本文へジャンプホームページ タイトル
健康
           
燻製作り(平成9年10月8日脱稿)

  我が体験によれば会費1万円前後の立食パーティでは例外なく、紅鮭のスモークサーモンが出されていた。超高級品は百グラム1500円もする。丸善名古屋店の隣に位置する『明治屋』では、超高級品を必要な量だけスライスして売ってくれる。
      
   パーティの花として出されるスモークサーモンは、高価であるが故に限りなく薄くスライスされ、大量のオニオンスライスの上に広げられる。しかも豪華さを演出するかの如く特等席に配膳されている。養殖もののタイやヒラメの刺身とか、和牛のヒレステーキよりも、遥かに早く姿を消してしまうのは、恒例のことだった。
上に戻る
はじめに

   時々、スーパーなどで百グラム入り 800円クラスのパックを買っても、家族5人で分けると一人分はスズメの涙ほどの量だ。酒の摘みに毎日たらふく食べるような贅沢は、月給を百万円以上貰わなければ無理だ。

      ある時、趣味のTV番組で『燻製作り』を見たら、本格的な料理よりも易しそうだったので、定年後も続けられる趣味の1つに取り入れるべくチャレンジし始めた。

   爾来5年延べ百尾、合計2百kg以上もの紅鮭を調達した。今では人に御土産として差し上げても恥ずかしくない作品が出来るようになった。身近に先達がいなくとも、失敗を重ねる度に腕は上達するようだ。                  
   
      11〜4月の半年間は冷燻法によるスモークサーモン作りのシーズンだ。今までに身に付けた手順を再確認するだけではなく、レシピを今後も改定し続けて行くためにも、今シーズンの出発時点での我がノウハウとして纏めて置く事にした。
                                                                  上に戻る                         
準備

   燻製装置としては『東急ハンズ』で大型の国産品を買った。紅鮭の大物も吊せる大きさだ。電熱器と温度計が付いていた。チップ(広葉の落葉樹。針葉樹は樹脂が出るため燻製には適さない)を炊くブリキ製の正方形の容器は加熱で酸化が進み、既に穴があいてしまった。今では菓子箱の空き缶を転用している。

   大量に消費するチップは『ヒラサダ本部店』(ホームセンター)でも買えるようになった。数年前にテニス友達の一人から、自宅で枯れた栗の木を全量(軽トラック1台分)貰った。彼は樵に頼んで定寸に切り揃えてくれていた。定年後に使うべく大切に保存している。現役の今はまだチップに追加工する時間がないのだ。

   各種のスパイスは『豊田そごう』で買えた。燻製作りを始めた頃は、収穫時の形のまま(丸い種子とか一枚ずつ数えられる葉の状態)だったが、今では微粉末に2次加工されている物が入手出来るので、使い易くなった。

   燻製に出来る食材は無数にあるが、私は鮭のみを対象にしている。しかも、秋鮭・時鮭・銀鮭・キングサーモン・鱒ではなく、紅鮭のみである。いくら労賃が只であっても、燻製作業には長時間かかるので、最高の材料以外使う気がしない。   

   紅鮭は残念ながら北海道では殆ど捕れない。北海道での放流は失敗したのだろうか?今までに買った紅鮭の殆どはアラスカ産の、頭と内臓を除去した『甘塩の冷凍品』である。標準品の重量は1尾 1.6〜2.4kgが多い。毎回4尾買った。我が装置の処理容量の限界だ。このクラスならトヨタ生協を通じて名古屋市内の問屋から何時でも調達できた。

   鮭は常にトヨタ生協本部店に特注した。名古屋の卸市場では取り扱っていない『生の冷凍紅鮭』は4M(松坂屋・三越・名鉄・丸栄百貨店の一括略称)の魚屋でも売られていない。『生のキングサーモン』なら名古屋市場でも買えるが、色が薄いし旨みも落ちるので試したことがない。高級魚の有無で評価すれば、名古屋市はローカル市場だった事を図らずも思い知らされた。

   時には、奮発して1尾 3.5〜4.0kgクラスの『生紅』も買った。生の場合は頭付き、内臓なしの姿だ。東京の問屋から取り寄せて貰った。この場合は3尾買って、1尾は常に刺身にした。2尾が設備容量の限界なのだ。紅鮭は大型の方が脂も乗り美味しいとあって高価だ。『お刺身の方がスモークサーモンよりも美味しい』と言われたら、万事休すだ。

   本屋には数種類の参考書が売られていた。店頭での選定は面倒なので全部買って読み比べた。写真は美しいが、肝心の作り方は曖昧模糊としている。ハムやソーセージの作り方は大変分かりやすいのに、同じ本でもスモークサーモン編だけは何故か曖昧なのだ。自分では燻製作業をしたこともない執筆者が多い事も解った。本によっては、別の本からの明らかな盗作すらあった。

   市販品並の品質を獲得するには、捕れ立ての材料(未冷凍)だけではなく、2週間もの冷燻時間も必要だが、一部の工程を省略した我がやり方でも、まあまあのレベルには到達できた。冷凍品は細胞膜が破壊されているため、身の弾力性が落ちているが、冷燻中に脱水が進むと、その欠点は多少なりともリカバリーされた。
上に戻る
燻製作り

   ■ソミュール液の準備

   水3リットル+食塩1kg+砂糖百g+スパイス(5〜10数種類・各小匙山盛り1杯)の比率で鍋に入れ、10分間沸騰し自然冷却させる。沸騰時間が長くなるとスパイスの香りが悪化する。

