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温泉旅行平成24年

その1・伊東温泉(平成24年2月20日脱稿)

   海外旅行も96ヶ国に出かけたら、疲れただけではなく遂に飽きてきた。無数の世界文化遺産を眺めると、人間の知恵など浅そうで深く、深そうで浅く感じただけ。その価値とは見る者の洞察力次第と悟るに至った。がん治療による5回もの入院に加齢も加わり体力が落ちたとの自覚もあってか、大げさに言えば我が帰巣本能が徐々に覚醒し、国内旅行へと関心が移り始めた。

   今までも新年会や忘年会などに仲間を誘っては時々近隣の温泉に出かけてはいたが、長期を見据えた計画性には乏しかった。毎週のように顔を合わせるテニス仲間のうち、国内旅行に関心のありそうな人に声を掛けて、3年前から試行開始。平成21年の体験をホームページの旅行記編に『温泉旅行事始』のタイトルで報告。引き続いて平成22年の体験は『温泉旅行平成23年』のタイトルで、同じくホームページに報告した。

   今後も元気な間は国内温泉旅行を続ける価値があると思うに至り、仲間の要望も組み込み、2ヶ月間隔・一泊または連泊を基本パターンにし、1台の車で出かけられる地域の温泉郷を選ぶことにした。おおよそ片道500Km圏内だ。それでも数え切れないほどの温泉郷がある。

   日本の地理・歴史に関しては大学入試(昭和33年)後、まともに勉強したことは無かった。この際、旅行の都度情報も集めながら旅行記に纏め、ホームページに報告することにした。読者の我が祖国への関心を少しでも高め、寂れつつある温泉観光地へ出掛ける動機になることも多少は期待しつつ・・・。


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はじめに

   中部地方は温泉天国。奥飛騨温泉郷・穂高温泉郷など枚挙に遑(いとま)なしだ。山紫水明とは言えこれらは山岳地帯。一方、伊豆半島の景観には海もあるのだ。伊豆の魅力は温泉湧出量の多さだけではない。各私鉄沿線の観光開発も進み、今や誰もが手軽に楽しめる我が国屈指の温泉郷に成長していた。

   私は子供達が小さいころ、トヨタ自動車の保養所がある富士山麓・箱根・強羅・
熱海などに宿泊した折には、海岸に沿って伊豆半島を何度か一周した。中でも石廊崎の丘の上からの眺めは、南アの喜望峰にある海抜248mのケープポイントに匹敵するくらいだ。アリストテレスに今更指摘されなくても、地球は丸いと素直に納得させられる。しかし、末っ子が中学生になったころから家族旅行の頻度も落ち、伊豆半島にも出かけなくなっていた。

紀元前5世紀にはピュタゴラス派によって、地球球体説が採られていた。完全な形は球だけというのが理由だった。アリストテレスは月蝕の際、月面に丸い陰を作るのは球だけという説明をしている。

地球球体説は、紀元前4世紀にアリストテレスによって証明され、その後アレクサンドリアのエラトステネスという科学者がシエネ(現在のアスワン)とアレクサンドリアの太陽高度の差から地球の周囲の長さまで計算している。


   伊豆半島は豊田市からも近い距離だ。今後もトクーのフラッシュマーケットに注意しながら、出かけるようにしたい。小さな半島なのに天城山脈など中心部に私は出かけたこともなく『伊豆の踊り子』に関連する名所も巡りたい。



フラッシュマーケット

一定時間内に一定数が揃えば、購入者は大幅な割引率のクーポンを取得することができるという手法。たとえば「24時間以内に30人の購入希望者が集まれば、フルコースディナー7400円相当が54%割引の3500円になるクーポンを提供」のような形態をとる。

指定された時間内に最低販売数に到達しなければ不成立となり、クーポンは提供されない。このため購入者がTwitterやソーシャルネットワーキングサービスを使って口コミを起こし、他の共同購入者を短時間のうちに集めるという行為が行われる。

特徴
* 共同購入型クーポン系サイトの特徴は以下の通り。
1. クーポンの掲載期間に時間制限がある
2. 最低購入数と上限数が決まっている
3. 1日1エリア1クーポン


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伊東温泉その1


   我が温泉仲間の平成24年の新年会は伊東温泉にて開催した。外気温は低かったが天候にも恵まれ仲間は超満足。我が温泉仲間には一流ホテルでフルコースのフランス料理を食べながらの宴会は向かないようだ。普段着のまま出入りできるところならば、ストレスも小さく心がより強く癒されると体験。私は国内だけではなく海外旅行ですらも、擦り切れたジーパンと履き慣れたテニスシューズを愛用しながら出かけるのが大好きである。

   フラッシュマーケットで人気沸騰中の『トクー・・http://www.tocoo.jp/』への申し込みにも慣れてきた。今回は一泊二食なのに僅か4,150円の『たぬきの里』を選択。昨秋来、トクーの非会員である友人・知人に頼まれて延べ数回・30人弱のたぬきの里のクーポンを我が名義で購入したが、我が温泉仲間と宿泊したのは今回が初めて。

   5階の角部屋二室が割り当てられていた。広々とした入り口・床の間付の10畳二間続き・2面ある窓側の広い縁側からは素晴らしい眺望。籤引きで3人ずつに分かれた。夕・朝食は広々とした特別室でこれまた専属の仲居が付くという特別サービス。一般客は大きな食堂のテーブル席に集められていた。どうして、我がグループだけが特別待遇を受けたのか、支配人の私への感謝の気持ちの一端だろうか? 当日は満室だったそうだ。

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往路



   富士川SAで一服。電線が写真に写らない場所を探した。雪を抱いた富士山の美しさを再認識。新幹線や車中から横目でちらっと見る姿とは異なり、真正面からの眺めだ。



   アルメニアとトルコとの国境の河を見下ろす位置から眺めた、トルコ東部のアララット山に何と良く似ていることか。キリスト教徒がノアの箱舟の伝説にも背中を押されて、最も神聖視している山と思う心境にも納得。

