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随想
           
トヨタ新聞(昭和54年3月16日〜平成5年2月19日脱稿)
   かつてトヨタ自動車では毎週金曜日に社内報『トヨタ新聞』が発行されていた。1ページ目の最下欄に朝日新聞の『天声人語』のようなコラム欄『けいてき』、後年に改称された『しかい』があった。警笛、視界の意味が込められていた。年初に管理職の中から25名が指名され1年に2回執筆させられた。テーマは自由であるが字数は決まっていた。

  私はどういう風の吹き回しなのか、けいてきで2回、しかいで1回、合計3回も指名された。コラムの書式はスペースなしの編集。段落には▼を入れて解りやすくしていた。このホームページでは新聞での指定書式は無視し、読みやすくするために段落ごとに改行した。
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職場の月間新聞(平成5年脱稿)
  職場で発行されていた小さな月間新聞の編集委員からコラム欄の執筆を頼まれた。

  読者に関心のある国々と、トヨタ自動車との関わりも添えて国ごとに短く纏めた。
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過去の年賀状(平成8年元旦〜脱稿)
   平成7年にワープロを購入したのを契機として、年賀状の本文には過去1年間の総括記録を書き込み始めた。以後今日に至るまで同じ方針で書き続けてきた。

      小学校6年生の時から送受信していた年賀状には手作りの作品が多かったとは言え『私は未だ生きています』程度の中身しかなかった。『どのように生きてきたか』が語られていない年賀状には住所録の更新資料程度の価値しか感じられず、物足りなかったからでもあった。

   過去の我が年賀状を改めて通読したら、期せずしてミニ自分史にもなっていた。尚、平成15年の年賀状だけは闘病中だったため、無念にも時期遅れの『謹賀新春』になってしまった。
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追悼(平成8年1月17日〜平成17年6月1日脱稿)
   友人や知人が私よりも一足先に天国へと旅立った。我が人生で何の縁もなかった人の死の報に接した場合には、その方がどんなに有名な偉人であろうとも、単なる自然現象にしか感じられなかったが、友人や知人の死では、肉親の死に次いで深い悲しみに包まれていた。

   ある時には追悼の挨拶も指名された。不運にも葬儀に参列できなかったときには追悼の言葉を遺族や友人たちにお届けせずにはおれなかった。しかし、近々訪れるはずの我が死に際し、追悼の言葉をいただける様な生き方をしてきたか否か、些か心もとない!                        
                                                                                                                        上に戻る
やませ(平成9年5月17日脱稿)
     初めての東北旅行だったが、冷害の元凶とも言われる『やませ』を体験した。

     この貴重な体験の機会に、『やませ』とはどんな現象なのか、考えてみた。
同窓会(平成10年5月2日〜平成17年1月1日脱稿)
     還暦を機会にいろんな同窓会が開かれた。多くの幹事の尽力で久しぶりに楽しいひと時も過ごせた。

   幾つかの同窓会では挨拶もさせられた。その時の心境を書き留めていた原稿を読み直すと、我が心が化石のように蘇ってきた。
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幼児教育(平成10年9月1日脱稿)
   『鉄は熱いうちに打て』と先哲は喝破した。幼児教育こそ、この名言の通りだ。

   一方、幼児とは対照的に、自我が確立しているだけではなく、頭も老化している老人相手の教育関係者の苦労が目に浮かぶ。
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がん死願望説(平成13年12月12日脱稿)
   人それぞれ、世の中にはさまざまな人生観があることに今更ながら驚いている。国家の管理下にある義務教育では、先端技術を駆使しながら出荷品質が限りなく均一な製品を作り出している工場と同じように、同じ価値観を持つ国民の量産を目指しているかと思っていたが、幸いにして私の勘違いだったようだ。

   がん死願望説を聞いた時には『なるほど、一理ある』と驚愕しながらも納得させられていたが、僅かその一年後の平成14年11月28日に、あろうことかあるまいことか私は胃がんの宣告を受けて仕舞った。その瞬間の我が心境は『治療費がどんなにかかろうとも、何とかして生き延びたい』だった。