   ■紅鮭の2枚下ろし

   どの参考書にも『紅鮭は3枚に下ろせ』と書いてあるが、作業が楽な半解凍状態と言えども、3枚に下ろすのは難しい。紅鮭の背骨は軟骨に近い。半解凍状態では身と骨の堅さは似たレベルだ。包丁を背骨に沿わせて滑らせている積もりでも、背骨を斜めに切り進んでいたりして、身の厚さが表裏(左右)対称にはならない。完全解凍後に下ろそうとすると、コンニャクみたいに身がふにゃふにゃして一層難しくなる。

   問屋では製材機のような糸鋸を使い、冷凍状態の魚体をジグで固定し、背骨の中心に沿って切るから、完全に2分割できるそうだが追加料金を取られる。トヨタ生協のお得意様になってしまった私は、今では魚屋に頼んで2枚に下ろしてもらっている。魚屋の腕力のあるベテランと言えども、必ずしも仕上がり良くは下ろせないが、自宅でいろいろ努力する価値もないので一任している。
                            
   参考書では骨を全て取り去るように助言しているが、背骨と肋骨付きの方が、風乾時でも冷燻時でも荷重が分散され、身が引き千切れることもなく扱い易い。鱗が付いたままタワシでゴシゴシと洗い、邪魔な尾ひれは切り捨てる。

   ■ソミュール液(燻液)漬け

   ステンレス製の大型パン(豊田そごうに特注)にソミュール液を満たし、2枚に下ろした紅鮭を折り曲げずに入れる。濃食塩水の浮力で、材料が浮き上がらないように『まな板』を落とし蓋代わりに載せた。1昼夜で十分だ。 
         
   ■塩抜き

   流水で2時間は掛かる。多少の塩分や糖分とスパイスの香りが残る状態だ。食塩の効果として参考書では臭み取り・殺菌・弾力性向上を挙げるが、魚臭さの除去効果以外は疑問だ。雑菌の繁殖防止にはなっても殺菌効果は疑わしい。塩漬直後は脱水も若干進み弾力性も確かに高まるが、塩抜き後は元の木阿弥に近い。それどころか、慎重に取り扱わないと身が割れてしまう。

   ■風乾 

   参考書に記載されている風乾時間は半日〜2昼夜とばらつくが、今では2昼夜説を採用している。風乾によって水分の除去が進み、身が締まる。カマに釣針のようなフックを取り付けて日陰に干すが、途中で身が千切れて落下する事があった。ネットに入れて干す方が安心だ。冷凍品だから材料は年中調達できるが、腐敗防止のため燻製作りの可能な季節は、残念ながら冬を中心とした半年に限られる。

   キッチンタオル(丈夫な吸い取り紙)に包んで冷蔵庫内で乾燥させる方法も提案されているが、屋外に吊す方が遥かに効率的だ。満一季節はずれに作りたくなった時の逃げ道だ。

   ■オイル漬け

   サラダオイルを刷毛で塗るか、パンの中で半日間オイル漬けにすれば、しっとり感が高まると、参考書は勧めるがさしたる効果は得られなかった。オイルがベタベタと付き、道具類の後始末も厄介なので止めてしまった。

   ■冷燻

   冷燻とは煙だけを発生させて、低温で脱水を進める方法だ。チップで燻す場合には温度が30度を越えないようにする。従ってこの点からも夏期には無理だ。風乾不足の場合、温度が上がると身が緩み、冷燻中に落下する事がある。温度が上がり過ぎると、蛋白質が凝固し焼き魚になる。究極のスモークサーモンとは『脱水がやや進んだ香り付き西洋風お刺身』と思っている。

   夏期にどうしても作りたい時には、燻製装置の中に氷を入れて煙を冷やせば良いそうだが、未だトライしたことはない。

   チップを使う場合には10分とは目が離せない(掻き混ぜないと、発煙が止まる)ほどだが、スモークウッド(粉末化したチップを固めたもの。線香みたいに煙を出し続ける)ならば3時間は放置できるので楽だ。10時間は燻煙を掛け続ける。私は年休を取り、酒を飲みながら煙の番をしている。

   本当は風乾を短縮し、その分だけ燻煙時間を延長したいが、現役中は時間的に無理と諦めている。4月になると気温も高くなり、作業は夜間に移している。

   ■風乾

   燻煙後、再度ネットに入れて1〜2昼夜風乾する。脱水を更に進めて保存性を高めるためだ。

   ■保存

   骨皮付きのまま、片身を3分割し、ラップに包んで冷凍庫に保管すれば2ヶ月間は大丈夫だ。風乾不足だと、結氷による脱水が徐々に進み、身の弾力性が落ち食味が落ちる。いずれ簡易真空パック装置を買う積もりだ。

   ■喫食    

   半解凍状態で骨と皮を取る。皮は干からびて丈夫になっているので、剥離作業は簡単だ。身が堅い状態だと骨も比較的抜きやすい。完全に解凍した後での作業では身が崩れ易く、皮や骨にくっつく事がある。その後で、3mm厚位にスライスする。半解凍状態でのスライス作業は慣れてしまえば意外に易しい。
                                                                  上に戻る                                                                
おわりに(平成18年8月17日に追記)

   平成14年の秋、燻製のスライス専用のドイツ製包丁を一本15,000円で購入した。燻製作りへの気合も入り始めた矢先の同年11月28日に、無念にも胃がんの宣告を浮けた。

   燻製作りへの情熱は一気に霧散霧消し、爾来関心は死ぬ準備へと変わった。しかし、今年に入り自覚症状としても健康への自信を取り戻すにつれ、また燻製作りへの関心が舞い戻った。

   来る秋から、生肉療法のメニューの一つに紅鮭の自家製燻製を加える予定だ。

                                                                  上に戻る