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随想
           
日産復活への疑問(平成18年8月29日脱稿)

        トヨタ自動車と共に日本のモータリゼーションを牽引してきた日産自動車は、経営者と労働組合幹部の対立抗争にも足を掬われ、徐々に衰退し始めた。

        しかし、その起死回生策として担ぎ出したゴーンによる前代未聞の荒療治によって、一見息を吹き返したかのようにマスコミによって喧伝されているが・・・。

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はじめに

    日産自動車は昭和8年の創業以来今日までの73年間、同業者との市場獲得競争で圧倒的な強さを維持できた期間は意外に短い。我が記憶によれば、業績に大幅に貢献できた車は昭和30年代のダットサントラックと初代ブルーバード程度だ。

    工場から離れた快適な銀座の本社の事務所から、嘗ての不在地主のように業務命令を出し続けている内に、業績は徐々に低下。付加価値を生み出す生産現場に無関心な経営者が、救世主として担ぎ出したゴーン革命は、大成功したかのようにマスコミにて報道されている。

    しかし、私には技術の裏づけの無い経理上の日産の単なる復活報道からは、湧きあがる大きな疑問を払拭できない。その理由とは・・・。
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日産の惨状

   日産自動車は地価の高い関東地区に広大な工場を持ち、バブルと共に所謂含み資産(一種の不労所得)が急拡大。日産とは対照的にトヨタ自動車は愛知県の片田舎に工場立地し、その土地含み額は日産に遠く及ばなかっただけではない。
   
   関東では仮に日産が工場閉鎖をしても時価(路線価格)で土地が売れるのに対し、トヨタ自動車あっての豊田市ではトヨタ自動車が工場閉鎖し、土地を処分せざるを得なくなった場合に、その土地を買う企業が現れるはずも無く、その土地が暴落するのは嘗ての産炭地の土地価格の推移を調べるまでも無く明らか。
   
   実質土地本位制だったわが国での金融機関から見た日産の担保力は、トヨタ自動車に比べても余裕充分。含み資産に幸運にも守られていた日産は、いつの間にか膨大な借金の利払いに追われるサラ金地獄に落ち込んでいた。

   全国に配置された販売店には日産の資本が注ぎ込まれた結果、その実態は直営店そのものへと変質していた。日産から送り込まれた経営者は単なるサラリーマン。車の購入者よりも、銀座の不在地主の意向に強い関心を持ち続けるのは人の性。販売店の業績も落ちる一方だった。

   日産への原材料・部品供給会社にも日産の資本と共に経営者が送り込まれてきた。販売店と製造会社との業態は全く異なるが、日産との資本や人間関係の実態は似たようなものだった。
   
   日産の経営者が部外者の私でも解る惨憺たる経営の実態に気付かない筈が無い。彼らが考え出した日産復活への手法は、外圧を利用して行政改革を推進してきた日本政府と同じだ。人間関係のしがらみの中で自らへの打撃を避けて改革を進めるには、外人の活用こそが最も便利だ。外人なら誰でも良かった。多少でも名声があれば願ったり適ったりだ。
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ゴーンの応急処置

    企業再建男ゴーンの処方箋は簡単明瞭だ。資産(土地と株)を売却して借金を返し、原材料の納入価格を下げさせて差額を納品会社に負担させ、余剰となった社員に僅かの人参を付けて自主的に退社させ、設備投資と研究開発費を極限にまで圧縮して経費を削減しただけだ。

    後の仕上げは、形式的なものだ。コミットメントと称して短期数値目標を設定し、信賞必罰の成果主義のもと、絶対主義時代の皇帝のような大号令を全社員に下しただけだ。
     
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自動的な増益

    資産を売却し借金を返済すれば、支払っていた利子が利益に変わる。原材料価格の切り下げはそのまま日産の利益になる。設備投資を縮小すれば減価償却費も直ちに縮小し利益になる。研究開発費を絞ればそのまま利益になる。社員が減り人件費が減少すれば、その分が直ちに利益に変わる。