   闘病生活が3年半過ぎた今(平成18年8月4日)静かにがん死願望説を再評価すると、がんに罹るはずがないと確信している健常者の理想に過ぎないと思うに至った。愛知県がんセンターで出あった殆どの人の場合は、がんの宣告を受けると、『理想的な死に方が出来る』と言って歓喜雀躍するどころか、腰も抜けるほどに落胆している様子に、励ましの声をかけることすら憚(はばか)られたからだ。
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燃料電池車(平成14年1月31日脱稿)
 『さようならエンジン燃料電池こんにちは』の読後感
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死ぬ準備(平成14年5月31日脱稿)
   姪の結婚式に参列のため帰省した(5/1〜7)折りに、福岡市に住んでいる友人達と3人で10年ぶりに恩師(私に友人の娘と見合いさせ、仲人も引き受けて頂いた大先生。勲二等)ご夫妻をお尋ねし、叙勲のお祝いを述べた後、3時間もお喋りした折りの話題です。
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進化論(平成14年6月1日脱稿)
  去る平成14年5月8日、ロイヤル・カントリークラブでゴルフ仲間(70歳・経済卒・トヨタOB・私には難しすぎる質問を頻発される方)から、またもや難問を突きつけられました。

『石松さん、進化論を信じますか?』
『環境の変化に対応した結果としての、適者生存と言う意味では信じます。それを進化と言えるか否かは別の問題だと思います』
『1万年前の人類は仲良く暮らしていたと思っている。今日の人類にはエゴイストが増えた。エゴイストが適者生存で増えたのなら、もっとエゴイストが増えそうな1万年後の社会はどうなるのでしょうか?』
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太陽の発熱密度の試算(平成14年8月14日脱稿)
  ある時『太陽の平均発熱量は、六畳間に豆電球を1個点けた割合に等しい』とのコラムを目にした。

    私には信じがたい数値だったが、念のためにとデータをチェックしたら、正しい解説と判り改めて驚愕した。人間(私)の直感、先入観の間違いに驚いた。
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故郷よ、さらば(平成15年9月4日脱稿)
   自宅から2Km離れた位置にある特別養護老人ホームに入居中だった母が平成15年8月23日22:30に永眠した。享年93歳だった。兄夫婦が駆けつけたときには既に死亡していた。最後を看取ったのは、職員・看護師・医師だった。
   
   父は12年前に享年88歳で永眠。両親の平均死亡年齢は90歳2ヶ月だった。多重がんの治療後、経過観察中の私には辿りつけそうもない高齢である。父は死の直前まで元気だった。夜半に誰にも気付かれることなく永眠した。高齢者の死はこのようにある時、突然訪れるようだ。
   
   郷里を遠く離れた子供は親の死に目にも会えなくなるといわれて久しいが、同居していても老衰で大往生する場合には、親の最後を看取るのは無理な場合が多い。
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自然保護(平成15年10月8日脱稿)
    私のゴルフ仲間で、69歳になられるトヨタの大先輩から『貴方はこの蜂を焼き殺せますか?』とのタイトルがついた、貴重なメールを拝受しました。

      大変興味深い話題だと思いましたので、原文と私の返信をコピーしました。
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元旦の由来(平成16年1月16日脱稿)
   水土日(ゴルフかテニスをする日)以外の日々は、自宅でノンビリと暇つぶしの日々。そんながん患者の余生の過ごし方を見透かしたかのように、質問魔のトヨタ後輩(東大法38年卒)から1/14にメールで突然、下記の挑戦状が届けられた。

   この挑戦に受けて立つべく、既に39ページまで書いていた『エジプトの追憶』の執筆を中断して、今回の報告書を急遽作成した。
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特許裁判(平成16年4月1日脱稿)
       先般(平成16年1月30日)、元日亜化学工業の中村氏が発明した青色ダイオードの製法特許に関する報酬として、会社に200億円の支払いを発明者にせよとの判決が下りた。

       その直後から、日本中の関係者や識者に加えて、マスコミの俄素人評論家まで百家争鳴。門外漢の私までもが、知人・友人から判決に対する評価を問われるに至った。
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台風(平成16年9月8日脱稿)
      台風は通常、赤道に近い太平洋上で発生している。最大風速が毎秒17.2mを越えた熱帯低気圧(昔は熱帯性低気圧と言った)を台風と定義しているが、17.2mといった中途半端な数値に何故決めたのか、インターネットで手抜きをしながらの検索では解らなかった。

   台風の気象情報を聞いていたら、上陸したとの表現は九州など4島の場合に使い、沖縄などの島に到達した場合には通過したなどと表現するようだが、これまた何故か理由が解らない。

