者は今年88名となり新記録。後輩が活躍するのは卒業生としては嬉しいらしい。

   でも、私は遂『東大と京大抜きのランキングでは、二流の中のトップに過ぎませんよ』といって、座を白けさせてしまった。

   会場が名古屋港湾会館になったのは、懇親会の後イタリア村(2005年5月27日開村。http://italiamura.com/)に出かけるためだった。私は、イタリア村は勿論、スペイン村・オランダ村(ハウステンボス)・戦国村などの『・・・村』の類には今まで行ったことがなかった。所詮偽物は偽物、観たければ本場に行けばよいと考えていたからだ。

   しかし、初めて観たイタリア村は予想以上に楽しめた。451(430+5%)円のコーヒーを被り付きで飲みながら、イタリア人の弾き語り、5人による演奏等も楽しんだが、芸人のレベルも高かった。村内の店舗配置図を見ると、レストランやブランドショップなどは60店以上もあり、イタリアのファッション産業のレベルの高さを感じた。

   ベニスの運河を真似てのゴンドラの漕ぎ手もイタリア人。村内にはイタリア人が20人以上は働いていると推定。日本人は一桁以上の300人は働いているとこれまた推定。好天に恵まれたためかお客さんも殺到。アジア人の多さにもビックリ。これだけ客が殺到するのならばイタリア村の年商は、60億円(1億/店)は硬いと思ったが事実は勿論知らない。

   村内には大型のイタリア食品市場もあり、さながらミニ・イタリア・バザール。ワインを試飲しながら、ついついビール・スモーク生ハム・チョコレート等を買い込んだ。本館3階にはレオナルド・ダ・ビンチ展も開催中。安直にイタリア旅行が楽しめ、暫しの間がんの不安も忘れた。

[9] 最後の温泉旅行(6/24&25)

   入院前の人生の締めくくりとしては温泉旅行を選んだ。39年前(昭和43年3月)の新婚旅行のときは、今から新しい人生がスタートするとの高揚感に包まれながら福岡市の結婚式場から初代カローラに乗って九州一周の旅に出かけたが、今回は正に対照的に、人生の終焉の旅になるかも知れないとの覚悟もしつつ・・・。
   
   余り遠くへは行きたくなかったが、幾ら近距離でも偽物温泉だけは除外した。一説によれば草津・有馬と並び日本3名泉とも言われる『下呂温泉』に出かけた。高速道路を使えば拙宅から約2時間(140Km)の行程。
   
   何かを観光したいとの特別の目的も無いため、山の中に突然開業した『土岐のアウトレット』に初めて立ち寄って驚いた。豪雨にも拘らず大駐車場は満車。100軒を超える店は一筆書きのように繋がっているので、見落とすことも無く全店を回ることが出来る。各店の入り口前には幅5mくらいの屋根つき回廊(歩道)があり、傘は実質不要。

   どの店も大入り満員。歩道を歩いている人の半分は何かを買ったのか袋を持ち歩いている。レストランも大入り満員。各地の駅前商店街がシャッター通り化した理由がそれとなく納得できる。店は綺麗だし、飾りつけは分かりやすいし、そこそこに安いし・・・

   でも、1時間半も回遊したのに結局は何も買わなかった。これが今年のファッション品といわれても、私にはそのファッションに何故魅力を感じなければならないのか、全く理解が出来なかったのだ。人生の終焉とはこの種の感情に覆いつくされてしまうときなのだろうか・・・。

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又、新発のがんとの闘いに出発されるとか。この時点ではもうメールを読んでいただけないかも知れませんが、無事に帰還されることを祈っております。

家内のことではお世話になりました。その後は定期的な検査へ通っておりますが、特に変化はなく無事に過ぎております。このまま進めと願っておりますが、こればかりは先のことについては神のみが知るところです。私たちは人知の及ぶ範囲で最善を尽くすのみです。

私も今年で退任します。明日、株主総会がありますので、42年にわたるサラリーマンライフもあと1日の命です。これからはこれまでできなかったことを拾い上げながら充実した生活を過ごしたいと思っております。その意味で石松さんの生き様もずいぶん参考になりました。

兵庫県の施設はスプリングエイトの横に付属している療養施設のことだろうと思っています。私たちはダイハツと劣化の少ないインテリジェント触媒を開発するのにこの施設を利用しました。最先端の科学技術が命を救うことにも使われるのはすばらしいことです。強い運を信じてまた戻ってきてください。

お達者で!

@ トヨタ後輩・工・乳がんで闘病中の奥様の寛解を祈念しつつ・・・

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ホームページの「2回目の挑戦」を拝読しました。

食道がんは群発し易いとのことにも吃驚しましたが、嘔吐の苦しさ自体は一瞬ですがそれでも苦しいもの。何時間も続く苦しさは少しは理解出来ますし随分辛抱強いと感心しています。

入院前の行事で「最後の・・・」と表現されていること本心ではないと分かっていても拝読するとどうご返事しようかと困ります。しかし結果良ければ全て良し、最高の医師・技術で臨まれる故寛解間違いないのでこの祝い日を考えておきます。頑張って下さい。

A トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間

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全くご無沙汰しております。

今日、ホームページ更新の連絡により知りました。とにかく、治療の成功を祈るのみです。貴殿の並々ならぬ冷静さ、闘志で必ずや回復できると信じております。

愛知がんセンターは近いので、お見舞いも考えましたがお気持ちを拝察、やめにしました。再びゴルフができますよう祈っております。

がんばれ。

B 高校先輩・ゴルフ仲間

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拝読しました。再会を祈念しながら

C ゴルフ仲間・経営指導で全国を飛び回っている方

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明後日に退院される予定なのでメールしました。

ながい入院ですので忙しいと思いますが、入院前の超人的な行動をみますと、すぐ落ち着かれることでしょう。しかし、上部食道の治療が残つていますのでこれからも大変でしようが、癌は治る病気です。

最近の雨で有機栽培の家庭菜園のきゅうり、トマトも食べ頃になつています。新鮮な野菜からパワーをもらつて、完治されんことを祈念いたします。

D 大学&トヨタ後輩・経・家庭菜園はプロ級

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久しくご無沙汰いたしております。無事に治療を終えられ、退院されたことと思います。
 
以前、国立がんセンター 元総長の講演を聴いたことがあります。

その先生は、これまでに 2度にわたって異なるガンの治療を受けておられ、幸い2度とも『早期発見早期治療』であったことから、今は元気に活躍しておられるとの事でした。

講演の主旨は『早期発見早期治療』でガンの大半は克服できる。 したがって、100歳まで長生きすれば十分だろうから、最後は自分の死期がおおよそ読める病気(その代表はガン)に罹って、家族等に別れの言葉を十分言ってからこの世を去るのが理想ではないかと言うものでした。その時の演題は『100歳まで生きてガンで死のう』でした。
 
石松さんは『早期発見早期治療』をまさに文字通り実践しておられるように思います。
 
『早期発見早期治療』で一番のキーポイントは『早期発見』ではないでしょうか?今回の場合もPET/CTでは発見できず、普通は誰もやらない内視鏡検査で発見できたのですからーーー。

いつも思うことですが、同期の中では一番の長生きは石松さんと考えます。

E トヨタ同期・工

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無事なお帰りおめでとう御座います。

メール(注。手術前準備の意)を頂戴し感激。又お会いできることが益々楽しみです。

(追伸)長の旅路、道に迷わないように無事帰還されることを祈念しております。

F ゴルフ仲間・全国の関連会社の経営指導に飛び回られている方

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内視鏡的手術(7/10脱稿)

[1]入院


   荊妻をプログレに乗せて6/26(火)9:30に愛知県がんセンターに到着し、入院手続きを済ませた。男性用の4人部屋は満室のため、已む無く個室に入れられた。病院側の都合で個室に入れられた場合の個室追加料金は免除される。個室といっても面積は4人部屋の丁度半分。でも、温水洗浄のトイレ付きには満足した。

   患者が個人的に使う標準的な備品は2年前に更新されたそうだ。テレビはブラウン管タイプから液晶に変わり、ミニ冷蔵庫や鍵付きの安全ボックスも追加された。冷蔵庫の使用料は100円/日だった。

   手術後3週間に亘り飲み続けている薬(アルロイドG。胃や食道の粘膜を保護して症状を改善したり、胃・十二指腸潰瘍の出血を止める)は冷蔵保存タイプだった。冷蔵庫は必需品だ。病室を変わるときはロッカーの荷物を鞄に詰め込み、キャスターつきの備品収容装置と使用中のベッドを移動するだけで済んだ。
   
   今回の入院ではプラスティック製の時計のバンドに似た腕輪を渡された。腕輪にはID番号(診察券に刻印されている登録番号)、生年月日、患者氏名、性別の他バーコードが2種類(一次元タイプと二次元タイプ)印刷されていて、入浴時にも外さずに済むようになっていた。目的は患者の取り違え防止である。

   入室と共に諸資料を渡された。その中に下記のものがあった。

@ 内視鏡的食道粘膜下切除を受けられる方へ

   A3用紙一枚に、入院から退院までの標準化された治療内容や注意事項を、縦横の罫線が引かれた升目にびっしりと書き込んだ書類だった。

   治療前日、治療当日、治療後1日目、治療後2日目、治療後3日目、治療後4日〜6日目、治療後7日目ごろ、に分けられていた。
   
   各日に対応して、食事・治療内容・準備(検査着着用とか・・・)や活動(歩行禁止とか・・・)・清潔(入浴の可否とか・・・)・注意事項(発熱・腹痛・吐気・血便・出血・便の色観察とか・・・)・検温・脈拍・血圧測定の指定時刻がこまごまと記されていた。
   
   初日の21時以降は飲食厳禁。手術日の昼から点滴を開始し、午後の手術に備えた。
   
A 私の体調記録

   A4用紙に毎日摂取した食事量(主食と副食とに分けて、%で記入)、午前6時・10時・午後14時・19時の検温は貸与された体温計で自己測定させられた。胃には異常が無かったため、食事は余すことなく100%食べた。それでもお腹が空いた。

   尿回数と便回数及び硬さ、毎朝の体重も記入させられた。完全な絶食期間が2日間あったためか、入院中に2Kg痩せた。体重は体力の源泉と考え、カロリー不足を補填すべく、絶食解禁日から毎日チョコレートを1枚(約70g、400キロカロリー)食べたら、それ以降の体重減少は止まった。チョコは一枚食べるのがやっと。二枚食べたかったが胃がむせて諦めた。

   朝昼夜の食事配達の直前に給食担当の中年女性が各自の湯呑み一杯分のお茶を配った。私は毎朝痛風対策として砂糖抜き紅茶を2リットル飲んでいた。空になっていた2リットル入りのPETボトルにもお茶を入れるようにと所望した。

『お1人分につき、患者様がご用意されている湯呑み一杯分のお茶を配ることになっています。それ以上必要ならば、デイ・ルーム(談話・休憩室)の自動給茶機を使ってください』
『私は500ccのPETボトルでも大きすぎて、給茶機に装填できませんでした。漏斗が必須です』
『それならば、一階のコンビニ売店でPETボトル入りのお茶を買ってください』
『この空のPETボトルは売店で買ったお茶の容器です。患者には湯呑み一杯のお茶を出すだけでよい、との文書化された規則を証拠としてお見せ下さい』
『PETボトルに熱いお茶を入れると、有害物質が溶け出しますよ!』
『貴方にPETボトルの材料物性に関する情報は一切質問していません。お茶を冷ました後でボトルに入れてください。私の依頼を個人的にあくまで拒否する気ならば、管理部門に苦情として連絡します。お名前は?』

   以後、彼女は反論することなく、朝昼夜のお茶配りのときにはPETボトルに残っているお茶は廃棄し、新しいお茶で満杯にしてくれるようになった。派遣社員として低賃金で働かされているためか、この程度の怠慢な職員には掃いて捨てるほど今回も出会ったが、馬鹿馬鹿しいので詳細は割愛。

   愛知県がんセンターに入院している患者の殆どは、元役職・職業・学歴・年齢を問わず一様に、医師から給食係りに至るまでの職員に対して、命が助かりたい一心からか、信じがたいほど従順である。その結果、若い医師だけではなくパートの女性までもが、いつの間にか患者に横柄な態度を取りがちになっている。

   私は職員の教育係ではないが、異常な態度は相手が誰(主治医であっても)であれ、論拠を明示して我が注文通りの行動を取らせた。彼らの身勝手な行動を許容したことは一度も無い。彼らを養っているのは患者だという立場を振り回したのではなく、当然の要求を実行させたに過ぎない。

   68歳ともなれば、私よりも高齢な職員は幸いなことに1人もいないため、苦情を言うのも精神的には大変楽だった。結果として、我が要求を拒否されたことは一度も無い。   

[2]手術(6/27)

   検査着に着替えて内視鏡室前の通路兼待合室に到着。いつものように看護師から喉にドロンとした麻痺薬を注射器で噴射された後、タイマーを渡され5分間待った。手術は内視鏡検査室で行われた。胃がんなどの一般の手術室とは異なり薄暗い照明下でモニターが見やすくされていた。

   男女合わせて10人近い人がいたので些か驚いた。

『私の子供達よりも若い人が沢山いるけど、この中に本物の医師は何人いるのですか』
『5人です』
『その中に研修医は何人いますか』
『1人もいません』

   やがて、鎮静剤の点滴を開始。軽い睡眠薬も点滴に追加。左腕の静脈の中に冷たい薬剤が流れ込むのが知覚された。マウスピースを軽く噛む様にとの指示。手術中に外れないように接着テープで顔面にがっちりと固定された。鼻の穴の下に酸素供給パイプが2本取り付けられた。最初の数分間は何かを始めたなとのおぼろげな意識はあったが、いつの間にか眠ってしまった。

   目覚めたのは手術完了の数分前だった。鎮痛剤の効果のためか痛みは感じなかったが、狭い食道の中に内視鏡等が挿入されているため、強い不快感はあり、時々軽いげっぷが発生。しかし、全体としては何度も体験したルゴール染色法による内視鏡検査ほどの苦しさは無かった。今回の手術でもがんの除去範囲を確定するためにルゴール染色法は適用されていたのだが、眠っていたので不快感の記憶も全く無い。

   河合主治医は手術の進行状態や現状を、常時しゃべり続けていた。同期して作業を支援している同僚の医師達と情報を共有するためだろうと推定した。後でカルテを見て分かったことだが、女性看護師の1人は分刻みで手術の進行状態の記録を残していた。



   手術前に河合主治医にデジタルカメラを手渡し、撮影を依頼した。組織を広げて撮影するために周辺にピンが刺してある。実物の大きさは2〜3cm。

   入室から退室までおよそ1時間掛かった。カルテに記載されていた正味手術時間は40分くらいだった。手術完了後、内視鏡等を全部引き抜かれたとき、体全体がすっと軽くなったような安堵感に襲われたが、胸郭内部に発生した切り傷の何とも表現困難な不快感が持続した。しかし、耐え難いほどのものではなかった。5人もの医師がどのように作業を分担していたのかは、私には分からないままだ。

   車椅子に乗せられ、看護師を煩わせて病室へ到着して一件落着。翌日の午後、4人部屋に移動した。

[3]経過観察

   脱水防止のための点滴は2日間に亘って続けられ、500cc*6袋使用した。点滴の針には60滴で1ccのものと、40滴で1ccのものがあった。今回は前者が使われた。毎秒一滴落下するようにコックを調節すれば、8時間で480ccとなり、更新時間の計算が楽だ。

   夜間は原則として1時間間隔で当直の看護師が患者の見回りに来室した。主治医とその指導下にあるレジデント(一種の見習い医師・一年契約のパート)が交互に各朝晩、病室に現れ、回復状況を確認した。入院期間中、予期せぬ状況は一度もなく、順調に回復した。

   最も注意を払ったのはがんを切除した後の食道の傷口の保護だった。手術日の夕方から、食道の粘膜を保護するために粘度の高い飲み薬(アルロイドG)を食間(10,14,19時)に20ccずつ飲まされた。ひまし油みたいな味がし、飲むのが苦痛だったが我慢した。この薬は冷蔵庫で保管した。

   治療の翌日(6/28)は水分のみ、6/29の昼食よりどんぶり一杯の五分粥、6/30朝食より七分粥、7/1より退院日までは全粥だった。副食は同室のどの患者も同じだった。

[4]最終日(7/4)

   河合主治医は内視鏡を使って治療部位の異常の有無をチェックした。このときには放射線治療部の主治医不破副院長も立ち会われ、若干の質問もされた。経過は順調で一安心。

   引き続いて、残された頚部食道がんの下部に位置決め用の金属片を取り付けた後、確認のためにCTによる撮影をした。そのあと頚部には赤いマジックで食道がんの位置に対応する線が引かれた。

   入浴時に石鹸で洗い落とすことのないようにとの注意を受けた。しかし、強い撚糸で織られたシャリ感の強い新品の下着を着用していたため、撚糸が鑢(やすり)のような働きをし、退院当日の自宅での入浴時にはマジックの色は下着に完全に吸い取られていた。

   今後の治療に完璧を期すため、今後2年間に亘り『TS−1』という抗がん剤も服用することになった。2週間朝夕食後30分以内に2錠ずつ服用しては1週間休むが、陽子線治療期間中は中断。TS−1は通常4週間服用しては2週間休むのが標準だったが、不破副院長によれば、夫々を半減するとより効果的と英国の医学誌に発表されたそうだ。

   当日診察室から、不破副院長が兵庫県立粒子線医療センターに私の陽子線治療依頼の電話をされたが、先方の責任者が明日まで不在と分かり、結果の確認は7/6まで待たされ気になりながらの退院。7/6(金)の夕方、不破副院長から以下の趣旨のメールを受信。

   7/10(火)、11時に兵庫県立粒子線医療センターの村上先生を尋ねて下さい。あなたは兵庫県立粒子線医療センターの食道がん治療の第一号です。ベッドが空くまではビジネスホテルをご利用下さい。

   7/9(月)に遺伝子解析(アルコール分解酵素の種類の特定検査。我が個人的関心からの依頼)のための採血後、11時に放射線治療部に立ち寄って下さい。村上先生への紹介状と必要な資料をお渡しします。7/17には私と中村医師が治療手順の相談に兵庫県立粒子線医療センターまで出かけます。   

   兵庫県立粒子線医療センターのホームページでは食道がんは取り扱っていないと書かれていたので、私の治療を引き受けてくれるか心配していたが、目出度し、目出度し。不破副院長は国立がんセンター東病院に対しても、陽子線治療第一号の食道がん患者をかつて紹介したのだそうだ。

   『百度』という今やグーグルを上回ると評判の検索エンジンにキーワードとして『不破信和』と入れたら、277件ものタイトルが現れた。放射線治療分野では日本を代表される実績の持ち主だ。

   不破副院長は2008年10月にオープンする南東北がん陽子線治療センターの総責任者として8月の連休明けに転院される。長い間、大変お世話になった方だ。心から感謝。

[5]新刊がん解説書

   がんの治療技術の進歩は胃がん手術後4年半もの間、関心を持ち続けていたが然して進歩したようには感じられないし、代表的な指標である5年後の生存率にも大きな改善は見られない。しかし、需要があるためか、手ごろな解説書を愛知県がんセンター内の書店で発見し、早速入院中に一読した。

@ あなたを守る最新がん治療全ガイド・・・愛知県がんセンター中央病院編

   この本は、愛知県がんセンターで活躍中の医師を総動員して纏めたがん患者やその予備群向けのがんの解説書である。2007年3月30日発行の最新のものだけあって、我が座右の書、全国の学者や第一線の医師を総動員して纏められた『がんの情報、がんの治療』(国立がんセンター総長、垣添忠生氏監修、2002年10月20日発行)に比べ、法律の改定等も含む最新の情報が満載されていた。

A 最新のがん検診がわかる本・・・東海大学助教授 安田聖栄著 2006年9月10日発行

   10年前くらいから鳴り物入りで喧伝されていたPET(最新型はCTと合体したPET/CT)にも、想定以上にがん検出の限界があることが分かってきたとの記述があった。

   PETで見つけやすいがんとは固まりになったがん細胞密度の高いがんだ。今回の私の食道がんのように面積は大きくても薄く広がったものは、がん細胞の密度が小さいため、健常な部位の細胞とのブドウ糖消費量の差が小さく、写真上ではコントラスト差が現れ難く、発見が困難だったのだ。

   我がカルテにファイルされていた直近2回分のPET検査報告書には下記の記載があった。

@ 所見・診断(2006年10月17日)
 
前回PET(2005/12/15)と比較しました。

PET検査所見

食道、胃切断端付近に軽度集積が見られる。胸椎への集積は低下しており、法治(注。放射線照射治療)による影響と思われる。肺野に明らかな異常集積を指摘できない。腹部の集積は結腸への生理的集積と思われる。

Impression

FDG−PET上、明らかな異常集積は指摘できません。

A 所見・診断(2007年5月11日)

前回PET(2006/10/17)と比較しました。

食道、胃切断端付近に軽度集積が見られる。胸椎への集積は低下しており、法治による影響と思われる。L3棘突起やL4左椎間関節付近に軽度集積を認める。変性疑い。

Impression

FDG−PET上、明らかな異常集積は指摘できません。

   一番頼りにしていたPET/CTでも今回の新発食道がんは発見できなかったのだが、念には念をといつもPET/CTの後に実施していた古典的な『内視鏡によるルゴール染色法』で新発がんを3個も発見できたので、ほっとしている。

[6]私の遺伝子の解析依頼

   『あなたを守る最新がん治療全ガイド』の第一章は愛知県がんセンター研究所長の田島和雄氏が執筆していた。その第7節では『分子疫学研究』(体質とがんの危険度)を紹介していた。

   以前から、飲酒と食道がんとの疫学(統計の意)調査は何度か眼にしていた。日本人を3種類にわけ、体質的に酒に弱い人が毎日の飲酒の結果、少し酒に強くなった人が食道がんに罹りやすいとの定性的な解説だ。

   酒に弱い人は酒を飲まないから食道がんには罹り難い。酒に強い人はアセトアルデヒドを直ぐに分解するから食道がんに罹り難い。私は昭和43年に結婚したとき初めて冷蔵庫を購入。爾来ビールを毎日飲む習慣ができた。いつの間にかお茶代わりに大瓶のビールを毎日2〜3本飲んでいた。

   約20年前に発症した痛風の原因はビールにあると断定したが、尿酸排出剤を毎日飲むことにより解決した。しかし、食道がんの発症原因もビールにあるのかもしれないとの漠然とした推理を打ち消すことは出来なかった。

   田島所長の記述に寄れば、アセトアルデヒド脱水素酵素にはGluとLysの2種類があり、両方を持っている人で毎日2合以上の飲酒者は、非飲酒者の95.4倍食道がんに罹りやすく、Gluだけの人は4.6倍だそうだ。この疫学調査の妥当性を詮索するよりも、我が遺伝子の解析が先決だと判断。

