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健康
           
南東北病院広報誌(平成20年6月11日脱稿)

   去る2月24日(福岡市)と4月27日(名古屋市)での陽子線市民公開講座でがん体験を講演した。その後、これらの講演会を主催した南東北病院の広報誌(B4版4ページの内、1〜3ページ)4月号に講演要旨が掲載された。

   主催者の同意を得て、その全文を我がホームページに転載した。

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はじめに

   意識的に検診を受けることで見つかったがん。一時は手術と放射線治療で良好な成果を得たのですが、その後、別の新しいがんが見つかり、石松良彦さんは陽子線治療に辿り着きます。最新の臨床と先端技術を駆使した陽子線治療・・・。

   今回は全国を縦断して展開している『陽子線市民公開講座』での講演から、その貴重な体験談をご紹介します。

   兵庫県立粒子線医療センターでの“食道がん患者第1号”としてその治療を受け、“寛解”に至るまでのドキュメントは、私達にがんと闘う勇気を与えてくれます。

 
  がんと闘い、がんを生き抜く、陽子線治療の体験から。
       《陽子線市民公開講座》患者代表の方のお話をもとに。

追伸。

      尚、南東北病院の広報誌のアドレスは下記の通りです。

http://www.minamitohoku.or.jp/up/news/southerncross/200804/top.htm

 
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がんと闘い、がんを生き抜く

ついにがん告知を受ける
   
   石松良彦さんは現在69歳。トヨタ自動車にエンジニアとして勤務し、定年退職されました。科学技術にも精通した、いわば技術畑のエキスパートです。医療と健康への関心も高く、特にがんに対する意識は高かったそうです。早期発見の重要性についても当然理解しており、がん年齢と呼ばれる40代になってからは定期的にがん検診を受け、自分の体と健康をチェックしてきました。

   『40歳以降は毎年定期的に会社内で誕生月の8月に胃や肺などのがん検診を受けました。少しでも胃に異常があると認められた場合には、胃カメラによる精密検査が追加されました。その時には、自分でもセカンドオピニオンを求めて、自己負担をもいとわずに愛知県がんセンターに駆けつけました。

   定年退職後は豊田市の老人健診を毎年受けるだけではなく、それとは別に、年に一度は簡単な人間ドックも自主的に受けていました』

   
最初のがんが見つかったのは64歳のときです。平成14年10月29日の検診で、ついに胃がんが疑われました。

   『かかりつけの病院で細胞検査の結果、11月28日には胃がんの告知を受けました。我が人生もこれで終わりか、と覚悟しました』

   そのときに見つかったのは、自覚症状のない胃がんでした。医師からの告知に、石松さんはやはり大きなショックを受けたそうです。告知の2日後、石松さんは母校、九州大学航空工学科の同期会に参加していますが、胸中では恩師の方々や同期の仲間達に死ぬ前の挨拶をするつもりでした。

   その日の二次会は福岡市の有名な繁華街、中州にある飲み屋さん。同窓会の二次会としてたびたび利用していた店でしたが、石松さん自身は10年ぶり。馴染みの客というわけではなかったそうですが、ふと、その店のママに、自分もとうとうがんになってしまった、と打ち明けたそうです。

   『ママさん、胃がんの告知を受けたので、死ぬ前の挨拶に来ました』『何処で手術するの? がんは一発勝負よ。名医がいるから紹介してあげる。私はこれまで30年、伊達に飲み屋のママをやってきたわけじゃないのよ。まかしとき』

   そんなやり取りをしてから4〜5日経った頃、ママから電話がかかってきました。『愛知県がんセンターの山村部長にお願いしてあります。12月9日が診察日です』というのです。

胃がんの手術と食道がんの放射線治療
   
   診察の日、愛知県がんセンターで診察をして下さったのは、山村義孝先生でした。山村先生は千人を越える胃がんの手術を重ね、平成19年度には日本胃癌学会の会長を勤められた名医でした。かかりつけの病院でコピーして貰った検診資料をお見せすると、『消化器内科の専門医に内視鏡でもう一度、念のために検査してもらいましょう』と山村先生はおっしゃいました。