   渇水続きだったのか、名にし負う日本三急流のひとつ富士川も『五月雨を集めて早し、最上川』(芭蕉は何故速しとしなかったのか、私には解らない)とは似ても似つかぬ別世界。その流れはがん患者のように痩せ細って弱々しい。積雪あっての富士山。夏の富士山は見るよりも登る山だと改めて納得。



   トヨタの大先輩中川氏(愛知県在住)の奥様が作られていた千切り絵。同夫人が兵庫県の介護病院に入院されていた故父上を励ますために、連日のように送られた絵手紙は2,000枚を突破したとか。量は質にも昇華。画才は更に磨かれて今やセミ・プロ級。その後は千切り絵にも挑戦されている。写真とは対照的な柔らかい富士山の仕上がりにも感動。



   昼食は沼津魚市場。いつものことだが、胃がん手術で小さくなった胃の一部を夕食用に欲深く空けるために、メニューの選択に迷った。でも、ここは海鮮の本場。数十軒もの魚屋が犇(ひしめ)きレストランも多い。

   評価基準は量より質。私は一貫350円のマグロの大トロなど握り寿司3貫と、どんぶり一杯の蟹の味噌汁。いつもの一皿2貫105円の回転寿司とは一味も二味も違い超満足。仲間の4人は海鮮汁付き・握りずし7貫分の海鮮丼に舌鼓。

   来る5月、今年3回目の温泉旅行は土肥(とい)温泉(伊豆半島の西側・クーポンは購入済)。往路には沼津魚市場に再び立ち寄り、仲間に超人気だった兜煮と大トロの柵(さく)は忘れずに買う予定だ。次回の昼食でも大トロの握り寿司を食べたい。今回見つからなかった世界一大きなタカアシ蟹(獲れた時任せの不定期販売)も食べたい。仲間が多いと品物選びの選択肢が広がり、楽しくなる。



   車中のBGM用になればと今年1月に通販で購入した『懐かしき日本の歌・CD・全7巻・150曲・19,000円』を聴いた。今やカーナビは単なる道案内だけではなくCDの再生の他、テレビ・AM・FMや通信などの多機能製品に成長。スピーカの数も多く車内は一転して高級オーディオルームと化し、旅の疲れすらも癒してくれる必需品だ。

   チェックインするや否や大浴場に飛び込み、部屋に戻るや愚にも付かぬ会話を楽しみながら夕食まで過ごす酒盛りこそが我が旅の最大の目的。魚市場ではマグロの刺身の他に、大きなマグロの兜煮(家庭での調理は実質的に不可能)も購入していた。初めて食べた兜煮の美味しさに驚愕。刺身よりも美味しかった。

   PM8:00~9:00はカラオケルームの無料サービス。宿泊客にカラオケ設備を勝手に使われないようにと、マイクは受付での手渡し管理。初めて聞くこのアイディアに驚く。我が体内時計はいつの間にか5時間もずれ、自宅ではいつも7時に就寝。この日は睡魔と闘ったがカラオケも諦めて遂に8時に就寝。

   私は数年前に1,000曲入りのカラオケマイクを購入し、50インチのプラズマテレビと手持ちの大型ステレオ装置とを繋いで、文部省唱歌や演歌の練習をしていた。でも、一向に上達せず(成績は数字で表される)意欲も喪失。いつの間にかマイクは埃を被ったまま。

   カラオケ嫌いになった理由のひとつは演歌の歌詞にもあった。演歌は普段は曲を音声として聴き流し、歌詞には関心が無かった。でも、カラオケとして練習する場合はテレビに映し出される歌詞を嫌でも読むようになった。

   その歌詞の殆どは、何の努力もしない怠け者の嘆き節に過ぎないと気づいた。多くのカラオケ(演歌)愛好者は自らの人生を人前で嘆く恥ずかしさの代わりに、カラオケの歌詞に儚(はかな)い人生体験を投影しながら愛唱しているのではないか、と今では解釈している。その典型は美空ひばりの『悲しい酒』。

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空(くう)

空(くう)・・・愛知県では人気度抜群の日本酒

   空は3、7、11月の3回だけ、予告なしに発売される。県下の酒屋では発売されるや一瞬にして蒸発するほどの売れ行きだそうだ。酒屋では予約すら受け付けず、一人1本の限定販売。松坂屋豊田店でも予約は拒否。確実に入手するには醸造元に出かけて予約させられる販売システムだ。

   とは言うものの空も全国的な知名度では、新潟県の『久保田』ほどではないようだ。でも、各県毎に甲乙付け難い自慢の銘酒が溢れている現在、日本一の銘酒がどれなのか判定は困難なようだ。

愛知県関谷醸造株式会社  蓬莱泉「純米大吟醸」空(くう)
 
上立ち香は果実のように上品に香り、含むと造りの綺麗さを感じながらも程良い甘味が心地よく、引き際はかすかな余韻が可憐。最低一年以上熟成されて出荷されるこのお酒は、落ち着いた味わいが低温熟成ならでは。1.8リットル=7,455円(税込)。720mリットル=3,360円(税込)。

   自宅から僅か600m地点、幹線道路を挟んで向き合って競合している愛知県下大手の酒屋(ビッグとすぎた)の朝日支店の月末恒例の安売り日は、トヨタ自動車の給料日前後の木~日。ザ・プレミアム・モルツも箱買いならば今や2割引(一缶195円)というご時勢にも拘らず、店頭の冷蔵庫に空は決して並べない。来客とのトラブルを防止しながら、お得意様お一人につき1本を売る方針を断固として堅持。

   私はアルバイト店員に倉庫内を点検させて、空の在庫を昨秋偶々発見。4合瓶と1升瓶とを1本ずつ購入。旅の仲間と一緒に飲みたくて、4合瓶は正月にも飲まずに大事に保管していた。旅仲間の酒幹事が同じサイズの湯飲み茶碗を座卓の上に並べ、均等になるように慎重に分けて、乾杯!! 