   病室を訪れた河合医師に同書の記事を示し『遺伝子解析をしたいので、手続きを教えてください』と注文したら『個人情報の取り扱いは厄介です。がんセンター内の特別委員会で審議されるため許可を取るまでには2週間くらい掛かると思います。大変面倒な手続きが必要です』。『私自身が依頼者ですから、個人情報云々の規則で審議する必要性があるとは思えない。必要な書類を持ってきてください』

   3日間も返事がないので、田島所長と電話で直接交渉すべくナースセンターに出かけたら、胃がんの主治医である山村医師(今年の日本胃癌学会会長)に偶々出会ったので、同じ用件を頼んだ。

   数時間後に河合医師が、その10分後に山村医師が病室を訪れ同じ内容の回答をした。

   『今まで、当がんセンターでは今回の遺伝子解析を希望した患者はいませんでした。田島所長はご自分で研究されたのではなく、文献から引用されただけでした。この遺伝子解析はがんセンターの研究所では出来ません。外注になります。

   また、遺伝子解析には国民保険が使えません。全額自己負担になります。食道がんの治療中に遺伝子解析を外注すると“混合診療”のルールの対象になり、食道がんの治療も自己負担になります。それを避けるために7/4(水)の退院時に食道がんの治療費を支払われた後で遺伝子解析の手続きを取ります。いつ来院されますか?』

   治療でぐったりしていたので体力が回復する筈と想定した7/9(月)を予約した。7/9に採血後、がんセンターが外注に回し、後日(所要期間は不明)回答が聞けることになった。

   7/4の退院日にこの経緯を主治医の不破副院長に報告したら、『石松さん、飲酒後に顔が赤くなりますか』と質問。『赤くなります』。『それでは遺伝子解析はするまでもありませんよ。今日から禁酒して下さい。お金の無駄遣いですよ』と気楽な発言。

   でも、私には毎日缶ビール1個(350cc)くらいは飲めるのではないかとの淡い願望も打ち消せず、真実が知りたくて遺伝子解析の依頼は取り消さなかった。

   河合医師の当初の回答は本人が遺伝子解析の手続きを知らなかったがゆえに、大げさな説明をしただけのことだった。単なる口頭依頼で総ては解決した。人は質問に答えられないときに、自尊心が傷つくと考えるのか、『その件の処理法は存じません。調べてから回答します』とは、なかなか言わないようだ。その結果として、私に恥を掻かされた医師や職員は、とうとう数え切れなくなった。

   この経緯を知った臨床心理士の次女が『パパ、その内に治療中に逆襲されるよ!!』と警告を発した。

[7]カルテ調査

   今回の入院中には、前立腺がんの治療で来院されたトヨタ先輩が7/3に序にお見舞いに来られた以外、お見舞い客はゼロだった。家族・友人・知人の総ての方々が私のメール『煩わしいからお見舞いには来ないで!』の趣旨を尊重されたのだ。

   体力を回復するためだけの入院生活では時間がたっぷりとあった。そこで、私のカルテを借り出して、中身を確認することにした。カルテを駆り出すだけでも事務手続きの厄介さを主治医の河合医師が強調されたが、本人が希望する場合は申し込み用紙にサインするだけで済んだ。関係者はルーティン化された仕事には即応できるが、それ以外の処置には突然戸惑うようだ。

   依頼日から3日経ってもカルテを届けないので催促したら、その直後に事務関係者が病室まで持参した。結果的に判明したが、入院患者のカルテはナースセンター(我が病室からたったの10m)に保管されていた。そこから運び出すだけの仕事に3日間も掛かるのだ。

   我がカルテは40歳の時に初めてがんセンターで受けた検診以降のすべての情報が、厚さ5cmはありそうなファイルがほぼ満タンになるほどに綴じられていた。社会保険庁よりも資料の保管は真面目になされていた。

@ 胃がん手術前の記述。私の胃がんは小さかったが陥凹タイプだったので、内視鏡での手術には適さないと書かれていた。このことを初めて知った。更に、所見として『背景は、慢性活動性胃炎で、萎縮を認めます』と書かれていた。40歳の時に『慢性胃炎』として無罪放免されていたが、その時に指定されていた部位が24年後に何と胃がんに成長していたのだ!!。

A 胃の周りにあるリンパ節には英数字で番地が決められている。切除した胃の周りの11ヶ所の番地から27個のリンパ節を取り出し総て病理調査をしたが、がん細胞は発見できなかったと記載され、ステージは1Aだった。最も軽いステージだった。

B 手術時間は14:05〜17:35までの3時間半。出血量は325gだった。

C 食道がんの内視鏡による切除の際には削りすぎてピンホールができた。クリップで隙間を閉じた。出血もあったので電気的に患部を焼き止血に成功した。

D 私の性格についても数箇所で記述されていた。質問をしばしばするが直ぐに回答したほうが良い。神経質である。細かい等との記述だった。我が自己評価は『几帳面な完璧主義者』なのだが・・・。

   全部を読み終わるのに3時間を要した。ドイツ語は全く見かけなかった。カルテとは日本語と英語の単語が羅列されたメモ集だった。

[8]兵庫県立粒子線医療センター(7/10)

   兵庫県立粒子線医療センターは相生市北部の山中に開かれた広大な『播磨科学公園都市』内にあった。名古屋駅から相生までの直通新幹線は大変少なく新大阪で乗り換えて約2時間。相生駅前から播磨科学公園都市行きのバスに乗ると、兵庫県立粒子線医療センターの玄関にも停留所があった。自宅から傘なしで辿り着けた。

   11:30〜12:30にかけてがんセンターの不和副院長に紹介された村上先生、川口看護師(男)と治療計画について相談した。早速7/11から始めましょうと提案されたが、長期の入院準備もあるし、本稿も書きたかったため、7/12からにしていただいた。

   明日から退院までの経過報告は生きておれば9月ごろまでに纏めて、ホームページに載せる予定です。賢人各位の励ましで勇気付けられたことに心から感謝しつつ・・・。

                                                                                                                                                        上に戻る
読後感その3

メール拝見しました。現在の時刻7月11日午前0時5分です。『がん、その2回目の挑戦』は明日の夜にゆっくりと読ませていただきます。取り急ぎ、期限に間に合うようご返事したくキーをたたいています。

あたしも今日、トヨタ病院の循環器科へより、17日診察の予約を受けてきました。先日の検診で心臓の指摘を受けたので細部を調べる為です。

8月7日には、歯のインプラント治療(手術)を名古屋駅タワーにある歯科医院で開始します。

兵庫県の方へ移動とか、何かと不便でしょうが、石松さんの常日頃のフアイトで病を克服されることをご期待申し上げます。 頑張ってください。 加茂でプレーできることを楽しみにしています。

@ トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間・転籍先で扱き使われている方

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6月30日メキシコより戻りました。食道がん切除とのこと・・・・完治したのではなかったのですか。。。?

きっと悪性ではないと思います。お母様も長生きなさったのですから、がんばってください。

A トヨタ先輩・理・毎月夫婦で海外旅行される方

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ご無沙汰しております。先日のメールで、食道ガンと聞いて驚いておりました。

受診希望者が多いにもかかわらず、病床が50床しかないので大変ですが、先進医療で早く治癒してくださいね。

最近ゴルフにはまっておりますが、ゴルフ仲間が神戸に転勤になりましたので、いつでも言ってください。

あらゆることに挑戦する石松さんの奮戦模様も楽しみにしております。

ペルー旅行で一緒になりました斎藤です。

B 海外旅行で知り合った好青年・夫婦別姓なのか同棲なのか美人同伴の婚前旅行だった?

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今回は食道がんですか。度重なるがんとの闘い、言葉もありません。故藤岡浩一君(高校同期の超秀才・前立腺がん⇒多臓器不全で無念にも今春永眠)ももっとはやく検査を受けていれば、あのように早逝することもなかったのに、と惜しまれてなりません。 貴兄のように常に前向きの受診が有効だとつくずく感じます。

私は腰痛持ちで現在カイロプラクチック、AKA療法、ペインクリニックなど色々な治療方法を試みています。 整形外科でMRI撮影をしてもらったのですが、医者もこれが原因と指摘はできないようです。 

この5年の間に脊柱管狭窄症で2度の腰椎開窓手術、椎間板ヘルニアで摘出手術と第3、第4腰椎の金属固定手術をうけていますが、いまだ腰痛が発生します。AKA療法で仙腸関節のずれの修正、カイロで股関節の調整、ペインで神経根ブロックの注射など色々やっています。
 
当分ゴルフはお休みです。 ゴルフが腰痛の引き金になってもいるようで、スイングを変えて、腰の捻りを使わずに飛ばす方法はないか、現在の腰痛がとれたら挑戦してみるつもりです。 今年の秋にはなんとか復活したいものです。

貴兄の治療がうまくいくことを祈っています。 回復したらお便りください。 再見。

C 高校同期・元JALジャンボの機長・180cmを超える美男子にも悩みが・・・

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貴重なレポートありがとうございました。

入院中の様子がまざまざと浮かんできまして大変参考になりました。陽子線照射治療の成果を祈念すると共に、そのレポートも期待しております。

D トヨタ同期・工学博士・ドライバーの飛距離は同期でもトップクラス

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昨夜のメールを今拝見しました。明日から新たな治療との事、成功を祈っています。

今夜は内視鏡的手術までたどりつきました。

お大事に。

E 大学&トヨタ同期・工・心筋梗塞から復活した方

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「バルカン六カ国の旅行記」と「がんその2回目の挑戦ー内視鏡的手術(7/10脱稿)」を拝読。

旅行記を執筆中に2回目の癌が発見されたとのこと。その道の権威者である主治医から癌完治のご託宣を頂いていたのに。また、PET/CT定期点検で異常なしの判定を貰っていたのにさぞ落胆されたでしょう。

新発癌のうち小さいほうは除去手術、大きい方は陽子線照射の治療。その日程が間近に迫っているのに旅行記の執筆をやり遂げられました。信じられません。主治医は今回の寛解率は100%でないと気軽に予言しているそうですが、これも石松さんの度胸を見抜いてのことでしょう。

兵庫県粒子線医療センターでの治療に主治医が助手を伴って立ち会われるのも石松さんに余程の思い入れがあってのことと拝察します。

旅行記は従来にも増して冷静で鋭い観察眼で描写されておりいろいろと勉強させてもらいました。アルバニヤでしたか?ピクニック来ていた小学生に遭遇された由。歴史的に隣国との争いが絶えず、経済的にも貧しい国なら子供にとっても恵まれた環境ではないはず。しかし、明るい表情に救われましたね。

それに比べて日本の子供に明るい表情が無いのは何故でしょうか?私の家の前は通学路で登校の小学生にしばしば出会います。友達としゃべらず、悪ふざけもせず無表情で静かに歩いて行く。これが平均像のようです。

小学生の孫は下校すると決まって公園の広場へ遊びに行きます。見物に行くと嬉々として友達と遊んでいる。訊くと、顔ぶれはいつも同じで塾へ通っていない極めて少数派だそうです。友達との遊びから学ぶことを塾通いの子は奪われているのでは! 塾の無い国が羨ましい。

「内視鏡的手術」報告の中で、「主治医は手術の進行状態や現状を常時しゃべり続けていた。同期して作業を支援している同僚の医師たちと情報を共有するためだろう」との記述がありましたが、なるほどと感心しました。

10人近い集団で行う手術は執刀主治医はプレーイングマネージャーでしゃべり続けることが指揮の極意なのでしょうか。看護師の分刻みの進行記録と相まって自分の行動を律し、ポカミスを防ぐ指差呼称にも役立っているように思います。この病院では手術の器具を体内に置き忘れる事故は無いでしょう。

PETの信頼性について理解が深まりました。患部によって得て不得手があること。ブドウ糖の消費量の差が患者の病歴や生理現象に影響され結局読影医師の能力に左右されるのですね。機械だけが立派な診療所はダメだということでしょうか。

お嬢さんが「パパそのうちに逆襲されるよ!」と警告された由。同感。遺伝子解析の依頼に際し、「私自身が依頼者ですから、個人情報云々の規則で審議する必要性があるとは思えない。必要な書類を持ってきてください」はプライドの高い医師には「つべこべ言わずに持って来い!」と聞こえたでしょう。

カルテに患者の性格描写の記述があるとはびっくり。借用手続きを厄介にし、許可までかなり待たせるとは見せたくない腹が見え見え。

手術中の麻酔の効き方、自覚症状、術後の安堵感など気持ちの推移、患部のなんとも表現困難な不快感・・・。手術を受けることになったらもっとも知りたいポイントです。市販の医学書に無いこの種の情報は得がたく、いづれ役立たせていただきます。感謝。

F トヨタ先輩・工・ゴルフ&テニス仲間

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とにかく頑張ってください、成功を確信しています。

G トヨタ同期・工・ゴルフ&テニス仲間

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伊藤 雅高です。久々に貴殿のホームページを拝読させて頂きました。確かに、これはまさに貴殿の自分史です、私には到底出来そうもないです。

この度は、兵庫県立粒子線医療センターで『陽子線照射治療』を受けられるとのこと、どんな治療なのか、ホームページを待っております。

「頑張らずに、そして諦めずに」治療に専念してください、今年は名大の公開講座での再会は無理ですね、来年を楽しみにしてます。

H 昨年の名大公開講座で隣席におられた勉強家

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陽子線照射治療準備

[1] 兵庫県立粒子線医療センター


   7月12日から治療前の準備が始まった。早速、詳細な資料を渡された。順不同に記す。

@ 入院のしおり(A4*7枚)

   陽子線も炭素イオン線も治療費は一律288,3000円。それ以外の費用(入院・検査料等)は総て国民健康保険の対象になるので追加費用は少ない。

A 楽しく粒子線治療に参加するために(A4*1枚)
 
     当センターの運営方針がA4で1枚に纏められていた。大病院とは異なり、当センターでは『非主治医制』を採用してチーム医療を徹底。常勤医師は院長を含めて5人なので機動的に連携が取れるようだ。

     毎日13:00-13:15にカンファレンス(会議)を開き、治療計画の妥当性を検討。問題がなければ院長がコンピュータ上の承認ボタンを押し、治療計画のデータがカンファレンス室から治療室へ送られるそうだ。

B 患者交流会のご案内(A4*1枚)

   同病相哀れむのではなく、励ましあうための交流会。毎週木曜日の16:30から1時間。参加・不参加は勿論患者の自由。

C 粒子線治療についての説明文書(A4*6枚)

   治療に先立ち、過大照射や過小照射を防ぐため、人体が水と密度が等価であることを利用し水ファントム(水袋で作った人体模型。市販されているのはマネキンのように人体の形をした頭とか胴体等の部品。但し、当センターの模型は単純な直方体。)に照射し実測して治療計画の妥当性を確認するそうだ。

   当センターは治療のみを実施するので、退院後に紹介元の病院が定期的診察をするためのカルテは、院長菱川医師または医療部長村上医師が患者に説明後手渡す。

   局所や辺縁でがんが再発した場合は再診し、粒子線治療が可能であれば再度当センターでの治療を行う。このときの粒子線治療費は、今回の粒子線治療費の一連と考えており、新たな治療費は不要だそうだ。

D 同意書(A4*2枚)

   Cの説明書への同意書だった。

E 治療計画書(A3*7枚)

   診療計画書はクリニカルパスとも称し、治療を標準化したもの。医師や看護師の見落としを防ぐ効果もある。嘗て入院し治療を受けた胃がん・白内障・胸部食道がんの内視鏡的手術でもA3*1枚に纏められたものを支給された。しかし、総て日付や患者名などは空欄に追記されたものだった。

   当センターの診療計画書は氏名や日付もあらかじめ印刷されていたが、食道がん第1号でもあり他の一般のがんの診療計画書を転用したものだったためか、ポールペンで幾つかの要素については加筆・削除されていた。

   7月11日に作成された本書でやっと治療計画の大枠が分かった。

   (1)  7/12&13 治療前の諸検査 
   (2) 7/19 治療前の説明、リハーサル他
   (3) 7/20 第1回目の照射
   (4) 8/28 第26回目の照射

   この予定にしたがって、ベッドが空くまでの7/19-7/27はビジネスホテル(最初は相生駅前の民間ビジネスホテル、途中から県立先端科学技術支援センター内ゲストハウス)を予約した。7/28-8/27は4人部屋で過ごせることになった。

F 播磨科学公園都市(A4*2枚)
G 日誌(A4*1枚)
H 神姫(しんき)バス時刻表(A4*2枚)

[2] 高額医療還付金

   愛知県がんセンターでの内視鏡による食道がんの切除手術・入院費の退院時(7/4)の一括支払いは109,320円だった。高額医療還付金の対象になるかと思って、豊田市役所に質問したら、駄目だった。
   
   支払いは一度で済んだが領収書は6月分(60,910円)と7月分(48,410円)の2枚に分けられており、夫々は80,530円以下だったからである。がっかり!!

[3]確定申告

   確定申告時に(年間医療費総額−10万円)が所得から控除されるかと期待し、豊田税務署の税務相談係員に質問したら、控除には200万円までとの上限があった。

   本年は陽子線治療の2,883,000円以外にも、検査費や内視鏡の手術料などが嵩み、せっせと領収書を保存していたが無意味と分かりこれまたがっかり。たった一枚の領収書で済んでしまうのだ。

[4] 治療前準備や検査(7/12)

@ 宮脇医師による全治療の流れの説明

   パソコンに内蔵されている資料を大型モニターに映しての簡単な説明。既にインターネットで調べていた情報と大差はなかった。

A 採血

     試験管数本分の採血をした。

B 撮影

   患者の誤認を避けるために顔写真を撮られた。病院で顔写真を撮られたのは初体験だ。
 
C 固定具の作成

   陽子線の患部への照射許容誤差は1mm。従って蠕動運動で位置が変動する胃がんや結腸がん(骨盤で固定される直腸がんには適用できる)の治療には陽子線治療は残念ながら使えない。

   食道の呼吸による動きを小さくするために上半身を治療台(ベッド)に固定するための固定具の製作をした。固定具は厚さ2〜3mmの樹脂を使った。上半身裸になりベッドに仰向けに寝た。長方形の樹脂板を45度くらいに暖め軟らかくしたものを上半身に被せて体の曲面に合わせて変形させた。

   樹脂の両端は硬い板で挟まれ、板には治療台に固定するためのホックが取り付けてあった。樹脂は可塑性。形は自由に変えられ、変えた形はそのままの状態を保つ性質があった。小さな呼吸のみが許容される状態に樹脂は変形され、体に密着状態になった。樹脂の上を濡らした冷たいタオルで覆った。30分で硬化するのだそうだ。

   その30分の間に、造影剤を点滴しCTで写真を撮った。いつもの事ながら、点滴の針の挿入に今回の女性看護師も2回失敗。結局医師が呼ばれて何とか成功。

   造影剤が全身に行き渡る速さは大変早い。血流は毎秒1〜2mもあるように感じた。体中が急に血管から温められるような感触と若干の快感が走った。特に肛門周辺に日頃感じない快感が走った。しかし、手足の指や陰茎・頭部には何の感触も現れなかった。

   30分後に固定具が出来た。タラバガニの甲羅のような硬さだった。

D PET/CT

   粒子線医療センターにもPET/CTはあるが、薬液を作るミニサイクロトロンがないため、通常の検査は出来ない。こちらの用途は粒子線治療の効果を検査するためなので薬液は不要。

   村上医師の提案で最新の状態を確認するために、姫路のツカザキクリニックで、2年前に導入されたPET/CTを受けた。今回が8回目のPET/CTである。今回は村上医師の要望で映像をCDにコピーしてもらった。読影結果は3日後に粒子線医療センターに報告するそうだ。

[5] 治療前準備や検査(7/13)

@ 胸部X線撮影

   正面と側面の2枚の撮影だった。

A CT

   前日は造影剤を飲んでCTの撮影をしたが、この日は造影剤なしの撮影だった。この撮影時に固定具の出来具合を確認した。さらに固定具を付けた状態で呼吸訓練を10分くらい実施した。

B MRI

   治療計画書にはMRIの撮影が記されていたが、割愛した。食道がんの上下に金属のクリップが付けられており、MRIを受けると強磁石の影響でクリップが外れる恐れがあるからだった。

[6] 病理検査の結果説明(7/17)

   7/17、私はがんセンターに出かけ、内視鏡で切除したがん組織の病理検査の結果を主治医河合医師から聞いた。手術前は粘膜固有層までの浸潤(M2)と推定されていたが、一つはM2、もう一つはM3(粘膜筋板までの浸潤)だった。ステージは0期である。食道は5層からなるが内側から2層目が粘膜固有層、3層目が粘膜筋板である。
   
   『カルテの中にあった看護師が書いたメモを読んだ。それにはピンホールが出来たと書かれていたが、穴が開いたという意味ですか』と質問。『食道を深く抉り取ったので壁が薄くなったが、穴は開かなかった。空気は漏れていなかった』と回答。
   
   『手術跡の痛み等の自覚症状は殆どなくなったが、粘膜保護のための粘液状の飲み薬は飲み続けるのですか』『後、1ヶ月は飲んで下さい』

[7] 治療前追加検査(7/18)

   7/17に愛知県がんセンター副院長兼放射線治療部長不破医師(主治医)と放射線治療部医長中村医師が兵庫県立粒子線治療センターを訪問。医療部長村上医師と放射線技術科長須賀技師と私の治療計画に関して相談された結果、呼吸時の食道の移動量をX線透視で計測することが追加されると同時に、その結果の検討の時間を入れるため、クリニカルパス記載の治療開始は4日遅らせて7/23(月)からになった。
   
   急遽、7/18に兵庫県立粒子線治療センターへ呼び出された。食道の移動量をリアルタイムにモニターで確認しながら、息を吐き出した瞬間に陽子線を照射するためのデータ採取である。嚥下時(私は照射時間中に一度も嚥下しなかった)の移動量の測定も何度か実施した。腹部に赤外線発光素子を貼り付け、固定カメラでキャッチし、モニターに表示する計測法だった。
   
   僅か15分の検査のために往復8時間かけての日帰りで些か疲れた。検査結果や治療計画の変更内容などを村上医師が説明するから7/20に来るように、との電話が看護師からあったが、馬鹿馬鹿しくなってお断りした。『7/23に聞けば済むじゃないか』と。
   
   7/5から朝夕食後に25MgのTS−1(抗がん剤)を2錠ずつ飲み始めたが、食欲不振・微熱・行動意欲減退=無気力感が続き、新聞を読む時間は半減。家庭菜園の草取りすらする気が消滅。陽子線照射期間は服用中止になるのであと少しの我慢! 食欲不振対策はいろいろ工夫したが、体重は徐々に減り、とうとう手術前の3Kg減の51Kgになった。
   
                                                                                                                                                       上に戻る
読後感その4

先日のメール以来久しぶりですが、本文を見てやや安心しました。必ず治ると確信しています。

また 一緒にビールを飲むのを楽しみにしています。

@ 大学級友・工・未だ現役で活躍中

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石松さん頑張れ。石松さんに会えばガンの方が敬遠すると思います。石松さんなら必ずガンに打ち勝つことができます。

石松さんのいない加茂石会は大変寂しい限りです。一日も早く完治され楽しくゴルフが出来る日を、首を長くして待っています。

注。『加茂石会』とは私が永久幹事をしている加茂ゴルフ倶楽部の仲間23名で作っている会の名称。石は石松の略。

A トヨタ同期・経・ゴルフ仲間

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粒子線治療の効果に期待しつつ、がんの撲滅を祈念しております。頑張って下さい。

B トヨタ同期・工・ゴルフ&テニス仲間

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前略  平穏を願っております。 

あなたの事ですので笑顔で帰豊されるでしょうから心配は致しませんので,あしからず。

C トヨタ同期・工・退職後に始めた陶芸の腕はセミプロ級

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拝復 私には治療の中身はよく分かりませんが、石松さんが厳選された「病院」での治療ですから、間違いはなく、思います。

「頑張ってください。」と言う以外に何もお伝え出来ず すみません。

D トヨタ同期・工・ゴルフ仲間・奥様は不幸にもがんで永眠された方

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いよいよ入院の時がきましたね。

お見舞いには行けないので、代わりにDVDを4枚送りました。「 Only You 」 というタイトルで、1950年代、60年代のアメリカの風物と当時の映画音楽などを映しています。

お好みに合うかどうか判りませんが、我々の青春時代に重なるので思い出の縁になれば、と思い送りました。

ヤマト宅配便で22日にはご自宅に到着するでしょう。2部に分けております。ではご奮闘を祈っています。

E 高校同期・元JALジャンボ機長・前回は岸恵子さんも出てくるがん患者の闘病映画『化石』のDVDを届けて励ましてくれた方

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早く元気なお姿が拝見できることを楽しみにしております。

F ゴルフ仲間・関連会社の経営指導で全国を飛び回っている方

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愈々入院の日が近づき気ぜわな日々を送っておられることと推察いたします。この度の中越沖地震の影響で23日もトヨタは操業を停止するそうです。24日もまだどうなるか分からず阪神大震災の時よりずっと影響が大きくなりそうです。

私達は休むだけですが現地の方は大変なことと思います。地震を感じて停止まで3日、他の自動車会社も停止時期はほぼ同じ。各社の在庫量がほぼ同じレベルになってきていることが改めて認識できました。

最近守りで考えてもやることはどんどん増え、その内容はパッとせず、気持ちは暗くなり、プレッシャーばかり大きくなることに気づきました。攻めで考えると気持ちも楽になり、やることもアイデアに富み、活路が開けることに気づきました。

手術にあたり持ち前の強運で再び活路を開かれることを祈ります。

注。数日間の生産停止は作業員にとっては骨休めの天佑。生産の遅れは毎週1回の土日出勤でいとも簡単に奪還可能!

G トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間・転籍先では死ぬ日まで働きたいと宣言している仕事の鬼

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今回の入院は、最適な治療を受けるためと拝察しております。

克服され、10月の同期会で元気な石松さんに会えるのを楽しみにしております。

H トヨタ同期・工・海外旅行は奥様と常にビジネスクラスで行かれる方

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ご無沙汰致しております。近藤で御座います。

メールを頂いて都度ご返事は出来ていませんが、大変関心を持ってホームページを覗かせていただいております。この場をお借りして感謝しお礼申し上げます。

いよいよ新治療(?)の分野に船出されるのだな!・・・との思いで成功を祈願いたすとともにそれを確信しています(妻共々)。必ずや完治してホームページやゴルフのロイヤル石松会で貴重なお話伺うことができる・・・とのイメージを抱いております。

(追伸)
当方その後状況お知らせ致します。先にお知らせしました如く、6月29日から7月8日までドイツ、スイス、フランスのツアー旅行に行きました。妻の状態は医師からOKを頂いてるとは言え、私は長時間の飛行機旅、ユングフラヨッホ、マッターホルンへの高山展望台までの列車旅、ロマンチック街道の長距離バス旅等々心配しておりました。

お陰さまで、困惑する程のことはなく無事旅行を終えることができました。7月12日に名大病院にその後の定期検診に行き、検査(腹部レントゲン、血液)も含め異常が認められないとのことで本人共々、胸をなでおろしました。でも時差や疲れが重なり、夫婦ともども7月13日〜16日は風邪気味の症状となり元気が出ませんでした。

それ以後徐々に体調、リズムとも回復し以前の元気を取り戻した昨今です。また、昨夜石松様のホームページの「ヨーロッパ旅行記」中、今回観光した該当地の記事を妻と一緒に読ませて頂きました。その文面より、もう一度鮮明に現場の情景を呼び戻す事が出来、思い出がより一層深まり会話も弾みました。ありがとうございました。

注。奥様が突然倒れられ救急車で緊急病院に入院された時、検査データをメールで拝受。長男の嫁(女医)の勤務先の医師の助言で名大中尾教授の診察を受けたら『粘液産生膵腫瘍(すい臓がんの一種)と判明し、即手術された。今回の欧州旅行は寛解祝い』

I ゴルフ仲間・いつも丁寧なメールを頂ける方

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ご病気にもめげずいろいろ頑張っている姿勢に敬服しています。速く元気になって、また旅行が出来ると良いですね。

J トヨタ先輩・工・胃がん仲間・車の運転が出来なくなる日に備えて鉄道交通至便の場所に新築移転した方

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ビジネスホテルでの生活(?)、いかがでしょうか?窮屈な思いをされていらっしゃるのではないかと、推察いたします。

もっとも、旺盛な知的好奇心で、活動的な石松さんという印象ですから、今までと変わった環境の中で、いろいろな気付き・発見で、次の原稿のネタ探しに余念が無いのではないかとも、考えていますが‥‥。

治療で元の体力を取り戻され、また加茂ゴルフでプレーをご一緒にさせていただける日をお待ちしております。

K トヨタ後輩・工・元仕事&ゴルフ仲間
 
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ビジネスホテルからのメール受信できております。

お見舞いにはいけないかもしれませんが、また、お元気な石松さんとゴルフをやれることを楽しみにしております。

L トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間・成牛1000頭と土地300万坪の所有者!!(但し、アルゼンチン)

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メール受信しました。お元気な様子で安心しました。

陽子線照射治療を経験されるとのこと、完治後の石松流の解説を楽しみにしています。
                                  
M トヨタ後輩・ゴルフ仲間・ゴルフの名人

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小生は日本帰国時に何時もホテルでメールチェックしています。日本の会社の回線を使用する為にはPCの設定を変えなくてはならず面倒なので、会社では他人のPCを使用、ホテルや空港ラウンジで繋いでいます。

タイの自宅、会社(一応高速インターネット回線有りとの触れ込み)の回線より日本のビジネスホテルの無料回線の方がずっと高速だと感じています。

最近ビジネスホテル選びは無料ネットと大浴場です。普段シャワーしか浴びていないので、帰国時の昔の寮のような大浴場は使い勝手が良いです。

ビジネスホテルからの通院とはどんな感じになるのか判りませんが、石松さんの事なのできっと楽しい時間を作られるのではと思っています。お大事に。

N トヨタ後輩・工・海外で70歳まで活躍予定・バルト三国にも一緒に出かけた方。

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確かにメール受信しています。詳細なメールいただいています。これからの治療生活、時間を持て余すことになりそうですね。

努めてメール発信の努力をします。御身体ご自愛下さい。取り急ぎ受信の報告まで。

O トヨタ後輩・工・ゴルフ仲間・奥様をがんでなくされた寂しさを深夜に及ぶ仕事で忘れようと頑張っている方

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8月2日の夜、自宅に帰って来ました。福山市鞆の浦、広島市の原爆ドームへの二泊三日の旅行でしたが、なんといっても相生が一番印象深いものが有りました。

勿論、県立大学・リハビリセンター・粒子線医療センターなどの学園都市の素晴らしさにも驚きましたが、最も印象的だったのは、石松さんのきらきら輝くような、実に力強い生命力でした。色々説明して下さっているその姿からはオーラが感じられ、まるで真っ赤に咲くカンナのようでした。

  
粒子線 治療センター カンナ燃ゆ

治療を受けられながら、もう既に頭の中は次の旅行の計画などで一杯なのだと思いますが、石松さんから「100ヶ国海外旅行達成!!」の声が聞けるのを、楽しみに待っています。

注。初めてのお見舞い客・奥様同伴に感謝!

P トヨタ同期・工・元テニス仲間⇒日本画・吟行・オカリナ演奏・社交ダンス・散歩へ趣味を転向された方

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大変な病気にも関わらず常に前向きに果敢に接しておられ、もし自分が同じ身になったら平常心ではいられないと思うと、精神力も強靭でやはり偉大な方だといつも感心しています。

早く良くなってお目にかかれる日をお待ち申しあげます。

Q テニス仲間・財テクの権威⇒証券会社も一目

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前略

河合様よりメールを戴きまして、貴兄が治療を受ける為に兵庫県立粒子線医療センターに入院されていると言うことを知りまして、大変驚きました。

その後吉田さんに電話しまして改めて確認いたしまして、何とか多少なりとも励ましのお役に立てないかと思ったのですが、機密情報洩れ対策が昨今更に厳しくなり、職場で私用のメールを発信できなくなってしまいまして、ご自宅へお葉書をお送りしようとしましたが、どなたに問い合わせてもご住所が分かりませんでしたので、やむを得ず届かないこともあるかと覚悟の上、治療先へ出させて戴くこととしました。

貴兄の強靭な精神力と医学に基づく最も適切な治療により困難を必ずや克服されますことを祈っております。そして、また次なるご計画のアフリカ等の海外を廻られ、素晴らしい旅行記をもって我々を楽しませ夢を与えて戴きたいと心より願っております。

R トヨタ後輩・工・いつも貴重な読後感をいただける方・奥様はミス***の栄誉に輝く超美人とか

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陽子線照射治療前編


   陽子線照射治療は外科手術と異なり、体力減退は極めて少ないようだ。入院後最初の週末の7/28,29には患者の2/3は一時帰宅していた。私も何もすることのない入院生活ほど苦痛なものはないと体験。

   そこで今後は週末には交通費が2万円掛かる(入院だけならば僅かな食費だけの負担)ものの一時帰宅することにした。設備保全のため8/10〜8/14間は休業。この機会を活用して治療体験を中心に『陽子線治療の実際』を纏めることにした。

   入院前にインターネットで陽子線治療に関する記事は拾い読みしていたが、『百聞は一見に如かず』の一面も多い。更に体験時に感じた疑問点はその都度医師や技師に質問した。以下では病院内での見聞も加えて『陽子線治療の概要』を整理することにした。しかし、私の誤解も含まれている可能性も大きいことはご承知されたい。

[1] 重粒子治療の初歩的な解説

   世は正にインターネット時代。各粒子線治療センターは夫々のホームページで粒子線治療の解説をしている。それらの中から私に取り最も分かりやすかったホームページのアドレスは下記のものである。

   http://www.juryushi.org/index.html (財)医用原子力技術研究振興財団

   賢人各位が上記のホームページを読了されたと仮定し、以下の我が解説ではその詳細は省略した。陽子線治療法の手順は各施設の体験から徐々に決まりつつあるが、標準化はされていない。兵庫県の医療センター独自の項目や我が質問への関係者の回答も以下に追加した。

   固定具・コリメータ・ボーラスとはどんなものか、上記ホームページの写真を参照されたい。

@ コリメータ

   医療センターでは二種類のコリメータを使っていた。その一つは汎用型である。厚さ0.5mm程度の金属板2*40枚を重ね、左右から向かい合わせにセット。金属板は80個のモータで独立に移動(スライド)できるようになっている。患者のがんの輪郭データ(実際は安全を期して1〜2cm外側へ拡大されている)を入力すると突き合わせている金属板の中央に、がんの形に対応した隙間が自動的に形成される。

   コリメータの中央に隙間を自動的に形成するシステムでは、陽子線が通過する穴の形状が板厚分だけぎざぎざのままになっているが、もっと高精度に作らねばならない場合があるそうだ。その場合には真鍮のブロックからワイヤーカット放電加工機を使って穴を刳り貫いて作っている。この場合のコリメータは患者ごとの使い捨てになる。

   コリメータは照射方向ごとに必要になる。私の場合は左右夫々から照射したので2個になったが、使い捨てタイプではなかった。

A ボーラス(補償フィルタ)

   コリメータを通過した粒子線をがん部に高精度に到達させるためのポリエチレン製のブロック。ボーラスの中央部にはがんの形をした凹部が作られている。この凹部の加工技術は金型製作と同じだ。小さな径のドリルが10余本セットされたマシニングセンターで掘り出されていた。

   35年前に私は大勢の仲間と共に自動車用のプレス金型を数値制御型彫機で削りだすための大型システムプログラムを開発し、論文に纏めて昭和48年に米国で発表した(詳しくはホームページ⇒旅行記⇒北アメリカ⇒アメリカ・初海外出張参照)が、今やその簡易版が何とこんな医療現場にも使われていると知り、うたた感慨に耐えない。

   医療センターにはマシニングセンターや放電加工機の他に、精度確認に必須な三次元測定器も導入されていた。さながら型彫り用ミニ工場だ。
   
   ボーラスの目的について各ホームページでは一面的な説明が多すぎるようだ。粒子線をがん細胞にぴったり当ててがん細胞を消滅させるだけではなく、健常な細胞への照射を回避する目的があるのだ。粒子線が皮膚からがん細胞に到達するまでは健常な細胞への打撃は小さい。また、粒子線が止まる位置より先の細胞を傷つけることも回避される。

   粒子線が到達する(止まる)位置ががん細胞を通過した後の健常な細胞に重なったら、健常な細胞が破壊されることになる。ポーラスを高精度に作成することにより、この問題が避けられているのだ。ボーラスがなければ、がんが平面でない限り健常な細胞を必ず傷付けることになる。   

[2]ビジネスホテル事情

   定年退職後9年経ち、久しぶりにビジネスホテルに泊まった。その間の最大の変化はインターネットが使える無料パソコンが常備されていたことだ。一流ホテルだけではなく、ビジネスホテルにも普及しているとは予想すらしていなかった。

   相生駅前で本年6月1日に開業した東横インでは無料パソコンのほかに3分間無料のIP電話もあった。老舗の相生ステーションホテル新館にも無料パソコンがあった。宿泊者の殆どは作業服姿だった。相生周辺の会社の機械整備に出張して来た技術者や技能員のようだ。パソコンは私が独占したのも同然だった。

   県立先端科学技術支援センター内のゲストハウスには貸し出し用の無料パソコンが2台あった。こちらも宿泊者の殆どは作業着姿。パソコン借用者は殆どいないらしい。私は4泊の間、部屋でパソコンを独占していた。

   入院前に急遽、プロバイダーの担当者に我が家に置き去りにしているパソコン宛に送られてくるメールを、ビジネスホテルのパソコンや医療センターの無料パソコンで読めるようにするための手順を教えてもらった。お陰で友人や荊妻との連絡は総て無料で出来た。携帯電話を持っていない私でも、何一つ不自由しなかった。

   これらのパソコンはメールの送受信だけではなく、インターネットの検索も出来たので、新聞情報や株価等も勿論リアルタイムに確認できた。医療センターの患者は高齢者が多く、パソコン人口は少ない。パソコンは一台しかなかったが不自由はしなかった。

[3]PETの限界

   今世紀に入り華々しく登場したPETにも、がんの検出力に限界があることが、無数の事例から指摘され始めた。私は最初のがん治療後7回もPETを受けたが一度もがんは検出されなかった。

   今回、医療部長村上医師の提案で7/12に姫路のツカザキクリニックでPETを受けたら、下記の報告を受けた。

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   胸部食道に高集積がみられ既知の食道がんと考えます。明らかな skip lesion(傷害)は見られません。

   食道周囲を含め縦隔内に明らかなリンパ節転移は指摘できません。両側肺門集積が目立ちますが非特異的リンパ節炎などを考えます。肺野に明らかな異常集積は認めません。

   腹部では、肝内や大動脈周囲を含め明らかな異常集積は見られません。腸管および尿路系の集積はいずれも生理的範囲と考えます。肝および脾に複数の石灰化が見られます。陳旧性炎症と考えます。

   胆嚢結石(+)
   右腎にcyst(包嚢、+)

   喉頭集積は左右対称性であり生理的集積と考えます。その他、頭部、頚部および骨を含め異常集積は認めません。

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   上記のように詳細な記述はあるが、二箇所に誤診があった。

@ 今回で8回目のPETだったが、またしても頚部食道がんは発見できなかった。でも、前回の5/11のPETから二ヶ月経ったが、またもやがんは発見できなかったので、がんが大きく成長していなかったと分かり、多少安心した。

A 今回指摘された胸部食道がんの位置は、6/27に愛知県がんセンターにて内視鏡的手術で2個切除した場所と写真を見たら同じだった。

   PETはがんだけではなくブドウ糖を大量に消費する部位もがんと同じ写真のように写される。手術直後は粘膜の修復作業でブドウ糖の消費量が増えるが、ツカザキクリニックの読影医師には手術したとは伝えていなかったので、誤診に繋がったのだ。

   結局のところ、PETはその原理から、がん密度の高い塊状のがんの発見力は高いが、薄く面状に広がった今回の頚部食道がんのような場合は、周辺の健常な細胞のブドウ糖消費量との差が小さく、写真上で区別可能なコントラストの差が生まれなかったのだった。

   我が食道がんの場合、従来法の内視鏡によるルゴール染色法がPETよりもがんの検出力が高かったのだ。食道がんに限らず、場合によってはPETよりもがんの検出力の高い従来法との補完・併用が望まれる所以だ。

[4]治療計画の変更とその説明(7/23)

   当初作成されていた治療計画では、照射回数は26回、最終日は8/28だった。しかし、その後医療部長村上医師、放射線技術科長須賀技師、愛知県がんセンター副院長不破医師、同放射線治療部医長中村医師が7/17に検討した結果、照射回数は36回、最終日は9/13に変更された。

   初めての食道がん患者としては、一回当たりの照射量を下げて回数を増やすとの判断は、修復作用が発生する生体とは若干異なるが、工業材料破壊試験のデータ(SN曲線)からもリスクが小さいと推定されるので、即座に同意した。

   村上医師から照射時の強度分布などがパソコンに表示された図面を使って、詳細な説明を受けた。この計算や準備に一日も掛かるのだそうだ。どんな数式を使ってどんな計算をしているのか、プログラムミスの有無はどのようにして確認したのか聞きたかったが、本人が計算プログラムを作成したとは思えないので、質問はない物ねだりと判断し中止。

   私の『機械の故障や計算間違いによる過照射事故は今まで何回くらい発生しましたか』との質問に対し『一度もありません』との回答で満足せざるを得なかった。

[5]病院内施設

   直近の我が入院体験は愛知県がんセンターと今回の医療センターの二回だ。ベッド数が500対50なので比較するのは適切ではないが、医療センターはとても快適だった。

@ 4人部屋でも皆窓際です。外が見えるのは心が安らぎます。しかも各部屋に温水洗浄トイレがあり快適です。
A 平屋だから、総ての病室から廊下へ出ることなく外へ出られます。
B 平屋なので、エレベータもなく疲れません。
C 食堂は患者と職員用だけ。食事内容は患者ごとに異なりますが、食券は診察券を機械に挿入すると発行されます。殆ど来ない見舞い客には若干不便ですが、コスト面からやむを得ません。給食係4人はフル稼働。
D お風呂には男女の時間帯が毎日変更されるものの毎日入れます。お風呂から外が見える窓があるし、湯船に満々とお湯があるし、常に循環されていて、観光ホテルの大浴場クラス。がんセンターのお風呂は窓がなく、省エネなのかお湯が少ししか入れてなく・・・
E デイルームには朝日・毎日・テレビ・無料インターネットパソコンがあり、最小限ですが社会との接点があります。
F 利用者が少ないためか、売店は小さく且つ11:00-13:00までしか開かず不便。
   
[6]リハーサル

   本番での陽子線の照射以外、すべて同じ作業を実施し、固定具・コリメータ・ボーラスの装填・呼吸による食道の移動確認・ベッドの位置決め・照射装置の回転位置決めなどを30分かけて実施した。

   一番時間が掛かるのは体の位置決めである。ベッドの上での体の微小移動・ベッドそのものの微小移動等20分は掛かったが、本番も回数を増すにつれて15分前後に短縮されてきた。3人の技師が声を掛け合って作業している。

[7]治療開始初日

@ 陽子線の照射

   陽子線はパルスとして発射される。1個のパルスは80億個の陽子が10mの長さに分散し、秒速20万Kmまで加速される。一回につき50回パルスが連続して発射されるが、患部への照射設定量だけ発射すれば完了。

   呼吸に伴って食道が移動するが、一番安定した時間は息を吐き終わる直前から吸い始めた直後までの1.6秒間位だそうだ。その間にX線透視で位置を確認しながら手動でパルスを発射。その時間帯以外のパルスは経路の途中で遮断される。私の場合は20呼吸くらいで完了しているから20パルスくらいだろうか?

      1パルスの放射線量をメールで須賀科長に質問したら、その1の回答を得た。その後訂正のメールが来た結果、納得できる回答を得た。

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その1

      加速装置の見学では大変きつい階段もあがっていただき、少々案内がきつすぎたのではと心配しました。石松さんのシャープなご質問と博識に、回答するこちらの方が準備不足で申し訳ないです。

      毎月装置の見学会を行っていますが、患者さんの質問でこちらが勉強させてもらっています。線量率は、Gy/minで表現しており陽子線で3.5Gy/min出力しています。1パルスは1.6秒周期ですので、60秒間で37.5回となります。この37.5で3.5Gyを割りますと0.093となりますので0.093Gy/1パルスです。パルスから答えを出しました。

      1.6秒の由来ですが、これも呼吸に同期させることからきています。前回に人の呼吸は約3秒前後の周期と説明させていただきました。これに合うようにしました。3秒パルスにしないのは、頭頚部や前立腺では呼吸同期を行わないためできるだけ出力をあげ治療時間を短くするためです。1秒以下にパルスを設定すると今度は加速が無理になります。このあたりから1.6秒パルスと設定致しました。

      また、80億個の粒子は20cmφのなかに収まっている粒子数です。照射する面積が20cmφ以下ならば、その分だけ粒子が減っていきます。照射面積が小さくなれば粒子数が減っていきます。つまり線量率がさがっていきます。

      そうすると治療時間が長くなりますので、粒子を広げる面積を2段階にしています。ひとつは最大径の20cmφ、もうひとつは16cmφです。通常は16cmφを使用しています。わかりにくい表現になったかも知れませんが、どうでしょうか。

注。私のコリメータの空隙の面積は照射口面積の半分くらいだったから、1パルスで0.05グレイ。20パルスで約1グレイ。36回の照射で36グレイ程度と分かり一安心した。

その2

      石松さんの照射線量は2Gyとなっています。したがって21.375回パルスがくると、2Gy照射となります。治療開始から治療が終わるまでの呼吸回数が20回とのことでしたので、その20回に1.6秒周期のパルスが呼気(吐いたとき)にとてもよくマッチしているのでしょう。

      1回くらいが呼気のなかに2度パルスが入っているような感じでしょう。とてもきれいな呼吸同期周期(安定で同周期)であると思います。

質問をしました。

      村上医師から2グレイ/日とは聞いていました。しかし、この照射は昨日のメールからコリメータ通過以前の照射量と理解しています。

      従って最終的に私が受けている線量は1グレイ程度と解釈したのですが、間違いでしょうか?