    つまり日産の利益の実態とは自らの生産活動で生み出した付加価値からではなく、外部からの資金の移転と内部の経費節減に過ぎない。

   直近の連結決算(平成17年度の決算)発表を会社四季報から取り出してトヨタと比較した。
   
                     トヨタ自動車       日産自動車    対トヨタ比率%
   
   総資産                 28.7 兆円            11.5                   40%
   自己資本                10.5兆円              3.1                   30
   自己資本比率             36.8%                 26.9                   73
   売り上げ                             21.0兆円               9.4                   45
   税引き利益              1.37兆円             0.52                   38
   利益率                                 6.5%               4.5%                  69
   設備投資                         15,288 億円          4,750                    31
   減価償却                          8,914 億円           3,071                    34
   研究開発費                       8,126 億円           4,476                    55
   人員                                 28.6 万人            18.2                     64
   一人当たりの売り上げ        0.73 億円            0.63                     86
   一人当たりの人件費   804万円(37.0歳)   730万円(41.2歳)      91
   
   日産の復活が喧伝されても上記のように、絶対値でも自己資本比率や利益率などの相対値でも、トヨタに勝てる項目は一つも無い。真の企業力は規模ではなく、一人ひとりの競争力にあるが、一人当たりの売上額も低く、そのためか人件費も低い。平均年齢を同じにすればトヨタの80%だろうか? 尚、一人当たりの人件費は連結対象者ではなく、単体の平均値。
   
    その上、コミットメントを導入して販売店にノルマを課した。需要の先取りであれ何であれ、販売台数が増加すれば、企業の実態は同じでも利益が瞬間的だが激増するのは、計算するまでも無い。

        膨大な利益が発生すれば以前とは異なり、膨大な配当金として手元の虎の子の資金が流出するが、ルノーから見れば出資金に対する正当な配当だ。

    しかし、一見完璧に見えるこの手法に、死角は無いのであろうか?
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業績の頭打ち

   製造業に課せられた永遠の課題は、お客様(需要先)に満足していただける品質の商品を低価格で提供することにある。

    そのためには、不断の研究開発と設備更新は不可避である。その両者を削除しても自動車会社の場合は過去の蓄積で、販売中の商品残存寿命が残っている数年間は、何とか現状並みの業績を維持できるが、その後には嫌でも難問に襲われる。

    企業規模がトヨタの半分にも満たない日産が、トヨタと全車種で競争する気があるのならば、トヨタ並の研究開発費は必須だ。しかし、現状では全利益を追加投入してもトヨタの研究開発費に追いつけない。かつて三菱自動車が軽から大型まで、トヨタを上回るほどの分野の自動車を販売していたが、乏しい開発費と少人数の開発者の元では充分なる商品開発が出来る筈もなく、品質面から消費者が離反し企業存亡の危機を招いた。

    日産が原材料メーカーの納入価格を切り下げた結果、原材料メーカーは材料転換や設計変更・経費節減などの工夫をしながら、企業の存亡を賭けて努力しているが、利益水準が下がるに連れて、背に腹は変えられず、品質の維持が難しくなる一方だ。

    日産自動車が今後続々と発売する予定の新型車で、品質問題を発生させれば命取りになりかねない。嘗ての雪印乳業、エレベータのシンドラー、ガス器具のパロマなど、枚挙に暇なしとはこのこと。

    製造業が手にする付加価値の本質的な源泉は設備と労働者とにある。余裕資金ではない。労働生産性を向上させ、品質を安定させるのは設備だ。設備投資を怠れば設備が劣化し、予期せぬ破綻を起こしかねない。バブル崩壊後の緊縮財政下で、製鉄・石油精製・電力・空輸・鉄道を初め一流企業と目されていた会社で、設備更新やメインテナンス不足が重なり、大災害が発生したのも珍しくなかった。

    日産での老朽化した設備に起因した品質不良が発生しなければ良いがと、心配せざるを得ない。 
    
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アナリストの限界

    所謂アナリスト達は日本人に限らず、欧米人も企業の評価は一面的である。経理計算のように数値化できる材料から企業力を評価する傾向が強すぎる。また彼らは業績の変化率(微分値)を過大評価し、過去の業績(積分値)を過小評価する傾向もある。

   彼らには労働者の質に起因する技術力、企業内に蓄積されている経験値(言葉では記述できないノウハウやノレンの価値など)を評価できないため、極端な場合には、それらの価値を除外して企業価値を評価する傾向がある。