   私は実は今でも、日本の酒造業界の実態には不信感を持ち続けている。以下のような実態が横行しても咎められない本質的な理由は、酒の品質評価方法が未だに確立されていないことにあると断定している。商売優先・顧客無視の酒造業界の怠慢だ。

   とはいえ、自動車の燃費だって色んな評価法が混在しており、トヨタOBの私は大口を開けて酒造業界の商法を嘲(あざ)笑うこともできないが・・・。海外で日本食ブームが幾ら続いてもこんな実態では、国産の酒類が海外で大規模に売れるはずも無く、ジリ貧になるだけと推定している。
   
日本酒

   水の宣伝・・・。我が社はどこそこの名水を使っていると宣伝するが、名水と称してもその実態は怪しげな単なる湧き水だ。酒造に最適な名水とは何か、どんな無機塩類が含まれておれば名水と言えるのか、の成分分析結果が今に至るまで業界からは公開されていない。

   名水とは何かが解かれば工業的に生産できるはずだ。本当は解っているのだろうが、公表すれば自らの首を絞めるだけなので隠蔽していると邪推している。全国各地の中小酒造業者から掻き集めた地酒を名水の陰に隠れて、灘産と称しての出荷も公然と許されているようだ。消費者を馬鹿にした幼稚なイメージ商法だ。
   
   この種の悪徳商法は他業界にも蔓延しているのが、守銭奴うようよの日本の悲しい現実だ。魚沼コシヒカリの生産量の10倍もの同商品が流通しているそうだ。愛知県産の茶葉も宇治茶に化けているそうだ。関鯖・越前ガニ・松阪牛など枚挙に遑(いとま)なしだ。これらも当該商品の品質評価法が確立していないことに主因がある。でも、DNA鑑別が簡単にできるようになり、この種の阿漕(あこぎ)な商法も徐々に駆逐され始めてはいるようだが・・・。

阿漕

三重県津市の阿漕(あこぎ)が浦に伝わる伝説がもとになっています。

親孝行の平治が病弱の母の健康を取り戻すために禁漁区にあえて入って密漁をします。しかし、現場に置き忘れた笠から平治の仕業であることがわかって捕えられ、処刑されてしまいます。村の人たちは親孝行の平治の死を悼み、その処刑を残酷なことをする、アコギなことをする、というようになります。

その後、残酷なことという意味が少しずつ転じて、欲張りなこと、あつかましいこと、強欲なことを表すようになっていきます。


   世界的に見ればコカコーラの経営方針は立派だ。どこの国でも同じ品質の製品を販売している。輸送費を節約するために、水は現地調達⇒事後処理をし、米国から持ち込んだ濃縮液を加えて炭酸ガスを注入しているだけだ。でも、濃縮液の成分を勿体振って発表しないから、私は不愉快に感じて飲まないが・・・。
      
   杜氏の宣伝・・・。私は今までにもいくつかの小さな醸造元を見学している。多くは不潔な木造工場の中の土間に、年代物の汚い桶を据付けている。発酵途中の醪(もろみ)を掻き混ぜるだけの土方仕事に駆り出されているのは、冬季仕事の無い寒村の農民だ。

   杜氏の腕(ノウハウ)が重要ならば、その作業の本質を見極め、温度管理や攪拌頻度・攪拌方法を機械化するのはいとも容易(たやす)いことだ。機械化するより人件費が安いだけの世界に安住し、白衣を着せて神主のように取り繕った姿を撮影してはPRに使っている。

  酒米・・・。山田錦が酒米としては有名だ。でも、製品としての酒の味覚よりも歩留まりが良いだけのように私には感じられてならない。

* 米粒ならびに中心部にある「心白」というデンプン質が大きく、かつ、鮮明に中央にある。
* タンパク質、脂肪の含有量が少ない。
* 普通の米より、大きくて、粒の中心が白い。
* 粘土の多い土地で、夏の間、昼と夜の気温の違いが大きい場所が栽培適地。
* 茎が長く、強い風が吹くと倒れやすい。倒れた場合は米の質が悪くなる。
* いもち病(稲熱病)にかかりやすく、普通の米より育てるのが難しい。

   山田錦のライバル米は全国各地で栽培されている。その言い分に言葉が踊っている。食べても美味しい郷里の誇りとなっているコシヒカリを使っている云々・・・。食用で美味しい米が酒米としてもベストだという仮定に疑問がある。
   
   インディカ米はジャポニカよりも香りが強く、カレーライスやチャーハンにも向いている。世界的にはジャポニカよりも人気が高い。日本酒に限らず凡そ酒類の命は『香り』にあると勝手に確信している私は、インディカ米を酒米に品種改良して欲しいと願っているが・・・。

   日本酒を飲む前に燗をつけるのは異臭を蒸散させるためだ。三倍酒全盛時代では必須の作業だった。その延長線上に、米以外の原料から作られた醸造アルコールを混入させた粗悪な日本酒が今でも尚横行している。高級日本酒を冷酒で飲むのは、燗を付けると揮発する香りを大切にしているからだ。ビールを冷やして飲むのとは理由は全く異なるのだ。

   
三倍酒

米と米麹で作ったもろみに清酒と同濃度に水で希釈した醸造アルコールを入れ、これに糖類(ぶどう糖・水あめ)・酸味料(乳酸・こはく酸など)・グルタミン酸ソーダなどを添加して味を調える。