その3

      すみません。私の勘違いで誤って伝えています。石松さんの線量は照射をする形と深さ(照射する体積)に2Gy/1日です。入射してくる3.5Gyを石松さんの照射形状にするために間引きます。半分に間引いたとして1.75Gy/分です。1パルスは1.6秒ですから0.046Gy/1パルスです。

      石松さんの呼吸回数(治療時間中)が20回としたら、20回の呼気(息を吐いた時)があります。この呼気に2Gy照射されている訳ですから、2Gy÷0..046=43.4つまり、石松さんの呼気に1.6秒周期のビームが2回入っていることになります。非常にゆったりと息をしておられることになります。

      モニタを見ていますと1つの呼気に3回パルスが入ることもあります。これでよろしいでしょうか。治療時間は気になさらなくてもよいです。

注。計画通りの照射量を受けていることが分かった。

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   最初の頃は呼吸が安定していなかったためか、30〜40呼吸を要したが、タイミングが合わなかったのだろうか。

   前立腺がんのようにがんの位置が変動しないものについては、パルスの無駄もなく、短時間に照射は完了するようだ。

   照射治療の初日にベッドから身を起こしたら、室内で医療部長村上医師を発見。『先生、何しに来られたの』『治療の様子を見に来ました』

   初めての食道がん患者だったので心配されたのだろうか?

A PETによる確認と記録

   初回だけだが、陽子線の照射直後に間髪を入れず車椅子に乗せられ、大急ぎで30m離れたPETの設置室へ移動して撮影した。陽子線が予定していた部位に照射されていたか否かの確認とその記録作業だそうだ。とは言え、位置決め精度は1mm、PETの精度は5mmなので、大雑把な確認だ。

   PETはガンマー線をキャッチするカメラである。陽子線を照射すると何故ガンマー線が発生するのかと医療部長村上医師に質問したら、後日放射線技師清水氏がA4で1ページにびっしりとその原理を解説した回答書を、須賀科長⇒村上医師経由で頂いた。

   陽子線を照射すると人体の酸素と炭素がイオン化され、イオン化された酸素や炭素からガンマー線が発生する。その半減時間が酸素は20分、炭素は2分。急いでPET(撮影時間は5分くらい掛かる)で撮影をしないと間に合わないそうだ。

   通常のPETではミニサイクロトロンで作成した特殊なフッ素付きのブドウ糖を注射して、ブドウ糖消費量の多いがん部でガンマー線を発生させるが、この薬液注射を陽子線の照射が代替していたのだ。

   何故車椅子に乗せられたのかは結局分からなかった。治療担当の技師は患者が歩くと血流が強くなり、患部のイオンが流されるといい、村上医師はそんな筈はないと否定。更にかつてはストレッチャーに患者を乗せて運んだが、車椅子に変えても支障はなかったと補足。患者は元気なのだから歩かせて一度トライすれば解決するのに、理由不明のまま前例尊重のママとは・・・。

   このPETによる撮影検査は医療センター独自の提案であった。念には念を入れる姿勢には一目置いた。私の場合は左からと右からの照射を交互に繰り返す計画なので、最初の二日間は夫々照射後にPET撮影をしたが、位置決めの失敗はなかったと確認された。

[8]重粒子発生設備見学会

   毎月一回、患者の中から希望者を募って須賀科長による設備見学会が実施されている。

   当設備は三菱電機が中心になり日立製作所・東芝・住友重機・米社の協力により、128億円(建物を除いた機械設備代金)で完成した。混成部隊によって完成した設備のメインテナンスには苦労の連続とか。

   水素イオンと炭素イオンの発生設備を共通化(世界で初めて)したため、早朝から昼過ぎまでは水素イオン、夕方は炭素イオンの発生に切り替えているが、その切り替えに要する時間も徐々に短縮させてきた。

   1人の患者への照射時間は2分以内だが、瞬間的には同時には1人しか照射できない。各患者の位置決めに時間が掛かるため治療室は5部屋ある。一部屋では1時間に二人の治療が出来る。各部屋での準備の進行状態を確認しながら、照射イオンの照射出口を切り替えている。偶々ある部屋で照射中に別の部屋で患者の位置決めが完了した場合は、治療を1〜2分待たされることになる。私も数回に一回は体験した。

   当装置の起動時間は最初の頃は1時間くらい掛かったがそれも創意工夫で短縮。電力は毎時1,000KWH消費するがこれも徐々に削減。最近では毎日60〜78人(過去の最大値)前後治療していたが、来る8/15からは勤務時間を工夫して、増員なしで昼休みも稼動させて80人治療体制にするそうだ。

   カンファレンス室でスライドを使っての説明後、治療室の背後の巨大な装置を見学し、各自満足げな様子だったが、原子物理学的な原理を理解できた人がいたのか否かは些か疑わしい。ピンとはずれの質問に思わず苦笑せざるを得なかったからだ。

   私には無数の質問が沸き起こったので見学会完了後、別室で30分も質問をし続けた。

[9]遺伝子検査

   愛知県がんセンターを通じて、アルコールの分解酵素の遺伝子検査を依頼していたが、医療センターに入院中に自宅に報告書が郵送されてきた。血液の採取日は7/9、報告日は7/27。担当は株式会社エスアールエル。後日、21,000円の請求書を受領。

@ 方法

   検査項目⇒ALDH2 DNA(PCR)
   方法⇒DNA抽出⇒PCR⇒DHPLCによる解析⇒判定
   検査結果⇒N/M型(ヘテロ接合体)と判定しました。   
   N⇒正常型プライマー
   M⇒変異型プライマー

とだけ書かれていた。予想通り、生まれつき酒に弱いが、毎日飲んでいるうちに酒に少しだけ強くなるタイプだった。我が食道がんの主因はビールだったと断定せざるを得ない。

A インターネットからの補足

   人は23組(1組が2本で合計46本)の染色体を持っている。2本1組の染色体は1本が父親由来、もう一本が母親由来。遺伝子はその2本の染色体の同じ位置に存在しているので、遺伝子も二つで1組になる。

   遺伝子の型にA型とa型の二つがあるとすれば、父親由来と母親由来が共にA型またはa型であれば、AA型またはaa型となる。一方がA型、他方がa型であればAa型となる。

   AA型やaa型のように二つの遺伝子の型が同じ場合をホモ(ホモ接合体または同型接合体。注。此処でのホモとは同性愛、ヘテロとは異性愛と同一語源)、Aa型のように二つの遺伝子の型が違う場合をヘテロ(ヘテロ接合体または異型接合体)と呼ぶ。

   我が父は酒が飲めず、母は酒に強かったので今回の結論、N/M型(ヘテロ接合体)は正しい判定と受け入れざるを得ない。

   胃がん手術の結果、胃の大きさが1/3になって食への楽しみも半減させられ、アルコールも断念せざるを得ないとは!! しかし、酒は飲みすぎなければ然したる影響はないはずだ。当分の間は祝い事か旅行中を除けば、残念ながら平日は禁酒、週末に缶ビール1個で我慢することにした。人生の楽しみは減る一方だ。がっかり!!

[10]設備の信頼性向上努力

   患者にとって粒子線治療設備のような巨大なエネルギー発生装置の故障くらい不安なものはない。原子力発電所の度重なる事故と同類だ。患者仲間の風評を集めると、日本で最も故障率が低いのが当医療センターらしい。茨城県在住者が筑波大学へ行かず、6時間もかけて当医療センターへ来た理由だそうだ。

   須賀科長に『開業以来の故障回数は』と質問した。『治療が出来なかった故障が2回。しかし、小さな故障は400回以上。その都度の解決策の積み重ねで徐々に信頼性を上げてきました』

   更に追加して『私の治療計画では毎週月〜金まで照射。土日は中止になっているが、照射の連続回数は何回で、連続中止期間は何日が最適と考えているのですか。当病院は{患者様のための病院}をその理念として高らかに謳っているが、土日を中止にするのは病院の関係者のためではありませんか』と詰問。

  『この問題は大変重要です。設備のメインテナンスと称して一ヶ月も閉鎖して大騒ぎになった病院もあります。私達はどの週でも4〜5回の照射が出来るように、毎月一回延年間40日に達する設備管理保全日を病院独自のカレンダーを作って分散しています。
  
   ちなみに今回のお盆のメインテナンス期間中の8/10(金)〜8/14(火)は治療は出来ませんが、8/18(土)は出勤日にして、8/15〜8/18まで4回治療が受けられるようにしています』との回答。私は病院独自のカレンダーがあることに迂闊にも気付かなかったのだ。

追伸。

   我が入院中に落雷による電源の遮断と特殊な大型真空管の玉切れ事故が発生した。

   山間部に位置するためか真夏には連日のようにあちこちで落雷した。治療中に落雷で電源が遮断されるのを避けるべく、落雷事故が予想される場合は予め治療を1時間程度中断している。しかし、あるとき不幸にも落雷事故に遭遇した。そのときには幸い照射中の患者はいなかった。治療再開は数時間後だったが、午後22時ごろまで掛かって当日の予定患者の治療は完了した。

   落雷対策として安定した電流特性を保証できるような自家発電装置は導入されてはいなかった。電力の用途が熱エネルギーならばディーゼル発電機で充分だが、当設備の場合は蒸気タービンかガスタービン発電機が必須となる。しかし、短時間で起動可能な1000Kw以上のガスタービン発電機を導入するよりも、今回のような対処法が頻度の少ない落雷対策としては現実的と判断しているようだ。

   ある日の朝、設備の起動・調整作業の段階で真空管の故障が発見された。真空管には3種類あり何れも米国からの輸入品だった。真空管といっても100Kg以上もありそうな大型だ。ガラス管ではなく金属管だった。真空管の寿命は1年余なので余備品が保管されていた。今回の小型真空管でも400万円、大型は1000万円以上もするらしい。

   午前中掛かって真空管の取替えと設備点検が終わった。待機していた当日の患者全員の治療も数時間遅れだったが、つつがなく完了した。日頃の設備維持管理関係者の対応力の高さを感じた。

[11]患者のがんの種類

   粒子線治療は新しい技術でもあり、開院当初から慎重にがんの種類も選び実績を挙げる努力を積み重ねて来たようだ。
 
   当医療センターでは2001〜2007年3月までに1478人の治療をしたが、陽子線患者1302人の内、701人が前立腺がん患者だった。2003年度は189/250、2006年度は174/514と徐々に前立腺がん患者の割合は低下し、頭頚部や肺・肝臓がんの治療が増加するだけではなく、治療しているがんの種類も徐々に増加してきた。

   医療部長の村上医師に『男性は前立腺がん、女性は乳がん。共に患者は多いのに、乳がんの治療は何故引き受けないのですか』と詰問。

   『乳がんは従来からの標準治療法が確立している半面、粒子線治療設備は全国的に大変少なく、手術が比較的難しい前立腺がんや他の種類のがん患者を優先せざるを得ない事情もあります。しかし、今後は粒子線治療センターが続々開業予定なので、実は当医療センターでも大学と連携を取りながら乳がんを取り上げようと検討中です』との回答。

   乳がんの治療法はかつての全摘手術(ハルステッド法)から乳房温存療法時代へと変わってきたが、陽子線を使えば乳房の完全温存が出来るので、私は最適な治療法と思っている。

[12]兵庫粒子線治療センターの大いなる挑戦

   当医療センターは阪神淡路大地震の前から県知事の強い信念の元に建設計画が推進されていた。日本では陽子線と炭素イオン線の両方の治療が出来る唯一の施設である。

   設備の稼働率を上げる闘いは導入当初から進められ、例えば陽子線と炭素イオン線の切り替え時間は導入当初の1時間から今や13分に短縮。9:00〜17:00までの勤務時間帯で当初は30人/日だったのが60人へと倍増し、来る8/15からは80人まで受け入れる予定だ。

   我が勝手な推定では80人/日の治療が出来れば、年間収入は20億(勝手な推定)。減価償却費10億(勝手な推定)、設備管理維持費5億(勝手な推定)、電気代1.4億(実績値)、人件費2.8億(実績値)となり、収支はようやく黒字化。今後続々とライバルがローコスト型の設備を導入し、治療費の値下げが実現しても、生き残れるのではないかと・・・。

   毎日の立ち上がり時間や夕方のシャットダウン時間の短縮、保守管理のための長期休院から毎月一回の定期点検体制への切り替え、治療室間の粒子線の切り替え時間の短縮、毎年延4000時間運転しながら消費電力を削減。放射線技術科や装置管理科のスタッフの不断の努力の下、目覚しい成果を上げているようだ。

   国内の先発粒子線医療センターとして、やがて開業する同業の福井県立病院や南東北病院からのスタッフの研修受け入れを、責務と考えて努力している当センターの評価が一層高まることを、お世話になっている一患者としても期待したい。

[13]がん患者の群像

   かつて学生時代に故岩崎松之助教授(勲二等叙勲・旧制七高校長のご子息・私に同僚の長女を紹介され仲人も引き受けていただいた恩師・貴族趣味の権化)が授業中の余談で『諸君、社会に出て以降、国鉄の自由席には乗るな。僅か100円の指定席料で人種が分かれる』と言われたのを思い出す。

   一方私は今でも新幹線の指定席料金500円で缶ビールを買い、自由席に乗る生活。三つ子の魂の呪縛からは開放されないのだ。

   当センターの患者は自己負担で治療費288.3万円とその他の経費を払う人達の集まり。一体どんな社会階層の人たちが治療しているのだろうかと、興味津々だった。早速出会う人ごとにさりげなく雑談を開始しながら謎解きに挑戦した。

   予想通り、オーナ経営者が多かった。野村證券が昨年夏に発表した推定値では、正味金融資産が1億円を超える人は87万人とか(真偽は不明)。我が周辺の元サラリーマン仲間で金融資産が1億円を突破した、いわば人生の勝ち組が意外に少ないことは、日頃の言動から察知している。日本の金持ちとは事業に成功したオーナ社長か一流会社の経営者・一握りの天下り官僚・医療関係者と土地成金だろうか。

   現役の会社員もちらほら。前立腺がん患者は元気溌剌とした人が何故か多い。彼らの異口同音の小さな悩みは、治療で2ヶ月間も会社を休んでいるのに、外観上余命幾ばくもない重病人には見えないことに有るようだ。『仮病ではないか』と同僚に疑われたくないのだ。

   元気そのものに見える前立腺患者10人余りに質問をした。『下半身を裸にされて網パンツを履き、固定具を取り付けられると、時にはもぞもぞして勃起して困ることはありませんか。勃起すれば固定具で陰茎が押し下げられて前立腺の位置が変わり、治療に支障が起きるのではないかと心配するのですが・・・』

   異口同音に『100%そんな心配はありません。陽子線治療と並行してホルモン治療を受けているためかもしれません。女性ホルモン治療を受けると個人差はあるものの、脛毛はなくなり、顔面の髭は薄くなると同時に頬が女性のようにふっくらとし、乳房が大きくなり、頭髪も増えるのですよ』と予期せぬ返事。村上医師は『マージンとして1cm確保しているため、仮に勃起しても心配はありません』と断言。

   でも、元エンジニアの私の信条は現地現物確認主義。患者は人前で勃起したなどの、はしたないことは答えたくないかも知れないと想像すればするほど、すんなりとは納得できなかった。そこでとうとう、毎日患者の治療に従事している技師に同じ質問をした。

   『私は数年間この仕事をしていますので、治療回数は1万回を軽く超えます。しかし、治療中に勃起した人は1人もいませんでした。仮に勃起したとしても、前立腺は骨盤内にあるので移動量は少ないと思います』

   前立腺患者は午前に治療を受けるため、午後は自由。近くにあるゴルフ場はハーフラウンドのプレイも引き受けるため、連日仲間を誘って暇つぶしにゴルフ。2組は集まるようだ。

[14]副作用

@ 陽子線

   6/27の内視鏡的手術の後遺症はかすかな違和感として継続していたので、粘膜保護のアルロイドGは毎食間に飲み続けていた。陽子線照射回数で7回目くらいまでは、内視鏡的手術の後遺症は続いていたものの、新たな副作用の自覚症状は全くなかった。

   しかし、その後徐々に唾液の嚥下時に食道に痛みを感じるようになった。お茶を大量に口に含み一気に飲み下すと一層痛みが増した。食ベ物の嚥下時にも強い痛みを感じるようになった。でも、何も嚥下しなければ今(8/13)でも痛みは全く感じない。軽い炎症が発生していると推定している。

   食事時間がどんなに掛かろうとも、十分に噛み砕き少しずつ飲み込むと何とか日頃の摂取量は確保できているし、体重変化もないので、暫くは注意深く治療を続ける予定だ。

A TS−1(抗がん剤)
 
   愛知県がんセンターの不破主治医の指示で7/5〜7/19まで抗がん剤を飲み続けた。一日飲み忘れたので2週間分を15日間で飲んだことになる。

   前半は何の副作用も感じなかったが後半になると、無気力症状・軽い下痢・食欲不振・性欲減退が起き始めた。無気力症状になると新聞を読む時間が半減し、好きな番組のテレビを見ても関心が薄れて長続きせず、パソコンで遊ぶ気も消滅した。しかし、これらには直接的な被害はない。

   7月中旬に日帰りで医療センターに出かけたとき、生まれて始めての体験をした。相生駅前の屋根付きバス停に辿り着いた。4人座れる椅子は満席だった。小雨が降っていたので椅子の前に立った。そのときである。

   70歳代と推定した白髪混じりのお婆さんがすっと立ち上がり、私に向って『どうぞ』と椅子を薦められた。『私はまだ60歳代です。自分よりも高齢のしかも女性から席を譲られる等考えてもいません。お構いなく』と言ったものの、とうとう強引に座らされてしまった。

   同日の帰途、名古屋駅で満員の地下鉄に乗った。定員7人の長椅子に6人座っていた。私の目の前の若者二人が腰を移動させて1人分の隙間を作り『どうぞ』と発言。

   私は気絶しかねないほどに驚いた。客観的に見て今にも倒れそうな老人と認識されたのだ。私は朝晩風呂に入り加齢臭を取り、髭をそり、当日は豊田そごうで仕立てた絹100%のジャケットを着、老いても矍鑠(かくしゃく)としている積もりだったのに。抗がん剤の副作用は表情を初め至る所に現れるようだ。

   あるとき、相生駅前のビジネスホテルに泊まった。夜半に便意を感じて目が覚めた。軽い下痢だった。パンツを履いた瞬間、お尻に冷たい感触。ふとパンツを覗くと下痢の痕跡。更に調べるとステテコ・寝巻きを通過してシーツにも下痢はうっすらと浸み込んでいた。寝小便ならぬ寝下痢をしていたのだ。

   昨秋胃の全摘手術をした友人ががん性腹膜炎の発症を防止するために、1年間の予定でTS-1を飲み続けたら無意識下の下痢が発生。爾後紙オムツの生活(今はオムツは取れているらしい)。陽子線照射中は抗がん剤の服用は中止させられているので、その後寝下痢は再発せず、抗がん剤の副作用は消滅した。でも、先が思いやられる。                                                                                                                                                                                                                                                                                           上に戻る
読後感その5

治療がすすんでいるみたいで安心致しました。

私も、人間いつどんな事になるのか分からないと思っています。自分の事でも、明日の事も、1秒後の事も分かりません・・・。

今はまだ本当に暑い日が続いていますので、体力を消耗しないように自宅で休息して下さいね。私は、この暑さで少し水分の取りすぎになってしまっています。

石松様のホームページ早速拝見させて頂きます。                           

@ 株式の掲示板で私の投稿を読んで励ましのメールを送っていただいた女性

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お元気な様子何よりです。冷静に現物を分析しておられる姿に感激。

早く一緒にゴルフが楽しめることを希望して止みません。

A ゴルフ仲間・いつも即日メールで返信をいただける方・関連会社の経営指導で東奔西走中

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その1

まずは、残暑お見舞い申し上げます。完全空調の病院から暑い暑い豊田市に帰られ体に堪えることでしょう。

早速、貴ホームページを開いてみましたがまだ載ってませんでした。これからということですか。

小生、この夏も名古屋の暑さから逃げるため、今年もここマレーシアに来ています。ここに居ると食事付きですので時間もあり、貴殿のホーム・ページもゆっくり読めますが載ってなくて残念でした。

何時病院に帰られるのですか。尊顔を拝してないのでなんともいえませんが、早速治療報告を書こうという意欲がおありのようで、まだまだ元気にいけます。ぜひ今度も癌に打ち勝って勝利報告を書いてください。

注。操作ミスです。ホームページに転載されていることは確認済みです、と返信。

その2

すいません、小生の早とちりでした。8月14日脱稿と思い、その日付けが見付からなかったので無いと思ってしまいました。6月11日脱稿の『がん、その2回目の挑戦』の中に見つけました。

いま3時間かけてゆっくり読みました。立派なドキュメンタリーです。面白い!相変わらずおえりゃお医者さんをはじめ病院の給仕さんまで、貴方の正論でやっつけておるところなど読む者には面白いが彼らはたまらんでしょうね。カルテにも『難しい人』と書かれていますが、本当だからしょうがない。

小生の友人(トヨタOB)が5年くらい前に兵庫県粒子線医療センターで、やはり前立腺がん(余命1年くらいといわれた)の治療をうけ、幸いうまくいき今はゴルフもやってます。彼も300万円くらいは安いものだと言ってました。

もう今日はまた治療でセンターに戻っておられるのですか。今度はいつでもメールは見ることはできるのですね。時間もあることですし、貴殿の好奇心と明晰な頭脳で面白いことをどんどん発見して分析して報告してください。そうしていれば癌の方も自然退散するでしょう。

B トヨタ先輩・工・奥様が永眠された後、温泉・食事・死ぬまでの医療介護つき1DKの老人ホームの利用権を購入済み・今は海外長期滞在型リゾートマンションでのんびり

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病院が夏休みで治療も中断のようですね。

癌は石松さんが癌に立ち向かう気持を失わない限り大丈夫だと思います。今後は癌と共存する気持になることが必要ではないですか。

私の知人で胃がんの後大腸がんの手術をした人は地中海クルーズの後、今度は夫婦でベネゼーラに行くそうです。

癌はストレスに起因すると言われていますので、くよくよせず毎日を笑顔で過ごされることをお勧めします。

テニスの際のビールはほどほどにした方が良さそうですね。                    

C トヨタ後輩・工・元ゴルフ仲間・超土地成金・東京で自己資産管理会社の社長

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健康については、どこか悪いか、これからもいつ悪くなるかです。

どこかが悪いほうが気をつけるので長生きすると言われます。何事にも好奇心、気力をお持ちなのできっと90歳までは大丈夫です。

D トヨタ先輩の奥様。夫婦で毎月のように海外旅行を楽しんでいる今尚元気なお婆さん

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報告書が山をこえたのであなたのHPを拝見。最下部の闘病記が6月脱稿とあるので先日は読まなかったが、最近の追加分を今日発見しました。

ガンはあっても体力気力ありのあなたは新幹線自由席でいいでしょう。相生停車のひかり岡山行きなら空いている。ジパング割引も使える。私も姫路の戦友会(故父上の代理出席)には利用しているダイヤ。

E トヨタ同期・工・経・元私大教授・ODA等の海外業務で多忙・スポーツは全くせず、無駄使いをせず、預金通帳の残高を眺めるのが最大の喜びとか!