    大学生の就職先としての日産の人気順位は、トヨタと覇権争いをしていた頃と比べれば地に落ちた。その結果は徐々に社員の質の低下として、ボデーブローのように効いてくる。日本は残念ながら、会社の階層と社員の質の階層とは、例外は無数にあるとはいえ、大局的には一致している。

    アメリカのアナリスト達はGMが今にも倒産しそうだとの全く無責任な放言をしているが、技術を評価できない者は、井の中の蛙に過ぎず、自ら作り出している視野の狭い評価視点から抜け出ることは出来ない、と私には感じられる。
    
    日産・ルノー・GMの提携交渉がマスコミを賑わしているが、大山鳴動して鼠一匹、が落ちか。89歳にもなるというGMの大株主の損失回復策が纏るとは、私には思えない。日産は他社のことより自社の足元を固めるのが先だ。
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今後の課題

    ゴーンが去った後からが、日産の試練の本当の始まりだ。今年前半の業績は惨憺たるものだが、その言い訳ほど幼稚なものは無い。『今は商品の末期だ。今年後半には新製品を8車種も発売するので一気に業績は回復する』 というものだ。

    自動車会社と電気会社との大きな違いは商品数の違いにある。基幹車種は僅かしかなく、その当たり外れは不可避である。業績を安定させるためには、全商品の開発を平準化し、刻々と常に新車の発売ができるように長期開発計画を推進するのが王道というのが、長年の経験則だ。

    一度に8車種も乏しい人材と予算で開発すると、三菱の二の舞にならぬとも限らない。その後、また暫く新車の発売がなくなり、ライバル各社からの新車攻勢を受けるとたちまちジリ貧に落ちる危険性が高い。

    短期の業績回復も大事だが、長期の経営計画も同等に重要だ。その種の経営の舵取りが未熟に感じられてならない。真因は余裕のなさにあるとは思うが・・・。    
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おわりに

    一度破綻しかけた会社が復活するのは、業種の如何を問わず大変難しい。再建男としてゴーンと対照的な人は、日本電産のオーナー社長永守重信氏である。氏は引き受けた会社の総てで、人員削減は一切せずに再建を成功させている。人徳の差であろうか?

        私には日産の再建は大げさに言えば偽装復活にすら思え、今後は徐々に業績が停滞すると予想している。我が予想こそ間違っていた、と言えるほどの実績を挙げる奮起を、同業者のOBとしても一層期待したい。

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すが鋭い分析だ。これだけの分析は経済雑誌などには出てこない。やはり人生を自動車産業とともにしただけあるが、トヨタOBでも書ける人はすくないだろう。寡聞にして他例をしらない。如何に彼ら(文筆業?)が、ビジネスを皮相的に見ているかがわかる。それに日産を持ちあげれば、同社関係者数万人が買うだろう(最近の経済雑誌のJR特集も同じ)。

財務は結果であって原因ではない。財務悪化をもたらした日産積年の病弊(労働組合の経営関与といわれているが)を解決しないで、財務だけの改善を 実現してもそれは一時的な改善で永続的なものではない。役所または役所的な会社、国鉄、JALなどの経営改善は人減らし、下請け切り捨てなど費用削減だけだ。

付加価値はなかなか作り出せない。じり貧路線だ。自動車産業も付加価値を継続的に作り出せるかどうかという指摘は正しい。技術開発競争力の源泉を削ったら終わりだし、少ない原資を多くの車種に分散しても駄目だね。アメリカ式の財務分析は駄目だ。私の商売ツールだが。良い財務結果自体は重要だが。

豊田市の地価はトヨタあっての地価。いわれればなるほど。JRローカル線の敷地価値と同じ。鉄道を廃止したらゼロ評価。北海道に帯状の無用地多数。それよりは豊田市の土地はましだろうが。

それにしても行き詰まった企業が再生した例は少ないね。企業の転落は不可逆変化だろう。カネボウも消えた。我々が就職したころ、山陽特殊製鋼の経営再建が話題になったが同社はどうなった?

関東地方には日産の下請けが多かった。日産の地盤沈下は広汎にマイナスを及ぼした。

@ トヨタ同期・東大工&経・一年で依願退職⇒平成23年4月27日に受信

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