こうしてできた増醸酒は約3倍に増量されているため、三倍増醸酒・三倍増醸清酒などと呼ばれる。三倍増醸清酒は、そのままの状態で出荷されることはなく、アルコールを添加した清酒などとブレンドされて製品化される。

第二次世界大戦後、外地米の輸入が途絶えた上に引揚者や復員兵によって人口が増加したため米不足が深刻となった。そのため、戦時中から認められていたアルコールの添加による清酒の増量に加えて、増醸酒の製造が認められた。

米不足が解消した後も、酒造米の配給制度が続き自由に酒造米を購入できなかったこと、低コストで清酒を生産できるので利益率が高いこと、大量に生産できるので消費の拡大に対応ができたこと、消費者が、米不足のため低精白になり、雑味などが増えた純米酒よりは三倍増醸清酒を好んだことなどにより、戦後の清酒の主流であり続けた。


   各種日本酒を飲み比べた結果、私が辿り着いた結論は4合瓶で3,000円(税込3,150円)以上ならば当たり外れが少ないどころか、私にはその味の差は殆ど区別できないと体験。同1,000円前後の酒は、酔うのが目的ならばいさ知らず、舌への刺激が強すぎる結果、私は敬遠している。
   
   私が極端に嫌悪しているのは金箔入りの日本酒だ。金箔は香りどころか味覚にも影響せず、必須栄養素として吸収されるはずも無く、馬鹿丸出しの貴重な資源の無駄使いだ。金箔入りのワイン・ビール・ウイスキー・ブランデーは欧州に限らず、海外では見たこともない。
   
ビール

   国内では大手4社の寡占状態だ。しかし、トップクラスの売れ行きを示しているスーパードライや一番絞りでも、原材料名を見るとトウモロコシや食用にもならない等外米等が使われていることが解る。

   これらを原材料に選んでいる理由が公開されていない。単なる醸造アルコールの出発原料に過ぎないのに、正直に説明しないのは材料費を節約する動機が恥ずかしいのだ、と邪推せざるを得ない。ビールが美味しくなるのであれば、宣伝に堂々と使えばよいのに・・・。

   私はこれらのビールもどきは意地でも飲まなくなった。500年前からドイツでは厳守させられているビール純粋令(ビールとは麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とした醸造酒と定義)に準拠した『ザ・プレミアム・モルツ』を愛飲している。私にはビールの味覚の評価ひとつできないにも拘わらず未だに拘るのは、我が無意味なプライドからに過ぎないと承知はしつつも・・・。
   
ビール純粋令とは、1516年にバイエルン公ヴィルヘルム4世が制定した法。「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容の一文で知られる。現在でも有効な食品に関連する法律としては世界最古とされている。

1516年にバイエルン公国にてヴィルヘルム4世が制定したビール純粋令では「ビールは大麦、ホップ、水のみを原料とすべし」と原料を定めた。また、1マース(約1リットル)あたりの価格制限を定めている。またそれらを故意に破った醸造業者に対しては、生産したビール樽全てを押収すると罰則も定めている。

制定には大きく分けて2つの理由があり、ビールの品質の向上と、小麦やライ麦の使用制限を目的としていた。

16世紀当時のビールは、麦芽、水、ホップの主要な原料の他、香草、香辛料、果実が用いられていた。時には毒草さえ混じる粗悪なものや、そもそもビールとすら呼べないものさえ横行していた。バイエルンでは国内のビール需要に対し質の良い北ドイツのビールを輸入していたが、当然のように割高になるため、自国内で安価で質の良いビールを生産、供給し、またそれにより税収を得ようとした。

小麦は、主要な食糧のパンの原料であったため、ビールへの使用を禁止することで食料を確保する狙いがあった。しかし宮廷醸造所や一部修道院での小麦の原料への使用を認めたので、貴族や富裕層が小麦のビールを独占することとなり、その利益は莫大となった。このことがヴァイツェンビールが「貴族のビール」と呼ばれる一因となっている。

1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に就きドイツを統一した際に、バイエルンは統一の前提条件として、ドイツ全土へのビール純粋令の適用を求めた。これには他の地方の醸造業者が強く反発したものの、1906年にはドイツ全土でビール純粋令が適用された。


ワイン

   ヨーロッパ人が誇りにしているアルコールは北(ゲルマン民族)のビールと南(ラテン民族)のワインだ。それだけに彼らの日本のビールやワイン業界を見る目は厳しい。

   一方、私の記憶の世界に残っているワインに纏(まつ)わるトピックスは、日本のワイン関係者の不祥事ばかりだ。何と情けないことか。

① 赤玉ポートワイン・・・サントリー

   平成元年にポルトガルのポルト(ポルトガルの古都)にあるトヨタ車の現地組み立て会社を訪問したとき、ポルトガル人営業マンに、ワイナリーが集中しているポルトの一角に案内された。

   日本の有名会社がポルトの名前をパクリ、ポートワインとの名称で本物とは似ても似付かぬ粗悪ワインを販売していたことが判明し、酒造組合の関係者は日本に抗議に行くべく準備をしたが、余りにも馬鹿馬鹿しく感じて中止したとの事件を聞かされた。

   私は日本人としてがっかりしたが、試飲で飲んだポートワインの美味しさに驚き、何本か買い求めた。

紛らわしいラベルと言うのは日本でもかつて赤玉ワインと言う事例があります。実際は特別な呼称とは品質・製法が程遠いものに、それらしい立派な名前(赤玉の場合は当初ポートワインとつけていたが、実際の製法はポートには程遠い合成ワインであり、ポルトガルから直接の抗議を受けこっそり、スィートワインと改名した)を付けたり、ボトルやデザインでそれっぽく見せるというものです。