                                               上に戻る                                                                                                                                                       
陽子線照射治療後編

[1]陽子線の加工処理


   体内のある位置まで高速で侵入した陽子線が急に速度を失うと同時に運動のエネルギーを放出してがん細胞のDNAを傷つける結果、がんが死滅するとの説明を何度聞いても、説明書を何度読んでも理解できない現象があった。

   私は自らの疑問点を医師や技師に言葉と絵で質問しても、表現能力の壁に阻まれて疑問の意味を的確に伝えることが出来なかった。第二外国語のドイツ語を使ってドイツ人に質問しているような不自由さが払拭できなかった。

   でも、須賀科長に諦めずに質問し続けた結果、やっと疑問が解けたので私流に以下に纏めた。此処までホームページに書いてきた内容については訂正する項目はない。

@ 質問の骨子

   立体形状をしているがん細胞の個々の位置で陽子線がエネルギーを放出し、がん細胞を取り巻く健常な細胞内で陽子線がエネルギーを放出しないようにするためには、どのように陽子線の流れを制御すれば良いか。

   高級カメラは一枚のレンズで作ることは出来ない。収差など幾何光学特有の課題を解決するために10枚以上もの目的の異なるレンズを重ねて光を通過させている。陽子線の場合には電磁気学的に前処理(説明が厄介だし、今回の質問への理解には不要なので割愛する)された均一に分布している陽子線を4種類のフィルタを通過させることにより当初の目的を実現させていた。

(1) Range shifter (陽子線の浸透度の制御板)

   治療の操作性を考えて、陽子線が体表面から体内に浸透する距離は25cmと20cmの二種類がある。小錦などの巨人を除けば通常の人の体の厚さは50cm以下との暗黙の前提だ。

   がんは体内の任意の位置に発生するので、体表面から浸透した陽子線ががん塊の直後の位置で速度を落とすようにするためにポリエチレンの板を通過させる。板厚は0.5,1,2,4,8cm。これらの板を組み合わせることにより、5mm間隔で15.5cmまでの板厚を確保できる。これをRange shifter と称している。

   Range shifter を使うことにより体内の任意の位置で、陽子線のスピードを落とすことができるようになった。Range shifter の厚さとほぼ同じ距離だけ体内での粒子線の浸透距離が短縮されるそうだ。

   (2) ridge filter

   Range shifter を通過しただけでは陽子線は体内の指定された断面で一斉にエネルギーを放出するだけだ。このままでは、がんが陽子線に垂直な平面に広がっている場合にしか意味を持たない。
   
   がんの塊をその前後の接平面で囲まれた空間内のどの位置(点)においても陽子線がエネルギーを失うように制御する板が ridge filter と称されるものである。

   アルミニウムを三角柱に加工し、20〜30個平面に並べると、洗濯板のような板ができる。この板は陽子線が垂直に当たるように取り付けられる。この板を通過した陽子線は通過した部分の板厚の約3倍の距離だけ体内での侵入距離が短縮されるそうだ。   
   
   三角柱の頂点を経由した陽子線はがんの最前面で速度を失い、三角柱の谷間を通過した陽子線はがんの最後面で速度を失い、三角柱の斜面を通過した陽子線はその場所のアルミの厚さに対応した位置で速度を失うことにより、所期の目的を果たす。
   
   このridge filterは三角柱の高さや幅など治療対象のがんに合わせて選択できるように30種類も作られ、同じものが5箇所の治療室毎に準備されている。使用頻度の高い ridge filter は予め円盤状の板の円周面に取り付けられていて、マシニングセンターの工具のように選択された物が自動的に陽子線の通過途中にある枠にセットされる。
   
   この原理は単純だが、最初に考案したBragg氏に敬意を表して、陽子線のピークの位置をがん全体に広げると言う意味でSOBP( spread out Bragg peak )と称している。

(3) コリメータ

   Range shifter と ridge filter とで加工された陽子線をその進入方向から見たがんの輪郭線に切り抜かれたコリメータを通すと、不要な陽子線が遮断される。
   
   80枚の金属板をスライドさせるタイプを複葉コリメータ、真鍮のブロックから放電加工で造られたものをコリメータと称している。

(4) ボーラス

   コリメータを通過した陽子線はボーラスを通過させることにより、立体形状のがん塊内でのどの位置でも均一に陽子線が速度を落としてエネルギーを放出し、健常な細胞は保護されることになる。
   
   4種のフィルタは説明の便宜上の順番に紹介したが、機械内部での配列は下記のとおりである。
   
   陽子線発生装置⇒電磁的前処理⇒ ridge filter ⇒ Range shifter ⇒ コリメータ⇒ ボーラス⇒ 体表面からがんまでの健常な部分(陽子線はここではエネルギーを少ししか失わないので無害に近い)⇒ がん ⇒ 体表面までの健常な細胞(陽子線はがん内でエネルギーを殆ど失っているので無害に近い)
   
[2]粒子線治療の特徴と限界

   粒子線治療はその原理から、頭頚部のように外科手術では人相までも変わるほど患者の肉体的な負担が重いがんや、前立腺がん・すい臓がん・食道がんなど手術の難易度の高いがんの場合、患者に福音をもたらす画期的ながん治療法である。

   しかし、装置の制約からがんの大きさは直径10cmくらいまでである。大きく広がったがん、転移したがんなどは対象面積が広すぎて治療できない。また、胃がんや結腸がんのように無意識下の蠕動運動で動く臓器のがんは位置決めができないために治療できない。

   装置の価格が高いため治療費が高く、粒子線でも治療が出来るが、在来の治療法が確立した乳がんや腎臓がんなどは各施設とも当面は治療対象にせず、粒子線の価値を発揮しやすいがんを取り上げているようだ。

[3]菱川院長の講演と質疑

@ 講演のテーマ

   入院患者は1〜2ヶ月で殆どが入れ替わることを考慮してか、毎月一回ある『患者との懇談会』との名称の院長の講演会が、8月度には8/17,11:00-12:00に開かれた。

   主たる内容は粒子線治療の解説と兵庫県立粒子線医療センターの沿革だった。私は講演途中に看護師から治療のための呼び出しがあり、最後までの聴講は出来なかったので9/13日の退院までの間にご回答いただきたいと書き込んだ質問書を看護師経由で提出した。

   当日の夕食直後に看護師から菱川院長がお待ちになっていますとの連絡があり、30分以上も質疑や雑談を重ねた。そのときの話題から幾つかを報告することにした。

A 設備の信頼性

   患者の立場からは設備の信頼性こそは最も重要な指標。須賀技師から設備導入以来の苦闘の成果はみっちりお伺いしたものの、国内6箇所の施設間の信頼性の比較データは未だ聞いていません。当医療センターのレベルは何番目くらいになりますか?

   残念ながら医学界にはお山の大将になりたがる人が多く、施設間の情報交換などは進んでいないため、他所のことはわかりません。しかし間接的では有りますが推定は出来ます。故障回数が多いと受け入れ患者数が増えません。

   当医療センターは今年600名の患者受け入れを目標にしていますが、日本一です。技師陣の努力により、どの週でも最低4日間は稼動できるようになり、一年中新患者の受け入れができるようになりました。

B 放射線医師の立場

   私(石松)は医師の花形は外科医。麻酔医や精神科医は成績の悪い学生がなると聞いたことがあります。日本には放射線治療の専門医は数百名しかいないと聞きますが何故ですか?

   各地のがん治療の基幹病院では外科医が実権を握り、新患者の診察をし、外科優先の治療方針で治療方法を選別し、手術したくない患者を放射線治療に回す傾向があります。つまり、放射線専門医を下請け扱いにしているようなものです。

   一方、近年の学生は楽な専門、例えば皮膚科等を選び、小児科・産婦人科だけではなく、肉体的にも厳しくハイリスクを伴う外科を敬遠する傾向が顕著になりました。その意味では粒子線治療やリニアックなどの従来からの放射線治療の役割が、従来にも増して浮上してきました。

   当医療センターでは村上部長が中心になって、各地の病院から紹介された患者の診察をし、真に粒子線治療が患者のためになるのか、従来からのがん治療法の方がベターなのか、過去の治療実績を踏まえて、患者と真剣に相談しています。

   序ながら、私も村上部長も以前の職場では放射線治療医として働き、食道がんも手がけてきました。当医療センターでの食道がん患者としては第一号になる私は、トップの2医師が食道がんの放射線治療の体験者と聞いて、心強く感じた。

   今後はがん患者の最初の診断窓口の使命を更に果たすべく、当医療センターも世間の期待に沿いたいと思っています。と、放射線治療医の地位向上への意欲満々の意気込みに拍手喝采!!

追伸。

   たまたま8月31日(金)の一時帰宅の車中で日経をめくっていたら、その26&27ページに『このままでは、日本から外科医がいなくなる』との見出しがついた『これでいいのか日本の外科医療』との座談会の詳細な速記録を発見。

   出席者は日本外科学会会長・国際医療福祉大学副学長・日本医師会常任理事・社会保険診療報酬支払基金理事。司会は東京医科大学副学長だった。

   その記事によれば1980年代後半をピークとして外科志望者数は現在3割減。汚い・きつい・厳しいの3Kを嫌い、救急がない・当直がない・がんがないの『3ない』の診療科が人気だそうだ。国民が医師を批判的に見る傾向が強くなり、医療訴訟・賃金・労働時間のバランスを考慮すると、外科医になることは非常に高いリスクに直面するとの意識が若い医師に芽生えてきたのだそうだ。菱川院長のお話にソックリだった。

   人の命を救うことに使命感を感じないサラリーマン医師に患者はどう立ち向かえば良いのか、いささかうんざりする課題だ。我が体験では、病院が供与しているメールアドレスの開示を求めても拒否する医師が増えてきた。愛知県がんセンターの不破副院長によれば、患者からのメールでの問い合わせに回答しても無償労働になるので嫌、というのが拒否する理由だそうだ。
   
C 非主治医制の価値(此処は、私の意見の表明に過ぎないが・・・)

   日本の殆どの中大型病院は主治医制を敷き、患者と医師とは一対一の関係となり、大勢の先輩医師の経験が活用されていないように見受ける中、当医療センターの非主治医制は大変有益と思いますね。

   数人から10人くらいの医師からなる小規模病院の場合、全員が集まり衆知を集める体制は患者にも大きなメリットがあります。同じ放射線治療医とは言っても、対象となるがんによっては夫々得意・不得意は出てくるし、勘違いに伴う医療事故防止にも役立つし・・・。

D 国内粒子線施設間の協力関係

   当センターとしての今後のテーマは?

   平成20年10月にオープン予定の福島県郡山の南東北病院も、引き続いてオープン予定の鹿児島県指宿のセンターも、三菱電機製の設備を導入するため、当医療センターを含めた3病院間で設備故障とその対策のデータベース(記録集)を共有し、相互に研鑽を深めるだけではなく、まさかの事故に備える話し合いもしています。

   万一設備故障、地震などの天災に遭遇して、長期に亘って治療が出来ない事態に至った場合は、緊急を要する患者からどんどん他病院へ送り込むことにしています。この種の連携は設備に共通性があるほどやり易く、将来的には5,6箇所間の連携に拡大したいと思っています。それが先達としての当病院の責務とも思っています。                      

   後日、須賀科長にデータベースを覗かせてもらった。単なる事故記録ではなく、キーワードで検索できるようになった本格的なデータベースだった。例えば『落雷』で検索すれば過去の総ての落雷に関する記録が表示された。

   データベースの設計にはどのような検索ワードを設定するか、後日の追加をどのようにして実施するか、データが殆ど存在しない時に後日の利便性から想定せざるを得ない。設備の故障モードの解析だけではなく、情報処理技術にも卓越した方が当センターにおられたとは、40年以上も前の電算機の黎明期に情報処理技術と格闘した私には驚きだ。

E トヨタ生産方式の導入?

   各種調査機関の発表では『トヨタ記念病院』の管理体制は高く評価されている。菱川院長はトヨタ記念病院の見学をしたそうだ。

   『トヨタ生産方式で使われている言葉には4文字が多いですね』。ビックリした私は『4文字?』と聞き返した。『かんばん、目で見る、にんべん、ごうぐち、ひきとり・・・』よどみ無く社内用語が口をついて出てきた。

   思い出せば私はゴーストライターとして、31年前の日本機械学会誌(昭和51年7月号)に『自動車工業におけるCAD/CAMの例』として、当社が誇る7事例の解説記事を書かされた。その筆頭に『特注仕様車の量産』を下記のように紹介。

   自動車に限らずいわゆる耐久消費財は、量産効果により低価格は実現したものの、仕様に対する顧客の選択の幅はいぜんとして狭かった。

   本システムは、この問題を解決すべく顧客が選択した機関・変速機・ボデー外観・内装・オプションなどの仕様をもとに、個々の注文車を組み立て、10〜15日後の納車を可能とした生産管理システムである。

   本システムが成功したかぎは、当社が永年にわたって改良を加え確立していた生産管理技術、いわゆるかんばん方式(注。当時、トヨタ生産方式という呼称は生まれていなかった)と、大規模なデータベースをリアルタイムに管理できる電算機とを接合させることができたことにある。

   かんばん方式は、後工程が必要とするだけの部品と数量を前工程にかんばんと称する伝票により加工指示し、前工程はかんばんといっしょに部品を後工程に納品することにより、組み立てラインから粗形材部門までの10数万に及ぶ全工程を同期化させると同時に、工程間の在庫をなくした生産管理技術の総称である。

   本システムの概要を図1に示す。***以下略***

   この解説記事こそがトヨタ生産方式が一流の学会誌にデビューした嚆矢である。当時の所属長宛てに講演依頼が殺到し、本人が困惑していたのを思い出す。トヨタ生産方式の確立者である故大野耐一氏からは、同じ組で一緒にゴルフを楽しんだ僅かの時間内でもいろいろな苦心談を聞かされていた私が『4文字』に何故気付かなかったのか、不思議でならない。社内でも耳にしたことのない発見だ。菱川院長が如何に深く同システムを勉強されたかの証拠だ!!

   入院患者の治療手順には下記のようにトヨタ生産方式が導入されていた。

   5部屋ある治療室の前には、テレビと長椅子が置かれた簡易待ち合わせ室が二箇所あった。各治療室の待機患者数(いわば在庫)は最大でも一名だ。

   待機患者を治療室に担当技師が呼び込むと同時にナースセンターへ次の患者の呼び出し電話を掛ける。看護師は病室か談話室にいる患者を探し出し、治療棟の扉の開閉用入室カードを渡す。患者は入室カードを使って治療待ち合わせ室まで移動する。この間、高々5分間経過するだけ。

   先発患者の治療時間は10〜30分(がんの種類により位置決め所要時間が変わる。頭頚部のがんは早いが、食道がんは20分前後)なので、到着した患者の待ち時間は5〜25分。でも自分の前に在庫の患者がいないので気分が良い。治療完了後にはナースセンターに入室カードを返却する。

   今日、多くの大病院は予約時間制を採用しているが、予約時間は当てにならないのが常。こんなに快適な気分を味わった体験は全くない。

   退院後、菱川院長におん礼のメールを発信したら、下記のメールを受信した。

   メールを有難うございます。先週末から5日間ワシントンのICRUの会議にオブザーバーとして参加していました。この会議で、炭素イオン線治療のレポートを作成しており4年後に発行される予定です。

   さて、装置は大事ですが、やはり人が大事であり、当センターの医療部長と技術科長は、私には過ぎた部下だといつも感謝しています。ただ、現在順調なので、この2年間でもう少し組織を見直して磐石にしていくつもりです。
  
   医師に対することですが、日本の医療は世界一だといつも思っています。ただ、医師の側にそれを説明する能力がなく、全く一般の方に理解されていない事が非常に残念な所です。

   私は、大学勤務から、他の医師に反対されたのですが、県庁の粒子線治療の準備室勤務を7年間しました。その間、役人や、装置開発の物理の先生たちやメーカーの方たちと付き合い理解できたことは次のことです。
   
   1)大学はやくざな世界で、県庁は組織機関であること。
2)各組織間内でしゃべっている日本語は、同じ日本語でもかなり違っており、他の組織では、誤解される事が多いこと。

   この経験を元に、講演では常にわかりやすい日本語でしゃべるようにしていますが、まだまだと感じています。
 
   時々HPを楽しんでいます。
                                                             
[4]8/15(14回目)〜8/25(22回目)治療の経過

@ 嚥下障害

   お盆の5日間、照射治療は中断。その効果か嚥下時の食道の疼痛は殆ど消滅したが、照射を開始すれば疼痛は直ぐに再発するのではないかと懸念していた。しかし不思議なことに爾後の9回の照射では疼痛は殆ど現れず、食事への支障は消滅。その上、食欲も治療以前にほぼ復帰し、精進料理に近い病院食では空腹を感じるようになり、お握りとか握り寿司やチョコレートなどで間食。体重は10日間に1Kg増加。

   入院後も毎食間に飲み続けている食道の炎症緩和薬『アルロイドG』の効果なのか、生体の陽子線への順応力なのか原因は全く分からないが、このままで残り14回が大過なく推移することを願うだけだ。

   入浴時に胸部を鏡で観察。薄い赤銅色をした長楕円形のマークが『ハ』の字のように刻印されているのが確認できた。陽子線が通過した位置だ。食道の真上にマークが無いのは、陽子線による脊髄への影響を避けるため左右から斜めに照射している結果だ。

A 複葉コリメータとボーラスの再製作

   20回の照射完了後に当初の計画通り患部をCT撮影。その画像を医師が検討した結果、照射範囲を少し狭めるために複葉コリメータの形状創生データを作り直すと共に、ボーラスも再製作された。

   最初はがんを取り巻く周辺への照射範囲を広めに取っていたが、狭めても充分だとの判断が下されたらしい。

[5] お見舞い客

@ 一般のお見舞い客

   粒子線治療は外科手術ではないため、患者は治療以前の日常生活と同じように元気なためか、お見舞い客は大変少ない。家族か親戚や知人が一回来院する程度。北海道・佐渡・沖縄・壱岐・九州各県出身者を初め遠隔地の患者の場合は、お見舞い客は殆ど来ないようだ。お見舞い客は患者が余りにも元気なためか、喜ぶどころか些かがっかりするようだ。

   当医療センターには、病院には必須の『霊安室』が何と準備されていないが、その理由を質問する価値も無いようだ。此処で治療中に死ぬ人はどうやら想定されていないようだ。

A 私のお見舞い客、その第2陣。

   去る6/19に拙宅で実施した『最後の晩餐』にお越しいただいた6名の方々のうち、持病の心臓病で外泊を見送られているトヨタ大先輩以外の5名(日進市・岡崎市・豊田市在住)が、遥遥車で8/21に駆けつけてくれて感激。

   更に当日の夜は日本三名泉の一つ、有馬温泉にて励ましの機会を用意してくれた。会場は、今流行の会員制リゾートホテルの一つ、『ダイヤモンドクラブ、有馬温泉ソサエティ本館』だった。

   トヨタ自動車はバブル崩壊後、健康保険組合直営の保養所を増設する代わりに、全国各地で利用できる会員制リゾートマンションの法人会員権を購入し、年会費を払う方法へと福利厚生関係の展開方針を変えてきた。

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蛇足。インターネットから。

三名泉。有馬・草津・下呂。

   徳川家康以下4代将軍に使えた儒学者・林羅山が、摂津・有馬温泉にて作った詩文集第三に「諸州多有温泉、其最著者、摂津之有馬、下野之草津、飛騨之湯島(下呂)是三処也」に由来している。しかし厳密には、室町時代の僧、万里集九がこれらを三名泉と既に書き残しており、林羅山はこれを追認したに過ぎない

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   これらのリゾートホテルの料金は食事代程度の安さ。当日はビール・日本酒・ワインの追加を含めてたったの6800円/人だった。露天風呂も改装されたのか美しく、周辺の景色にも満足。館内の自販機のビールはたったの230円。JRの車内販売価格の260円よりも安く、経営が成り立つのだろうかと、少しだけ心配になった。

   私は今春『余命幾ばくもなくなったと自覚したので、最早スーパードライなどドイツ人から見れば偽物ビールになるようなものは飲まないことにした。少し高いけれど、お気に入りのサントリーのザ・プレミアムしか飲んでいない』と発言していたのを記憶していた幹事が、プレミアムモルツを調達してくれていた心配りにも感動。
   
   今回の食道がんの治療開始以来約2ヶ月間、ビールを初め飲酒は殆ど中断していた。その影響からかアルコールの許容限界量は激減。僅か缶ビール1個でほろ酔い加減。急に睡魔に襲われ、お見舞い客には恐縮至極だったが、一足先に部屋に戻るや否や爆睡。
   
   翌朝、有馬温泉の中心街を散策。緑に覆われた山に挟まれた渓谷沿いに立錐の余地も無いほどに温泉観光ホテルが建て込んでいた。各ホテルとも駐車場の確保に苦労し、あちこちでは鉄骨製中層駐車場の建設ラッシュ。暫しの間、がん患者であることを忘れていた。


[6] 8/27(23回目)〜8/31(27回目)治療の経過

   今週前半の3回では嚥下時の痛みは殆ど感じなかったが、後半の2回では徐々に痛みが増してきた。痛みのレベルはお盆の連休前と類似だが、今回は土日の2日だけの休み。後9回の痛みの進行度が多少気になってきた。

   四年半前の食道がんの放射線照射治療と、今回の陽子線照射治療とではその副作用の現れ方には大きな違いがある。放射線の場合は嚥下時の痛みはなかったが、嘔吐感が強まり、遂には12時間以上もの連続嘔吐が始まり、数日後にはとうとう入院してしまった。