   とはいえ、これほどの数の台風に出会うと、暇潰しに台風の特徴とは何か、我が貧弱な頭で考えてみた。賢人各位からのご批判をいただけるのが楽しみである。
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未来予測精度(平成16年11月1日脱稿)
   人間と猿との各3万個前後の遺伝子の内、異なっている遺伝子の数は全体の約1%(うろ覚え。ここで言いたいのは両者間で異なる遺伝子の数は極めて僅かの意)なのに、異なる遺伝子から発生した知能が、幸か不幸か何時も人類に未来を心配させ始めた。

   古代帝国の皇帝の多くは死後の世界まで心配し、手にした権力を駆使して壮大な墳墓を造営した。しかし、昨今の人間は古代人よりも少しだけ賢くなったのか、一国の独裁者であれ、世界に冠たる超大金持ちであれ、ささやかなお墓で満足するようになったようだ。
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漏水騒動(平成17年11月10日脱稿)
      9月上旬、水道の検針員から『微量ですが漏水していますよ』との警告を受けた。水道料金は銀行振込だったので日頃は全く確認していなかった。

      水道メータの一番高速で回る風車(パイロットマーク)がゆっくりと回っているのが確認できた。後で業者に聞くと、この風車は30回転で1gになるそうだ。
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葬儀の準備(平成17年10月24日脱稿)
    去る8月1日の定期検診の結果、愛知県がんセンターの主治医から『がんは完治した。今後の経過観察は不要!』とのご託宣を受けたものの、半信半疑の我が心境は然して変わらなかった。過去3年間に9人の医師によるがんの診察を受け、4人が誤診したからでもある。A医師は胃がんを見落とし、B医師は食道がんを見落とし、CD医師は肺がんがあると誤診した!
   
   がん保険に入るよりも、自己負担でがん検査を受ける方により価値があると考えて検査の続行を提案し、来る12月15日には名古屋共立病院で第5回目のPET/CTの検査を受ける予約手続きをした。愛知県がんセンターは予算不足で未だにPETは導入されていないのだ!     
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自動車事故(平成18年1月6日脱稿)
   去る平成17年12月6日(火)に荊妻のコルサが東新町交差点(トヨタ自動車元町工場北西角)の赤信号で停車中に、中年女性の軽乗用車(三菱)に追突されて押し出され、前の車(これも三菱の軽)に追突した。
   
   余談だが、三菱の軽自動車が全国の自動車に占める割合が3%と仮定すると、走行車の前後に同車が存在する確率は0.1%以下になるので、大変珍しい現象に遭遇したことになる。
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美人局(平成18年3月31日脱稿)
   世の中には奇妙な行動を取る人が引きもきらない。『振り込め詐欺』もその一つ。いつの日にか私も体験したいと待ち構えているのに、未だにその種の電話が掛かってこない。

   待ちぼうけを食らっている間に、とうとう待望の電話の代わりに、おかしなメールが去る3月28日から立て続けに飛び込んで来た。
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日産復活への疑問(平成18年8月29日脱稿)
        トヨタ自動車と共に日本のモータリゼーションを牽引してきた日産自動車は、経営者と労働組合幹部の対立抗争にも足を掬われ、徐々に衰退し始めた。

        しかし、その起死回生策として担ぎ出したゴーンによる前代未聞の荒療治によって、一見息を吹き返したかのようにマスコミによって喧伝されているが・・・。
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名大公開講座(平成18年9月29日脱稿)
   少子化の影響からか大学間の競争が激化し、各大学が雨後のタケノコのように公開講座の類を開催し始めた。我が家の西19Km地点にある名古屋大学は先見の明があったのか毎年秋に開催し、何と今年で38回目になるそうだ。
   
   あるとき古希を超えて尚向学心旺盛なゴルフ&テニス仲間のトヨタ先輩から誘われて、名大の公開講座(受講料=9200円)に初参加した。同先輩は数年前、公開講座の閉会式では聴講生を代表して挨拶をさせられたそうだ。
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漏電火災事故(平成19年6月4日脱稿)
   単に生きているだけでも、人生では意図せざる現象に遭遇するようだ。

      去る平成19年4月10日〜27日までのバルカン六ヶ国旅行から帰宅した時刻の30分前に、我が居間で漏電事故が発生した。
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航空機の燃費(平成20年5月19日脱稿)
      ローマクラブは1972年に『成長の限界』というレポートで、石油はあと15年で枯渇すると発表した。石油は海洋プランクトンの死骸が変成した化石燃料であり、資源量に限界があると主張した。