ポートワイン(英語:Port Wine)またはヴィーニョ・ド・ポルト(ポルトガル語:vinho do Porto)はポルトガル北部ポルト港から出荷される特産の酒精強化ワイン。日本の酒税法上では甘味果実酒に分類される。ポルト・ワインともいう。

ポートワインは、まだ糖分が残っている発酵途中にアルコール度数77度のブランデーを加えて酵母の働きを止めるのが特徴である。この製法によって独特の甘みとコクが生まれる。また、アルコール度数は20度前後と通常のワインの10~15度に対し5~10度程も高く、保存性が非常に優れている。

ベースとなるワインはあちらこちらで作られているが、最終的に熟成する地域が指定されていて、そこで最低3年間、樽の中で熟成されたものだけが、ポートもしくはポルトと呼ぶことができる。長いものは樽の中で40~50年もの熟成を経て、だんだん香りを芳醇にして味わいをまろやかにしていく。


   イギリスでは輸入したポートワインの空樽を、ウィスキーの熟成用の樽として再利用しているそうだ。

② ドイツワイン・・・キッコーマン

   ブドウ栽培の北限の国であるドイツ(ロシアでは葡萄が栽培できず、ワインは全て輸入品)では葡萄の糖度を上げる努力を惜しまない。その過程で不凍液の混入が有益な手段とわかった。醤油の消費量が毎年減少する中、新規事業の柱にすべくキッコーマンが輸入販売に参入。高級ワインとして一本3,500円程度の贈答品として販売していた。

   醤油の醸造技術では世界一の会社の関係者が、偽ワインだと見抜けなかったとは何と情けなかったことか。マスコミに報道されるや回収騒ぎとなった。

1985年に世界を揺るがしたオーストリアの不凍液混入事件は、三一書房「ワイン・スキャンダル」フリッツ・ハルガルテン著、斉藤正美訳によれば、1970年代半ばに、ある有名企業のワイン醸造主任でケラーマイスターの職にあった生化学技師の研究開発した合成ワイン製造技術が事件の発端です。

合成ワインは葡萄からワインを造る以上に高くつき実用化しませんでしたが、研究過程で ジエチレングリコール(自動車のラジエーターの不凍液として使用されている物質)を安いワインに1リットル当たり数グラムを加えるだけで、コクと甘味がつき高級ワインに変身する ことが分かったのです。


③ 偽日本産ワイン

ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、米国のワインが純粋に原産国の物とは限らない事を知ったばかりか、 日本のワインまでもが山梨県など日本で取れたぶどうから生産されていたものではなく、ドイツなどヨーロッパから大量に輸入されていたバルクから生産されていたワインであることを初めて知りました。

   日本の法律では国産のぶどうで作られたワインに、輸入したワインを混ぜたワインでも『国産ワイン』と称して販売することが許されている。何と情けないことか。日本の自動車・カメラ・電機・鉄鋼・造船などの主力産業が営々として築いた世界的な高品質ブランド『メイド イン ジャパン』への只乗り商法を国までもが容認しているとは憤慨に堪えない。

   石川五右衛門の辞世の歌の趣旨は今尚正しいようだ。「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」

   私にはワインの品質評価能力が無いから、高価なワインを買う気も起きない。もっぱらカリフォルニアやオーストラリア産の3リットル入りのワイン(1,500円前後)を買い、寝酒に飲む程度だ。

   でも、一度だけだが一本6万円の超高級赤ワインを役得で、名古屋市内の超高級レストラン・ホテルオークラ(宿泊室は無い)で飲んだことがある。鈍感な我が舌でも美味しく味わえた。

伊東温泉その2

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私は伊東温泉なるものの存在すらしらなかった。トヨタ自動車の保養所が無かったのも一因ではあるが・・・。インターネットで調べてみて驚いた。

① 湧出量ランキング(自噴+ポンプ)


総湧出量 【10,000リットル/分以上】

順位 温泉地 都道府県 湧出量(リットル/分)

1 別府温泉郷 大分 95,186
2 由布院 大分 41,242
3 奥飛騨温泉郷 岐阜 40,661
4 伊東 静岡 31,095
5 箱根温泉郷 神奈川 25,127
6 指宿 鹿児島 24,480
7 草津 群馬 23,313
8 山鹿 熊本 20,031
9 熱海温泉郷 静岡 17,646
10 那須温泉郷 栃木 16,873    


   伊東温泉は何と全国4位。統計によれば温泉の標準的な使用量は一泊一人200リットル。源泉掛け流しのお風呂を幾つ造ってもお湯を使い切れないのは当たり前だった。ランキング表を見ながら、我が温泉仲間とは草津にも何時かは出かけたくなった。私が永久幹事なので、多少我儘な提案も仲間には許していただけるのだ。

富士山の降水量は平均して1日約600万トン(直径40Km、降水量2m/年と仮定すれば、日当たり688万トン。富士山の降水量は理科年表によれば測定されていないそうだ。でも、山なので平野部より雨量が多いと推定)と計算され、そのうち25%が蒸発し、残り450万トンは殆ど地下へ浸み込むと言われている。浸み込んだ水は溶岩層に覆われた砂礫層や溶岩層と溶岩層の間を満たし、伏流水となり、やがて溶岩層の末端の山麓で湧き出ると考えられている。

富士山の溶岩には気孔が多いが水は透さない。したがって山麓での伏流水は上からの水圧を受けている(被圧地下水)。湧水のトリチウム濃度の調査によると、富士山斜面にしみ込んだ水は数10年かけて、ゆっくり移動して湧水となる。
 
富士山の周辺には柿田川・楽寿園・湧玉池・白糸の滝・猪の頭・富士五湖・忍野(おしの)八海など多くの湧水が見られる。

   伊東温泉の膨大な湧出量は豊かな地下水に由来するはずだが、狭い伊豆半島だけが水源とは私には思えない。富士山からの伏流水が富士火山帯で加熱されて湧出した温泉も含まれていると推定している。