   
3日後の12日には入院することになり、内視鏡の専門医による14日の検査では、何と胃がんのほかに食道がんが二つも見つかりました。その他の検査資料も克明に検討された結果、山村先生は『最初に胃がんの手術をし、体力の回復を待って食道がんの治療をしましょう。食道がんも幸い初期のものなので放射線治療でも良いと思います。放射線治療部の不破信和部長にお願いすることにしましょう』との診断で、自信に満ちた声は大きな励ましになりました。

   不破部長は現在、南東北がん陽子線治療センター所長に就任され、陽子線治療を軸に、放射線療法、化学療法、内視鏡や外科手術を組み合わせ、がん治療の未来に挑もうとされています。

       10月19日のオープンが決まった南東北がん陽子線治療センター



                    不破信和先生(Dr.Nobukazu Fuwa)

                                     専門 放射線治療
               財団法人脳神経疾患研究所 南東北がん陽子線治療センター長
          前愛知県がんセンター中央病院副院長 放射線治療部長兼務等を歴任

                                                  

   12月19日の手術では、胃の三分の二を切除しましたが、転移も発見されず、輸血もせずに終わりました。しかし、胃が小さくなったため一度に食べられる食事量が減り、体重は54Kgから46Kgにまで落ちてしまいました。

   『実は私の母は38歳の時に乳がんを、73歳の時に皮膚がんの手術を受けています。けれども、明治から平成と、93歳まで生き延びたことを改めて思い出し、母を見習ってがんと闘おうと覚悟を決めていました』

   石松さんは当時の心境をそう振り返っています。

副作用に苦しんだ食道がんの放射線治療
   
   食道がんの放射線照射治療は、自宅から車で通院して受けました。最初の頃は体に何の異常も感じませんでしたが、途中から食欲が落ち、嘔吐が頻発しました。一度嘔吐が発生すると5分から10分間隔で半日以上も続くこともあったそうです。

   『半日嘔吐が続くと、息を吸っても吐いても胸や腹部の筋肉が猛烈に痛みました。このときに私は、嘔吐とは全身運動だったと初めて気付きました。夜は洗面器を抱いて寝ていました。そんな数日を繰り返したある朝、急に嘔吐が止まったので風呂に入りました。

   体を洗い終え、洗い場で立ち上がった瞬間に脳貧血を起こしたのか気絶し、鋳物ホーロー製の浴槽の淵に額を強打しました。それでも目が覚めず浴槽に上半身を突っ込んだままでした。物音に気付いた妻が駆けつけ背後から体を救い上げたとき、やっと目が覚めました。間一髪で助かりました。鏡を見たら額から血がだらだらと流れ落ち、風呂の壁にも血が飛び散っていました』

   石松さんは、愛知県がんセンターに緊急入院し、嘔吐止めの点滴等の応急処置を受けた結果、事なきを得ました。

   
副作用の現れ方には個人差が大きいようですが、石松さんの場合には、かなりひどい症状に悩まされたようです。

   放射線治療の後半には、腔内照射を受けました。チューブを食道に挿入し、チューブの中にイリジウムを差込み、機械でゆっくりとイリジウムを引き上げながら、食道の内側から放射線を照射しました。

   この治療法は、放射線源をがん腫瘍の中に挿入することで腫瘍には多くの放射線を照射し、正常組織への放射線量を抑えることができます。外部からの照射ではとても治療できないがんを治癒することができるのです。

   けれども、食道全体にぴったりとチューブがはめ込まれていたため、唾液を飲み込むことも出来ず、石松さんは辛い思いをされたようです。3月18日、治療が計画通りに終わったときには、心からほっとしたとのことでした。

   放射線照射治療は、治療が終わってもがんが治ったか否かはすぐには分かりません。効果はゆっくりと現れ、がん細胞が消えるまでには3ヶ月近く(場合によっては半年位)かかるのだそうです。石松さんは、その間も定期的に検査を受けました。6月30日になってやっと待ち続けていた“寛解”の診断が出ました。

   寛解とは検査でがん細胞が見つからなかったという意味にすぎず、完治とは異なります。がんが転移したり再発したりする可能性は常に残っています。でも、石松さんは安堵しました。