   一方、米国のハーマン・カーンらは『成長の限界』は、開発途上国の経済成長を阻害し、いつまでも低開発のままにしておくことを主張していると批判した。そして石油は科学技術の発展で補えると主張した。
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振り込め詐欺未遂(平成20年5月31日脱稿)
   水土日はスポーツで外出。在宅日の月火・木金は晴耕(5〜9月は家庭菜園の管理に追われるが癒しのひと時)雨読(パソコン遊び)や休息。5月初旬のある日のんびりと自宅で過ごしていたら、電話のベルが鳴った。
   
   『石松でございます』『健一だけど昨日携帯電話機を落とした。新しい携帯を買ったので電話番号を連絡しておこうと思って・・・』。
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海岸に打ち寄せる波(平成20年8月20日脱稿)
   昨秋、質問魔のテニス仲間(トヨタ後輩)から『この地球上では何処の海岸に立っても、沖合から波が海岸に押し寄せてくるのは何故か』との質問を受けた。

      氏は3人兄弟。3人とも東大卒という天下の秀才兄弟の一人。私を困らせようとしてクイズを出したのではなく真面目に質問したのだ。
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バブルは必ず崩壊する(平成20年9月1日脱稿)
   丁度10年前の1998年9月1日にトヨタ自動車を定年退職した。退職金で住宅ローンを繰り上げ清算した。手元には若干の株式と現金が残った。

   次女は1998年の晩秋に挙式予定、末子の長男は同年4月にトヨタ自動車に就職。保護者義務も完了し、気分も清々した。推定余命20年間は細々ではあっても年金(厚生年金+企業年金+財形年金+個人年金)で今までレベルの生活は出来る見通しも立った。無理して働くニーズはなかったし、働く意欲も何故か起きなかった。
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節水トイレの盲点(平成21年2月28日脱稿)
   34年前の昭和49年12月7日に新築移転後昨年までの間、トイレの配管が詰まったのはたったの2回。それもトイレ用のスポイドゴムで簡単に解決した。

   その後、20年以上も前に松下電器製温水トイレを古い便器に後付した。更に6年前には、待望久しかった公共下水道管に直結した。
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謎の1セント硬貨の読後感(平成21年3月25日脱稿)
      私は60歳でトヨタ自動車を定年退職した後は、硬表紙の書籍を買ったり図書館から借りて読んだりしたことは殆ど無かった。

      現役時代とは異なり、勉強せざるを得ないニーズもなかったし、今更知識を増やして何になるのかとの拒絶反応も抑えられなかった。そんな読書よりも現役時代には時間的な制約から我慢していたスポーツ・国内外旅行や財テクに時間を割きたかったからでもあった。
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仏教界との訣別(平成21年6月30日脱稿)
   仏教・キリスト教・イスラームの何れも開祖は当時の民衆の精神的な悩みを救済すべく登場した。統治者も人民統治のために宗教の力を活用した。両者は相互依存の関係でもあった。世界各地にある世界遺産の多くは宗教関連の建築物や元王宮の類である。両者に支配・酷使された人民の血と汗の結晶だ。

   信教の自由が保障されるようになった現代、我が国の仏教界も人民統治の手段からは開放された。例えば江戸時代には仏教界に託されていた戸籍管理や教育(寺子屋)は行政に移管された。その結果、税制上の恩典や文化財の維持管理費の補填などが残されているとは言え、仏教界の経済的な基盤は弱体化してきた。そのとき、救世主の一つとして戒名が重用され始めた。
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知足生活に突進(平成22年1月15日脱稿)
   本年(平成22年)は私にとり6回目の寅年(虎年の誤植ではない。十二支の読みは動物名だが、鼠・牛・虎などの動物を表す漢字は何故か使わない習慣)だ。日本男子の平均寿命79歳も指呼の間に迫り、人生の終末が近いとますます強く意識し始めた。