富士火山帯は、富士箱根火山帯あるいは富士箱根伊豆火山帯とも呼ばれ、新潟県西部から長野県・山梨県・静岡県を通り、太平洋上を伊豆・小笠原海溝に沿って伊豆諸島・小笠原諸島へと延びる火山群である。主な火山は北から、妙高山・新潟焼山・蓼科山・八ヶ岳・富士山・箱根山・天城山・伊豆大島・三宅島・硫黄島などである。

② 宿泊客ランキング

宿泊利用人員数  【130万人以上】

順位 温泉地 都道府県 利用人員数

1 箱根温泉郷 神奈川 4,463,186
2 別府温泉郷 大分 4,020,956
3 熱海温泉郷 静岡 2,863,000
4 鬼怒川・川治 栃木 2,697,770
5 伊東 静岡 1,919,000
6 草津 群馬 1,871,010
7 白浜 和歌山 1,849,435
8 那須温泉郷 栃木 1,530,491
9 登別 北海道 1,440,716
10 伊香保 群馬 1,360,985


   伊東温泉は人口の多い関東地区に隣接しているという地の利もあるのか、宿泊客数でも全国5位。でも、たぬきの里近辺で宿泊客の混雑振りが感じられなかったのが不思議だ・・・。不景気は悲しいことに財布の紐にも影響するようだ。ランキング表を見ていたら未体験の鬼怒川・白浜・伊香保にも、我が仲間といずれは行きたくなった。

③ 歌

   子供のころ、『湯の町エレジー』は良く耳にした。歌詞に伊豆の山々が出てきても単なる言葉の綾、どこの温泉にでも当てはまる歌詞と勝手に想像していた。まさか名前すら知らなかった伊東温泉に由来していたとは・・・。

伊東温泉(静岡県)。駅前から海側に温泉街が広がる。旅館、大型ホテルなどが広範囲に数多く存在するのが特徴。遊技場なども数こそ少ないながらも現存している。飲み屋も多く、昔の歓楽街的温泉の要素も数多く現存する。

江戸時代には徳川家光への献上湯を行い、湯治場としても栄えた。明治以降は幸田露伴・川端康成などの多くの文人も伊東を訪れた。戦後は歓楽街温泉としても栄えた。

近江俊郎が昭和23年にリリースした曲「湯の町エレジー」の舞台でもある。開湯は平安時代とされる。

湯の町エレジーは、野村俊夫作詞・古賀政男作曲による流行歌のタイトル。1948年に近江俊郎が歌って大ヒットした。ギター伴奏を行っているのは、作曲した古賀政男自身と弟子の古屋雅章(山本丈晴・奥様は女優の山本富士子)である。

ギターの音色を特徴とする「古賀メロディー」を代表する曲であり、同時に近江俊郎の代表曲ともなり、彼の人気を不動のものにした曲ともいえる。近江俊郎はレコーディングの際、歌い出しの低音がうまく出せず、23回のNGを出したというエピソードがある。発売当時、40万枚という当時としては驚異的なレコード売上枚数を記録した。
累積すると百万枚も突破したそうだ。

1 伊豆の山々 月淡く
  灯りにむせぶ 湯の煙
  ああ 初恋の
  君を尋ねて 今宵また
  ギターつまびく 旅の鳥

2 風の便りに 聞く君は
  出湯の町の ひとの妻
  ああ 相見ても
  晴れて語れぬ この思い
  せめて届けよ 流し歌

3 淡い湯の香も 路地裏も
  君住むゆえに 懐かしや
  ああ 忘られぬ
  夢を慕いて 散る涙
  今宵ギターも むせび泣く

④ 総括

伊東は熱海と並んで国際観光温泉文化都市に指定されている伊豆第2の温泉地。大正~昭和初期に立てられた木造建築が並ぶ松川沿いは、どこか大正ロマンを感じさせるたたずまい。石畳や桜並木の散歩道も整備されているので、散策しながら古き良き時代の温泉情緒に酔いしれてみるのもよい。

源頼朝・伊東祐親・日蓮上人ゆかりの史跡・室生犀星・北原白秋・与謝野鉄幹晶子夫妻などの文人が愛した街並み・共同浴場に伊東七福神など、何度訪れても飽きることを知らない魅力がいっぱい。徳川家光にも献上されたという自慢のお湯に浸かれば、時間を忘れて心も体も安らげる。

 

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帰路

熱海秘宝館

   今から半世紀も前に相次いで二冊の本が出版された。以後、週刊誌や雑誌で性に関する大胆な解説記事が溢れ始めた。

① 性生活の知恵・・・謝国権著 四肢が可動式の人形二体でいわゆる「四十八手」を解説したユニークな本。

1960年(昭和35年)に本書は、出版されている。本書は売れに売れ、版元の池田書店は自社ビルが建った。というくらいのベストセラーだったのである。今から省みると、本書があれだけ売れた理由は、実に明快である。

本書の大ヒットが意味するのは、この時にそれまでの言い伝え文化が滅びたということである。文字が文化を支えるのではなく、人間と人間の直接的な接触が、人間の行動の仕方を伝えてきた。それが前近代という農耕社会である。

② 完全なる結婚

完全なる結婚(オランダ語: Het volkomen huwelijk)はオランダの婦人科医テオドール・ファン・デ・フェルデ((en), 1873年2月12日 - 1937年4月27日)が1926年に発表した著作。世界中でベストセラーになった結婚生活と性行為のマニュアルである。

本書は性生理学・解剖学・衛生学などを援用して、良い結婚生活を送るための知識を記載している。その中でも重要なのは、結婚生活は男性と女性の双方が満足できるようなセックスを通して築かれるとしたことである。