新しいがんが見つかり陽子線治療を選択する
   
   主治医の不破先生の指示で、その後もPETを含めたいろいろな検査を定期的に受け続けました。4年後の昨年5月11日に受けた7回目のPET検査でも異常は見つかりませでした。ところが、6月1日の内視鏡によるルゴール染色法で、新しい食道がんが同時に3ヶ所も見つかりました。再発ではなく、新発がんでした。食道がんは一度発生すると、寛解後でも、何度も発生する傾向があるのだそうです。

   さて、放射線や粒子線で一度治療した場所にがんが再び発生した場合、放射線治療も粒子線治療も再度使うことは危険だと言われています。食道がんでは治療部位の食道粘膜が劣化しており、穴が空いたり出血したりするおそれがあるからだそうです。

   3つのがんのうち、2つの胸部食道がんは以前に放射線治療を受けていたところであり、石松さんは放射線以外の治療方法を選択する必要がありました。治療方法としては、食道の切り取り手術があります。ところがこれはすい臓がんの手術と並び称されるほどの大手術。10時間を越える場合もあるそうです。

   今回は幸い初期がんだったため、不破先生や内視鏡医との相談の結果、内視鏡による剥離手術を選択しました。50例以上の手術経験を持つ内視鏡医の腕は確かなもので、幸い手術は成功しました。

                     内視鏡による剥離手術で取った胸部食道がん

                                                   


   頚部食道がんは大きく広がりすぎていて内視鏡での剥離手術は難しいと診断されました。しかし、この頚部食道がんは以前の放射線治療をまだ受けていない部位だったため、不破先生は4年前と同じ放射線治療でも寛解の可能性は高い、と診断しました。

   
ところが、石松さんは最初に受けた放射線治療での辛さを思い出し、陽子線治療を選択できないか、と不破先生に相談します。石松さんはインターネット等を通じて最新のがん治療法について勉強を重ねていました。食道がんへの陽子線治療がまだあまり行われていない頃でしたが、引き受けてくれるところがあれば、全国どこのセンターであろうとも出かけたい、と強く希望したのです。

   不破先生は『どこかが引き受けてくれる可能性はありますよ。私が国立がんセンター東病院に送り込んだ患者さんは、東病院での食道がん患者第1号になりました。今度は兵庫県立粒子線医療センターに相談してみます』との嬉しい回答でした。

第1号患者として食道がんの陽子線治療へ

   兵庫県立医療センターの菱川院長と医療部長村上医師は、快く治療を引き受けてくれました。食道がん患者では第1号の患者です。食道がんが陽子線の治療対象としてそれまで取り上げられなかった理由は、治療中に患者が呼吸すると食道の位置が移動するため、陽子をがんに正確に照射するのが難しい点にありました。

                   石松良彦さんが食道がんの陽子線治療を受けた
                        兵庫県立医療センター内の粒子加速装置


                          


   陽子線治療では、通常一人ひとりの体にぴったり合わせて作られた硬質プラスティックス製のカバーで、患者はベッドに固定されます。治療中に位置が変わらないようにするわけですが、食道がんの治療では、さらにお腹の上に位置決めセンサーが取り付けられました。呼吸によってセンサーも動き、そのセンサーの移動量に連動して陽子線の照射の位置を制御し、陽子ががん細胞にぴったりと届くようにするのです。

              頚部食道がんへの陽子線照射治療を受ける石松氏

                         
                            


   この治療を成功させるために、一定のリズムで、一定の大きさの呼吸が出来るようになるまで、石松さんは何度も呼吸の訓練を受けました。必要な準備や諸検査を済ませた後、7月24日から毎日1回の照射治療が始まりました。途中機器の定期的な保守やお盆の短い休み等で治療できない日もありましたが、ほぼ順調に治療は進み、9月13日には退院することになります。

   『
放射線や陽子線の累積照射エネルギーには許容限界値があり、おおむね70グレイ前後と言われています。今回、36回の照射で72グレイに達しましたが、この上限一杯まで照射してもがん細胞が消滅しなければ、最後に残された手段は外科手術だけになることは覚悟していました。もちろん、手術をするにしても、がんは相当小さくなっているはずですから、体にあまり負担をかけずに手術できると考えました。