   偶々昨年夏に出かけた南部アフリカ11ヶ国旅行で、先住民達は殆ど自殺しないと知ったからだけではない。彼らの表情からも満ち足りた人生が読み取れて心底感動した。ブータン前国王が提唱した国民総生産(GNP)に代わる国民総幸福量(GNH)という理念にも相通じるものを感じ、善は急げと其の真似を早速始めた。  
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少子化万歳!(平成22年2月10日脱稿)
   世界の総人口は人類誕生以来増減を繰り返してきた。食糧増産技術(新品種・品種改良・灌漑・施肥・農薬・開墾・耕運道具・農業機械など)の進歩は人口増加の主因となった。一方、凶作による餓死や戦争による虐殺だけではなく、ペストなどによる大量死は人口の減少を招いた。でも、百年間隔の歴史的なスパンで評価すれば総人口は着実に増加してきた。

   とは言え第二次世界大戦までの人口の増減は、大局的に見れば地球環境の収容能力内での単なる自然現象に過ぎなかった。

   しかし、世界の人口が何れ100億人になるのではないかとの予測も乱れ飛び始めると、庶民を扇動するのが趣味に近いマスコミや誰からも信用されていない馬鹿丸出しの評論家の類だけではなく、誰もが人類の未来に漠然とした不安を抱き始めたようだ。

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BBCによる来宅取材(平成22年3月10日脱稿)
   平成22年2月24日に突然下記の取材申し込みをメールで受けた。3月5日は3ヶ月間隔で受けている、私には大変重要ながんの定期健診予約日だった。電話で相談した結果3月4日に来宅取材を受けることになった。

   イギリスのBBC放送でコーディネーターをしている西山麻衣子と申します。突然のメールをお許し下さい。ホームページを拝見して、メールを送らせて頂いております。

   現在、私どもBBC英国放送協会では、トヨタ自動車の歴史、現状についての1時間のドキュメンタリー番組を制作するため、準備を進めております。この番組では、トヨタ自動車の歴史、現状、豊田市の歴史、そして日本の経済高度成長や現在の経済の状況などについても取り上げる予定です。
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プレザンによる来宅取材(平成22年4月11日脱稿)
   昨年(平成21年)4月トヨタ自動車の関連会社である豊田通商の子会社から突然電話が掛かってきた。豊通カスタマーセンター鰍フ季刊広報誌『プレザン』の連載記事『わが人生に乾杯!』に、私を元気人として載せたいとの取材申し込みだった。

   プレザン(Plaisant)とはフランス語の『たのしい』との意。人生が楽しい、毎日が楽しいと言えるような、充実した生活に役立つ情報をご提供します、と広報誌の表紙には謳われていた。

   平成20年頃のあるとき、近くのコメダ珈琲店(愛知県下だけでも253店もある大手。無料でトーストとゆで卵を付けるモーニングサービスの元祖らしい)にお互いの友人や知人が集まる機会が、トヨタ先輩の呼びかけで用意された。知る人ぞ知るトヨタOBの超有名なスポーツマン山田博嗣氏(後述)とは、其の時が初対面だった。その氏こそがプレザンへの私の推薦者だった。
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露天風呂三昧(平成22年6月17日脱稿)
   加齢と共に温泉に魅力を何故か感じ始めた。余生へのソフトランディングも兼ねて、還暦の数年前から荊妻を誘って毎月一回のささやかな温泉旅行を始めた。しかし、近隣の温泉に行き尽くすと目標を喪失した。

   60歳代後半(胃がんと食道がんの寛解後)からは、スポーツ仲間を誘っての年数回の温泉旅行に切り替えた。私にとって温泉郷の旅館やホテルの魅力とは彼らご自慢の会席料理にはなく、無心の境地になれる露天風呂にあった。でも、午前10時のチェックアウトに追われて、快適な朝の露天風呂にのんびりとは入れないとの不満を払拭することは出来なかった。
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電気自動車への疑問(平成22年7月16日脱稿)
    実用に耐えるガソリン自動車が開発されて約百年。その間に人類は数倍もの大増殖を果たし、来るべき100億人時代に備えてのエネルギー不足と地球の温暖化を本気で心配し始めた。しかし、それら大問題の原因の一つを解決できるのは電気自動車だそうだ。

   今や世界各国とも官民挙げて恰も戦争に突入するかのような意気込みで、電気自動車の開発に取り組み始めた。

   でも、私には此処には超大形の難問が隠されているように思えてならない。関係者には自明の課題なのに、この難問に関して誰もが定量的な証拠を示して、問題点を何故正直に公表しないのか不思議だ。
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料理事始(平成22年12月4日脱稿)
   平成22年に入り俗世界とは訣別し『知足生活』⇒晴耕雨読の余生を満喫。時間に恵まれると、脳裏にやりたいことが突然現われるから不思議。最初に取り組んだのは露天風呂(4/15完成)とお墓(自作の戒名⇒世界百余国漫遊大居士)。次には料理が閃いた。