オーガズムのない性行為は女性の身体に対する重大なる侵害であるとし、女性のオーガズムの重要性を強調。男性が一方的に満足して終わってしまうセックスが支配的だった世の中に一石を投じた書物である。


③ 秘宝館
  
        活字にやや遅れて、画像や実物模型を展示した秘宝館が全国に建てられた。東海地方では三重県の元祖国際秘宝館(既に廃館)が有名だった。伊勢神宮参拝者の見学を当てにしつつも、神様に遠慮したのか少し名古屋寄りの場所に建てられていたが、いつの間にか閉鎖。時の流れだ。

   熱海は痩せても枯れても東の歓楽温泉街。こちらの秘宝館はしぶとく生き残っていた。入場料1,700円はパソコンで印刷したチケットを見せると1,500円だった。衰退期に入るとリフォームも手抜きになるのか、陳腐なまま。
   
   客も少なく、閉鎖は時間の問題と推定。若い男女の客もいたが、男性は退屈そうな顔。一方、女性は興味津々の顔。退館後のアベックを当てにしたようなホテルも建っていたが、周辺は閑散とした雰囲気。古希も過ぎた翁の立ち寄る世界ではなかった。
   
   我が仲間の一人は『何でも鑑定』のテレビ番組の影響か、とぼけた振りを装ったのか、珍しい宝物が陳列されている博物館と思っていたそうだ。

もともとの言葉のニュアンスでは性風俗に限らず歴史的に重要な古今東西の珍品・秘宝を収蔵した施設のことを指しているように感じられるが、実際には「○○秘宝館」と呼ばれる施設は性風俗に関係する物品を陳列する施設とほぼ同一であり、「秘宝館」という語は主に性や性風俗を扱った施設を婉曲的に指すのに用いられている。

日本最初の秘宝館は1969年4月にオープンした徳島県の男女神社秘宝館である。その後、主に温泉街など大規模な観光スポットを中心に全国で作られるようになり、会社などの団体旅行全盛の1970年代後半から1980年代頃に最盛期を迎えた。

1970年代後半以降の秘宝館は、男性客だけでなく女性客も視野に入れた、東宝などの映像・舞台美術業者の制作によるアミューズメント型の展示を行う施設なども多く見られるようになった。その後平成の時代(1990年代以降)になると、団体旅行の減少や社会の「洗練」によって忌避されるようになり次第に入館者が減少し、多くの秘宝館が閉館されていった。


伊豆 下田市の了仙寺(りょうせんじ)はエロ寺としても有名で、エロ物コレクションを秘宝館(有料)で見せていました。 昭和39年頃、職場のリクレーションで下田へ行った時に覗きました。件の秘宝館が今でもあるのかどうか??(大学級友・JAL OBのコメント)

熱海梅園

   少し早いとは承知していたが伊東温泉の直ぐ北、熱海市が管理している熱海梅園に出かけた。既に開花している梅もあったが、例年よりも開花が遅れているとの理由で入場料(300円・梅祭り開催期間中のみ有料)は無料だった。

本園は、市街地西側のゆるやかな山間に位置し、三方を熱函道路などの主要道路に囲まれた34,394平方メートルの都市公園です。園の歴史は古く、横浜の豪商茂木惣兵衛が明治19年(1886年)に2.5haで開いたのが始まりで、120年以上の歴史があります。

また、開設2年後の明治21年に皇室に献納され皇室財産となり、熱海第二御料地・第三御料地に編入されるなどの変遷を経て、昭和22年(1947年)に宮内省から皇室財産税として、物納され国有財産となりました。

市(当時は町)では、この園を昭和6年から昭和35年まで約29年間直接管理し、その保護に努めてきました。その間の昭和29年にこの園を風致公園として都市計画決定し、国に払下げの申請をし、昭和35年10月に熱海国際観光温泉文化都市建設法(昭和25年8月公布)により、大蔵省より熱海市に無償で払い下げられました。

それ以後園内整備をおこない昭和41年4月1日に開設し、
日本一早咲きの梅・日本一遅い紅葉の名所としても全国にその名を知られています。

平成12年9月23日、当時の森喜朗内閣総理大臣と大韓民国の金大中大統領の日韓首脳会談が熱海で行われ、翌日、両首脳が梅園内を散策し歓談された。それを記念し平成14年8月29日、大韓民国の伝統的様式と手法を取り入れた庭園が完成しました。

平成18年に韓国庭園の奥に足湯が完成し、梅まつり・モミジまつり期間中は来園者の足休めとして喜ばれています。

また平成19年より、篤志家による寄附工事により、約120年ぶりのリニューアルを行ない、早咲きの梅を増やし、園内も明るく歩きやすくなり、モミジにも整備が行なわれました。平成21年11月には、隣接する澤田政廣記念美術館と梅園とを結ぶ「梅園橋(うめぞのばし)」が完成し、正面入口も整備され、装いも新たな梅園として生まれ変わりま
した。



   梅園内には早咲きの梅がちらほら。園内には『中山晋平』が晩年を過ごした和風住居が移築されていた。中山晋平は『雨降りお月』(懐かしき日本の歌第4巻に収録されていた)のほか、『波浮の港』や『東京音頭』の作曲家としても有名だ。

   しかし、私が熱海梅園で最も驚いたのは園外での交通整理人・園内の売店の店員・園内のボランティアの案内人の明るい声での挨拶と親切な対応振りだった。聞けば事前教育が徹底しているそうだ。



   園内の食堂で昼食。仲間の食欲が羨ましい。私は餡(あん)がそれぞれ異なる饅頭を3個食べただけ。朝風呂の後に飲んだビール2缶と食べ過ぎた朝食の影響だ。
   
   本年2回目の温泉旅行は兵庫県北部(山陰海岸)にある佐津温泉。3/26-27。今から待ち遠しい。海鮮料理と但馬牛が売り。往路には京都府の天の橋立、帰途には姫路城にも立ち寄る予定だ。