   陽子線照射治療にも軽い副作用が発生しました。最初の一週間は何の影響も出ませんでしたが、食道の粘膜に軽い炎症が発生したのか、食べ物を飲み込むときに軽い痛みを感じるようになりました。そのため、食べ物を噛む時間を長くし、流動食のようにして少しずつ飲み込みました。

   多少の無気力感や、食欲の衰えもあり、体重の減少を恐れ、売店で間食用に握りずしやチョコレートを買ってはカロリー不足を補ったものの、体重が2Kg軽くなりました。しかし、治療完了後には僅か2週間で副作用も消滅し、年末までには体重も54Kgに戻りました』

   陽子線照射治療に伴う副作用は、4年前に受けた放射線の副作用に比べれば、格段に小さなものだったそうです。石松さんは陽子線治療を選んで本当に良かった、と話しています。

                                                                                            上に戻る
がんを生き抜き、憧れのアフリカの大地へ

   石松さんは64歳の時に初めてがん治療を受けて以来、がんの再発や転移、新しいがんの発生の可能性に、常に不安な日々を過ごしていました。いくら月日が経ってもこの不安はなくなりませんでした。そんな毎日の心を支えてくれたのは、親しい友人達や家族の励ましです。退院後の10月1日には長い間支えてくれた奥様に感謝すべく、石松さんは夫婦で群馬県の尾瀬に出かけ、草紅葉を見ながら心安らかなひと時を過ごされたそうです。

  
 さて、次の写真は退院後の11月5日に、治療効果を見るために撮影した食道がんです。蛍光灯のグローランプのようなものが2個ありますが、がんの位置をX線透視のときに分かるようにするために埋め込まれている金属です。半年もすると自然に剥がれ落ち排泄されます。

                      

   この写真を見て、主治医はまだ寛解していないと判断しましたが、12月7日の検査結果を検討した結果、12月10日に寛解したとの診断が下されました。
   
   寛解の言葉を聞いた途端に、石松さんは胸が高鳴りました。以前から出かけたいと思っていた、サハラ砂漠の南、ブラックアフリカと呼ばれる西アフリカへの旅を心に決めたからです。
   
   ついに旅は実現しました。ドゴン族の若者達による仮面舞踏会。泥で作られた世界最大のジェンネの巨大なモスク。アフリカの過酷な大地に何百年にもわたって聳え立つバオバブの大木。8ヶ国を巡り、がんの悩みもすっかり忘れて、自分もまだ何か出来るのではないか、という気概や生命力を、石松さんは旅を通して受け取りました。

陽子線治療によるがん“寛解”の診断を受け
思い切って訪れた西アフリカ


                           仮面をつけたドゴン族の若者達と

                      


                          泥で作られた世界最大の規模を誇る
                           ジェンネの巨大なモスクの前で

                      

                                 バオバブの大木の前で

                      


   『
がんをいたずらに怖れる必要はありません。でも油断大敵。侮ることも出来ません。定期的に検診を受け、自覚症状が出る前にがんを発見し、最新の医療技術を駆使した早期治療に徹すれば、海外旅行に限らず、一秒一刻がますます貴重に感じられる余生を、もっともっと長く満喫することが出来ます。その生き証人の一人が私です』
   
                                                                      上に戻る
おわりに

     
貴重な人生を全うするためにも
    
早期発見でがんに打ち克ちましょう

石松氏のがん治療のまとめ

◎胃がん        外科手術⇒胃の2/3を切除(平成14年12月19日)
◎胸部食道がん2個 放射線照射(平成15年1月14日〜3月18日)
              体外照射:X線⇒25 X2グレイ 
              腔内照射:イリジウム⇒4回 X3グレイ
◎胸部食道がん2個 内視鏡による剥離(6月27日)
◎頚部食道がん1個 陽子線照射(平成19年7月24日〜9月13日の月曜〜金曜日)
              36回 X2グレイ/回=72グレイ 
              週末(金夕方〜月早朝)は帰宅

『PET(ペット)がん検診』について

   南東北グループが提供するPETがん検診『PETがんドックコース』には、PET検査(全身)を軸に、CT(胸部・腹部)、MR検査(頭部、骨盤部)、超音波検査(肝・胆・膵・腎・脾)、ヘリコバクターピロリ・便潜血検査・尿検査(全般)、腫瘍マーカー検査(男性用・女性用)が含まれ、様々な検査を組み合わせ、がんを総合的にチェックしています。
   