   今回の陽子線照射では、嘔吐感は全く起きなかった。6/27の内視鏡的手術以来、食道の粘膜保護薬『アルロイドG』を毎食間に飲み続けているが、その効果も多少はあるのだろうか。

[7]陽子線を照射すれば何故がんが死滅するのか、我が仮説

@ 既存の学説への疑問

   陽子線を照射すれば何故がん細胞が死滅するか、との説明は、各粒子線治療センターのホームページに記載されている。『粒子がDNAを傷つけ、細胞分裂の能力を失わせる』との趣旨で総ては一貫している。まるで最初の学説の孫引きをしているかのようだ。

   しかし、私にはこの説明に以下のような疑問を感じ、我が仮説を別項のように取りまとめた。

   陽子も炭素イオンも、周回していた総ての電子を剥ぎ取った原子核であり、その大きさは元の元素に比べれば極端に小さい。細胞の大きさと比べれば桁違いに小さく、原子核から見れば細胞は隙間だらけで難なく通り抜けられると考えられる。

   粒子線は人体に進入後、健常な細胞を通過する時には何らDNAを傷つけずに通過しているのに、がん細胞の位置に到着したら突然DNAに衝突してDNAを破壊するとの説明には、論理の飛躍が大き過ぎ何らかの補足説明が必須だ。

A 我が仮説

   人工衛星の速度(第一宇宙速度)は約7.9Km/秒である。我が概算では第一宇宙速度の飛行体が持つ運動のエネルギーは、その飛行体と同質量の原油の発熱量に偶々近い。

   概算式=1/2*m*V*Vエルグ=1/2*1g*(7.9*10**5cm)**2*10**(-7)*0.24cal=7,500cal/g
   (注。**は冪を表す演算子。例⇒10**5=10*10*10*10*10)

   粒子線は加速器で20万Km/秒に加速されているそうだ。人体に進入するまでは然して減速されないそうだから半分以下に減速されて7.9万Km/秒と仮定しても、何と第一宇宙速度の1万倍ほどもある。従ってその運動のエネルギーは同質量の人工衛星の1億倍に達する。

   この速度の陽子が1グラムあれば、100トン(1億グラム)の原油の発熱量と同じ量の運動エネルギーを持っているのだ。

   さて、粒子線治療器から一回の治療で照射される陽子の数は4000億個だそうだ。治療では各フィルタで遮断されるので、がん部分に到達する陽子数は高々2000億個と推定。がんの大きさを卵大の50グラムと仮定すると、がん細胞の数は500億個になる。がん細胞1個当たりの陽子数は高々10個に過ぎない。

   健常な細胞を傷つけることなくがん細胞に到着した陽子が速度を失うと、エネルギー保存則が成立する限り、膨大な運動のエネルギーは瞬時に熱エネルギーに変換される。その結果、極めて微少な時間に過ぎないが、陽子を取り巻く空間の温度は何百万度にも達し(比熱から計算されるが面倒なので割愛)、その周辺の水を蒸発させ爆発的に体積を拡大させる(実際の大きさは限りなく小さい)。

   しかし、エネルギーの絶対量は小さいので、瞬時に周りの水分により冷却され水蒸気は元の水に戻るが、がん細胞には小さな焼け跡の傷が残される。この照射を30回以上も受けると、一個のがん細胞には数百箇所もの傷が蓄積されることになる。

   此処までの推論では陽子一個ががん細胞1個に衝突してエネルギーを失うとの仮定で計算したが、現実には1〜10cm厚さのがん組織を縦貫するので、その縦貫路に沿ったがん細胞の数は1,000〜10,000個ある。従って、陽子が突き抜けて出来た傷の数はがん細胞1個につき、数十万個以上になる。

   ハツカネズミに空気銃の玉を1個打っても急所に当たらない限り即死することはないが、何十万個と打ち続けると最後には死に至ることは容易に推定できる。陽子1個ではがん細胞は死滅しなくとも衝突を繰り返せば、細胞の構成要素である細胞膜・染色体や原形質のあちこちに無数の傷が付き、DNAに直接命中しなくても、細胞の活性度が徐々に失われ、細胞分裂が止まり、結局はがん細胞の死に至ると推定したのだ。

   予定通りの照射が完了した時点で、総てのがん細胞が死滅しているわけではない。植物人間のように生きている瀕死状態のがん細胞が、細胞分裂を起こすこともなく寿命が尽きるまでには多少の時間が掛かる。粒子線治療の効果の判定は3〜6ヶ月掛かるらしいが、それは一種のタイムラグだと解釈している。

[8]陽子線治療で何故がんが消滅するかの、我が仮説の検証

   我が仮説の検証を放射線技術科科長須賀氏に頼んでいたら、下記の回答を得た。仲間数名と議論して纏めた回答だそうだ。

@ 陽子線の放出エネルギー

   陽子1個ががん細胞内で1cm移動すると、30MeVのエネルギーを放出する。
   1eV=38.3*10**-21cal

A がん細胞の大きさと重さ

   D=20μmと仮定する。
   W=D**3=(2*10**-3cm)**3=8*10**-9g

B 陽子一個が細胞一個に与えるエネルギー
   E=30*10**6(eV/cm)*2*10**-3(cm)=6*10**4(eV)
=6*10**4*38.3*10**-21cal=2.3*10**-15cal

C 陽子一個が細胞1個を通過したときの細胞の上昇温度

   C=2.3*10**-15cal/(8*10**-9)g=3*10**-7℃

   結局、細胞の温度上昇はないに等しい。従って細胞が陽子線で熱損傷を受けているとは思えない。

[9]須賀氏への我が反論

   須賀氏は極端に小さな陽子のエネルギーが細胞一個に均一に与えられると仮定しているが、そのためには熱伝導に充分な時間が必要だ。私は陽子のエネルギーを受け取る水分子は陽子に接触した少数の分子だと予想して、下記の計算例を示した。

   我が予想を模式化すれば、夜空に軌跡を残す流れ星のように、細胞内を通過した陽子による焼損跡が残るようなものだ。

@ 水分子一個の重さ

   W=水1モル/アボガドロ数=18g/(6*10**23)=3*10**-23g

A 水分子一個の大きさ

   D=立方根(3*10**-23)=3.107*10**-8cm

B がん細胞一個の大きさ

  がん細胞は1gで10億といわれているので、その大きさは10億の立方根の逆数(cm)になる。従って立方体と考えれば一辺は10μmになる。須賀氏の20μm説は座布団のように平べったい形状の細胞の場合には成り立つ。そのときにはエネルギー計算は20μmではなく、もっと薄い厚さになる。しかし、これは今回の議論では末梢的な問題だ。

C がん細胞1個の厚さに一列に水分子が並んだ場合の分子の数

   N=細胞の厚さ/水分子の大きさ=10**-3cm/(3.107*10**-8cm)=3.2*10**4個

   がん細胞の大きさの体積の中には水分子は、(3.2*10**4)**3=3.3*10**13。つまり33兆個にもなり、水分子の1/18の重さしかない陽子がこんなに膨大な数の分子にエネルギーを供給するのは考え難い。

D 我が仮説によるがん細胞への加熱温度

   陽子の大きさは10**-13cm。水分子3.1*10**-8cmの31万分の一。こんな小さな陽子が一番効率的に水分子に衝突したとしても、その水分子の数はがん細胞の厚さに一列に並んだ3.2万個だ。

   これらの分子全部にエネルギーを与えたとしたら、水分子の温度上昇は

   C=1.15*10**-15cal/(3.2*10**4*3*10**-23g)=1200℃

   がん細胞には陽子一個に付き分子一列分の焼け跡が残ることになる。

   蛇足だが、陽子が衝突する水分子の数が1個ならば、計算上だが温度上昇は3840万度になるのは自明だ。現実には陽子が何個の水分子に衝突するかは分からないので、衝突時の上昇温度は予想できないが、衝突できた水分子が少なければ少ないほど高温になる。

   須賀氏は来る9/4(火)に、陽子によってどの程度の温度上昇が発生するかの実験をしてくれることになった。超微小現象の実験をどのような装置でされるのか、その詳細は聞いていないが、今回の入院での最大の科学的な楽しみである。

[10]実験結果とその考察

   9月4日、当日の患者の照射治療が終わった午後5時半から実験を開始した。約1リットルの蒸留水を透明な円筒状の容器に入れて、治療台(ベッド)の上に安置した。蒸留水をがんと見なした場合に必要になるコリメータやボーラスも準備。

   円筒容器の中には0.01℃まで計測可能な温度計(センサー)を差し込んだ。直ぐ横に置かれた計器の電光表示盤にセンサーの温度はリアルタイムに現れるようにセットされた。電光表示板の赤い文字(数値)はカメラを介して別室の操作室にあるモニターに表示された。

   上昇温度を有る程度大きくするために通常の治療時の5倍となる10グレイの照射を掛けた。実験中、モニターの温度上昇の変化を凝視した。10グレイの放射能とは人が一度に浴びれば致死量になるほどの量だそうだ。

   水温の上昇予測値は、陽子1個が1cm水中を移動するときに失うエネルギーが30MeVとの仮定では、下記の計算で示したように 0.023℃。

   @ Δ℃=4000億個の陽子/回*5回分の照射*30MeV*10cmの消滅エネルギー/1000g
 =4*10**11*5*30*10**6*38.3*10**-21*10cm/1000g=23cal/1000g=0.023℃

   陽子が第一宇宙速度の1万倍の速度で飛んでくるとの、我が根拠無き仮定での運動のエネルギーが総て熱に変わったと仮定した場合の上昇予測値は

   A Δ℃=4000億個*1/2*m*v*v/1000g
      =4*10**11/2*(1/6*10**-23)*7.9**2*10**20*0.24*10**-7cal/1000g
      =0.050℃

   @とAの差は本質的ではない。Aで仮定した速度7.9万Kmを5.36万Kmに変えれば済む話だ。

   約5分間の照射実験中に水温が約0.02度上昇した。予想通りだったと一瞬思ったが、ぬか喜びに過ぎなかった。実験後10分間で更に0.02度程度水温が上昇した。但し、温度の上昇速度は照射後では半減した。

   蒸留水は長時間室内に置かれていたが、室温で少し加熱されたと推定せざるを得ない。水温が室温に近づけば温度の上昇速度が低下するのは当然の現象だ。その分を考慮すると、10グレイの照射に伴う水温上昇は無きに等しかった、と判断せざるを得ない。   

   この実験結果はどのように評価できるのだろうか?

   別の視点から検討した。1グレイとは1ジュールのエネルギーと同じだ。10グレイの照射では2.4calのエネルギーが照射されることになる。上記の計算値@の10%だ。照射エネルギーは照射対象の直前に計器を置くことにより確認されていたので10グレイに疑いの余地はない。疑われるべきは4000億個だ。そこで、またもや須賀科長に『どのようにして4000億個の陽子は数えたのですか』と質問。

   氏は設備の検収時にメーカが提出した資料から複雑な計算式を取り出し、測定値を使って加速装置の出口での陽子の数を改めて算出したら何と『800億個』になった。実験台の対象物に到着する陽子の数は、コリメータ等の各フィルタにより半減するので最終的な陽子の数は『400億個』となった。つまり、最初に聞いていた数値『4000億個』はどこかで桁間違いを起こしていたのだ。

   この結果、水温の上昇を測定するには0.001℃まで測定できる温度センサーが必要だった、と理解できた。

   結局、この実験では細胞内の分子レベルでの局部の温度上昇は分かるはずも無かったが、私にとってはがんなどすっかり忘れて、応用自然科学(工学)を学んだ半世紀前の感動を身震いしながら久方ぶりに味わえた。ややこしい指数計算のチェックをするために2,100円の高給電卓を購入し、何度か検算を繰り返したが、計算間違いがどこかに残っているかもしれない。

   それはともあれ、多忙な業務に追われている中にも拘らず、一患者の我儘勝手な質問に実験まで準備して対応していただいた須賀科長と関係者に心から感謝。

[11]兵庫県立西はりま天文台公園

   多くの入院患者、中でも前立腺がん患者には元気な人が多く、治療時間以外の時間の過ごし方に苦労している。病院に蟄居させられているのも同然なので、余りにも退屈なのだ。

   あるとき、福岡市在住のオーナ社長山本氏から『天文台の見学に行きませんか』、と誘われた。『天文台? 兵庫県で天文台と言えば明石ですか?』『いや、この近くにあるのだそうだ』。インターネットで調べたら、噂の天文台は直ぐに発見できた。

   私は今まで粒子線医療センターの近くに立派な『兵庫県立西はりま天文台公園』があるとは夢にも思っていなかった。更には勝手に明石市には東経135度を記念して、ちゃんとした天文台くらいはあるだろうと推定していた。しかし、これは単なる思い込みだった。明石市にあるのは『明石市立天文科学館』に過ぎなかったのだ。

   天文台は医療センターのある『たつの市』に隣接した北部の『佐用(さよう)町』にあった。山本氏は福岡市から愛用の日産シーマを500kmも運転して来院されていた。退屈しのぎに当地で使えればと遥遥運転して来られたのだ。とは言え、週末の一時帰宅は疲れる車は病院に置いて新幹線だった。

   ここの天文台の諸設備のうち最も有名なものは『なゆた望遠鏡』だ。インターネットから紹介記事を以下にコピーした。見学は無料。壮大な規模の望遠鏡の外観を真下や真横から暫し見とれた。

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   兵庫県立西はりま天文台に、口径2mの反射望遠鏡「なゆた」が完成して、2004年11月13日から一般公開が始まりました。日本国内では最大の望遠鏡であり、公開を目的とした望遠鏡としては世界一の大きさです。

   公開天文台のパイオニア的存在である西はりま天文台には、口径60cmの反射望遠鏡があり、一般を対象とした観望会に、また学術研究にも用いられてきました。60cmの望遠鏡のスタートから14年、さらに遠くの宇宙を探るべく、新たに口径2mの反射望遠鏡プロジェクトが立ち上がりました。

   2m望遠鏡プロジェクトは、2001年にゴーサインが出され、2003年1月から新天文台の建設が始まりました。望遠鏡の組み立ては12月から始まり、2004年2月にはフランス製の2m主鏡が装着され、エンジニアリングファーストライトに成功したのは3月でした。その後、光軸を調整するハルトマンテストなどの後、この度の公開開始を迎えました。

   口径2mの大きさは、日本国内にある望遠鏡としては、一番の大きさです。それまで日本で一番であった国立天文台岡山天体物理観測所の188cm望遠鏡の記録を44年ぶりに更新しました。また、この望遠鏡は一般を対象とした公開に用いられる望遠鏡としては、世界最大の大きさです。

   2m望遠鏡は、すばると同様の円筒形エンクロージャーに格納されています。2m望遠鏡の高さは約7m、幅約8m、総重量は約40トンです。

   2m望遠鏡には、観望用の眼視観望装置の他にも、ハイビジョン超高感度カラーテレビカメラ、可視冷却CCDカメラ、3波長同時観測近赤外線カメラが装着され、研究用の観測に使用されます。眼視観望装置で覗いて見た場合は約14億年先の銀河が、また可視冷却CCDカメラを用いると「宇宙の水平線」と呼ばれる約140億光年先に天体があるとすれば、計算上は撮影が可能です。

   一般の方を対象とした観望の他にも、2m望遠鏡は学術的な成果を出すため、さまざまな分野のテーマが検討、計画されています。さらに研究者のみならず、一般の方が研究観測に参画するプロジェクトも検討されています。

   ところで、西はりま天文台2m望遠鏡には、「なゆた」という愛称がつけられています。これは、サンスクリット語に由来し、10の60乗を表す数量を意味しています。3651通の応募の中から、愛知県岡崎市の高校生の応募作品から選ばれたものです。

   2m「なゆた」望遠鏡の一般の方の観望や利用に関しては、西はりま天文台に問い合わせてください。

   注:このアストロトピックスは、兵庫県立西はりま天文台の鳴沢真也(なるさわしんや)さんにいただいた原稿を元に作成しました。
                                                                                           ================================
 
   私は、西はりま天文台は県民の啓蒙活動に使っているだけかと思っていたら、嘱託研究員が立派な仕事をしていて驚いた。当天文台の見学をしていなければ下記の記事は見落としていた。

くじら座に超新星発見 兵庫・西はりま天文台研究員(2007年09月13日22時31分)

   兵庫県佐用町の県立西はりま天文台は13日、嘱託研究員の内藤博之さん(29)が10日夜、国内最大の望遠鏡「なゆた望遠鏡」(口径2メートル)でくじら座の銀河内に超新星を発見し、国際天文学連合に認定されたと発表した。超新星を最初に発見したのは国内で17人目、近畿では初めてという。

   発見された超新星は18.6等級で、距離は国内で発見された中では最も遠い5.6億光年。同連合によって「SUPERNOVA2007ig」と命名された。

[11]突然のお見舞い客(9月7日・金曜日)、第三陣

   週末の一時帰宅準備をしていたら看護師から『お見舞い客が来られた』との連絡があった。事前連絡もなかったし、退院も近いのに誰だろうと不思議に思いつつ談話室に向うと、トヨタ同期生(経)大田英俊氏だった。氏の姓は太田の誤植にあらず。

   45年前、昭和37年4月1日(日曜日だったので入社式は4月2日だった)入社の同期生約90名は、突貫工事で3月に完成したばかりの第二豊和寮へ3月30日に入った。当時としては珍しいセントラルヒーティングつきの贅沢な個室だった。同期生ばかりの寮だったが、夫々適当に友人の輪を広げ、自然発生的にいろんなグループが形成された。

   大田氏とは残念ながらお付き合いを始める機会もなく、職場(建物)が一緒になる機会もなく、一緒に何かで遊んだ記憶もなかったが、かろうじて顔と名前を思い出せた。氏は何故か毎年一回開いている同期懇親会にも出席されず、実に45年ぶりの劇的な再会だった。

   氏は定年前に縁あって郷里(芦屋市)近くの『トヨタL&F兵庫』(フォークリフトの専売店)に出向・転籍⇒社長。勤務地が粒子線センターのすぐ近くだったからと言いつつ、古びた業務用車『セルシオ』で来院。挨拶も終わらないうちに我が治療開始の呼び出し。已む無く30分もお待ちいただいた。

   談話室のパソコンを使って、何れ氏も遭遇するかも知れないがんに備え、『粒子線治療。http://www.juryushi.org/index.html』のホームページを開いてがん治療の解説。続いて、快適な病室を案内していたら予期せぬことに、ガラスの容器に密封された貴重な『プリザーブドフラワー』をお見舞いに頂いた。

   プリサーブドフラワーは、毎月JCBのゴールドカード保有者に送られてくるロイヤル・ステージ社の通販雑誌に紹介されているが、永久保存ができるように加工された瑞々しさを失わない生花の総称。フランス人の特許だが、最近は国産品も売られている。いつかは買いたいと思いつつも高価すぎて見送っていた花だ。嬉しくて、うれしくて・・・。退院後は食卓の中央に安置し、食事の度に鑑賞している。

   氏に『曾(ひい)爺さんになれそうですか?』と尋ねると『結婚が遅かった。20代の1人息子は独身。まだ爺さんにすらもなれない。心臓外科医の長男には医療への使命感が感じられるので嬉しい』そうだ。過去20年、外科医の希望者は減り続けているのに、平均死亡年齢が最も低い心臓外科医(愛知県がんセンターで聞いた情報。ストレス過多で早死にするのだそうだ)を目指す好漢に拍手喝采!

   氏は帰社序に相生駅までセルシオで送ってくれた。道中、漢方の一角を占める『気』について熱弁。私にも何と『気』が感じられるとの嬉しいご託宣。氏によれば『病気など、***気』とか『気合など、気***』と言う言葉は無数にあるそうだ。

   早速、インターネットで『漢方、気』をキーワードにして検索すると193万件もの記事が現れた。例えば、


漢方医学を生んだ古代中国の基本的な考えに「気」という概念があります。電気・蒸気という言葉があるように、「気」とは我々の目で見ることはできないけれども、物を動かしたり破壊したりすることができるエネルギーとも言えるでしょう。

また、勇気がある、覇気がない、気力がない、気落ちする、気持ち良い、元気である、気分が悪くなる、などと言うように人間の精神状態や肉体的状態に「気」という目に見えないエネルギーが大きく作用していることを示しています。

古代の人々は病気を文字どおり気が病んでいると考えたのだと思います。これはいわゆる「病は気から」という単純なことではなく、人間の体内にある、目に見えないけれども身体を動かし肉体の生理的平衡状態を保ち、精神状態をも整えている気が病的状態にあることを意味していると思います。

つまり、病気の治療とは気を整えること(気の流れを良くする・気の偏りを整える・気を補う・気を増すことなど)により元の健康状態にもどすことを意味します。

そして、病因の内部要因、身体のどこに病気につけ込められるすき、生体の防衛機能の崩れ(気の異常)があるのかを考え、気を整えることで生体の防衛機能を高め病気を治すことを考えたのでしょう。

   私は漢方医学の価値は分からないままだったが、漢方を使っての氏の励ましが無性に嬉しかった。おん礼のメールを発信したら、下記の励ましのメールを頂いた。

   9月13日に予定通り無事退院されたことと存じます。粒子線治療が100%有効でありますよう、心よりお祈り申し上げます。

   本当に久方ぶりに貴台にお逢いでき懐かしく且つ大変嬉しく思いました。2度目の癌治療との事ですが、石松さんの
気力を持ってすれば必ずや敵は退散するものと確信いたします。この世には所謂科学だけでは解明できないことが、まだまだたくさんあるように思います。その一例が『気』のような気がします。
    
   
病気はまさに『気』の病ですよね。覇気・根気・勇気・活気・鋭気・生気・・・を持って血気さかんな石松さんが、本気元気平気病気を制圧されんことを祈ります。呑気生意気な男のアドバイスと思って聞き流してください。全快祈願。  

[12]Spring-8(高輝度光科学研究センター)の見学

   暇つぶしに福岡市から来ていた山本氏と患者二人の合計4人で氏のシーマに乗って播磨科学公園都市』の中核施設『Spring-8』の見学に出かけた。事前にトヨタOBと名乗って電話で見学を申し込んだ。施設へのゲートでは見学者用の入退場記録ノートへの記帳は不要、と言われてフリーパス。定年退職後であっても、世界各地でトヨタOBと名乗るだけで、ちょっとだけだが待遇が異なる体験はしばしば・・・。

   施設の愛称はspring(春・ばね・泉)から取ったのではなく、Super  Photon(光子)  ring-8 GeV の短縮語。GeV(ジェブ)とはギガ電子ボルト。8GeVとは、ここの施設で加速された電子の運動のエネルギーが8GeVになるとの意。世界最大の装置だそうだ。二位は米国の7GeV、三位は欧州の6GeV。建設費は1000億円強。粒子線センターの10倍だ。理化学研究所が中核となって建設した。

   理化学研究所は国内最大級の国立研究所。平成19年度の予算は約894億円。我が母校九大の平成19年度の予算1142億円から病院の収入255億円を削除した887億円や東北大学の平成18年度の決算1137億円から病院の収入236億円を削除した金額901億円に近い。主任研究員の任命条件は旧帝大の教授と同格らしい。

   原理

   全長140mの直線からなる線形加速器で電子を1GeVまで加速⇒周長396m(陸上競技場のトラック並)の楕円形をしたシンクロトロンで8GeVまで加速⇒周長1,436mの巨大な円形加速器(蓄積リング)に電子を蓄積⇒62箇所のビームライン(48本稼働中)から目的に応じた周波数特性の、太陽(直射日光)の1億倍もの明るい光(放射光=電磁波)を取り出す。

   成果

   和歌山の砒素入りカレー事件で患者から採取した砒素と被告人の家から押収した砒素化合物とが同一物質であると特定できた。患者(髪?)から取り出した砒素化合物は、従来の検査法では微量過ぎて分析できなかったのだそうだ。

   自動車用触媒の自己再生現象を解明し、触媒の寿命を画期的に改善し、貴金属資源の大幅な節約にも寄与した。

   模型や研究成果が展示してある展示資料館で中年職員による説明とビデオで勉強した後、若い女性職員による施設内の案内を受けた。室内見学の後マイクロバスに乗り、蓄積リングの周りを一周した後、広大な敷地内も見学。延見学時間は2時間。  

   課題

   世界的にも貴重な設備なので数百人もの関係者が24時間体制で実験を続けている。年間維持管理費は約100億円。関係者のために仮眠所・体育館・サッカーコート・オムニタイプのテニスコート・宿泊設備・寮・家族アパートも完備していたが、草ぼうぼうのサッカーコートは使用されているのか疑問。

   当科学公園都市は、40年前の1967年に閣議決定後に着工した筑波研究学園都市のミニチュア版だ。筑波には当初約1兆円を掛けて国立の主だった研究機関や筑波大学を移設したが、教育・娯楽・商業施設などが不足し、単身赴任者が激増。自殺者や鬱病患者が激増し社会問題化したが、2005年には念願のつくばエクスプレス線も開業し、西武百貨店やジャスコも進出。やっと生活インフラも充実してきた。

   案内の女性に『筑波の二の舞になっていませんか?』と質問。『その対策として、スポーツ施設なども準備されました。でも、高齢の独身研究員が大勢います。結婚難です』。『貴方から見て、研究員に魅力はありませんか』。『とても、とても・・・』と口を濁した。

   施設内の見学コースの途中でコントロールルームが窓越しに覗けた。何かの打ち合わせ直前だったのか30人くらいの男性が集まっていた。女性がいないとこんなにも身だしなみが悪くなるのかと驚く。床屋に行った痕跡のない男、無精ひげの男・・・。この中に世界的な研究者がいたのかは不明だが、何とみすぼらしい風采か!