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おわりに

   温泉旅行も3年目になると、仲間の一人ひとりがそれぞれの得意技で、旅行を更に楽しくする努力を始めるようになった。

A氏・・・カメラが趣味。カメラ仲間と全国を飛び回っている。更にパソコン教室にも通い、最新のソフトも自由自在に駆使。昨年からは温泉旅行に出かけるたびに、高級カメラで撮影した写真の中から10枚前後を選び、一枚の写真集に纏め、仲間にメールで配布。我が旅行記でも、その写真集を早速活用。

B氏・・・お酒に精通。私は単に酔えば満足するだけなのに氏はどこで味覚を鍛えたのか、日本酒やビールには特に詳しい。旅館に持ち込むビールと摘みは事前に用意して頂けるようになった。冷やしたビールの容器は釣り用の大型断熱ボックス。今やどこのホテルや旅館も酒の持ち込みは無料。

旅行完了後の清算は駐車場横の社員クラブやホテルのロビーなどに集まり、氏が即日実施してくれている。仲間は旅の疲れもあってか、面倒くさい清算には手を出したがらないのだ。

C氏・・芸名は『藤ゆたか』。藤は姓の一部、ゆたかはトヨタ自動車の社名からのパクリ。今尚先生に付いて、毎週カラオケの特訓。2,000人収容の豊田市民会館で、歌自慢が100人以上も参加する素人カラオケ大会では、五木ひろしそっくりの衣装を着用。いつもトリだそうだ。

車の中でも練習できるようにと音響装置は40万円の特別仕様。旅では楽器持参。ホテルの部屋はいつの間にか楽器を演奏しながらの独演会場。

D氏・・・愛妻家の氏は北海道など遠隔地に出かけることが特に多い。飛行機で移動した後は、レンタカーでの観光地巡り。今やレンタカーにもカーナビは装備必需品らしい。各車入り乱れてのカーナビの操作にも習熟。旅行中、車の持ち主に代わった時のドライバーへのカーナビの指南役。持ち主よりも操作方法に詳しくなっている。

E氏・・・愛妻家の氏は絵画ではセミ・クロウトの奥様の作品を写真に撮り、パソコンで印刷し、いつも仲間に披露される。大抵の有名温泉地は訪問済みの結果、ホテルでは作品を介した事前勉強会の講師。

車・・・仲間は皆元気な老人。趣味で多忙なため、参加者は4~6人。人数に合わせてプリウス・クラウン・エスティマ(3列シート車)を仲間が提供してくれる。安全を期すためドライバーは1時間おきに自主的に交代。

   車の提供者は目的地に到着するまでの道中にある名勝地を詳細に調査し、観光業者顔負けの旅行計画をいつも立ててくれている。観光名所・所要時間・距離・高速道路代金・昼食場所も含めて微に入り細に亘って驚異的だ。一日ではとてもできそうにも無い計画だ。

 
  いつの間にか失業してしまった私は、移動中の車内では専らビール三昧!!!


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読後感

貴方の活力は良い励みになります。いよいよ本の出版を期待しています。

我が日本の良さとか、海外から見た日本。井の中の蛙的な人も意外に多いことですので、是非期待しています。

益々冴えた頭脳に感服しています。貴方は私にとって素晴らしい先生です。日々エンジョイする様が極めて参考になります。私も今年72歳になります。年を重ねる良さを実感する日々です。益々のご健勝を祈念しています。

① プール歩きを10年。リハビリに成功した努力の人。

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遅くなりましたが、伊東温泉の読後感をご報告します。

今回の一番の印象は、アルコール(日本酒・ビール・ワイン)の石松流コメントおよび同行者A~E各位の一団が自らお楽しみ、自らの役割を担われて・・・・・石松様は特別席でビール・・・・しかしそれが全く自然な光景で・・・・・・・。

A氏という方はカメラに命 、C氏という方は喉に命、 D氏という方はカーナビ操作OKの行動派、 E氏という方は奥様の絵画披露・・・・・・小生はお酒に精通はしていませんがB氏という方に近いかなーと・・・・・・・。

提案ですが、今後石松軍団の温泉通信簿を記録されては・・・・・?


ホテル・旅館・・・・・・・ 料理・部屋・価格・応対・など・・総合 ・・・ 温泉の質 効能 などを5段階で各人に評価いただきまとめ、通信簿が出来れば「日本の温泉」・・・・・それもお一人の評価でなく数名の特異な方々の総合評価は貴重かと思いますが・・・・・・・・・・・・・。

今後の素晴らしい石松軍団の温泉巡りに期待しています。

② 大学後輩・元銀行員・経

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ご無沙汰しております。

今回は更新されたホームページに対する感想を書かずに申し訳ありません。・・・ここのところ忙しさが半端ではないので。本業だけでも忙しいのに、4月末に出版する新刊書の作業でテンテコマイ状態なのです。でも、この作業も今月末で終了する予定です。そうでないと4月末に出版できませんから。

ところで、私は今、64歳です。6月に65歳になります。慶應大学の定年は65歳なので、来年3月末をもって定年退職となります。

1年チョットでリタイアということだけが生き甲斐みたいになっています。とにかく、目覚まし時計のいらない生活を20年は送らないと悔いが残ります。そして、本当に好きなことだけをやり続けたいと思っています。

読みたい本を読みまくり、観たいアメリカ映画のDVDを観まくり、アメリカで大リーグとマイナーリーグの試合を観戦しまくり・・・。

そのためにも、どんなに忙しくても健康にだけは注意しています。

③ メール仲間・未だお会いしたこともない方・慶応病院・准教授・宇宙飛行士向井様のご主人

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