   料理のテーマは何でも良かった。友人の何人かは男の料理教室に通っていたが、外出が面倒になっていた私は独学にて挑戦。どんな料理でも元祖は独学だ。私にも可能な筈と確信。出来具合は問わない自己満足の世界。

   難しそうなものは敬遠し、シンプルな対象から出発。第1回目は大好きな生ハムの、スライス作業。
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終の棲家の建設前編(平成23年1月1日脱稿)
   平成14年12月19日に胃がんの外科手術を受け後、食道がんの治療で4回も入院した。無意識のうちにもその影響を強く受けたのか、我が余生の短さを覚悟し死ぬ準備を徐々に開始。そのテーマの一つが我が終の棲家となる墓の建設だ。

   幸い我が家から10Kmの森の中に398,000平米の豊田市営墓地があり、毎年秋に墓地の公募がある。平成21年夏、豊田市役所公園課で応募に必要な資料を受け取った。その中で、墓地の応募資格には手持ちの納骨があること、という奇妙な条件を発見。
                                                                                                                          上に戻る
職人に乾杯!(平成23年6月30日脱稿)
   人類誕生以来、連綿と続いた歴史を支えていたのは、今で言えば農林水産業(第一次産業)と職人による加工業(第二次産業)だった。夫々の時代の生活ぶりは古代遺跡の発掘から、次第に解き明かされてきている。

   人類の歴史を一変させたのは産業革命以降、不断に開発され続けてきた新商品とその量産技術による原価低減にある。先進各国では農村部でも都市部でも、職人が毎日のように廃業している。でも、人生にわくわくするような喜びを感じさせる新しい技術を、不断に創造し提供してくれる本物の職人業は、決して消滅することは無い。それどころか、ますます期待されているようだ。
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東日本大地震(平成23年7月21日脱稿)

   東日本大地震は原発事故を誘発しただけではない。未曾有の巨大な津波も伴い、歴史的な被害を周辺住民に与えた。被災者各位に謹んでお見舞い申し上げます。この大地震は誰もが想定していなかった日本の真の課題や、産業界に秘められていた世界に冠たる日本の実力を図らずも炙(あぶ)り出した。

フビライによる言われ無き蒙古への服属要求は建国以来、日本が初めて遭遇した国難。若干21(数え年)の第8代執権北条時宗は、全国の武将や国民を総動員し臨戦態勢を整えた。文永の役(127410?24)と弘安の役(12815?31)は台風(時期的に見れば神風説に私は疑問)にも助けられて幸い乗り切った。

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終の棲家の建設後編(平成24年1月31日脱稿)
   平成22年夏に『我が終の棲家』の建設計画を立てた。東日本大地震の発生前だ。文書で明示した設計条件は@近く予想される東南海大地震でも倒壊しない構造A骨壷10個が収容できる大きさのカロート(納骨室)B耐久性は100年、の僅か三点。外観のデザインは日本では半ば伝統と化している和型に拘る必然性は全くない。全てにわたり自由と強調した。

   墓石業者10社から独創的な設計図と見積りを集め、業者の選定は同年秋に終わった。そこまでの経緯は『終の棲家の建設前編』に纏めて、ホームページ(随想)で発表した。

   後編の報告は平成23年6月に完成した基礎工事と同年12月に完成した墓石の組立作業までの経緯を纏めたもの。何よりも驚いたのは工事業者による職人の働かせ方の違いにあった。トヨタ自動車での現役時代、自動車関連の部品工場の技術調査は、内外合わせると1,000社程度になるが、これらは同一部品の反復連続生産の世界。

   一方、我が墓作りは私がリピータになるはずもない一回限りの別世界。相見積もりで大きく開いた価格差は機械の使い方と職人の働かせ方の巧拙にあった、と工事を見学するや否や即座に納得。最安値を提示した豊橋市の石寅とみよし市の打越土木とには、予め文書で明示していた通り契約金は一銭も支払わずに口頭約束で発注しただけだ。でも、業者の想定外の誠実な作業を目(ま)の当たりにすると、我が死後も感謝し続けたい、と思わずにはおれなかった。

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