   バブルの頃からトヨタ自動車が生産現場に少しずつ女性社員を投入し始めた。男性の身だしなみ、行動などが急に良くなったそうだ。紅一点の効果だ。我が長女(東京女子大卒)が生産管理部に配属された後、2ヶ月間作業ラインで実習をさせられた。ほどなく、男性作業員が何度か自宅に電話。『お嬢さんとお付き合いさせて下さい』。『そんなことは、本人に申し込みなさい』と答えながらも、私は困惑。

   同じ現象は粒子線医療センターでも起きるのでは?と、私は危惧した。いくら自然環境に恵まれていても、一家の主(あるじ)として家族を支えていくためには、職場だけではなく社会的な生活インフラも必須だが、人口過少の僻地での充実化は採算的に難しい。

   私ならば、5割り増しの高給を貰っても残念ながら就職したくない地域だ。今後の人材募集で困らなければ良いがと・・・。嘗てのソ連ではシベリヤ勤務の労働者の給料は2倍にしたそうだ。

[13]入院体験の総括

   超有名人や政治家には何かに困ったとき仮病を使って病院に雲隠れする人もいるが、庶民は治療以外の目的では入院しない。みんな病気治療のために已む無く入院するのだ。そのような患者に取っての日本の病院とは、未だ快適な環境(ホテルや自宅)からは程遠い状態だ。

   国力相応の環境と諦めればことは簡単だが、病棟の建設や運営費に比べれば微々たる費用で心理的にはかなり改善されると思えるのだが・・・

@ 疲れてしまう入院生活

   休息時に一番重要な備品は椅子だ。病室や食堂の椅子とか談話室の椅子や長椅子は長時間使用すると何故か疲れた。自宅の書斎の椅子は結婚と同時に飛騨家具に変えた。居間でテレビを視聴する際の椅子は、カリモク(日本一の家具製作会社である刈谷木材工業製品のブランド名)の総皮張りの安楽椅子に変えた。これらは何時間連続して使っても疲れない。座り心地が違うのだ。

   院内では治療・食事・入浴・睡眠以外の時間は持て余すほど長く感じた。しかし、病室や談話室の椅子には長時間座り続けることは、私にはとうとう出来なかった。そのためか読書にも殆ど意欲が湧かなかった。その結果、昼夜を問わずベッドで寝たままの暇つぶし。一日中、寝たり起きたりしていると、短くて浅い睡眠を何度も繰り返す結果となり、いつも眠かった。
   
   寒がり屋の私は空調完備の部屋では寒く感じられ、掛け布団は二枚にしてもらった。同室者は前立腺がん。ホルモン治療を併用している同室者達は汗掻きになり、ある人は小型の扇風機を持ち込んだ。そのため、我が快適温度に室温を上げるのは遠慮した。パジャマに着替えると一層寒くなるので意を決し、睡眠中も外出着のままベッドに潜り込んだ。野宿同然の日々だった。

A 些細な不満

   『入院のしおり』と記された本文がA4*8ページの説明書を受け取った。平成18年2月の改定版だった。此処から削除・追記して欲しかった項目や要望事項があった。

   削除対象。

   洗面器持参と指示されていたが、風呂場には洗面器があった。洗面器のような体積の大きな品物を無理して持参したのが馬鹿馬鹿しかった。印鑑と連帯保証書持参と記されていたが、不要だった。

   追記対象。

   通院患者やお見舞い客も事前に申し込めば食堂で患者と同じ定食を食べられると知ったのは、入院後だった。当初はビジネスホテルからの通院だったが、昼食はビジネスホテルで用意してもらった握りずし弁当を持参した。

   要望事項。

   病院内では自動洗濯機が200円で使える。しかし、百円玉を切らしていると使えない。病院から相生駅までのバス代金690円は現金払い。バス内での両替は1000円札のみ可能。一万円札しか持っていない時はバスにも乗れない。
   
   病院内の会計事務所に両替を頼むと拒否。売店(週日、11:00〜13:00のみ開店)で不要なものを買ってお釣りを手にしたが、時間外では患者仲間での両替もしばしば。両替機の設置を退院時に村上部長に提案した。

   領収書の中の入院費は1か月分の合計値が記されているだけだった。患者には計算ミス(インプットミス)の有無の確認が出来ないので、集計根拠を質したが会計担当者は答えられなかった。村上部長に患者がチェックできるような領収書作りを提案した。

   退院後、拙宅に入院費の原単位表とその説明書が送られてきた。その内容のきめ細かさには些か驚いた。

   在院日数、入院患者と看護師の人数比率、正看護師比率、看護配置加算、算定医療機関ごとの入院基本料、看護補助加算、療養環境加算(同じ4人部屋でも面積によって病院ごとに異なる)、外泊時の基本料など、誰が考えたのかその項目の多さに驚いた。

   しかし、以上の合計値として私の場合、入院時は991点/日、一時帰宅時(完全にいない土日)は143点/日。その結果、9月の入院費=(991*9+143*4)*10*30%=28473円になるそうだ。領収書に書くべきデータは、最後の計算式で使う数値、991,9,143,4で充分とは思うが・・・。

B 退院準備

   入院しているといつの間にか誰でも荷物が増えるようだ。多くの患者は退院日には奥様が荷物運びを兼ねて来院。仲間に挨拶。金持ちの奥様には不思議なことに何故か美人が多い。馬子にも衣装? 金さえ掛ければ誰でもある程度は変身できるかのようだ。

   此処の入院患者には退院日にお菓子類を談話室にプレゼントする習慣があった。毎日何人か退院するので茶菓子が切れたことは無かった。私も一時帰宅の折にJR名古屋高島屋で駄菓子を調達。

   私は退院一週間前の一時帰宅日に荷物の半分を持ち帰って身軽にした。更に入院中は足を使う生活を殆ど中断していたので心配になり、退院の前日に体力の確認を兼ねて1時間15分の散歩に初めて出かけた。当センターには糖尿病患者が意外に多く、彼らは毎朝几帳面にも1時間の散歩を日課にしていた。誰でも命は惜しいらしい。

   センターの裏手の山の斜面伝いに遊歩道が整備されていたが、誰も使わないのか蜘蛛の巣だらけ。推定高度差100mの下りを1Km歩くだけで汗びっしょり。帰途はセンターラインが引かれた広い坂道を遠回りしながらテクテクと2Km。延ベ3Kmの坂道を不自由することも無く歩けたので、一安心。   

C 医師による、今回の治療の総括と今後の対応の説明

   退院日に村上部長から『患者カルテ(自分のカルテ)』と書かれたファイルを手渡され、詳細な経過報告を受けた。ファイルの中には9種類の書類が入っていた。

   連絡先一覧表・・・・・・・・・・・A4一枚
   治療終了にあたり(注意事項)・・・・A4一枚
   診療情報・・・・・・・・・・・・・A4一枚
   照射録・・・・・・・・・・・・・・A4二枚
   治療計画画像(写真5枚)・・・・・・A4一枚
   照射終了後の予定(8回分)表・・・・A4一枚
   問診表・・・・・・・・・・・・・・A4一枚
   粒子線医療センターへの連絡簿・・・A4一枚
   血液検査6回分の結果・・・・・・・A4四枚

   このファイルにはクリアファイルが20袋あり、まだ余裕がある。今後は指定された日に愛知県がんセンターへ出かけ、問診・血液検査・頭部MRI/CTを受ける。それとは別に私は同時に内視鏡によるルゴール染色法による検査も受ける予定。その結果の資料は、当ファイルに入れて宅配便で医療センターに送付。医療センターではコピーを取りカルテを更新後、私宛に返送する。

   これらの作業により、がんセンターと医療センターとはそれぞれが同じカルテを保有し、双方の医師が経過観察や診断に役立てることになる。

D 総治療費
   
   愛知県がんセンターで6月1日に受けた内視鏡による検査から、兵庫県立粒子線医療センターの退院日(9月13日)までの総医療費は下記のように、概算350万円掛かった。お金で命を買ったつもりだが、期待通り少しだけ余生が延びるのだろうか? 結果は半年〜1年後に判明する・・・

愛知県がんセンター(144,410円)
   6月・・・94,830円
   7月・・・49,580円

粒子線医療センター(3,074190円)
   7月・・・37,640円
   7月・・2,883,000円(陽子線治療費)
   8月・・・109,820円
   9月・・・43,730円

ツカザキクリニック
   7月・・・27,810円(PET)

合計・・・・・3,246,410円

   上記のうち、がんセンターの6月分と医療センターの8月分は高額療養費(月に80,530円を超えた金額、合計43,590円)が還付されるので、自己負担金は最終的には320万円となる。

   それ以外に医療センターまでの11回分の交通費に7泊分のビジネスホテル代や外食費を加算すると概算350万円といったところか。

E 社会復帰 

   引退老人にも社会復帰はある。切りよく9月末までを目標に自宅内で、溜まっていた種々雑多なこまごまとした用件を片付けた。庭や家庭菜園の手入れ、山のようなゴミの処理。冷蔵庫を買ったら、古い冷蔵庫の安い処分先探しに手間取った。販売店のエイデンでは5,535円だったが、輸出業者との取引業者を探したら、3,600円で引き取ってくれた。

   退院祝いを兼ねて北海道から通販で大物ばかり、活タラバガニ3.8Kg、活毛蟹1.1Kg、活花咲蟹1.3Kgを取り寄せ、近隣在住の子供一家二組と一緒に食べようと提案したが、宅配指定日の日曜日(9月23日)は都合が悪く誰も来ないと判明。食べるのが急に面倒に感じたので、外出直前の次女一家にタラバガニを同日午後届けた。活なので早く食べてくれないと価値が激減する。

   いよいよ、10月1日を期して元の生活に戻る決心をした。10/1〜10/2には荊妻と尾瀬にミニ旅行。10/3からの水土日はゴルフとテニスに復帰する、と夫々の仲間達に一斉に連絡。

   しかし、本当に心待ちにしていたのは海外旅行。今春、9月26日出発の南部アフリカ8ヶ国旅行を申し込んでいたが、今回の食道がんが発見された直後にキャンセルした。治療期間も治療後の体力も予測できなかったからだ。でも今や、来春から海外旅行を再開しても大丈夫と判断。残された人生は願望を込めながらも、長くて10年間と見積もり早速情報収集。

   一度に沢山廻れるコースを探した。世界一周の船旅では内陸国は殆ど省かれ、訪問済み国の沿岸都市が多すぎるため魅力が薄れた。結局、昔ながらの団体旅行を個々に選んだ。しかし、過去の体験や体力面から旅行期間の上限は3週間。

ユーラシア社

   西アフリカ・黄金海岸6ヶ国(798,000円)、16日間
   アラビア6ヶ国(848,000円)、14日間
   中米7ヶ国大縦断(748,000円)、19日間
   魅惑のカリブ4ヶ国周遊(778,000円)、13日間

トラベル世界

   南部アフリカ8ヶ国大周遊(998,000円)、20日間   

   以上の5コースで合計31ヶ国になるが2ヶ国(南アとカタール)は既に訪問済み。でも29ヶ国回れば累積99ヶ国になり満足。

   その後は10日間以内で廻れる1〜2ヶ国コースの中から、行きたい国を選んで10回くらい出かければ我が人生に悔いはなし。日本人観光客が大勢押しかける人気コースに比べれば、足掛けでも日当たり5万円となる僻地コースは、多少は高くなるがやむを得ない。賢人各位、どなたか一緒に行かれませんか?
 
   今年は公設賭博市場(東証)での賭博稼業で泡銭(8月17日現在。31,761,296円)を獲得したので、私には今回の治療費や海外旅費等は端金(はしたがね)に過ぎない。でも三つ子の魂の呪縛が災いするのか、ビジネスクラスとか一人部屋を選ぶ心境には残念ながらどうしてもなれない。
                                                                                                                                            上に戻る
読後感その6
                      
その1

高橋と申します。長野県です。本日初めて、株式の掲示板経由でホームページを見ました。初めてお便りします。私の妻も2年前にがんで亡くなりました。今株で非常に負け混んでいます。いい銘柄ないですかね。

その2

お忙しいところ返信有難うございます。さすがに仕手の空売りは、怖いですね。54歳になります。30年位前から株しとりますが、2年前の相場とは、まるきり違い一割以下の人しか勝てない相場です。いま仕手の小康状態狙ってます。丸山280円以下狙ってますが・・・

その3

今は、女性には全く関心がありません。前年の500万ばかりの負けが心にあり、少しずつ取り返そうと思います。今33歳の介護士の女性がいるだけです。25歳くらいにしか見えませんが,月に2回位しかやりませんよ。又ご連絡いたします。

@ 丸山製作所の株式掲示板への私の投稿を読まれてご返事をいただけた方。私は粒子線の治療中に丸山製作所が暴騰したのをビジネスホテルの無料パソコンで知り、平均370円で12万株信用売りをし、暴落を楽しみに待っている状態。

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逆に大変ご迷惑をお掛けしてしまったようで、申し訳ありませんでした。それは兎も角、本日大変立派なタラバ蟹を戴き、ありがとうございました。あまりにも大きいため、半分は妻の友達で近所に住む方に、おすそ分けさせてもらいました。夏の蟹は珍しく、早速茹でて石松様の早い「かんかい」を祈りつつ、ビールで美味しく頂きました。

5月か6月頃、ロイヤルで石松さんのスコアが、ほぼ昔のスコアに戻っているのを拝見し、「ああ、これで石松さんが元にもどったなぁ!!」と喜んでいましたのに、とても残念です。それでも、石松さんの強い生命力と強運を信じています。転んでも只では起きない石松さんの、人生をエンジョイする力を信じています。

時に、「御侍史」という言葉を、元テニス仲間の小生夫婦に使ってもらうのは、止めてもらいたいと、思っています。普通にさん付けで呼んで下さい。

100ヶ国のスケジューリングは、もう完成しておりますか?楽しみにしております。

それでは!

A トヨタ同期・工・元テニス仲間。今はオカリナ・日本画・吟行・社交ダンス・散歩などへ趣味を転向された方。奥様と一緒にお見舞いにこられたので、お礼にでもなればと小さな蟹を宅配便でお届けしました。

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石松様の信念が大きく報われました。本当におめでとうございました。途中、幾多の試練の瞬間もあったやに思いますが、石松様の信念と勇気の賜物と存じます。アメリカのサブプライム問題も絶好の好機でした。

食道がんの全快祝いには何よりの餞ですね!一日も早いご帰宅を祈念しております。

未清算の丸山、新和海運もほどなく大きな成果を挙げられると確信しております。石松様から大きな勇気をいただきました。私も気を取り直して今後に進みたいと思います。

全快して、ご帰宅なさり落ち着かれ、機会がございましたらまた、お目にかかれる日もあろうかと楽しみにしております。ますますのご活躍とご健康を祈念申し上げます。

B 株式投資の指南役・オーナー社長・ダイワボウの信用売り325000株の買戻し完了の報告へのご感想とがん治療の励ましを頂いて・・・

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兵庫県立粒子線医療センター、ダイヤモンドクラブ有馬温泉ソサエティへの旅行では皆さんに大変お世話になり、ありがとうございました。特に中村さんには、幹事と運転手を務めていただき、感謝しています。楽しい旅行でした。

石松さんは、予想していたように大変元気な様子で、安心しました。http://www.juryushi.org/index.htmlのホームページを使っての粒子線のレクチヤーは有意義でした。

C トヨタ先輩・経・ゴルフ仲間・今年愛知県がんセンターで前立腺がんの放射線照射治療を受けられた『がん死願望説』の元信者・厚生労働省へのキャリア就職を蹴ってトヨタに就職した方・今回仲間5名でお見舞いに来た後、有馬温泉で励まして頂き恐縮。

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拝復 10月24日 加茂GC スタート時刻確かに頂戴しました。石松さんの体力の強大さにただただ 驚くばかりです。

先日 22日 暑い中 加茂GCにて定例会 私のスコア 51 51 でした。まあー最近はこんなスコアです。それにしても 暑いこと暑いこと まいってしまいます。

D トヨタ同期・工・ゴルフ仲間・昨年がんで奥様が永眠され落ち込まれていたが、ゴルフにやっと復帰され元気になられた方

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石松様 体調に異常がない事。一番よろしいことです。

後もう少しです。頑張ってください。

E 元トヨタOL・加茂ゴルフ倶楽部でいつもお世話になっている方

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兵庫県で治療に専念されておられることでしょう。順調に行っていることを祈ってます。9月の中ごろまでそちらで治療を続けられる予定でしたね。メールを読むのが唯一の楽しみとありますので、時間つぶしにこちらの状況などメールしましょう。

ここマレーシアKL(注。クアラルン・プール)は南国ではありますが、この夏の名古屋あたりよりずっと温度は低く、34度を超えることはまずないそうです。もっともホテル内におれば快適そのもです。小生は日本が熱波に覆われる少し前8月2日にきましたので、猛暑を避けられラッキーでした。

いま泊まっているところはKL市内にあるPrince Hotel & Residenceで長期滞在型のResidenceにいます。最低一週間単位で長期になればなるほど安くなるシステムです。小生の場合は週単位ですが日割りにすれば1万円少々です。これには朝飯二人分がついてます。

部屋はキッチン付のラウンジとバス・シャワーともにあるトイレつきのベッド・ルーム(キングサイズのダブルベット)、インターネット24時間フリー(これはこの国としては大きい。この冬泊まっていたところは宿代は安かったが、24時間やると宿代の半分近くとられた。従ってインターネット使う日を隔日か三日おきにしていた。その日は終日PCの前に座ることになる)

DVD可能なTVセット2台で、一人でいるには豪華です。 夫婦二人なら割りに安いと思われませんか。海外ではホテル料金体系が夫婦単位になっている場合が多いですね。

貴殿のHPのどこかに書いてありましたが、子供たちを育ててしまえばもう何も子供たちに残して死ぬことはないので、自分の稼いだ金は死ぬまでに使い切っていけばいいわけです。小生の場合はもう『ほっとかん』(注。温泉・介護・三食付1DK。生涯利用権約2500万円)を確保しているので、金が底をついても年金だけでそこで生きていける。

そんなわけで来年4月1日から『にっぽん丸』で世界一周100日のクルージングに申し込みました。これも二人がUnitですが、いまのところ一人で行くつもりです。もっとも女房でも小さな船のキャビンで100日も一緒だったらやりきれなくなるでしょう。港港で女を変えるという夢のような話もありますが・・・・・

マレーシアのミニ・ロングステイも去年の夏(1ヶ月)、今年の冬(2ヶ月)、そして今回と3回にもなると結構知った人も出来てきて、終日のんびりホテルに居る日がすくなりました。週にゴルフ2回、カラオケ1回の定期的なものがあり、その他にも誘いがきたり、また日本から仲間がきたりで結構忙しい。

いまこの同じResidenceに日本でもよく存じていた人ですが、80歳で一人でここで英語学校にいきながら長期滞在してます。元気で意欲のある大した人です。奇遇とも言うべきでしょう。ホテルの朝食時にぱったり会いました。

貴殿の随想編の中に『がん死願望説』があり、興味深く読ませてもらいました。小生も『がん死願望』です。7年間に父親、愛妻、母親と続いて葬式の喪主をやって、それぞれ違った死に方(病気)だったのでイヤでも自分の死に方を考えさせられました。

この『がん死願望』を話題にしていてそれを望んでいた人が前立腺がんになり、青くなって病院で治療をうけているというブラック・ジョーク的な話も面白かった。人間はやっぱりいつかは死ぬことはわかっていても死ぬのが怖いのでしょう。

小生も貴殿のごとく『がん宣告』を受けたらどんな心境になるかな。『ああ、よかった。がんになった万歳』と小躍りして喜ぶことはない、のはたしかですね。まあ古希を迎えた年、いつ死の宣告があってもあわてることのないような覚悟というか、心構えはしっかり持ちたいものだと思っているところです。

まあ死ぬ前に折角、亡妻がくれたこの自由を無駄にすることは無いと思い、いま老いらくの恋(ごっこ)をしなければと頑張っているところです。そこで下記のような駄洒落入りの恋文をつくり、女友達の一人に送ってみたが、いまのところ反応なしです。ここに飛んでくるようなことにでもなれば恋成就になるのですが・・・・・・

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むかし、三遊亭痴楽という落語家がいました。TVの前のラジオ時代の人ですが、『痴楽つづり方教室』と称してこんな具合の出足だった。

こんな話があったとさ、あったとさ、あわれな男が旅してた。一人で旅してた。『一人旅 ダブルベットに 俺ひとり』と嘆いていました。その男は『呑まずには、ベットのぼれぬ弱男』でした。その男にもやっと幸運がまわってきました。

その夜のことを思い出し、『ふとんしき、寝床つくって待つ時間』。胸がドキドキしたそうだ。そんなこと思い出していたら、突然叫んだそうだ。『せっちゃん、もうたまらない。来て頂戴』。そうしたら『来たよ来た。ダブルベットにせっちゃんが』。喜んだね、その男、たとえそれが夢でも。

『君と僕ベットの上では何もなし』。それどういうこと? あっそう、わかったね。『ベットとはからむところと見つけたり』『ベットではレスリングしてダメですよ』と言ってるうちに『もうはてた。ベットのリング鐘がなる』。これもわかるかな?