   がんにかかると、一般に治療も長期化し、経済的な負担も大きくなりがちです。早期発見こそ医療費節約のコツ。予防への意識を持ち、定期的にPET検診を受けていただくことが最良の選択肢です。

Southern Cross Vol.29 からの転載

編集・発行/NPO法人日本コーディネート研究開発機構
協力/財団法人脳神経疾患研究所 付属 総合南東北病院(地域がん診療連携拠点病院)

追伸

   人生とは無常と実感。平成19年12月10日に寛解のご託宣を貰ったのも束の間の出来事。半年後の去る平成20年5月19日には新発食道がん(直径1cm)が発見された。主治医と相談の結果6月17日に入院、18日には手術。第5回目のがん治療での入院になった。

   このまま死んでしまえば、2回ものがん講演は笑い話にもならない。元気なうちが花と考え、最後になるかもしれないテニスを6月14日、ゴルフを6月15日に仲間に励まされながらも楽しんだ。

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読後感

37年度会ゴルフコンペ(10月31日)への挑戦状

ご無沙汰しておりますが、貴兄のホームページはいつも愛読しております。南東北病院の広報誌に載った貴兄の講演要旨を読ませていただきました。今まで頂いた貴兄の旅行記やがん克服の体験談の資料が厚いファイル一冊になり、身近にいるがんで苦しんでいる人達へ、激励になる機会があれば紹介させていただこうと保管しております。

今回の広報誌の要約を拝見して、貴兄の闘いの経過がすっきりと分かりやすく纏められていて、改めて貴兄の偉大さを再認識しているところです。

6月17日に第5回目の治療のための入院をされるとのこと。既に10月31日のトヨタ37年度会ゴルフコンペの日程が決まっておりますが、それまでには退院され、元気な姿で再会出来ることを願っています。

昨年は106の同スコアの人が何人かいて、その中に貴兄と私も入っていたと記憶しております。体力では貴兄に絶対負けないと自負している柔道6段の私(注。180cm超。トヨタ同期トップ級の巨漢)としては、いかに技が問題のゴルフでも貴兄に勝ちたいと願っているところであります。

郷里の高校時代の仲間達と近くの身延山カントリークラブで月に1〜2回のプレーを楽しんでいますが、最近100が切れそうで切れない状況が続いています。

これから暑い夏がやってきますが、不用意な風邪など引かぬよう気をつけながら、治療にあたられるようお祈りいたします。

@ トヨタ同期・工・郷里では子供達に柔道をボランティアで教えているスポーツマン

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いつもご連絡を頂き有難うございます。

新たな治療で心配を解消し、また興味深い内容のHPを更新して頂くことを楽しみにしております。

くれぐれもお大事になさってくださいませ。

A いつも素早いご返信を賜りながらまだお会いしたこともない方

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手術が上手くいきますようお祈りします。
ご連絡ありがとうございました。

B 大学後輩・工・航空工学教室本館で一年半も一緒に出入りしていたはずなのに思い出せない方

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またガン入院だそうで、大変ですね。

早くというか、定期検診で発見できてよかったですね。1cm のガンでも削除すれば正常に戻れるわけでしょう?。

健闘を祈っています。

C 高校同期・元LALのジャンボ機長

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ご無沙汰です。

何時も感激ばかりで、ろくなお話が出来ず御免なさい。生きる力が漲っている様で、大丈夫と思います。お元気で又お目に架かる日を楽しみにしております。

小生はお蔭さまで、順調に回復中です。益々ご飯が美味しく感激の毎日です。但し体重はまだ55キロです。目標の58〜60キロを目指しております。

D ゴルフ仲間・ハンディキャップは何と10・先月大腸がんの手術を終え退院されたばかりなのに、6月から職場復帰された豪傑

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ガン治療の直前までテニス、ゴルフが出来る気丈さに感服、自分は肘痛でもう落ち込んでいるのに!。

今日のゴルフも平常以上の成績と想像しつつ、今回の治療で再発しない寛解になるようお祈りしています。

E トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間・ゴルフ年間100回以上・財テクの神様と仲間内では評価

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