そのあわれな男、こんなことを夢みながら膝枕かかえて寝てました。『夢さめた。ひとり寂しいベットかな』。そして目覚めながらつぶやきました。『ついに来ず。ダブルベットでひとり泣き』。もう完全に目が覚めてしまいました。『もう寝れぬ。むすこ寝かして俺起きる』 朝です。おはようございます。

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以上、マル哲の『つづり方教室』でした。

石松さん、講評願います。そんなバカな『つづり方教室』なんかに付き合えるかなんて言わずに、貴殿も若いときの濡れ場シーンを思い出してください。

がん治療ではSEXを考えることはご法度ですか。SEXを想像するとがんキラー細胞が活性化する、という学説はありませんかね。貴殿のことだからきっともう調べられていると思いますが。

バカらしい付き合いありがとうございました。KLにて

注。前立腺患者から聞き取った共通する体験談です。

一見すると元気そのものに見える患者達ですが、陽子線治療中に高価な女性ホルモンの注射を併用しているためか、若い女性と出合っても、不思議にことに女性として受け止められなくなったと異口同音。古希を超えて尚マル哲様は男そのもの。うらやましい限りです。

F トヨタ先輩・工・既に80ヶ国以上も旅された方。

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その1

闘病記を読んでいるとあなたは医者になるべきだった。

非凡な研究心できっと大勢の患者を助けることができた。今頃は国道三号線沿いに石松総合病院。運転手つきのベンツ。海外旅行もファーストクラス。バルカン旅行記もちらりと読んだ。単価が高いので客層もレベルが高いですね。

ツアーではないが私の北京都心の高級マンションも客層は高い。粒子線自費患者なみ。

その2

医者にはならなかったが、トヨタに入ったから優秀な友人(読後感仲間など)多数が出来た。本人が優秀で無いと、優秀な友人もできない。

安倍総理の友人のレベルの低さは総理の責任。

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G トヨタ同期・工・波乱万丈の人生⇒一年でトヨタ退社・東大経済学部3年に編入学・昭和電工を一年で退社・防衛施設庁キャリア・国連職員⇒イラク開拓部長⇒湾岸戦争ではテレビに学識経験者として出演・豊田学泉大学・東京工科大学・青森大学・金沢星陵大学教授歴任⇒同志社大学非常勤講師。離婚⇒再婚後死別⇒日本語堪能な北京美人と再再婚⇒子供なし・北京に高級マンション2戸所有・毎年延半年はODA等の海外業務調査を受託⇒昨年末から突然財テクの猛勉強・中国株で大成功⇒でも、松阪牛のヒレ肉・5Kgの活大型タラバカニ・宮崎完塾マンゴー・でんすけスイカ・満干全席は食べたことが無いそうだ。

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この度、自宅にてメールが受発信できるように、アドレスを設定いたしました。今頃このようなことをご報告するのは大変恥ずかしいことではありますが、とにかくこれからは、会社でこそこそとメールを発信するのではなく、自宅から堂々とできますので、何とか人並みになったかと思っております。

早速、貴兄のホームページを拝見させて戴きました。これまで、河合さんにメールで内容を送って戴いておりまして、申し訳なく思っておりましたが、これからはカラーで旅行紀を読めることとなりました。

貴兄の最新の記述を早速ざっと見させて戴きました。膨大な量ですので、まだしっかり読んだ訳ではありませんが、私がお葉書にてお送りしたものが、掲載されておりましたので、ほっとしました。

実は、失礼だとは思いながら、「兵庫県立粒子線医療センター」へお送りしましたので、果して貴兄のお手元に届くのか心配しておりましたが、しっかりと届いていることが分かり、当センターの管理体制がしっかりしていることも知ることができました。

想像していたより(パソコンを駆使されたり、最新の情況をホームページに記述されたり、ゴルフをされたりと)お元気そうで、一時帰宅もなさったとのこと。治療法のすぐれていることもさることながら、貴兄の並外れた強靭な精神によるものと、いつもながら、そして益々感銘を深めております。

9月半ばには治療を終えられ、豊田に戻られるご予定のようですが、全快されてご自宅に笑顔を見せられるその日が早く来ますことを祈っております。

H トヨタ後輩・工・転籍先でも活躍され、いつも貴重な読後感をいただける方・毎週末には埼玉県のご母堂の看病に帰省される方

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種々の課題をきちんとクリアーし、ホッとしておられる事でしょう。

残暑が厳しい日々ですので、ご自愛専一に養生なさって下さい。

I トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間・ユーモアに満ちたお話がいつも聞ける方

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370円120000株(食道がんの治療中に丸山製作所を平均370円で12万株信用で売ったの意)とは頭が下がります。相当勇気が要りますね。私には、無理です。売り怖くないですか??

信用の売りはよほどのことがないとあまりやらないですが、ある程度の勇気必要ですね。お体の無事、切に祈ります。

J 丸山製作所の株式掲示板への私の投稿を読んで励ましのメールを頂いた、全く面識の無い方

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                                              上に戻る

おわりに

[1]がん体験の総括

   平成14年11月28日に胃がんの宣告を受けて約5年が経過した。歳月には人の心を癒す力が百の説法よりもあるようだ。がん死の恐怖からいつの間にか自然に解放された。『分かりきっていることだが、遅かれ早かれいつかは死ぬのだ』との運命を、抵抗無く受け入れられるようになった。

   最初の胃がんは日本を代表するような手術の名医、山村医師(平成19年度日本胃癌学会会長)に救われた。引き続いて最初の食道がんは、これまた日本の代表的な放射線治療医、不破医師(愛知県がんセンター副院長)の的確な診断と放射線照射治療により外科手術や抗がん剤の服用なしに寛解。

   去る平成19年6月11日に新たな食道がんが見つかったときには『単なる風邪ですよ』とか『軽い食中毒ですよ』との診断を受けた場合と、心理的な打撃は然して変わらなかった。『最善の治療でも救われなければ、それも我が運命だったのだ』と受け入れられる心境に、いつの間にか到達していた。

   過去5年間、細々とはあってもいつもがん治療の最新技術への関心は持ち続けていた。『早期発見・早期治療こそが、がん死回避の最善策』と確信し、名医には無駄といわれ続けながらも、我が信念を押し通して検査・検診を続けたのが天祐となった。

   新発食道がんとの診断が下りた時、治療法の選択に迷いは無かった。兵庫県立粒子線医療センターでの陽子線照射治療の、食道がん第一号患者に滑り込めたことは、不破主治医のご尽力と医療センター関係者の、がん治療のフロンティアを少しでも開拓しようとの強い使命感の賜物だったと、感謝している。

[2] 人生の総括

   バブル崩壊を契機として『人生の勝ち組・負け組み論争』が話題になり始めた。平成10年9月1日にトヨタ自動車を定年退職し9年経過。余生の半分が一瞬のうちに過ぎた。がんとの共生が始まって5年。そろそろ我が人生の総括をしてもよい年齢に達したようだ。
   
   人生の勝ち組の条件とは何か、嘗ては沢山の評価要素が脳裏に浮かび上がったが、直近の心境ではたったの3点に集約されてしまった。
   
@ 平均寿命まで夫婦共々、心身ともに健康を維持しながら生きられた場合。
  
   男子=79歳、女子=86歳だが、私には残念ながらアラームが既に点灯した。

A 子供達が全員、両親並の人生(健康・進学・就職・結婚・育児)の見通しが立っている場合。

   子供の人生の一部はDNAに支配されているので、両親以上の人生は期待しない。

B 人生を閉じる日まで、子供達の支援を受けることなく生きていけるだけの経済的なゆとりを確保している場合。

   現在の物価水準が続く限り、庶民の生活レベルで我慢できるならば、たった100万ドルの金融資産で充分だ。

   これらの三条件のうち、AとBは成り行き任せでも比較的簡単に実現できるが、大変難しい条件は@だ。新聞の死亡記事欄を見るまでもなく、@が如何に難関であるかは自明。


   賢人各位の自己評価は如何でしょうか??

[3] ど根性大根にあやかりたい!


   医療センターの玄関口、相生市はIHI(旧石川島播磨重工業)の社名にもその名が組み込まれている旧播磨造船所の企業城下町である。新幹線の相生駅は三光汽船のオーナでもあった、相生市出身の地元政治家『河本敏夫』氏の尽力で建設された。

   しかし、そのような話題よりももっと有名な相生市のトピックスは『ど根性大根』の誕生だ。今やど根性大根から再生された大根の種も販売されているそうだ。インターネットから・・・
  
   2005年末、兵庫県相生市の歩道脇に生えた大根が「大ちゃん(だいちゃん)」と名付けられマスコミに取り上げられた。その後、ど根性ナス、ど根性ミカンなど、各地で相次いでど根性野菜が報道された。

   ど根性大根の大ちゃんは同年冬、相生市の歩道脇のアスファルトの隙間に生えているのを発見された。ワイドショーで取り上げられ、いつしか「大ちゃん」という愛称も付けられた。しかし、同年11月に何者かによって上半分を折られ、持ち去られてしまった。

   数日後、上部が元の生えていた場所に戻されているのが見つかり、相生市役所で子孫を残すべく「治療」が行われた。その甲斐あって大ちゃんは一時再生するかに思われたが、1月に突如状態が悪化し、翌2006年2月から宝塚市の住化テクノサービスでクローン技術を使った採種措置を受けた。同年6月、培養苗が相生市に返還された。

   相生駅正面から河本氏の顕彰碑すらないうら寂しい駅前広場を眺めつつも、ど根性大根『大ちゃん』にあやかって、我が命の復活を祈念しつつ懐かしの我が埴生の宿へと帰還した。
   
                                         
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読後感その7


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計画通りの見事な快復、おめでとうございます。智慧と忍耐の成果とは言え、体力も超人ですね。

ご自愛専一に、ボチボチ楽しんでください。

@ トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間

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ご退院おめでとうございます。私用で3日ほどインターネットにつなぐことの出来ないところにいましたので、お返事が遅くなって申し訳ありません。

退院されるときにお会いできなくて残念です。石松様は医学に関する知識も該博で、私どもも非常に勉強になりました。石松様から見れば、粒子線センターの体制、特に看護科に関しては思うところが色々あったのではないかと思います。石松様のホームページを拝見していく内に、我々はぬるま湯のような環境にいるのではないか、と思うようになりました。

今は、粒子線治療は全国的に施設数も少なく、黙っていてもある程度患者が集まってくる状態です。しかし、今後全国にいくつもの施設が作られれば、今の地位を保持するのは非常に困難だと思います。

トヨタ自動車のように今の地位に甘んずることなく、常に改善・前進を目指し、日々努力することが必要だと思いました。これも、石松様に接することが出来たからこそ考え及んだことです。ありがとうございました。

追伸

私は、友人も少ないですが、資産を形成するのも苦手です。石松様は今年だけでも相当の収益ですね。やはり空売りを得意としないとコンスタントに勝ち続けるのは難しいのでね。

A 粒子線センターでお世話になった、唯一の男性看護師

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ご丁寧なお礼メールありがとうございました。(賢人各位とあり、私宛ではないように感じましたが)

石松さんの身体にお届けした陽子が、期待する役割をきちんと果たし、快方に向かわれますことを心より祈っております。

豊かな人生を送るための3つの教訓、貴重な企業秘密を教えて頂いたこと感謝申し上げます。

@は少し望みありで、Aは二人のうち一人は可能性ありそうです。Bは無理でしょうね。

B 粒子線センターでお世話になった科長

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ご退院 おめでとう御座います。心よりお祝い申し上げ、乾杯です。

乾杯といえば、ビールで石松様がうまいと言われているサントリープレミアムモルツを試しました。

なんとなく好い味でした。日頃あまりやらない妻も“美味しい”との感想・・・

C ゴルフ仲間・すい臓がんの奥様の寛解祝いに欧州旅行を敢行した方

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9月13日に予定どうり無事退院されたことと存じます。粒子線治療が100%有効でありますよう心よりお祈り申し上げます。本当に久方ぶりに貴台にお逢いでき懐かしく且つ大変嬉しく思いました。

2度目の癌治療との事ですが、石松さんの気力を持ってすれば必ずや敵は退散するものと確信いたします。この世には所謂科学だけでは解明できないことがまだまだたくさんあるように思います。

その一例が『気』のようながします。病気はまさに『気』の病ですよね。覇気・根気・勇気・活気・鋭気・生気・・・を持って血気さかんな石松さんが本気で元気で平気で病気を制圧されんことを祈ります。

呑気で生意気な男のアドバイスと思って聞き流してください。全快祈願  

D トヨタ同期・経・お見舞いに来院され45年振りに再会した方

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メールを有難うございます。先週末から5日間ワシントンのICRUの会議にオブザーバーとして参加していました。この会議で、炭素イオン線治療のレポートを作成しており4年後に発行される予定です。

さて、装置は大事ですが、やはり人が大事であり、当センターの医療部長と技術科長は、私には過ぎた部下だといつも感謝しています。ただ、現在順調なので、この2年間でもう少し組織を見直して磐石にしていくつもりです。

医師に対することですが、日本の医療は世界一だといつも思っています。ただ、医師の側にそれを説明する能力がなく、全く一般の方に理解されていない事が非常に残念な所です。私は他の医師に反対されたのですが、大学勤務から県庁の粒子線治療の準備室勤務を7年間しました。その間、役人や、装置開発の物理の先生たちやメーカーの方たちと付き合い理解できたことは次のことです。

1)大学はやくざな世界で、県庁は組織機関であること。
2)各組織間内でしゃべっている日本語は、同じ日本語でもかなり違っており、他の組織では、誤解される事が多いこと。

この経験を元に、講演では常にわかりやすい日本語でしゃべるようにしていますが、まだまだと感じています。
 
時々HPを楽しんでいます。

E お世話になった粒子線センター院長

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メールありがとうございました。無事に退院でき一安心ですね。

病院ではゆっくり休養ができないことは私も7月に入院して経験済みです。7/16に手術(脱腸ヘルニア)しまして現在は過激な運動を控えるように言われています。
 
それでゴルフは10月から再開です。毎週芝刈りに行く予定です。お互い10月からのスタートにより従来のペースに戻れるように頑張りましょう。
                      
F 中学同期・工
                
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ご退院おめでとう。貴兄の病魔への果敢なる挑戦に敬意を表します。できれば再発なきことを祈っています。

東筑同窓生の藤岡浩一君は残念ながら病魔に負けて5月に逝去しました。貴兄のようなあくなき生への執念があればもっと長命を得られた、と思わざるをえませんでした。

11月16日に同窓会が計画されています。ご参加いただければ再会が楽しみになります。よろしく。

G 高校同期・元JALジャンボ機長

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予定通りの治療を受けられて13日に退院されたとの事でおめでとうございます。粒子線医療センターでの初めての食道ガン治療との事で、各先生方が最善の治療を施して下さったようで、これでもって疫病神ともおさらばですね。

10月からテニスにゴルフにと再開され又100カ国訪問を目指して検討されているようで、退院してすぐにそんな気力がどこから沸いてくるのでしょうか。私にはとてもまねの出来ないことで、全てに敬服しております。

時間にゆとりが出来て落ち着いたら東海東筑会でもゴルフをやりましょう。先ずは退院おめでとうございます。

H 高校同期・経・ゴルフはセミプロ級

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今までに河合さんと他・・・から石松さんの話がたびたび紹介され、1度お会いしたいと思っていましたが、とりあえず「世界紀行のホームページ」を面白く拝見させていただいておりました。

ここには、本名でしかも自分の写真や癌の手術の費用までがリアルに載っていることは、すごく迫力がありますね。

直接お話を伺い、中身の濃さにびっくりしました。よろしくお願いします。

私も石松さんの10%でもあやかりたいと、年金以外に得たお金で、楽しく遊びたいと思っています。

月1更新のブログ「マスターズ流投てき」です。http://blogs.yahoo.co.jp/yamada_futami

I トヨタ後輩・初めてお会いした方・世界マスターズ陸上選手権金メダリスト

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順調に陽子線照射治療を終えられてご退院とのこと、お目出度うございます。常に気力と好奇心に溢れた石松さんが患者では医師もベストを尽くし、最新鋭の治療法も最良の効果を発揮したものと思います。間違っても、健康人の肺を切除してしまうようなミスは犯さなかったことでしょう。これで、近いうちに新しい海外旅行記を拝見できそうだと楽しみにしています。

10年先まで行くべき旅行先を調査し出した石松さんが、人生の総括を言い出すのは未だ早すぎると思います。それに、「人生の勝ち組」として上げられた3点には少々異議もあります。

巷間に言われたその条件は専らBに近い話であった気がしますが、それは別として@とAの条件は相当に高いハードルだと思うからです。平均寿命まで、夫婦共々が心身ともに健康を維持しながら生きられるのは殆ど奇跡に近い気がします。

“健康”の定義にも寄りますが、夫婦共に惚け症状もなく日常身の回りの事を苦痛無く処理できている高齢者は、民生委員として巡っていても稀です。先ず、寿命が尽きるまでの平均寝たきり年数が男女で少し差がありますが5年前後あります。従って、日本人の平均“健康寿命”は平均寿命から5〜6年は差し引かなくてはなりません。

加えて、男性の平均寿命が女性より7年ほど短いことを考えれば、@の条件は夫が75才まで健康でいられたら“良”とすべきでしょう。何れにしても、女性は寡婦として10年近くを“老後を楽しめる”ことになりそうです。

Aの子供達が全員、“両親並みの人生”と言う項も難しくなりそうです。健康・進学はともかく、就職・結婚・育児はここ10年でその環境を悪くしてしまいました。日本は経済成長を追い求め過ぎ、日々の暮らしに余裕がなくなり過ぎてしまった気がします。

別に残念とも思いませんが、我が夫婦は間違いなく負け組に入りそうです。

J トヨタ先輩・工・発明王に近い程の特許獲得

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寛解の宣言を待つまでの納得された治療を終えての退院、そしてその挑戦記を書き終えられ先ずはおめでとうと申し上げます。

その9月部分を拝読しましたが、「これぞ石松」と感じたのが「陽子線治療の石松仮説」で我が凡人には思いもよらない驚きでした。

医師は導入した機器を唯使いこなすだけと思っていましたが、一緒にエネルギー考察までされたのも驚きでこれも石松博士(ばかせの誤植)の力と感心しました。

いよいよ海外旅行の再開がスケジュール化されるようですが益々のご健勝を祈っています。

K トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間・財テク王

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無事退院おめでとうございます。石松さんの執念に癌が負けて退散してしまったと理解しています。

私の周辺には癌を患いながら、癌を治してまた元気になった人が沢山います。

医学の進歩で癌は決して不治の病ではなくなったと言うことだと思います。もう一度繰り返します、ご退院おめでとうございます。
                                 
L トヨタ後輩・工・元ゴルフ仲間・土地成金・東京で自分の資産管理会社経営

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今回の食道がんの治療、先ずは退院オメデトウ。医師から新たに出来た癌だと告げられた時の想い・・・・・・。そして長期に亘る治療を終え、今現在元気に退院し普通の生活に戻れた事、兄弟としてこれ以上の喜びはない。

思うに今回の陽子線治療では「我が仮説」に対して放射線技術科長,須賀氏が回答。それに対する反論についても当方には難しくて解らないが、実験までして下さったとの事。本当に頭の下がる思いだ。

言いたい放題の事を言う弟に対し多くのトヨタの先輩後輩、メール友達、医師の方々より励ましや退院祝いのメール、感謝の他言葉がありません。本人の生に対する頑張りは勿論ですが、皆様方の励ましのメールで弟の現在がある、と各位に改めてお礼を申しあげます。有難うございました。

M 実兄

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無事ご帰還おめでとう御座います。先輩の最善の努力行為の勝利だと信じます。もっとも最終的な成果は暫くあとに現れるようですが、手記を読みますと結果は明白のようで何の心配も要らないと感じられます。

今秋の未踏国家訪問は来春以降になるようですが、今年の秋・冬はお得意のスモークドサーモン作製に没頭されるのも、時節柄一案かと勝手にお節介気性で思っています。先輩が入院治療で奮闘されている間に、我が東筑会では有志による海の釣り堀釣行やテクテク会など催行しました。又、先輩の退院記念にゴルフ大会を有志で開催しそうな雰囲気ですので、その機会には是非一緒にラウンドしたいものと思っています。

先輩の奮闘記を1週間ほど掛けて昨日(10/16)読み終えましたが、一つ気になる記述がありメールしています。先輩は日本人の平均寿命を超えられないのではないかとの懸念をお持ちのようですが、そもそも平均寿命又は平均余命とはどういう数式で表されるのかが重要ではないか、と私はかねがね思っています。基本は健康寿命のようなもので自分の人生(寿命)を評価したほうが有意義ではないかと思っています。

死生観は個人・親族で千差万別ですので善し悪しは言えませんが、少なくとも平均寿命の定義・数式には細分化した然々平均寿命、斯く斯く平均寿命などがあって然るべきだと思っています。

しかるに、先輩のこれまでの人生を振り返って、いわゆる平均的日本人であったかどうか。以上なのか以下なのか、人生太く短くなのか細く長くなのか。寿命の長短など本人が十分と思うか否かではないかと思っています。従って人生の勝者かどうかは自分が勝手に決めれば良いのではないかと思った次第です。

最近の統計では平均寿命と健康寿命には男で約6.5年女では8.5才の差があり、平均寿命が男79才だとすると72.5才が健康寿命となります。要は心身健康な状態(テニスをしたり、ゴルフをしたり、旅行をしたり、庭いじりや趣味の諸々を自分の意志でする)で何才まで楽しめるかではないかと思います。

生意気な意見を不躾に申しましたが、後輩に免じてお許し下さい。次にお会い出来る日を楽しみにしています。

N 高校後輩・工・いつも的確な読後感をいただける方

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